第11章 進に主婦を続けさせるために

 「志穂! ビタミン剤をここにおいて置くぞ」
 「いつものところね。わかったわ」
 「前飲んでいたやつが、こっちにはないんだ。色も大きさも違うけど、効能は同じだから、心配しないでいいよ」
 「わかったわ」
 ビタミン剤と偽って進に飲ませているのは、プレマリンという女性ホルモンだ。これまでは0.625ミリの錠剤を2錠ずつ一日二回飲ませていたのだけれど、今日から1.25ミリの錠剤に変えたのだ。こっそり変えても、色と大きさが違うからばれてしまう。だから、誤魔化すために同じ効能のビタミン剤だと偽ったのだ。一日量が倍になるから、効果も倍増するはずだ。

 わたしの仕事は順調で、新人としてはかなりの評価を受けていた。進も婦人会の観劇や食事会に参加し、女を楽しんでいるようだ。
 (主婦のほうが楽なような気がするな)
 そんな思いに駆られることもあるけれど、わたしは思い直す。
 (わたしは男として生き、仕事をこなす。それが、わたしの望み)

 世の中は夏休みになったらしく、近所で遊ぶ子供の声が多くなった。
 「ねえ、あなた?」
 「なんだ?」
 「ちょっとわたしを見て?」
 進がわたしを寝室に引き込んで、ドアをきっちりと閉めた。
 「どうしたって言うんだよ」
 進は黙って、上着を脱ぎ始めた。
 「何するんだよ。真昼間から、ぼくに迫るつもりなのか?」
 「違うのよ。わたしを良く見て」
 上半身裸になって、進は不安そうにわたしを見つめた。
 「おかしいでしょう?」
 「・・・・そうだね」
 進の胸がふんわりと膨らんでいた。
 「女装をずっと続けていたら、こんな風になるのかしら?」
 進は、両手で膨らんだ胸を包み込むように押さえた。
 「だったら、ニューハーフ達は苦労しないだろうね」
 「そうでしょう? じゃあ、どうしてこんなに胸が大きくなったのかしら?」
 「そんなに大きくなってないだろう? 太っただけじゃないか?」
 「そんなことないわよ。体重はむしろ減ってるんだから」
 「そうか?」
 わたしには当然原因はわかっているのだが、すっとぼけて応対を続けた。
 「これじゃあ、ほんとにブラジャーがいりそうよ」
 「そうだなあ・・・・。トップとアンダーの差はどれくらいあるの?」
 「6センチ」
 「まだ子供並だな」
 「子供並でも男としてはおかしいわ。そうでしょう?」
 「そ、そうだね」
 「なんとかしてよ」
 「何とかしてって言われても・・・・」
 「病院へ行くわけにもいかないし・・・・」
 「そうだな。・・・・いずれにしても、何らかのホルモン異常だろうから、ぼくが何とかしてみよう」
 「なんとかするって?」
 「明日、採血管を持って帰るよ。採血して、君の体内のホルモンを検査してみよう」
 「それで原因がわかるかしら?」
 「わからないけど、やってみる価値はあるだろうね」
 「そうね。じゃあ、お願いするわ」
 不安そうにしてる進。進に黙って、女性ホルモンを投与しているわたしとしては、ちょっと後ろめたいけど、入れ替わりを維持するためには目を瞑るしかない。

 翌日、採血管を持って帰り、さらに翌日、出掛けに採血して、会社でこっそりと検査した。
 「志穂、検査の結果が出たよ」
 「どうだった?」
 「ほら、これだよ。君も少しはわかるだろう?」
 「ええ」
 「男性ホルモンのレベルが低くて、女性ホルモンのレベルが高いみたいだね」
 「ほんと・・・・」
 「男性ホルモンが充分分泌されていないんじゃないかな?」
 「・・・・そうみたいね。でも、女性ホルモンのレベルが高いのはどうして?」
 「男も女性ホルモンが少し分泌されているのは君も知っているだろう?」
 「知ってるわ」
 「女性ホルモンの分解が抑制されていて、体内に溜まっているんじゃないかな?」
 「・・・・そう言うことになるわね」
 女性ホルモンが高いのは、わたしが女性ホルモンを進にこっそり投与しているためで、男性ホルモンが低いのは、女性ホルモンによる抑制のせいだろう。
 「今日、本で調べたんだけど、ほら、ここにある類宦官症って病気じゃないかな?」
 「類宦官症?」
 「男性ホルモンの分泌が、何らかの原因で抑制されて、外見が女みたいになる病気なんだ。ほら、この写真の男の人は、まるで女に見えるだろう?」
 「ほんとだ。しかも、ペニスがついてる」
 「治療方法として、男性ホルモンの投与が有効と書いてあるよ。男性ホルモン投与後の写真がこれだよ」
 「すっかり男ね。まるで別人みたい」
 「君もこの病気じゃないか?」
 「・・・・そうかも」
 進はわたしの説明に半信半疑のようだが、わたしの説明を信じるだろう。わたしにはそれが予想できる。
 「そうだとすると、男性ホルモンの投与を受けなければ、わたし、どんどん女性化するのね」
 「そういうことだな」
 「どうしよう? 病院へ行かなきゃならないかしら?」
 「男性ホルモンなら、手に入れられるよ」
 「ほんと?」
 「ぼくの会社は、ホルモン関係の研究もやっているからね。だから、性ホルモンの検査だってできるたんだよ」
 「そうなの。じゃあ、あなたが手に入れてくれるのね」
 「ああ、何とかするよ」
 「よかった。たのんだわよ」
 「まかしとけ」
 しめしめとわたしはほくそえんだ。

 翌日、わたしは一本のバイアルと注射器を持って帰った。バイアルには、男性ホルモンの名前が書いたラベルが貼ってあるけれど、中味は女性ホルモンのプロピオン酸エストリオールだ。
 「志穂、持って帰ったよ」
 「なんだか、怖いわ」
 「そうだね。急に大量を打つと、副作用が出るかもしれないから、少量を頻回に打つことにしよう」
 「頻回って、どれくらい?」
 「週に一回程度かな?」
 「それくらいだったら安心だわ」
 「毎週土曜日に注射することにしよう。それでいいね」
 「ええ」
 ニューハーフたちが、女性化を促すために女性ホルモンを注射をする場合、普通は2週間に1バイアルを注射するらしい。進に投与する方法は、毎週半バイアルだから、全体の投与量は変わらない。進はそのことに気づいていない。まさに朝三暮四なのだ。
 バイアルの半分を注射器に吸い取って、進の肩に注射した。
 (胸がもっと大きくなるはずだわ。次の言い訳は・・・・)

 「小さくならないわ」
 泣き出しそうな進。
 「女性化がかなり進んでいるから、注射の効果は、すぐには現れないだろう? もう少し様子を見よう」
 「そうね・・・・」
 最初の1ヶ月はそう言って誤魔化した。
 「どうしてなの? わたしの胸、小さくなるどころか、ますます大きくなっていくわ」
 「おかしいなあ。そろそろ効果が出てきてもいいんだけど」
 こう言い訳して2ヶ月が過ぎた。
 「わたし、ほんとに類宦官症なのかしら?」
 「この前のホルモン検査が間違っているんだろうか?」
 「もう一度調べてみて」
 「わかった。明日もう一度検査してみよう」
 翌日、採血管を持って帰り、採血して検査にまわした。もちろん会社には内緒で、こっそりと機械を動かして結果をプリントアウトするのだ。
 「検査結果が出たよ」
 「どうだった?」
 「百聞は一見にしかず。自分で見てみなよ」
 進は、検査結果をまじまじと見た。
 「女性ホルモンのレベルは少し下がって、男性ホルモンのレベルがずいぶん高くなってる」
 「そうだろう? 男性ホルモンを注射しているから、ほとんど正常になっているんだ」
 「じゃあ、どうして女性化が止まらないの?」
 進がじっと見つめている結果は、わたしのものだ。進から採血した血液を、わたしのものと摩り替えておいたのだ。
 わたしは男性ホルモンをずっと飲んでいる。だから、こんな結果になったのだ。もちろん進の血液の方も測定はしてある。男性ホルモンは抑制されて、女性ホルモンがかなり高くなっていた。
 「わからないけど、志穂が女性化するのは、類宦官症じゃなくて、別の原因かもしれないな」
 「別の原因?」
 「そうだよ。もう一度本を見てみよう」
 わたしは、医学書を広げる。
 「この前の検査結果では、この類宦官症に間違いないと思ったんだけど、男性ホルモンの投与が効果を上げないとすれば・・・・、これかな?」
 わたしは、次のページに書かれている病名を指差した。
 「睾丸性女性化症候群?」
 「これだと、今の志穂の状態に当てはまりそうだよ」
 進は、医学書をじっと見詰める。
 「この病気は、男性ホルモンに対するレセプターの欠損によって起こるらしいんだ」
 「男性ホルモンに対するレセプターの欠損・・・・」
 「そう。たとえ男性ホルモンが体内に充分存在しても、レセプターがないから、男性ホルモンの効果が現れないんだ」
 「でも女性化するのはなぜ?」
 「だから前にも言っただろう? この病気の男性でも女性ホルモンが少量分泌されているから、それが溜まって女性化を起こすんだ。この写真の人物を見てごらん。見た目は、完全に女だよ」
 「わたしにはペニスがあるわ」
 「ここを見てごらんよ。レセプターの欠損の程度によって、完全に女性としての形態をとるものから、男性に近いものまであるって書いてあるだろう?」
 わたしが指差している部分を読みながら、進はぽろぽろと涙を流し始めた。
 「どうしたんだよ? 涙なんか流して」
 「わたし、完全な男じゃないのね」
 「・・・・まあ、そうだけど」
 「どうしたら・・・・。もう、あなたと暮らしていけないわ」
 騙していると口に出そうになったけど、わたしはその言葉を飲み込んだ。そんなことを言ったら、進を失ってしまうと思ったからだ。イヤ、そうなるのは確実だろう。
 (もう引き戻せないわ。最後までやり遂げなきゃ)
 「心配するなよ。ほら、ここを見てごらん。男性としては、生きていくのは難しいけど、女性としてなら、生きていけるって書いてあるだろう?」
 「わたしが女になったら、ますますあなたと暮らしていけないじゃないの」
 「ぼくが男になればいいじゃないか」
 「ええっ!?」
 「今でも君は原田志穂で、ぼくは原田進として暮らしているんだよ。このまま、今の状態を続けていけばいいんだよ」
 「でも、あなたはいいの? 女に戻れないのよ」
 「いいよ。君のためだ。君のためだったら、男にでもなんにでもなるよ」
 「ほんと? ほんとに、いいの?」
 「ああ、君さえぼくのそばにいてくれたら。この言葉は、君がぼくに言った言葉だよ。忘れちゃいないだろう?」
 「え、ええ」
 (後ろめたい。ああ、後ろめたい。だけど、このまま続けていくしかないんだ)
 「完全に女性になるためには、女性ホルモンの方を補充したほうがいいだろうね」
 「そうね」
 「ぼくは男性ホルモンを注射して、より男性に近くなるから、志穂は、女性ホルモンを注射するようにしようよ。それでいいね」
 「ええ」
 こう言うことで、わたしは男性ホルモンを、進は女性ホルモンを注射することになった。わたしの立てた計画は、順調に進んでいる。

 女性ホルモンを本格的に注射し始めて、進はますます女らしくなっていった。胸はCカップになっているようだ。体の形も丸くやさしくなっていた。夜、ベッドに入って進の体を抱いてみると、ほんとに柔らかくなっているのが実感できた。
 いっぽう、わたしは、男性ホルモンの注射をしながら、体を鍛え始めた。腕立て20回、背筋20回、腹筋20回、スクワッド20回。これらを1セットをして、毎日3セットをこなした。肩、胸に筋肉がつき、腹筋には割れ目ができた。
 「この体に、この乳房はおかしいわね」
 鏡に映してみると、筋肉隆々としたわたしの体に、小さな乳房がちょこんと乗っていた。
 「何とかしなくちゃ」
 そこでわたしは、フレックスの時間を利用して、都内にある病院を訪れた。
 「原田進さん、診察室へどうぞ」
 わたしは、医者の前に座った。
 「今日はどういうことで?」
 「胸が大きくなっちゃって」
 「ほう。ちょっと見せてごらん」
 わたしは、上着を脱いで普段しているバストバンドをはずした。
 「ずいぶん大きくなっているね。いつからこんなに大きくなったのかね?」
 原田進としてカルテを作っているから当然かもしれないけれど、わたしが女だとは露も疑いもせずに、ドクターは話をする。
 「大学時代にしこりができて、放っておいたら、こんな風になってしまって」
 「なるほど」
 「何かの病気なんですか?」
 「これは女性化乳房という病気だよ。薬の副作用のことがあるんだが、何か飲んでいないか?」
 「いえ、何も飲んでません」
 「そうか。じゃあ、原因不明ということだな」
 「どうすればいいんですか?」
 「切り取るしかないな」
 「切り取るって、手術するんですか?」
 「そうだよ。来週にでも手術してあげよう」
 手術すれば、邪魔な乳房がなくなる。しかし・・・・。
 「麻酔はするんですよね」
 「ああ、麻酔はするよ。麻酔しなければ、手術はできないよ」
 「どんな麻酔をするんですか?」
 「全身麻酔だな。それくらい大きくなっていたら、局麻じゃ無理だろう」
 「全身麻酔・・・・」
 全身麻酔をかけられたら、恐らくわたしは女だとばれてしまう。イヤ、絶対にばれる。
 「局所麻酔じゃだめですか?」
 「無理だよ」
 「そうですか」
 「どうするね?」
 「考えさせてください」
 「わかった。だが、いずれにしても、手術しないとだめだよ」
 「わかりました」
 全身麻酔で手術するわけには行かないから、局所麻酔で手術してくれるところを探した。
 「全身麻酔でないと無理だね」
 「無理だよ」
 みんな全身麻酔が必要だという。男になりたい女だと打ち明けて手術をやって貰おうかとも思った。しかし、諦めかけていたとき、局所麻酔でやってくれるという医者にめぐり合った。
 「簡単だよ。やってあげよう。傷も目立たないように、乳輪縁切開で埋没縫合をしてあげるよ」
 嬉しくてその医者に抱きついてキスしてやりたい心境だった。
 「お願いいたします」
 「どうする? 今からすぐにでもやってあげるよ」
 「願ってもありません」
 そういうわけで、直ちに手術を受けることになった。

 局所麻酔は痛かった。痛かったけど、我慢するしかない。片方に40分あまりかかり、手術が終わったのは、1時間半を過ぎたころだった。
 「化膿止めと痛み止めをあげるから、食後に必ず飲むんだよ。取れた乳腺は、一応癌の検査に回しておくから、来週結果を教えてあげるよ」
 「ありがとうございました」
 バストバンドを圧迫止血のために巻いたまま、社宅へ戻った。
 「ええっ! 手術しちゃったの?」
 進は驚きを隠せない。
 「ああ。邪魔なだけで、必要ないだろう?」
 「あなた。ほんとに男になるつもりなのね」
 「そうだよ」
 「痛かったでしょう?」
 まっ平らになったぼくの胸を撫でながら、進は感激したように涙を流した。

 わたしの体は完全に男性化した。股間の詰め物がいるけれど、トランクス一丁になっても大丈夫だ。進の方も完全に女性化して入るものの、裸になるのはもちろん、水着姿にもなれない。
 時々股間を見つめてため息をついている姿を見ると、最後の計画を実行しなければならないなと思う。