普通の男女は、同棲すれば避妊に気を付けなければならない。だけど、毎日メチルテストステロンを飲んでいたわたしにはずっと生理がない。今すぐ妊娠したいわけじゃないけれど、将来原田の子供を産みたいと思っていた。
(そろそろ生理が復活するはずだわ)
しかし、メチルテストステロンを止めてずいぶん経っても、生理はまったく復活しなかった。どうしても原田の子供だけは産んでみたかった。だから、大学3年になったとき、思い余って婦人科を訪ねた。
「今日はどういうことで?」
「生理がないんです」
「妊娠したってこと?」
「いえ、違うんです。最近ずっと生理が止まったままで」
「初潮は、13歳のときだね」
医者はわたしの書いた予診表を見ながら質問する。
「はい」
「最初からおかしいの?」
「中学3年の夏休みころからだと思います」
メチルテストステロンを飲み始めてしばらくして、生理がおかしくなって止まった。もちろん、このことは伏せておいた。
「ほう、そうか。超音波で子宮と卵巣の検査をしてみたいが、いいかな?」
「えっ!? いいかなって、どういうことです?」
「超音波検査の器具を腟に入れるんだが、構わないかってことだよ」
医者は、わたしが若い女性だから、気を使ったようだ。
「ああ、そういうことですか。構いません。・・・・処女じゃないですから」
「そうか。じゃあ、向こうの診察台に上がって」
看護婦に言われて、スカートははいたままでショーツを下ろして、婦人科用の診察台に上がった。
「消毒するよ。ちょっと冷たいからね」
「はい」
冷たい液体が塗られたようだった。
「超音波のプローブを入れるからね。痛かったら言いなさい」
「わかりました」
気持ちはよくなかったけれど、痛くはなかった。
「終わったよ。下着を着けて、診察室へどうぞ」
医者がプリントアウトされたものを見ながら説明してくれた。
「子宮発育不全ですね。卵巣もちょっと小さいようだ。右の方は同定できない。ホルモン異常でもあるのかもしれないから、採血しておこう。それと、基礎体温を測って持ってきなさい。わかりましたね」
「はい」
毎朝起きる前に婦人体温計を口にくわえて体温を測り、医者から渡された記録用紙に印をつけた。
一ヵ月後、基礎体温の記録を持って再受診した。
「基礎体温がまったくフラットだね。これは卵巣がきちんと機能していないことを表しているんだよ」
「・・・・そうなんですか」
「女性ホルモンレベルを測定してみたんだが、まるで閉経後と同じだな」
「閉経後と同じ・・・・」
「卵巣機能がかなり落ちているみたいだね」
医者は気の毒そうにそう言った。
「なんとかなりませんか?」
「なんとかしてみましょう」
原田にはもちろん、両親にも内緒でいろいろと治療を受けてみた。1年間頑張った。だけど、生理は再開しなかった。すべては徒労に終わった。
最終的に、わたしには早期閉経の診断が下された。
(男性ホルモンを飲むなんて馬鹿なことをしたから)
後悔しても遅すぎた。取り返しがつかなかった。
「どうしたんだ? そんな悲しい顔をして」
原田より一足早くアパートに帰って床にぽつんと座っていたわたしの方を抱いて原田が尋ねる。
「なんでもないわ」
「なんでもないことはないだろう? 志穂がそんな顔をすると、ぼくまで悲しくなってしまうよ」
原田は涙を流さんばかりの顔をしていた。わたしは告白することにした。
「わたし・・・・」
すぐには言えなかった。
「わたし・・・・、なんだい?」
「・・・・わたし、子供を産めない体なの」
「子供を産めない?」
「ええ。ずっと生理不順で」
少し嘘を交えた。
「あなたの子供を産めるんだろうかって心配になって、婦人科に行ってみたら・・・・・」
「そしたら?」
「子宮発育不全で、卵巣機能も悪くって、子供は無理だって」
「何かの治療があるんじゃないか?」
「それも内緒でいろいろやってみたんだけど・・・・」
「そうか・・・・」
「わたしのこと・・・・、嫌いになったでしょう?」
絶対に捨てられると思った。悲しくて涙が流れた。
「そんなことないよ。子供が産めないくらいで、志穂のことを嫌いになったりしないよ」
「ほんとに?」
「ああ、ほんとだよ。志穂がぼくのそばにいてくれさえすればいいんだ。セックスだってできなくたっていいんだ。ただ、ぼくのそばにいてくれさえしてくれれば」
わたしの選んだ人に間違いはなかった。嬉しくてさらに涙が出た。
子供を産むことに執着していた自分が馬鹿だったと思い直し、わたしは元気を取り戻した。
数日後、進と愛し合ったあと、いびきを掻いて眠ってしまった進の顔を見ながらふと思った。
(進は、わたしが誘わなければセックスしない。セックスすることにあんまり執着していないようだ。そう言えば、わたしとセックスしなくてもいいって言ってたっけ)
もう一度、原田の顔を見た。
(進が望まないのなら、わたしだってそんなにセックスしたいわけじゃない。進が喜ぶからと思ってやっているんだ。進とセックスしないんだったら、わたし、女でいる必要はないわね。もう一度男になることを目指そうか? ・・・・でもわたしが男になってしまったら、男同士で愛し合うことにあるわね。それはだめか・・・・。いや待てよ。進に女になってもらおうか? 進は、色白で女にしたら美人になりそうだし、わたしより小さいし)
わたしの身長は170センチ。進も同じくらいあると思っていた。だけど違った。進は、身長が低いことを隠すためにシークレットシューズを履いていたのだ。付き合い始めてすぐ、実際の身長は、163センチだとわたしに告白した。
(女になることを承知してくれるだろうか? わたしの言うことなら、きっと聞いてくれるわ。そうよ。そうしましょう)
進は絶対にわたしの言うことを聞いて女になってくれる。そんな妙な確信を持ったわたしは、大学4回生になるとすぐに進に相談もしないで計画を実行に移した。
まずわたしは、メチルテストステロンの内服を再開した。それから、生理不順の治療と称して婦人科からプレマリンを手に入れて、進にこっそり飲ませることにした。
最初の投与は、進に飲ませる味噌汁に混入しておいた。
「今日はなんか気分が悪いよ。むかつくし、だるいし」
大学の校門を出るとき、わたしのそう洩らした。
「ビタミン不足かなあ」
「志穂と同じ物を食べてるんだよ」
「あ、わたし、ビタミン剤飲んでるから」
「ずるいな、自分だけ」
「悪い悪い。あなたにも用意してあげるわ」
と言うわけで、毎日朝晩プレマリンをビタミン剤と称して飲ませ始めることができた。
「体調はどう?」
「まあまあかな。あのビタミン剤のおかげだよ」
「そう。良かったわね」
「志穂のビタミン剤とは違うんだね」
ちょっとどきりとした。
「女が飲むものと男が飲むものがいっしょじゃおかしいでしょう?」
「それもそうだね」
進って男は、ほんとにいい人間だ。疑うことを知らない。
「最近髪の毛が伸びるのが早くなったなあ。散髪に行かなきゃ」
夏休みが近くなったころ進が言い出した。
「わたし、男の人の髪の毛が長いのが好きだな。あなたもわたしの長い髪が好きでしょう?」
「女の髪が長いのはいいけど、男はあんまり長いとおかしいよ」
「そんなことないわよ。卒業するまでは伸ばしてよ。自由ができるのは、今のうちだけなんだから」
「わかったよ」
進はわたしの言うことなら何でも聞いてくれる。
「志穂、大変だよ」
今にも泣き出しそうな顔をして、進が言う。
「どうしたのよ」
「最近、乳首が痛いなって思っていたら、しこりができてるんだ。きっと乳癌だよ」
進が飲んでいる女性ホルモンのせいでそうなったのだけれど、そうとは言えず誤魔化すことにした。
「まさか。男に乳癌があるの?」
「男だって乳癌になるって書いてあるよ。ほら」
進は、医学書を開いてわたしに見せた。
「へえ、そうなの。でも、乳癌は無痛性の腫瘤って書いてあるわよ」
「そう?」
「ほら、よく見てよ。痛みのない硬いしこりだったら乳癌を疑えって書いてあるでしょう?」
「ほんとだ」
わたしは、胸をはだけた進の乳首あたりを触ってみた。弾力のある500円玉くらいのしこりを触れた。痛いのか、進はちょっと顔をしかめる。
「確かにしこりはあるけど、そんなに硬くないと思うし、痛みがあるんだったら大丈夫よ」
「そうかなあ。病院へ行かなくてもいいかなあ」
不安げに、そうもらす。
「少し様子を見たら? どうしてもおかしかったら、病院へ行きましょう」
「・・・・そうするよ」
そうは言ったもののやっぱり心配らしく、進は毎日鏡に向かって胸をはだけて眺めていた。
一ヶ月ほどたって、進の表情が和らいだ。
「病院へ行かなくてよかったよ。しこりがなくなったみたいだ」
「ほんと? よかったわね」
進の胸を触ってみると、一ヶ月前のしこりは消えたように見えた。しかし、消えてしまったのではなく、柔らかく大きくなってわかりにくくなっただけだった。進は気づいていないようだけど、胸全体がふんわりと膨らんでいた。
(わたしが中学校に入ったときくらいだわ)
進の胸を見ながらそう思った。
進は、もともとそんなにセックスは強い方じゃなかったけれど、最近はまったくその気がなくなったようだ。わたしとセックスするのも次第に遠のいてきて、月に一度あるかないか位になっていた。その滅多にないセックスも、わたしの方が誘うのじゃなくて、あんまりしないと悪いからという、罪悪感みたいなものに突き動かされてか、進の方からわたしに迫ってきていた。
勃起はするものの、なかなか行かなくなっていて、一生懸命やろうとすればするほど、途中で萎えてしまうようになっていた。
「ごめん。疲れているみたいなんだ」
「いいわよ。わたし、あなたとこうして一緒に抱き合って眠るだけでいいの」
これは本当だ。進と抱き合っているだけで、わたしは行くことができた。女性ホルモンのせいで体が柔らかくなってきた進と抱き合っていると、神取つかさとの情事を思い出し行ってしまうのだった。
一方、進の方はといえば、射精できないことが多いから、満足していないと思っていたのだけれど、進を女だと思って、神取つかさにしていたように愛撫してやると、まるで女のように喘いで行ってしまうようになった。
(これも女性ホルモンの効果かしら?)
特に乳首はかなり感じるらしく、舐めたり転がしてやると喜んだ。その乳首が女のように大きくなり始めていた。
(進は気づいていないのかしら?)
鏡をじっくり見れば、体の変化に絶対気づくと思うのだけれど、進はまったくそんなそぶりを見せない。
(鈍感なんだろうか?)
ちょっと疑問になる。
周囲にいる人間は進の変化に気づき始めたようだ。
「市原さん、原田君と同棲してるんでしょう?」
「え、ええ」
「原田君、ちゃんとできるの?」
「ちゃんとできるって?」
「なんか、おかまみたいで、市原さんとエッチできるのかななんて思って」
「できるわよ。毎日毎日攻め立てられて、あそこが痛くなるくらいよ」
「まあ」
聞いた同級生はもちろん、言ったわたしも顔が赤くなった。
「あんなに可愛くて、それくらい強かったらいいわね。羨ましいわ」
「そんなに可愛い?」
「可愛い、可愛い」
「女装させたら似合うと思わない?」
誰かが言う。ちょっとドッキリする。
「そう? 気持ち悪いだけだよ」
自分の思惑は隠して否定する。
「女装させてみたら?」
「きっと嫌だって言うわよ。ああ見えても、結構硬派なのよ」
「へえ、そうなんだ。硬派って言えば、市原さんは紛いない硬派ね」
「それどういう意味?」
「そういう意味」
「市原さんが男っぽいから、バランスが取れてるのよね」
「なによ、それ」
「あなたたち、入れ替わったら、ちょうどいいんじゃないかな」
見透かされたようで、ちょっとどぎまぎした。
「何度も言うけど、彼は硬派だし、わたしはこう見えたって、結構ナイーブなのよ」
「あれ? 知らなかったわ。初耳だあ」
「酷いなあ」
女同士の井戸端会議は結構面白い。男になったら、こういうことはできなくなるなと思って、ちょっとしんみり。
夏休みが過ぎて、就職活動が本格的に始まった。春から就職活動をしている連中もいて、すでに就職先が決まっているものも何人かいた。
「二人で東京に行きましょうよ」
「東京? 都会はあんまり・・・・」
進が初めてわたしの意見に抵抗した。だけど、いつものように押し切ることにした。
「田舎にいちゃ、最先端のことはわからないわよ。東京が一番よ」
「でもね。ぼく、あのせかせかした東京がいやなんだよ」
「少し郊外に出れば大丈夫よ」
「でも・・・・」
「あなたがなんと言おうと、わたしは東京に出るからね」
「志穂だけ東京っていうわけには行かないだろう?」
「もちろんよ。だから、進も東京へ行って」
「うーーーーーん」
「わたし、あなたと別れてでも東京へ行くわ」
「志穂と別れるなんて、いやだよ」
「じゃあ、一緒に東京へ行きましょう?」
「・・・・わかったよ」
わたしが男になり、進に女になってもらうには、こちらにいるわけにはいかない。東京という大都会の中に紛れてしまうのが最良なのだ。