第12章 告白

 最後の計画を実行する時がやってきた。
 「志穂! 志穂!! とうとうやったよ」
 わたしは、社宅へ意気揚揚と帰った。
 「いったいどうしたのによ」
 「アメリカに行けることになったんだ」
 「ほんとに?」
 「ああ。先月提出していたレポートが採用されて、向こうで研究を続けることになったんだ」
 「向こうって、GMIJの本社で?」
 「そうだよ」
 「おめでとう。とうとう願いがかなったのね」
 「ありがとう。夢がかなうよ」
 二人で抱き合って喜んだ。
 「・・・・でも、向こうに行くには、パスポートがいるでしょう?」
 「ああ、いるよ」
 「パスポート、取れないんじゃあ」
 「どうしてだよ?」
 「パスポートには写真を貼らなきゃいけないでしょう?」
 「そうだよ」
 「わたし、原田進の名前で、パスポートを申請したら、変に思われないかしら?」
 「馬鹿だなあ。君は原田志穂、ぼくは原田進で申請すればいいのさ。裸になれって言うわけじゃないからね」
 「あ、そうか」
 「向こうへ行ったら手術をしてもらおう。帰ってくるときには、裸になれって言われてもいいようになるんだ」
 「ええ」

 GMIJに就職してから1年4ヶ月目の夏休み、わたしたちはアメリカへ渡った。プールつきの大きな一軒家を与えられ、わたしはGMI本社で働き始めた。
 「志穂。手術の予約に行こう」
 働きながら、性転換手術をやってくれるドクターの情報を収集し、あるドクターにやってもらおうと決定した。そのドクターは、経験豊富で、仕上がりの写真を見てみると、本物そっくりだったからだ。
 「予約が要るの?」
 「ああ、そうなんだ。性転換手術を希望する人が多くて、すぐにはできないそうなんだ」
 「性転換する人って、そんなに多いの?」
 「多いみたいだね」
 早速、ドクターのオフィスを訪ねてみた。

 「性転換したいんですけど」
 「君は無理だ。いくらなんでも女にはなれないよ」
 「えっ!?」
 ドクターは勘違いしているようだった。
 「違うんです。ぼくは男に、彼女は女にしてほしいんです」
 「な、なに? 君は女で、彼女は男なのか?」
 「はい、そうです」
 志穂は恥ずかしそうに下を向いていた。
 「2、3検査をさせてもらうが、君たちなら、手術をしてあげよう」
 そういうわけで、血液検査と心理テストを受け、合格したわたしたちは手術してもらえることになって予約した。
 「1年も先なの?」
 「仕方ないさ。ドクターの腕がいいから、みんな待ってでも手術を受けるんだよ」
 「どうせ手術してもらうなら、綺麗にしてもらった方がいいものね」
 「そういうことだよ」

 待つのは長かったけれど、8ヶ月目に連絡が入り、手術を受けられるようになった。
 「志穂が先らしいよ」
 「MTFの方がFTMに比べて簡単だから、手術がはけるのね」
 「そうみたいだね」
 進はドクターに指定された病院へ入院して、簡単な手術前検査を受けた。ゴーサインが出て、剃毛、浣腸などが施された。
 「いよいよ明日は、手術なのね」
 嬉しそうにする進を見て、わたしは後ろめたさが最高潮へ達した。
 「このまま手術を受けさせてもいいものだろうか?」
 「どうしたの? あなた」
 「い、いや。なんでもない」
 言い出せなかった。面会時間が過ぎてしまって、わたしは自宅へ戻った。
 (ほんとにこのまま手術を受けさせていいのだろうか?)
 まるでハムレットの心境だった。アルコールを飲んでみたけれど寝つかれず、とうとう一睡もしないで夜が明けた。
 (やっぱり告白しておくべきだ。今ならまだ引き返せる。男性ホルモンを投与して、大きくなった乳房を切り取れば、進は男に戻れる)

 わたしは自分のこれまでしてきたことを進に告白する決心して、病室を訪れた。
 「おはよう、あなた。来てくれたのね」
 「ああ、今日は休みを取ってるんだ」
 「もうすぐだわ」
 進は時計を見上げた。
 「志穂。君に言っておかなければならないことがあるんだ」
 「何を? まさかわたしを捨てるなんていわないでしょうね?」
 「いや、そうじゃない。君を捨てるわけがないじゃないか」
 「そうよね。じゃあ、いったい、何の話があるって言うの?」
 「実は・・・・」
 わたしは言いよどんだ。簡単には言い出せなかった。
 「実は、何なの?」
 「ぼくは君をずっと騙していた」
 「わたしを騙していたって、どういうこと?」
 わたしは、話し始めた。幼いころから、男になりたかったこと。生理がいやでいやで、男性ホルモンを飲み始めたこと。神取つかさとのレズの経験。進に一目惚れして、女に戻ろうとしたこと。飲みつづけていた男性ホルモンのせいで子供ができない体になっていたこと。子供を産めないから、男になるという夢を実現することにしたこと。そのために、進を女にしてしまおうと、こっそり女性ホルモンを飲ませ始めたこと。就職するときを狙って、進に女装を強いたこと。類宦官症や睾丸性女性化症候群は嘘で、わたしが進に女性ホルモンをこっそり投与していたせいであること。すべてを包み隠さず話した。
 「そうだったの」
 「騙していてごめん。ぼくは君を無理やり女に仕立て上げたんだ。今なら、まだ引き返せる。ドクターに断りを言おう」
 わたしは、立ち上がってドクターのいる部屋に行こうとした。
 「待って。実は、わたしもあなたに黙っていたことがあるの」
 「ぼくに黙っていたこと?」
 「そう」
 わたしは進のベッドのそばに腰をおろした。
 「実はわたし、小さいころから、女になりたかったの」
 「何だって!」
 「わたし、末っ子で、姉が二人いるの。姉たちが綺麗な可愛い服を着せてもらっているのがうらやましくて、どうして男に生まれたんだろうって思っていたわ」
 「へえ・・・・」
 「こっそり姉の服を着たり、母の口紅を塗ったりしたこともあったの」
 「わたし、女だったけど、そんな気持ちになったことはないわ」
 「あなたは気持ちが男だったからじゃないの?」
 「あ、そうか・・・・」
 「精通があって、髭が生え始めて、いやでいやでたまらなくなって、高校生になってから、こっそり女性ホルモンを飲み始めたの」
 「大学に入ったときも飲んでいたの?」
 「ええ。ずっと飲んでいたわ。化粧の仕方も姉たちが化粧をするのを見て覚えたの。姉の服を着て街に出たこともあるわ」
 わたしは、進と出会ったころのことを思い出した。
 (そう言えば、ちょっとオカマっぽかったっけ)
 「あなたと出会って、何かぴんと来るものがあったの。わたし、この人と結ばれるって」
 「それはぼくも同じだわ」
 「あなたは男になりたい女で、わたしは女になりたい男。どこかが感応したのね」
 「そのようだね」
 「あなたが女に戻ろうとしたと同じように、わたし、男に戻ってこの人を手に入れなくちゃって思ったの」
 立場は逆だけど、わたしたちの考えたことはまったく同じだったことに気づいた。
 「あなたと結ばれたけど、なんだか空しかったわ。やっぱりわたしは女になりたいって。そんな矢先、あなたから子供を産めない体だって告白されたの。わたしの方も女性ホルモンのせいで子供を作れない体になっていたから、ちょっとホッとしたの」
 「そんなこと初めて聞くよ」
 「言えなかったの。今まで黙っていてごめんなさい」
 「そんなこといいよ。で、それから?」
 「あなたのことが大好きだったから、女になりたいなんて言って別れることが怖くて、言い出せないまま時間が過ぎていったわ。だけど、ある日、体調が変になったの。女性ホルモンを初めて飲んだときみたいだなあって思っていたら、あなたがビタミン剤だって言って、わたしにプレマリンを飲ませようとしたのよ。わたし、ビックリしたわ。最初は、わたしに女性ホルモンを盛って不能にして、別れるつもりじゃないかって思ったの。だけど、あなたも男性ホルモンを飲んでいるらしいことがわかって、気がついたの。あなたは男になりたい女で、男のわたしと一緒にいたいがために、わたしを女にしようとしてるんだって」
 「知ってたの。・・・・そうか。だから、少し女性化したときも、あんまり騒ぎ立てなかったんだな」
 「そうなの。GMIJの歓迎パーティーで、女装させられたとき、入れ替わりが始まったなって思ってたわ」
 「気づいていて気づかない振りをしていたんだね」
 「一生懸命隠そうとしているあなたを見ているのは面白かったわ」
 「ひどいなあ」
 わたしは、思い出して赤面した。
 「類宦官症だの睾丸性女性化症候群だの、よく思いついたわね」
 「参ったな」
 「そういうことなの。だから、心配しないで。わたしがこの手術を受けるのは、あなたに騙されて受けるんじゃなくて、わたしの意思で受けるんだから」
 「それを聞いて、安心したよ」
 「昨日、寝てないんでしょう?」
 「うん。もっと早く打ち明けていたら、こんなに悩まないですんだのに」
 「もう悩まなくていいわ」
 「ぼくを許してくれるんだね」
 「もちろんよ。わたしこそ、あなたがやってることを知っていて、知らない振りをしてごめんね」
 そのとき、白衣を着た男が入ってきた。
 「そろそろ手術室へ行きますよ」
 男は進を手術室へ運ぶポーターだった。アメリカでは、役割分担がきっちりしていて、日本のように看護婦がみんなするわけじゃない。
 「頑張ってこいよ」
 「ええ」
 わたしは、手術室の前まで見送った。

 進が手術室に入ったのは、午前8時25分だった。待てど暮らせど出てこない。
 (どうかなってしまったんじゃあ・・・・)
 わたしは熊のように手術室の前を行ったり来たりした。
 「原田さん、3時間はかかりますから、まだ出てきませんよ」
 たまたま出てきたナースがそう言って、わたしは少し安心した。時計はまだ11時を指したばかりだった。
 手術室の扉が開いて、進を載せたベッドが出てきたのは、午後1時20分を回ったころだった。
 「志穂」
 「もう少し眠らせてあげなさい」
 そう釘を刺されて、わたしは黙ったまま進のベッドに付き添って病室へ戻った。

 麻酔のせいか、進の顔色は青白く、弱弱しく見えた。
 (進。たった今から、君は名実ともに志穂になったんだね)
 守ってあげなきゃ。そう決心した。わたしは、進の細く白い手をしっかり握り締めた。

 日が落ちて、病室の明かりがつけられてかなりたったころ、進が目を覚ました。
 「ずっと付いていてくれたの?」
 「ああ」
 「ありがとう」
 「痛くないか?」
 「ちっとも」
 手術前とぜんぜん違う。進は、ほんとに志穂になっていた。
 「わたしは大丈夫よ。あなた、昨日も寝てないんでしょう? 家に帰ってゆっくり休んで」
 「大丈夫だよ。鍛えてあるんだから」
 わたしは、右腕を直角に上げて、二の腕の筋肉を盛り上がらせた。
 「早く元気なって、その太い腕に抱かれたいわ」
 「ああ、しっかり抱いてあげるよ」
 わたしは、進の唇に軽くキスした。

 その夜は、進の隣で寝た。痛み止めのモルヒネが効いているらしく、進は殆ど痛みを訴えなかった。
 一夜が明けた。わたしは、やはり前日の徹夜がたたって、午前0時の時報を聞いたあと、眠り込んでしまったようだ。翌朝、ナースの訪室で起こされた。
 「ミセス原田。昨夜は眠れましたか?」
 「この人のいびきで、まんじりともしませんでしたわ」
 「あらあら。看病しに来たのか、邪魔しに来たのかわかりませんね」
 ナースが笑顔でわたしを見た。
 「ぼくはイビキなんてかかないぞ」
 「そんなことないわよ。夜勤の看護婦さんが証人よ」
 「嘘だろう?」
 「嘘よ」
 あっけらかんとして、進が答えた。
 「なんだよ。ほんとかと思ったぞ」
 ふふと進が笑った。
 「二人とも仲がいいのね。羨ましいわ」
 「あなた。今日は仕事でしょう? 早く行かなきゃ」
 「あ、そうだ。夕方また来るよ」
 「事故るんじゃないわよ」
 「わかってるよ。じゃあ、またな」
 わたしは進の病室を飛び出していった。