アメリカに渡って5年が過ぎ去った。わたしは、仕事を順調にこなし、確固たる地位を築いていた。進は進で、わたしを大いに支えてくれていた。
「なに? これは?」
「休暇を利用して、日本に帰るんだよ」
わたしが進に手渡したのは、日本までの航空券だった。
「日本に帰るって、何しに帰るの?」
「ずっと帰ってないから、久しぶりに実家に行こうと思ってね」
「実家にって、実家に帰るわけには行かないでしょう?」
「どうして?」
「どうしてって・・・・」
わたしたちは、アメリカに来てから、毎月実家に手紙を出していた。わたしは職場、進は家庭で起こるさまざまなことを下書きし、それを見ながら、わたしは原田進の妻として、進は原田進として、それぞれの実家に手紙を送っていた。
進の両親も、わたしの両親も心配はしていないものの、たまには帰ってきなさいと口をすっぱくされていた。
「このまま死ぬまで帰らないわけにはいかないんだよ。いつかは話さなければならないんだ。ぼくの両親も君の両親も、もう60を超えているから、万が一ってことがあるんだよ。あの時話しておけばよかったなんて、あとで後悔したくないだろう?」
「あなたの言うことはわかる。だけど、許してくれるかしら?」
「許すも許さないもないんだ。もう、こうなってしまったんだからね」
「・・・・そうね」
進は迷いながらも、一時帰国を承諾した。
日本の夏は暑かった。
「どっちから帰るの?」
「男の実家からに決まってるだろう?」
「じゃあ、わたしの?」
「ぼくの方だよ」
「そう言うことになるのかな?」
「あたりまえだよ。今はぼくが男なんだから」
「わかったわ。・・・・でも男の実家から帰ろうなんて、あなた。考え方がちょっと古い」
「そんなことない」
「今どきの夫婦だったら、妻の実家から帰ろうって言うわ」
「・・・・とにかく、ぼくの実家が先だ」
「ま、いいわ。妻の方の志穂の実家に戻るんだから」
わたしはちょっと考える。
「君の実家に行くべきかな?」
「・・・・ん、もう。どっちにするのよ?」
「やっぱり、ぼくの家へいこう。初めから、そうつもりだったから」
「はい、はい。あなたの言う通りにします」
進は、いろいろと言うけれど、結構古風な女を演じている。
手紙で帰国することは伝えてあった。
(最初の挨拶はなんていうかな?)
考えながら帰ったけれど、うまい文句が浮かばなかった。
「緊張してるわね」
「君だって」
緊張しないのが無理だというものだ。タクシーがわたしの実家に横付けされた時には、あまりの緊張で手足が震えていたくらいだ。
「深呼吸、深呼吸」
わたしより緊張していない進にそういわれて、わたしは大きく深呼吸した。
「さあ、行きましょう」
二人そろって玄関に立ち、チャイムを押した。
「志穂! 志穂なの?」
待っていたと見えて、母のばたばたと走る足音が聞こえて玄関ドアが開いた。ドアを開いてわたしたちを見ると、母はちょっとがっかりした顔になった。
「あら? どなたでしょう?」
(やっぱり、わからないだろうな)
「ただいま。ぼくだよ」
そう言うと、不思議そうな顔をして母は首をかしげた。
「はあ? あなた、どなた?」
「ぼくだよ。ようく、ぼくの顔を見て」
しばらくわたしの顔を見つめていた母は、ようやくわかったのか、驚きの表情を見せた。
「あ、あなた。まさか・・・・」
「そう。ぼくだよ。父さんは、いる?」
唖然と口を開いたまま、母は奥へと消えていった。
「お父さん、お父さん。大変ですよ」
「なんだ、いったいどうしたんだ?」
父の声が奥から聞こえてきた。
「し、志穂が帰ってきたんですよ」
「帰ってくるって言ってたじゃないか。何を驚いているんだ」
「会えばあなたもビックリします」
わたしは、靴を脱いで玄関へ上がる。
「志穂。上がるぞ」
「いいの?」
「ぼくの実家だ。君の家でもある」
「そうね。じゃあ、お邪魔します」
二人で、奥のリビングへと入っていった。
「ただいま」
父もわたしの顔を見て、首をかしげた。そして、母の言った意味がわかったらしく、目を丸くした。
「し、志穂なのか?」
「そうだよ。久しぶり」
「ど、どうしてそんな格好をしている?」
「そんな格好って?」
「まるで男じゃないか」
「そうだよ。男になったんだ」
「男になった!!??」
父も母も顔を見合わせた。
「お、男になったって、どういう意味だ?」
「文字通りだよ。アメリカで性転換したんだ」
「せ、性転換!!」
「そう。子宮も卵巣も腟も乳房もみんな切り取ってもらって、ペニスを作ってもらったんだ」
「まさか・・・・」
父は絶句する。
「父さんは、ぼくが小さいころから男になりたかったってこと、知ってるよね」
「そんなことを言ってたことは知っているが・・・・」
「子宮も卵巣も取ってしまったら、もう子供が産めないんじゃあ・・・・」
母が横から涙声で言う。
「大学時代、生理がおかしいんで調べてもらったら、子供が産めない体だとわかったんだ」
「子供が産めない・・・・」
「そう。だから、女に固執する理由がなくなって、男になったんだ」
「・・・・そうか」
父も母もがっかりしたような顔になった。
「と、ところで、一緒にいる女性は、どなただ?」
「ああ、彼女はぼくのパートナー、奥さんだよ」
「お、奥さん!?」
「そうだよ。ぼくたち、結婚してるんだ。手紙に書かなかったかなあ」
「そ、そうだったわね。この人が、あなたのパートナーなのね。・・・・あなた、この子が女だと知ってるの?」
母が進に尋ねた。
「はい。存じてます」
進が笑顔で答える。
「アメリカでは、女性同士の結婚が認められてるの?」
進がわたしの顔を見た。わたしが答える。
「最近オランダでは同性の結婚が認められたみたいだけど、アメリカでは、まだ認められていないよ」
「じゃあ、どう言うこと?」
「ぼくたちは、女性同士じゃないんだ」
「えっ!? どういうこと?」
「彼女は、元は男なんだ。彼女も性転換して女になったんだ」
「ええっ!!」
父と母の驚きようといったらなかった。
「ぼくは、女から性転換して男になった。彼女は男から性転換して女になった。元は男と女だから、結婚できるんだ。ただ、ぼくは彼女の元の名前、原田進を名乗っていて、彼女はぼくの名前の志穂を名乗ってるんだ。つまり、これは内緒だけど、戸籍を入れ替えて使ってるってわけだよ」
「信じられん・・・・」
「・・・・ええっと、し、志穂さんでいいのね?」
「あ、はい」
「あなたのご両親は、このことを知ってらっしゃるの?」
「いえ、まだです。明日にでもわたしの実家に行って説明するつもりです。そのために帰国したんです」
「そうですか・・・・」
「ぼくたちの結婚、認めてくれるだろう?」
父はしばらく考えていた。それから大きな溜息とともに言った。
「認めるも認めるもないだろう? 今更どうしようもないんだから」
「そうだよね」
「結婚式、挙げられないわね」
母がポツリと呟いた。
「ああ、到底無理だね。だけど、結婚写真だけは撮るつもりだから、出来上がったら送るよ」
「はあ・・・・」
子供ができない上に、結婚式まで挙げられないと聞いて、父も母も落胆が大きかった。
(ちょっと、親不孝しちゃったな)
初めて後悔した。
「おまえとこうして酒を酌み交わすことになろうとは思ってもみなかったよ」
父は、結構嬉しそうに杯を上げた。男は、自分の息子と酒を酌み交わすのが、ひとつの夢だと聞いたことがある。
「でかい、男みたいな女からお酌されるよりはいいだろう?」
「それもそうだ」
そう言って、杯を飲み干した。
「それって、本音みたいだね」
「あ、まあ、そうだな」
「ひどいなあ」
「あのう。わたしでよかったら、お酌しましょうか?」
夕食を作る手伝いをしていた進が、わたしたちのそばへやってきて膝をついた。
「志穂さんからお酌してもらうのなら、大歓迎だよ」
父は目尻を下げた。
「それにしても美人だ。ほんとに男だったのか?」
「父さん、それはもう言わないって約束だよ」
「悪い、悪い」
父は進から注がれた酒をぐっと飲み干した。進はわたしと父にもう一度酒を注ぐと、キッチンへ戻っていった。
「父さんの好みだろう?」
「女の好みは同じらしいな」
「親子だからね」
「ほんとに不思議だ。おまえは生まれた時から男だったように思える」
「小さい時、女装させられていただけだよ。昔の武士がそうだっただろう?」
「・・・・そうだな。そう思うことにしよう」
夕食が済んでも、わたしと父は飲み続けた。その間に、進と母は一緒に入浴したようだ。パジャマ姿で、わたしたちのいる居間へ戻ってきた。
「わたしたちも一杯いただきましょう」
進と母についでやると、ふたりとも美味しそうにぐっと飲み干した。
「志穂さん、いける口なの?」
「お付き合い程度です」
学生時代、ほとんど飲めなかった進も、最近はご近所の奥さん方とパーティーで飲む機会が多くて、少しは嗜むようになっていた。
「こいつは、ウワバミでなあ。黙っていたら、家中の酒がなくなってしまうんだ」
父は母に向かって笑いながら言う。
「最近はそんなに飲みませんよ」
そう言いながら、母はビールをコップに注いでどんどん飲んでいた。
結局、家中の酒がなくなるまで飲みつづけ、床についたのは午前2時過ぎだった。
「いいご両親ね」
「まあね」
「お母様に肌が綺麗ねって誉められちゃった」
「あ、一緒に風呂に入ったんだったね」
「ええ。あそこもよくできてるわねって」
「ええっ! 母さんに見せたのか?」
「見たいっておっしゃるから」
「見たいなんて言う方も言う方だけど、見せる方も見せる方だよ」
「そう? 別に恥ずかしいことじゃないでしょう?」
「信じられないな」
「でも安心されていたみたいよ」
「・・・・そういうものかな?」
わたしのできも母に見せるべきだろうかと思ったけれど、わたしは今は男。昔は同性だったとはいえ、とても見せる気にはならなかった。
翌日、目が覚めたのは午前10時を回ったころだった。居間に行くと、母と進が朝食の準備をして待っていた。
「ごゆっくりお休みで」
進のそんな言葉に、母がくすりと笑った。
「なんだよ。何がおかしいんだよ?」
「志穂さんって、わたしに似てるのね」
「だから好きになったんだよ」
「出会った時は、志穂さんは女じゃなかったんでしょう?」
「・・・・そうだね。でも、今思うと、なんとなく、母さんに似ているような気がしたんだな。うん、そうだよ」
初めて出会ったときのことを思い出す。進の話し方、態度。どれを見ても母に似ていたと思った。あの時、わたしはすでに進の中に女を見ていたのかもしれない。
「ああ、よく飲んだ」
父も居間へやってきた。
「今日はどうするんだ?」
「志穂の実家へ行ってくるよ。それから、またこっちへ寄るつもり」
「そうか。向こうの親御さんもビックリするだろうな」
「わたしが女になったことに付いてはあんまりビックリしないかもしれません」
「ほう。どうしてだ?」
「わたし、小さいころから、姉の服を着て遊んでいて、よく怒られましたから」
「はあ、そうなのか・・・・」
「食事がすんだらすぐに出るの?」
「うん、車、貸してもらってもいい?」
「いいが、免許は持ってるのか?」
「国際免許を持ってるよ」
「原田進の名前だな」
「そうだよ」
「見つかるとまずいんじゃあないか?」
「なにが?」
「おまえはほんとは女だからな」
「今のぼくを見て、女だと思う?」
「・・・・思わんな」
「じゃあ、大丈夫だろう?」
「それもそうだな。じゃあ、気をつけていって来るんだぞ」
「はい」
食事が済んで荷物を車に積むと、進の実家へ向かった。
「あなたのお父様には、わたしの両親はビックリしないって言ったけど、やっぱり驚くかなあ」
わたしの家にいたときとはうってかわって心配そうな表情になっていった。
「そりゃそうだろう。しかも元女のぼくと結婚しただなんて、驚かない方が絶対おかしいよ」
「結構驚かなかったりして」
「そんなことないさ」
「どんな顔をするか、楽しみ」
くすりと笑った。
「怖いっとか何とか言うと思ったら、面白がってるのか?」
「面白がってなんかいないわよ。やっぱり怖いわよ。でも、どうしようもないんだもの。出て行けって言われたら、素直に出て行くしかないわ」
「それもそうだ」
原田進の実家は、わたしの家から車で3時間ばかりの隣の県にある。その道中、進は陽気にしていた。緊張の裏返しなのだろうか?
「いよいよだね」
「ええ。あそこに停めて。あそこなら、通りの迷惑にならないから」
進に指示されて、少し広い場所へ車を停めた。
「さあ、行きましょう」
進は深呼吸をする。
(やっぱり緊張してるな)
わたしも一度深呼吸してから、進のあとに従った。
進がチャイムを鳴らすと、進が年を取ったらこうなるという、よく似た女性が出てきた。進の母親だろう。
進の顔を見ると、ちょっと首を傾げたけれど、すぐに笑顔になった。
「進なのね。よく帰ってきたわね」
「ただいま。あ、わたしの旦那様です」
わたしを紹介した。進の母親は、驚きもせずにわたしに頭を下げた。
「まあまあ、よくいらっしゃいました。汚いところですが、まあ、お上がりください」
進が女の格好をしていることにそれほど驚きもせず、しかもわたしのことを旦那様だと紹介したのに、平気な顔をしてわたしを案内しようとする。わたしの方がビックリしてしまった。
「言った通りでしょう?」
振り向いて進が笑った。
「・・・・信じられないよ」
「さあ、上がって。父の靴があるから、居間にいるでしょう」
わたしは靴を脱ぎながら尋ねた。
「お父さんも驚かないと思う?」
「10中8、9は驚かないでしょうね」
「ほんとか?」
「賭ける?」
ちょっと考えてから答えた。
「賭けになんないような気がするよ」
「そうね。ま、ともかく父に会って」
畳が敷かれた和風の居間の縁側で、進の父親が本を片手に碁盤をじっと見つめていた。
「ただいま、お父さん。ご無沙汰しております」
進は、畳に正座して深々と頭を下げた。
「おう、よく帰ったな。長く会わないうちに、ずいぶん変わったな」
母親と同じように、進の父親もまったく驚いた表情を見せなかった。
(変な両親だなあ)
口には出さずにそう思っていた。
「そちらの方は?」
「わたしの旦那様よ」
「そうか。その人がおまえの旦那様か。初めまして、進の父です。確か、お名前は志穂さんでしたな」
「は、はあ。初めまして」
志穂と呼ばれてどぎまぎした。
「あら? どうして、この人の名前が志穂だってわかったの?」
「そりゃわかるさ。結婚した相手の名前は志穂さんだったろう? 手紙にそう書いてあったじゃないか」
「あ、そうか」
「すみませんな。進の我がままに合わせてもらって」
「えっ!?」
言っている意味がわからず、わたしは聞きなおした。
「進は昔から女の格好をするのが好きでね。止めろと言っても、一向に聞き入れなくて。志穂さんも、進に無理やりそんな男の格好をさせられているんでしょうな」
ここでわたしは、進の両親がかなり誤解していることに気がついた。進は趣味でただ女装していて、わたしも進に合わせて男装しているだけだと思っているようだ。
(あんまり驚かなかったはずだ)
進の顔を見た。わたしの方を見てウインクしてきた。わたしもウインクを返す。誤解されたまましばらく様子を見ることにした。
「今日は泊まっていくんだろうね」
「もちろん、泊まらせていただきます」
「それでは、夕食ができるまで、おまえの旦那様と一献傾けようかな? いかがでしょう?」
進の父親が、わたしに向き直って杯を挙げる仕草をする。
「喜んで」
進と母親がキッチンで夕食の準備をしている間、わたしと進の父親は向かい合って酒を酌み交わした。
進の父親は、あまり強くないようで、カンピンが5本ほど並ぶころにはかなり酔っていた。
「いやあ、嬉しい。あなたのような嫁がきてくれて、わたしは非常に嬉しい」
何度も何度もそう言った。ちょっと悪い気がし始めていた。
愉快な夕食だった。わたしの母の料理とは趣が変わっていたけれど、美味しい料理だった。
「志穂の料理とは雲泥の差だね」
「ここにいる間に習って帰ります」
「そうしてくれ」
「お父さんたちは、まだ飲むようだから、先にお風呂をいただきましょう」
片づけを終えた母親が進に言う。
「そうね。じゃあ、お父さん、お先に」
「風呂? 風呂か。進! 久しぶりに一緒に入るか?」
進は、ギョッとして父親を見た。
「わたしと一緒に入りたいの?」
「いいだろう? 久しぶりだ」
「・・・・いいけど・・・・」
進の父親は、進が女装しているだけだと思っているから、簡単にそう言っているようだ。
(面白くなるぞ)
わたしは、杯を飲み干しながら、ほくそえんでいた。
「じゃあ、わたし、先に入るから、入りたいのなら入ってきて」
進はバスルームへと向かった。進の父親も、ふらふらしながらバスルームへ向かう。ガラガラと音がしてから、バシャバシャと水音がし始めた。王将を歌いながら、進の父親が服を脱いでいるようだ。
(さあて、どうなるだろう?)
もう一度ガラガラとドアの開く音がした。しばらくの静穏。再びガラガラとドアの開く音がして、バタバタと慌しい足音がした。
「か、母さん。大変だ」
わたしはふふふと笑った。進の母親が、バスルームへと向かった。
「どうなされたんですか?」
「どうって、進を見てくれ」
「進を? 進を見てどうするんですか?」
「ないんだ」
「ない? なにが?」
「なにがって、あれがだよ」
「あれって、なんですの?」
「あれだよ。あれ。男のシンボルだよ」
「男のシンボルって、おちんちんのことですか?」
「そ、そうだよ」
「まあ、あなた。今ごろお気づきになったの?」
「なに?」
「進は女になったんでしょう? そんなものがあっちゃ、おかしいですわ」
進の母親は気づいていたようだ。
「あっちゃ、おかしいって、おまえ・・・・」
進の父親は泣き出しそうだ。
「志穂さんに喉仏があって、胸もまっ平らだし、さっきトイレにたった時に、立小便していたようでしたから、志穂さんは男になっているのは間違いないと思ったんです。志穂さんが男になっているのなら、進の方も女装しているだけじゃなくて、きっと完全に女になっているんだろうなって思うのは当然でしょう?」
「ああ、なんてことだ」
「もう手遅れですわ。わたしには、こうなることがずっと前から予想がついていましたからね」
「はあ・・・・」
たった一人の息子が息子でなくなっていたのだ。がっかりするのは当然だろう。
「どうなさるの?」
「どうするって?」
「娘が一緒に入ろうって言ってくれてるのよ。こんなこと、もう二度とないかもしれないわよ」
「いくらなんでも成人した娘と風呂には入れないよ」
「そうですか。じゃあ、わたしが一緒に入ってきます」
呆然と居間へ戻ってくる父親と入れ替わりに、母親がバスルームへ入っていった。
「ああ、なんてことだ」
進の父親は、再び溜息を漏らした。
「進さんは女になってしまいましたけど、ぼくが代わりをしますから」
「・・・・はあ」
「ぼくじゃあ、駄目ですか?」
「そんなことはないよ」
「じゃあ、一緒に飲みましょう」
「ああ」
それから、進の父親は無茶苦茶飲み始め、進たちがバスルームから出てきた時には酔いつぶれていた。
翌朝、進の父親に顔を合わせたときにも、あまり元気がなかった。
「娘ばかりで、俺一人が男になってしまったな」
お茶を飲みながら、ポツリと呟いた。
「お義父さん、ぼくがいますから」
「ああ、そうだったね」
ちょっと寂しそうに笑った。
「進さんが男のままでいるより、ぼくの方がずっと男らしいと思うんですけど」
「あ、そうだな」
進がわたしを睨んだ。
(ほんとのことじゃないか)
わたしは進を睨み返した。進は今度は笑顔を返してきた。
「お義父さん、朝食が済んだら、囲碁をやりませんか?」
「おっ? できるのか?」
「はい。少々なら」
「それはいい。進はいくら教えてもからっきしだったからな」
「じゃあ、お手合わせいただきましょう」
進の父親は、急に元気が出たようだ。
昼食をはさんで夕方まで付き合わされた。結果は、3勝3敗。ほぼ互角の腕前だった。
「いやあ、強いな」
「まぐれです」
「そんなことはない。どこで習った?」
「囲碁の本を見て」
これは嘘だ。実は、進に習ったのだ。からっきしだと言った進に習ったわたしが、進の父親と互角に戦ったらおかしいと思ったからだ。
このことで、わたしは進の父親と仲良くなり、すっかり打ち解けてくれた。
(趣味のひとつくらいは持つべきだな)
進の実家に三日、その帰りにわたしの実家に寄って三日を過ごし、アメリカに戻った。
仕事は順調で、この世界に原田進ありと言われるようになった。男として、これほど誇りに思うことはない。
進も、わたしの妻として内助の功を発揮しながら、趣味や娯楽、ボランティア活動などに精を出している。
あの時、わたしに子供を産む能力が残っていたら、わたしと進の立場は逆転していたかもしれない。
ただ、蚤の夫婦で、ちょっとかっこ悪い夫婦になっていただろう。
時々進と話し合うことがある。男と女とどちらがいいかと。
結論は出ない。
男にしろ女にしろ、自分のやっていることに満足できるかどうかということに尽きるだろうというのがひとつの結論だ。
わたしは今に満足している。そして、進も。