第3章 男の子に一目ぼれ

 念願が叶った。わたしは運良く、K大学の薬学部に通った。
 (一人暮らしができるぞ!!)
 わたしは小躍りして喜んだ。すぐに、神取つかさが、お祝いにやってきた。
 「先輩。しばらく会えないわね」
 「隣の県じゃないか。会おうと思えば、すぐに会えるさ」
 彼女と二人だけの時は、わたしはいつも男言葉を使っていた。
 「そうね。月に一度は会ってね」
 「ああ」
 「きっとよ」
 「わかってるって」
 まるで男女の恋人みたいな会話だなと思っていた。

 忙しい日々が過ぎていった。1Kの学生アパートを借りて、家具を買い込んで運び入れた。この過程で、わたしの計画に少し変更を加えなければならないことに気づいた。
 お父さんもお母さんも何かというと、アパートにやってくるのだ。なにしろ車で3時間しかかからないから仕方がないのだ。
 (困ったな。だけど、今の間だけよね)
 髪の毛を切るのは諦めて、しばらく静観することにした。ただ、メチルテストステロンだけは半錠ではなく1錠飲み始めた。

 大学の入学式が終わり、学部別の入学式のようなものがあり、その後、学科別の説明会があった。忙しい一日だった。翌日、学科ごとの歓迎会が行われた。新入生は40人。男子11人、女子29人だった。その席上、わたしはある人物を見て、目がくぎ付けになった。
 松田聖子じゃないけれど、その男の子を見て、ビビビッと何かがわたしの心の中に生まれた。その男の子は、やはり新入生で、特別ハンサムというわけではないけれど、可愛い顔をしていた。背はわたしと同じくらい。やせ形だから、体重はわたしより軽いかもしれない。
 (どうしたって言うの? わたしが男の子に一目惚れするなんて・・・・)
 自分で自分が信じられなかった。でも、ほんとに一目惚れのようなのだ。彼、原田進の顔を見るたびに、胸がきゅんとなるのだ。
 (うそ、うそ、うそよ)
 否定すればするほど、彼の顔が脳裏に浮かんできた。毎晩といっていいほど、彼の夢を見た。ただ、わたしが彼を抱くって言う不自然な夢だけど。

 名前順の出席番号が付けられていたから、いつもは近くにいることはないけれど、どうかした拍子に彼が近くにくることがあると、心臓がバックンバックン、顔を火照って、手が震えた。
 「市原さん、原田君にホの字なの?」
 そんな風に冷やかされても耳に入らなかった。
 「原田君も、市原さんがお気に入りみたいだよ」
 そんな事を聞かされたとき、嘘って言う感じだった。そう言えば、原田進もわたしと顔を合わせると、少し顔を赤らめて下を向くことが多かった。
 (彼もわたしのことを気に入ってくれている)
 それは間違いのない事実のように思えた。

 わたしはすぐに薬を飲むのを止めた。
 (女に戻らなきゃ)
 私服はみんなパンツだったわたしが、セーラー服以外のスカートをはいたのは何年ぶりだろうか?
 (男の人が、初めてスカートをはいたときの気分かもね)
 ものすごい違和感を覚えたけれど、彼にもっと気に入られたくて、我慢してワンピースを着て大学へ通った。
 「市原さん、こんなこというと気を悪くすると思うけど、あなたって、スカートが似合わないわね」
 「余計なお世話!」
 口をとがらせてみたけれど、似合わないのはわかっていた。自分で見ても、どう見てもおかまに見えるのだ。
 (態度が女らしくないからねえ。ずっと男みたいにしてきたから、急に女らしくしろって言う方が無理かな?)
 でも、原田進の気を引くために女らしくなろうと一生懸命努力した。化粧のやり方も覚えた。

 夏休み、化粧してスカートはいて実家に帰ると、母も父もビックリしたような顔をしていた。
 「どうしたの? 志穂」
 「どうしたのって?」
 「スカートはともかく、化粧までするなんて・・・・」
 「わたし、女の子だよ。化粧くらいするわよ」
 「へえ。変われば変わるもんだね」
 「年頃ですからね」
 「まさか、志穂。彼氏ができたなんてことないでしょうね?」
 「できてない。できてないけど・・・・」
 「できてないけど、好きな男の子がいるのね」
 「わかる?」
 「ほかにあなたが女らしくする動機がないでしょう?」
 「そうだよね」
 「どんな子なの?」
 「内緒」
 「教えてよ。親子でしょう?」
 「そのうちにね。片思いじゃなくて、両思いになったら」
 「そりゃ厳しいな」
 お父さんが横から口をはさむ。
 「なによ、お父さんったら!」
 「志穂のことを好きになる男の顔を見てみたいよ」
 「ようし。待っててよ。絶対紹介して見せるから」
 「期待しないで待ってるよ」
 父は期待半分といった表情をしていた。

 原田進ときっかけができたのは、秋の大学祭のときだった。たこ焼き屋の屋台を出して、二人並んで客引きをやった。
 「市原さんは、背が高いんだね」
 それが会話のきっかけだった。
 「背の高い女は嫌い?」
 「そんなことないよ。うちの母も君くらいあるから」
 「そうなの」
 「市原さんを初めて見たとき、男かと思ったよ」
 「あ、ああ。あの時はね」
 「最近、ジーンズ、はかないんだね」
 「あ、あんまり好きじゃないから」
 わたしは嘘をつくのがそんなにうまくない。だけど、原田進は簡単に信じたようだ。
 「ぼくは、君のジーンズ姿って好きなんだけどな」
 「えっ!? ほんとに?」
 「ぼくね。あんまり女の子って言う感じの女の子は好きじゃないんだ」
 意外な意見に驚く。
 「どっちかって言うと、ボーイッシュな女の子の方が好きなんだ」
 「そうなの・・・・」
 「変かなあ?」
 「そ、そんなことないわよ」
 (それって、告白のつもり?)
 「ぼくって、ちょっと頼りなくない?」
 「ちっとも」
 「そう。安心した」
 会話が途切れた。二人とも黙ったままじっと座っていた。
 「あのう」
 「あのう」
 ほとんど二人が同時に口を開いた。
 「あ、市原さんからどうぞ」
 「いえ、原田さんから」
 原田進は口篭もる。会話のない時間が再び過ぎていった。わたしは意を決して話し掛けた。
 「あの、原田さん?」
 「なに?」
 「わたしみたいに男みたいな女でよかったら、付き合ってくれる?」
 「よ、喜んで」
 「ほんとに?」
 「ほんとに」
 学園祭の片づけが終わると、わたしは早速原田進のアパートに押しかけた。
 (気が変わらないうちに関係を持たなきゃ)
 原田進は、女を次から次へと変えるタイプじゃない。関係を持ったら、最後まで責任を持つ。そんな確信があった。

 原田進の部屋に入るなり、わたしは唖然としてしまった。
 「すっごく片付いてんのね。わたしの部屋なんて、この部屋に比べたらゴミタメよ」
 「父がうるさくてね。つい習慣で」
 「そうなの」
 「コーヒーでも飲む?」
 「コーヒーより、ビールでもない?」
 「ビール? ビールはないよ。ぼく、そんなに飲まないから」
 「そうでしょうね」
 片づけが終わってから、みんなで紙コップに注いだビールで乾杯したのだが、原田はそれだけで真っ赤になっていた。
 「じゃあ、ちょっと買ってくるわ。ちょっと飲み足りないの」
 「ぼくはコーヒーを飲んで待ってるよ」
 アパートの横にあるコンビニで缶ビールを3本買って原田の部屋に戻った。
 「1本くらい、飲みなさいよ」
 「そ、そうだね」
 原田進は、わたしから缶ビールを受け取るとチビリチビリと飲み始めた。わたしの方はというと、あっという間に残りの2本を飲み干していた。
 「強いんだね」
 「母が強いものだから・・・・」
 父も決して弱い方ではない。だけど、母の方が数段上手なのだ。大瓶のビールを1ケース空けてしまったこともあると聞いた。
 「ほんとにわたしなんかでいいの?」
 わたしは原田進の横に座りなおす。
 「あ、ああ」
 「ペチャパイだよ」
 「別におっぱいと恋愛するわけじゃないよ」
 「ちっとも女らしくないよ」
 「そんなところがいいんだ」
 「わたし、男の人を好きになったのは初めてなの」
 「男が初めてって言うと、これまでは女だったんだね」
 原田進は軽口のつもりで言ったのかもしれない。
 「そうなの。これまで付き合っていたのは、女の子なのよ」
 そんな答えに、原田進は唖然としてわたしの顔を見た。
 「あなたのお陰で、レズから卒業しそうよ」
 「ほ、ほんとにレズなの?」
 「あなたに会うまではね。今は、あなただけよ」
 わたしは、原田進に抱きついて唇を合わせた。ベッドの上に押し倒すと、勃起したペニスを下腹に感じた。
 (うまく受け入れられるかしら?)
 そう思いながら、着ていたものを脱ぎ始めた。原田進もわたしに合わせて服を脱ぐ。
 「色が白いのね」
 「運動しないから・・・・」
 「毛も薄いし、女の子みたいね」
 「そんな風に言われるの、いやなんだ」
 「あ、ごめん」
 「ほんとに小さなおっぱいだね」
 「なによ! それでもいいって言ったじゃない」
 「お返しだよ」
 裸で抱き合って、舌を吸い合った。なぜかしら、神取つかさとしているのとそんなに変わらないような気がしていた。
 しかし、原田進の股間にある勃起したペニスを見て、わたしは固まってしまった。
 (やっぱり違うわ)
 ペニスが自分の体の中に入ると考えたとき、これまでは嫌悪以外のものは感じたことがなかった。だけど、何故かしら、原田のものならいいと感じていた。
 一生懸命愛撫してくれて入るけれど、なんだか物足りないような気がしていた。けれど、わたしの受け入れ準備はできていた。
 (わたしが処女を失う日が来ようなんて思っても見なかったわ)
 「う・ん・・・」
 入ってきた。痛みが走った。だけど、それを悟られないようにした。ベッドが軋む。痛みをこらえて、原田に笑顔を向けた。
 「大丈夫?」
 原田が動きを止めてわたしに聞いてきた。
 「大丈夫よ」
 「痛そうだよ」
 「痛くない・・・・」
 「嘘言ってもわかるよ。痛いんだろう?」
 「いいから続けて」
 「でも・・・・」
 「大丈夫だから」
 「じゃあ」
 原田は再び腰を動かし始めた。大丈夫だといった手前、我慢するしかない。痛み以外に快感もなにもないまま、原田のほとばしりを受け取った。
 (処女喪失なんて、苦痛以外の何者でもないわ)
 それでも、原田と結ばれたことには、心底感激していた。
 「愛してるわ」
 そんなわたしの言葉に、原田はちょっと戸惑いを見せながら答えた。
 「ぼ、ぼくも」

 原田と関係を持ったことで、神取つかさとの関係にひびが入った。原田と関係を持つ前から、わたしがそれまでしたことのない化粧をし始め、スカートをはき始めたことから、神取つかさはわたしが男に気があることにうすうす気がついていたようだ。
 わたしとしては、彼女とセックスも捨てたものじゃないと思っていたのだけれど、神取つかさにしてみれば、わたしが彼女以外の人間と浮気をしているように思ったようだし、なによりも男などという不潔極まりない人種にわたしが抱かれていることを想像するのも汚らわしかったようだ。
 「先輩はそんな人じゃないと思っていたのに・・・・」
 それが別れの言葉だった。それ以来神取つかさとは会っていない。ただ、数年たって、神取つかさが結婚して子供を産んだと風の噂に聞いたから、神取つかさのレズも一時的なものだったのだろうと思っている。

 原田とは、デートすれば必ず関係を持つようになった。だけど、原田は淡白な男で、わたしの方から誘わなければ、決してわたしを抱こうとはしなかった。そういうわけだから、処女喪失のときこそ正常位だったけれど、その後はわたしが騎上位で攻め立てる構図になった。つまり、いつもわたしがリードしていた。
 (原田にペニスがあるだけで、つかさとの関係とあんまり変わらないかな?)
 そんな風に思うことさえあった。

 大学2回生になってすぐ、わたしたちは同棲を始めた。いつものようにわたしの方が言い出し、原田がうなずくといった具合だ。
 同棲を始めた以上、両親に紹介しなければと思ったけれど、同棲してるなんて言い出しにくくて、結局紹介しないままになってしまった。
 (卒業したら、結婚しよう。そのときになったら紹介すればいいわ)
 同棲が悪いことなんていいう感覚はわたしにはなかった。