ときどき男みたいなところが出るけれど、進は女の仕草にすぐに慣れてしまった。セーラームーンなんて派手な服じゃなくて、普通のワンピースを着せて、東京のど真ん中に放り出しても、誰も進が男だなんて気がつかないんじゃないかと思う。
(この人、才能があるみたいね)
そう心の中で思った。
ピッ、ピッ、ピッとクラクションの鳴る音がした。呼んでいたタクシーが来たようだ。窓から覗くと、タクシーが停まっていて、運転手が窓から頭を覗かせて、キョロキョロしていた。
「志穂、出かけるぞ」
わたしは、原田進として振舞う。
「はい。行きましょうか」
進も、原田志穂を装う。小さなバッグを抱えて、玄関へ向かった。白いハイヒールを履くときも、短いスカートからショーツは見えなかった。
(うまいもんだわ)
進に履かせたハイヒールは、ヒールは7センチあるけれど、爪先が3センチの厚さがある。ヒールが4センチの靴を履いているのと同じなんだ。普段、シークレットシューズを履いている進にとっては、それほど違和感なく履けるものだ。
それでも、靴底全体が高いというのは歩きにくいらしく、階段を下りるときちょっと苦労していたようだ。
一階まで降りて階段の出口で、きょろきょろと見回して、誰もいないことを確かめてから進をタクシーに押し込んだ。押し込んだといっても、進は女らしくお尻からタクシーの中に滑り込んだのではあるが・・・・。
「お嬢さん、それはセーラー何とかとか言うやつかね?」
ルームミラーからタクシーの運転手が進に聞く。
「はい、そうです。よく知ってますね?」
「娘がテレビでよく見ているからね」
「そうですか」
娘が見ているテレビを、結構楽しみながら見てるんじゃないかと思った。
「なかなか可愛いよ」
「ありがとうございます」
進はわたしの顔を見て、フフッと笑いを浮かべた。
「そっちのだんなの方は?」
ルームミラーの目が、わたしの方を見た。
「あ、ぼくですか?」
「ああ」
「タキシード仮面って言うんです。セーラームーンに出てくる正義の味方です」
「はあ、そうか。そんなのがいるなんて、ちっとも知らなかった」
「そうでしょうね」
わたしも男と認識されていると思うと嬉しかった。
運転手は、ルームミラー越しにチラリチラリと進の方を見ていた。中年の男が、若い女を見る時に見せるいやらしい目だ。
(進は男なのに、馬鹿だな)
腹の中で笑っていた。タクシーにブレーキが掛かった。
「着きましたよ」
「ありがとうございました」
タクシーを降りて、会場へ向かう。降りる時も、進は両足をそろえて降りた。
(あんなこと教えなかったのに。ホント、うまいもんだわ)
進は歩きながらわたしにしがみつく。
「怖いわ」
「大丈夫だよ。堂々としていれば、絶対にばれないって。現にタクシーの運チャンだって、ずっと君のことを女だと思っていただろう?」
「そうね。そうよね」
進は安心したように、わたしの腕をとって歩き始めた。
「第2生化学の原田です」
いつも玄関で受付をしている女性、関本さんが、今日もパーティーの受付をしていた。
「奥様とご一緒ですね。可愛い方ですね」
関本さんは、進に笑顔を向けた。
「ありがとうございます」
進も笑顔を返す。
「そろそろ、開会ですよ。急いで会場へ行ってください」
「はい」
わたしたちは、急ぎ足で会場へ入っていった。
「可愛い方ですねだって」
進は嬉しそうな顔をしてわたしに微笑みかける。
「ホントに可愛いよ」
「馬鹿・・・・」
顔を赤らめる進はホントに可愛い。周りに誰もいなかったら、キスしてしまいそうだ。
仮装パーティーに相応しく、会場には、中世の貴族の扮装をしたカップルや、江戸時代の武士の格好をしたもの、レースクインのように大胆な水着を着た女性、花嫁衣裳のようなドレスを着た女性などがあふれていた。
「これなら、もっと派手な衣装にしてもよかったわね」
進が耳元で囁いた。
「あんなレースクイン風の衣装がよかった?」
「あ、あれは、いくらなんでも・・・・」
「あ、あのカップルだよ。入れ替わってるのは」
進には、女装させるために安心させようと言ったのだけど、実際に女装した男と男装した女のカップルがいた。ただ、この二人は、入れ替わっているのが一目瞭然だった。
「ほんと。安心した。わたしたちの方が上ね」
「当然さ。君が美人だからね」
進は、ちょっと嬉しそうにわたしを見上げて微笑んだ。
「それでは、開会に先立ち、奥薗所長のご挨拶をいただきます。奥薗所長。よろしくお願いいたします」
所長がお立ち台へ上がり、挨拶を始めた。
「所長の奥薗です。本日は、恒例の仮装パーティーにご家族ともどもご参加いただきありがとうございます。GMIJも今年で設立5周年を迎えますが、所員の皆様のお陰で、業績はうなぎのぼりです。本年は、優秀な新人、原田進君、北崎美香君、木本五月君の3人を迎え、ますます業績をあげられるものと期待しております。さて・・・・」
所長の挨拶が終わり、乾杯がすむと、立食パーティーとなった。わたしは、進を伴って、挨拶して回った。
「奥薗所長、妻の志穂です」
進は、膝をちょっと曲げてにっこり微笑む。
「初めまして、原田の妻の志穂です。夫ともどもよろしくお願いいたします」
(うまいね、進は)
わたしは、進の話し振りにちょっとビックリしていた。
「やあ、原田君。聞いていたより、ずっと美人だね」
「ありがとうございます」
進がちょっと不信そうな顔をしてわたしの顔を見上げたが無視した。
「妻の良子だ。GMIJ婦人会の会長をやっている。よろしく頼むよ」
所長は、そばに立っていた上品な女性を紹介した。所長の年齢からすると、40を超えているだろうと想像するのに、まったくそんな年には見えない若々しい女性だった。
「妻の良子です。志穂さんも婦人会に入っていただいて、主人たちのバックアップを一緒にいたしましょう」
「はい。承知いたしました」
「じゃあ、所長、ほかのメンバーにも妻を紹介してまいります」
わたしたちは所長のそばを離れた。
「ちょっと、ねえ」
進が何か言いたそうにしていたが、わたしは次々に会社のメンバーに声をかけて紹介を続けた。
「妻の志穂です」
「やあ、美人だなあ。セーラームーンか? よく似合ってるよ」
「どこで引っ掛けたんだ。このう」
「原田さん、ほんとに結婚してたんですね」
「うちのが志穂さんくらい美人だったら、毎晩でもいいな」
「大学の同級生って聞いたけど、そんな風には見えないわ」
進は、笑顔で答えていたけれど、様子がおかしいのに気づいたようだ。わたしをパーティー会場の隅に引っ張っていって耳打ちした。
「ねえねえ」
「なんだい?」
「会社のみんな、あなたを以前から知ってるような素振りだけど、どうなってるの?」
「え、そうかい?」
「惚けないでよ。絶対そうだわ」
「そんなはずはないよ。誰かほかのメンバーと勘違いしているだけじゃないかな?」
「そうかなあ・・・・」
「いずれにしても、君はぼくの美人妻って思われているから、最後に入れ替わってるってばらしたら、みんながあっと驚くよ」
「そうよね」
簡単に騙される進。だから好きなんだ。
「おなか、空いちゃった。食べてこようっと」
「食べるのはいいけど、女らしくするんだぞ」
「わかってるわよ」
進は、人と人の間を分け入って、挨拶しながら食べ物を取ってきては平らげた。
「美味しいわ」
「ウエスト、締めてんのに、よく入るね」
「入るところが違うのよ」
「へえ」
「カクテルも美味しいわ」
「弱いんだから、あんまり飲むなよ」
「はあい」
と返事をしたのに、しばらくして進は酔っ払ってしまって、わたしの横に座ってわたしにもたれかかって、すうすうと可愛い寝息を上げ始めた。
「あらあら、奥さん、寝てしまったの?」
「はあ」
「仲がおよろしいんですね」
「あ、まあ」
会社のみんながニヤニヤしながら通り過ぎていった。
30分ほどして、進は目を覚まして、きょろきょろとあたりを見回し、自分が女装していることにはっと気がついて姿勢を正した。
「おはよう、志穂」
「あ、ぼ、わたし、寝ちゃってたのね」
「ああ、気持ちよく眠っていたよ」
「ちょっと飲みすぎちゃったわ」
「気分は?」
「悪くないわ。でもトイレに行きたい」
「行ってきたら?」
「・・・・どっちに行ったら?」
「え?」
「こんな格好で男子トイレには行けないでしょう?」
「ま、そうだね。女子トイレに行ったらいいじゃないか」
「あとでわたしは男だってばらすんでしょう? まずいんじゃないの?」
「そうだなあ・・・。宿舎に帰るまで我慢したら?」
「我慢できそうもないわ。もう漏れそう・・・・」
進は腰をもじもじさせている。
「アルコールをあんなに飲むからだよ」
「・・・・どうしよう?」
「そうだな。誰も入っていないときを狙っていったら? それしかないよ」
「あ、そうね。そうするわ」
ふたりして、トイレの方をじっと見た。何人かが出入りしていた。
「・・・・今なら大丈夫ね」
「そうみたいだね」
「じゃあ、行ってくるわ」
進はバッグを手にして女子トイレへと歩いていった。トイレの前で、中の様子をもう一度窺って入ろうとしたとき、所長の奥さんが進に歩み寄っていった。
「志穂さん、気分はよくなりまして?」
「は、はい」
ビックリして、進は直立不動になった。
「口紅が落ちてますわよ。トイレのついでにお化粧を直しましょう」
そう言って、進の腕をとって中へ入っていった。進が振り向いて困惑した表情をわたしに向けてきた。
(大丈夫だよ。あなたが男だって、ばらさないから)
しばらくして、進は所長婦人と一緒に女子トイレを出てきた。
「どうしよう? 所長さんの奥さんとトイレに入っちゃった」
「同じ個室に入ったわけじゃないんだろう? 大丈夫さ」
「でも・・・・」
「おしっこする時、水を流して、音が聞こえないようにしたんだろう?」
「したわ」
「だったら、問題ないよ。お互い、聞かれて気になる音は聞こえていないんだから」
「・・・・そうか」
「大丈夫だって。細かいことを気にする奥さんと違うから」
「そう? 大丈夫ね」
「ああ」
「・・・・でも、そんなことどうして知ってるの?」
「あ、いや。さっき会社の連中がそう言ってたんだ」
進はまた不審気な目をわたしに向けた。わたしは進から目を逸らす。
「あ、新人の挨拶が始まるよ。前に出なくちゃ」
ちょうどあったアナウンスに、これ幸いとわたしは立ち上がった。
「ほら。ステージに行くよ」
「所長の奥さん、ほんとに気にしない?」
進は不安げな表情をわたしに向けてきた。
「大丈夫だったら。早く!!」
わたしたちは、ステージへ上がった。司会が3人の新人を紹介する。二人の女性が自己紹介をして、わたしたちの番になった。進の心臓がバックンバックン言っているのが聞こえてくるようだった。
「この度、GMIJで一緒に働かせていただくことになりました原田進です。第2生化学部に属しております。まだまだ不慣れで、皆様にはご迷惑をおかけいたしますが、会社の発展のために精一杯頑張っていく所存ですので、どうぞよろしくお願いいたします」
わたしが頭を下げると、進も一緒に頭を下げ、頭だけわたしの方に向けていつばらすのという視線を送ってきた。
「隣にいるのは、先月結婚したばかりの妻の志穂です。田舎者で、何もわかりませんけれども、わたくしともどもご指導のほどよろしくお願いいたします」
もう一度頭を下げる。拍手が沸き起こった。
「実は・・・・」
そう言うと、進が目をつぶった。
「結婚したと言いましたけど、忙しくてまだ入籍しておりません。わたしの志穂に手を出さないように、この場をお借りして先輩諸氏にお願いいたします」
場内から、そんな願いは聞き入れられないという声がかかった。その言葉に会場は、爆笑の嵐となった。
わたしは進の手を引いて、お立ち台を降りた。。
「それでは、新人歓迎パーティーはまだまだ続きます。まだまだ料理がたくさん残っております。心行くまでご歓談ください」
進は、ポカンとしてわたしの顔を見た。
「ど、どうするのよ。いつばらすの?」
「ばらしたら、君が困るだろうと思って」
「・・・・そうだけど。でも、このままじゃ、あなたが原田進で、わたしが原田志穂のままになってしまうわ」
「それもいいね」
「何言ってるのよ。そんなの、困るわよ」
「そう? この前、ぼくの就職口がなかった時、食わせてもらうのもいいねって言ってたんじゃなかった?」
「言ったけど、それとこれとは別よ」
「じゃあ、今からばらそうか?」
わたしは、進の手を引いてお立ち台へ戻ろうとした。進は、抵抗する。
「え、いえ、それも困るわ」
「じゃあ、どうするんだよ」
進は考え込む。
「・・・・もしかして」
進はわたしを睨み付けた。
「もしかして、何だよ」
「初めからばらすつもりなんてなかったんじゃあないの?」
唇を噛みながら言った。
「あ、そばなんてあったんだ。食べに行こうよ」
「返事をしてよ!」
「大きな声を出すなよ。みんなが見てるぞ」
慌てて顔を伏せて進は黙り込んだ。
「社宅に帰ってから話し合おうよ。いいね」
すべてを察したらしく、進は返事をしないで、わたしの後を追ってきた。