いつもは、健二が体を拭いている後ろ姿を見ながら目覚めるのに、今朝は健二はまだ俺の横で眠っていた。時計は、午前9時半過ぎ。窓の外は、台風一過の真夏の太陽が照っていた。
服を着て、事務所の外にあるトイレで用を足して、事務所に戻ると電話が鳴っていた。
「はい。藤崎探偵事務所麻布店です」
「白浜ですけど・・・・」
「ああ、白浜様」
「忍さんは、出てます?」
「あ、まだです。10時に出勤してくるでしょう。何か伝えておきましょうか?」
健二は、この事務所に通っていることになっていた。特にこの白浜という女性の場合は、ここで暮らしているなんてことは、口が裂けても言えないのだ。
「出ていらしたら、お電話いただけるように伝えていただけませんか?」
「分かりました。ご自宅でよろしいですね」
「はい。お願いいたします」
「かしこまりました」
電話を切ると、健二が眠そうな顔をしてソファーベッドの上に起きあがっていた。
「おい、健二。白浜の婆さんから電話があったぞ。おまえに用だってさ」
「そろそろかかる頃だと思ってたよ」
「10時に出て来るって答えたから、もう少し待ってから、電話してみてくれ」
「分かった」
健二はのろのろと起きあがり、裸のまま事務所を出ていこうとしている。
「おい。服を着ろよ」
「あ。ああ、そうだった」
ソファーベッドに戻ると、亀が進むようなスピードで服を着始めた。俺は、ブラジャーを着けるのを手伝ってやる。
「ありがと」
「もっと、シャキッとしろよ」
「兄貴があんな時間に襲うから・・・・」
俺は肩をすくめた。
「トイレ、行って来る」
すっぴんで、髪を振り乱したまま、健二はトイレへと出ていった。
「やっぱ、体拭こう」
トイレから戻ってくると、健二は再び全裸になって、体を拭き始めた。調子はもう戻ったようだ。体を拭き終えると、服を着て俺のそばにやってきた。
「兄貴。愛してるよ」
そう言って、俺に頬にキスした。
「馬鹿たれ!」
俺は健二を睨み付ける。健二は、にやっと笑って、受話器を取った。
「さあ、電話しよう」
健二は、白浜宅へ電話をかけ始めた。
「白浜さん? 忍です。お電話いただいたそうですが・・・・。今から? いいですよ。事務所の方はって? 大丈夫です。滅多に仕事なんてありませんから」
そう言って、健二は舌をぺろりと出した。睨み付けてはみたものの、事実だから仕方がない。
「はい。そうですね。11時には伺えると思います。それでは後ほど」
「何だって?」
「いつものやつだよ」
「あの婆さんも好きだなあ」
「兄貴ほどじゃないよ」
「俺は若いからな」
「そうだね。ま、行って来るよ。いいアルバイトだから」
健二は、髪をとかして化粧を始めた。俺は横で健二が化粧する様子をじっと見ていた。
「ふふ」
俺の方を見て、健二が笑う。俺は健二にキスした。
「健二。好きだ」
「分かってる。じゃあ、行って来るよ」
「気をつけてな」
健二が出かけてから、健二に好きだなんて言ったことがあるのかなと首を傾げた。
相手が老婆とはいえ、健二にセックスがらみのことをさせたくはなかった。しかし、稼ぎが少ない以上、目を瞑るしかない。俺にもっと甲斐性があればと思う。
そんなことを考えていると、電話が鳴った。どこからだろうか?
「もしもし。藤崎探偵事務所麻布店です」
「小川さん? わたし」
「わたし? 誰?」
「わたしよ。分からない?」
俺は首を傾げた。最近懇意にしている女はいないのだが。しかし、このハスキーボイス。どこかで聞いた覚えがある。
「誰だっけ?」
「長谷川です。長谷川千鶴」
「ああ、小野田探偵事務所の」
「そう」
「どうしたの? 何の用?」
「わたし、今日、仕事、休みなの」
俺は、考える。俺を誘っているのか?
「ねえ、ドライブでもしない?」
やっぱり・・・・。どうするか? 健二はいないし、他にすることもない。もしかすると。健二には悪いが、たまには、本物の女とやるのもいい。
「いいけど。俺、車、持ってないぜ」
「わたしのでよかったら、どう?」
「いいよ。どこへ行こう?」
「下にいるわ。降りてきて」
「ええっ!?」
窓から通りを見下ろしてみると、真っ赤なロードスターが停まっていて、携帯を耳に当てた長谷川千鶴が運転席から手を振っていた。
「すぐに降りるよ」
電話を切ると、俺は急いで降りていった。
最初に会ったときは、ラフなTシャツにジーンズだった。二度目に会ったときは、ださい制服のようなものを着ていた。今日は、ノースリーブのライトバイオレットのワンピースを着ていた。
「運転してくれる?」
「こんなスポーツカー、運転したことがないんだけど」
「飛ばさないでいいわ。ゆっくり行きましょう。ドライブを楽しみたいから」
長谷川千鶴は、運転席から助手席へと移動した。俺は、やむなく運転席に腰を下ろす。
「どこ行く?」
「横浜。ランドマークタワーに行きましょう」
「昇ったことないのか?」
「連れていってくれる人がいなかったから」
「そう」
俺は、ギアをローに入れ、車を発進させた。健二も連れて行ってないが、俺が行ったのを知ったら、行きたがるだろうなと思った。
何をするときも、俺はいつも健二のことを思う。俺はきっと健二を愛している。絶対そうだと思う。しかし、健二は・・・・男だもんな。
「どうして俺を誘ったんだ? 君なら、いくらでもいい男がいるだろうに」
首都高に入って、ギアをトップに入れた後、俺は長谷川千鶴にそう聞いてみた。
「それがいないのよね」
「どうして?」
「彼氏がいるって思われてるのかな?」
「それは俺も思ったけど、いたって、誘う男の一人や二人居るんじゃないのか?」
「ぜんぜん」
「へえ。そんなに男嫌いにも見えないのにな」
「ホントは男好きなんだけどな」
エッと、俺は長谷川千鶴を見た。長谷川千鶴は、別に気にもする様子はなく話しを続けた。
「2年前、結婚を約束していた人に捨てられちゃって。それ以来、誘われても、どうも自分の殻に閉じこもってしまって、男から逃げちゃうんだよね」
「君の方から、俺を誘った理由は?」
「なんとなく。あなたなら、わたしの殻を破ってくれそうな気がしたの」
「買いかぶりすぎてやしないか?」
「そうかもしれないけど、ともかく、ここまで来たんだから、付き合って!」
「しょうがないな」
どうも高いところは苦手だ。床が揺れているような気がする。このままビルが倒れたら、絶対に生き残れない。そう思うと、生きた心地がしない。小便ちびりそうになりながら、俺は長谷川千鶴と展望台を一周した。
下りのエレベーターに乗って、ようやく少し落ち着いてきた。しかし、背中は、冷や汗でびっしょりだった。
4階でエレベーターを下ろされた。食堂街があった。ちょうど昼飯時だったので、そこで食うことにした。ラーメンを注文した後で、もう少しましなところで食った方がよかったかなと思ったが後の祭りだった。しかし、俺の思いとは関係なく、長谷川千鶴は結構楽しんでいるようだった。
午後1時半過ぎ、車に乗り込み都心へ向かった。長谷川千鶴が、俺の顔をのぞき込んできた。
「このまま帰る気なの?」
俺は、彼女を見返す。
「わたしって、そんなに魅力がないの?」
「あ、いや」
「女のわたしが誘ってるのよ」
「いいのか?」
「いいに決まってるわ。・・・・彼女にばれるのが怖いの?」
「彼女って?」
健二のことを言っているのは分かった。しかし、とぼける。
「あなたの事務所の可愛い子。あなたの彼女なんでしょう?」
「彼女というか、そのう・・・・」
「彼女。あなたにぞっこんって感じね」
「そうかなあ?」
「見てて歯痒いくらい、よく分かるわ」
他人から見れば、そんなものなのかなと思う。
「あいつは、俺が何をしようと絶対焼き餅を焼いたりはしない」
そんな台詞を吐いたけれど、そんなことはないな。健二に知られたら、首締められて殺されそうだ。
「へえ、そうなの。じゃあ、いいわね」
「彼女がいるって分かってて、どうして俺を誘う?」
「いたらいけないの?」
「あ、いや。そんなことはないよ」
「そうでしょう? あ、あのモーテルに入りましょう」
ちょっと豪華そうなモーテルだった。高いんじゃないかと思ったが、そんなことは言っておられない。俺はハンドルを切って、長谷川千鶴の指さすモーテルへと入っていった。
今日も尾行が付いてきている。今朝、このロードスターに乗り込んだときからだ。ご苦労なこった。俺はバックミラーに見える覆面パトにウインクした。
「ひょうっ!!」
俺は、長谷川千鶴のはだけた胸を見て感嘆の声を漏らした。長谷川千鶴は、自慢げにその胸を俺の方に突き出す。
「でかいな。いくらあるんだ?」
「88。Dカップ」
「すげえ」
「彼女には絶対負けないでしょうね」
「ああ」
健二は、Bカップの手のひらサイズ。長谷川千鶴のそれは、片方だけでも、両手がいりそうだ。俺は早速その大きな胸にしゃぶり付く。
「ふふふ」
長谷川千鶴が小悪魔のような笑いを漏らす。パイズリというのを初めて経験した。長谷川千鶴ほど大きくないと、やってもらえない。
「今日は、コンドームしないと危ないかもよ」
そう言われて、慌ててコンドームをつけた。健二とするときは当然コンドームなどしたことがない。コンドームをする間というのは短いようだが、どうも白けて少し萎え気味になってしまう。それでも俺はやり遂げた。
「よかったわ」
「俺も」
ホントにそうだったかなと、天井を見ながら考えた。長谷川千鶴が、健二に比べて豊満なのは確かだ。健二はちょっと少年ぽいところがある。男だから仕方ないか。
しまり具合は健二の方が上。長谷川千鶴は、男に奉仕されるのが当たり前だと思っているようだが、健二は違う。俺を喜ばせようと、能力のすべてを尽くす。
それに、正常位の時の健二は、俺がピストン運動しているときに、いつも俺の目を真っ直ぐ見ている。しかし、長谷川千鶴は、俺の目を見ることがなかった。
健二には愛がある。長谷川千鶴はただの動物としての性だけしかない。同じ性的満足でも、愛を伴ったものとそうでないものとでは何かが違う。今日、それを思い知らされた。
モーテルを出て、事務所へ向かった。バックミラーには尾行のパトの姿がない。どうしたんだろうか?
「それじゃあ、また」
「楽しかったわ。また連絡するわね」
「ああ」
俺を事務所の前で下ろすと、長谷川千鶴の乗ったロードスターは走り去っていった。角を曲がるのを確かめた後、俺は階段を上った。鍵を回して開けようとしたら、開かない。
「あれ!?」
もう一度鍵を回した。今度は開いた。ドアを開いて部屋の中に入ると、目の前に健二の顔があった。健二が先に帰っていたのだ。だから、ドアが開いていたのだ。
「あの女とどこへ行ってたんだよ?」
目をつり上げて、健二が俺に詰め寄ってきた。上から、俺たちが帰ってきたのを見ていたようだ。
「あ、ちょっと、ドライブに誘われて、横浜まで」
「横浜のどこ?」
「ランドマークタワーに行ってた」
「高所恐怖症の兄貴が?」
「仕方ないだろう? 行きたいって言うから・・・・」
「俺も行きたいのに・・・・」
「今度連れていってやるよ」
「それから、どこへ行ったんだ?」
健二は上目遣いに俺を睨んだ。俺は言葉に窮する。
「あの女と寝たんだな?」
「あ、いや」
「嘘言っても、だめだ。顔に書いてるよ」
「あの女が誘ったんだよ」
「兄貴は、女が誘ったら、いつも寝るのか!?」
「そ、そう言う訳じゃないけど・・・・」
「嘘言うなよ。穴があったら、すぐに入れるくせに」
「裏ビニ本の撮影の時は何も言わないのに、どうして今日はそんなに怒るんだよ!」
「あれは仕事だろう? ただの肉体労働だよ。でも今日は違う」
「同じじゃないか」
「違うさ」
「・・・・俺が女と寝ちゃあ、いけないのか?」
俺は反撃に出た。
「俺がいるのに、どうして他の女と寝るんだよ!」
健二は涙をいっぱい浮かべて、今にも大声を出して泣き出しそうだ。こりゃあ、反撃失敗だ。
「俺が男だから・・・・」
健二の目から涙がぽろりとこぼれた。
「そうじゃない。男は、女がやらせてくれるって言ったら、やってしまうもんだよ」
「そんなのおかしいよだ! そんなの、犬猫と一緒じゃないか」
俺は何も言えない。言われるとおりだからだ。
「もう、兄貴なんて嫌いだ!」
健二はソファーの上に突っ伏して、とうとう泣き出してしまった。
「健二、俺が悪かった。もう二度と浮気はしないから」
俺は健二のそばに座って、健二の髪を撫でた。
「触るな!」
健二の怒りは収まりそうもない。俺は、黙って健二の怒りが収まるのを待つしかなかった。
「二度と浮気はしないって言ったよね」
30分ほどして、健二が俺に向かってそう言う。涙で化粧が崩れ、パンダのようになっていた。俺は思わず笑みを浮かべてしまった。
「何がおかしいんだよ! 俺が真剣に話しているのに!!」
「ちょっと、待て、健二。顔を洗って、化粧を直してこい。そのままじゃあ、100年の恋も冷めてしまう」
驚いたような顔をして、健二はキッチンへ向かった。鏡を見て呟いた。
「ひどい顔・・・・」
顔を洗って、口紅だけ引くと、俺のそばに戻ってきた。
「もう二度と浮気しないと誓って!!」
「あ、ああ」
「なんだよ。その生返事は?」
「誓うよ。二度と浮気はしない」
「ホントだね」
「ああ。神に誓って」
「神様なんて、信じていたかな?」
「言葉の綾さ」
「ホントに浮気するなよ」
「分かったって言ってるだろう?」
「証拠を見せて」
証拠を見せろったって、今朝もしてるし、長谷川千鶴ともした。12時間に3度は、俺でもちょっときつい。
「さあ、早く」
「ここでするのか?」
「あ、そうだな。彼女と寝たホテルより上等のホテルにしてよ」
「分かった。その前に、腹ごしらえをしよう」
「そうだね。もう、そんな時間だよね」
機嫌が直ったようだ。俺はホッとする。まるで夫が浮気した夫婦の会話だなと思い返した。
ファミレスで、和風ハンバーグを食ってから、いつものモーテルの倍の値段のモーテルへ行った。中はさすがに豪華だ。いつも行くモーテルは、やるだけと言った風情のところだけど、ここは雰囲気を盛り上げるような作りになっている。
いつもは健二が俺に奉仕するけど、今日は俺が健二に奉仕してやった。今日だけはそうしてやらなければならないと考えたからだ。
やはり健二は俺の目を真っ直ぐに見て、決して視線を逸らさない。俺を愛している目だ。そんな目を見ながら、俺の息子は今日3度目の役割を果たした。
「俺を愛してくれる?」
「ああ」
「ずっとだよ」
「おまえだけを愛してる」
「俺、幸せだよ」
健二が俺の腕にぎゅっとしがみついてくる。可愛いやつだ。健二が男でなかったら・・・・。この2年間、何度そう思っただろうか?
「ところで、兄貴?」
「なんだ?」
「午後、俺には尾行が付いていなかったけど、兄貴の方はどうだった?」
「そう言えば、モーテルから出たときにはいなかったなあ」
「どうしてだろう?」
「俺たちへの嫌疑が消えたかな?」
「何か、変化があったのかもしれないね」
「明日、警察に行って、聞いてみよう」
「そうだね。兄貴・・・・」
「なんだよ」
「もう一度、できない?」
「勘弁してくれよ。朝から、3度してるんだぜ」
「できそうだよ」
健二の手が俺の股間に伸びていた。信じられないが、できそうだ。俺は健二を抱き寄せた。
「おまえと一緒にいたら、廃人になりそうだ」
「廃人になっても愛してあげるよ」
健二はにっこりと笑った。
「ありがたいこって・・・・」