今日も誰かを引っかけるつもりなのか、早野女史は真っ白なミニ丈のワンピース姿でフェアレディーに乗り込んでいった。
「今日も10時か・・・・」
三雲に髪を伸ばそうかと言ったけれど、この調子では散髪に行く時間が取れそうもない。意識的ではなく、やむなく髪を伸ばすことになりそうだ。
夜は車の汚れも気にならない。いつものように、走る車の減った国道をマンションに向かって走った。
今日は三雲は来ない。どこかの病院の当直に行っているはずだ。ボクも明日はデータ取りが終わったら、市内の精神科の病院へ当直に行かなければならない。行きたくはないけれど、行かなければ食っていけない。
ボクは現在無給の医員という身分だ。ホントはまったくの無給なのだけれど、有給の医員ふたりの給料を、ボクを含めた無給のふたりを加えた4人で分けて貰っている。税制上は違法なんだろうけれど、どこの医局も同じようなことをやっている。
ひとり分でやっと暮らしていける給料を半分しかもらえないから、それだけでは食っていけない。だから当直に行かざるを得ないのだ。
4人分の給料をくれればいいものを、お医者さんは割のいいバイトがいっぱいあるでしょうとは、ある偉いお役人の意見だそうだ。そんなの本末転倒じゃないのと言いたいけれど、ボクのような下っ端が言っても聞いてくれるようなことではない。
若くて未熟な医者が、生きるためにバイトの当直をする。事故が起こったら、その医者の責任。若い医者も大変だけど、そんな医者に診て貰う患者さんも迷惑な話だ。
三雲はと言えば、あいつは外科系の大病院の息子で、かなり小遣いを貰っているからバイトなんてする必要はない。だけど、医局に属している以上、当直しろと言われれば、その指示に従わないわけにはいかないのだ。ただし、三雲の場合、裏金を使って楽なところへ行かせて貰っているらしい。ただ寝るだけの楽な場所へ。精神科の当直も、患者が自殺などしない限り滅多の起こされることがないから楽と言えば楽だけど。
誰も迎えてくれるもののいない部屋に入るのはどうもイヤだ。三雲が来るとわかっていれば来るまでの間くらいは我慢もできるけど、来ないことが確実な日は、寂しさがよけいに身にしみる。三雲との関係がまったくなければ、こんな孤独は感じないのだろうに。そばに三雲がいて欲しい。
あの時も、初めて三雲と関係を持ったときも、ボクは今日のような孤独感にさいなまれていた。
高校時代、ボクはまったくもてなかった。顔が悪かったわけでもなく、スタイルだって決して悪くはなかった。恐らく、ボクがパソコンオタクで性格がやや暗めで自分から外に出ようとしなかったせいだと思う。だけどそんなに孤独だとは思わなかった。男友達が結構いたからだ。
しかし、大学に入って状況が変わった。他の学部へ進んだ連中は、医学部へ進んだボクに一目置いているせいか、気軽に声を掛けてくれなくなった。同じ高校から医学部へ進んだ三宅という男とは馴染みじゃなかった。医学部の同級生に気の合う連中はいなかった。寂しさを紛らすためにモニターに向かう毎日だった。
そんな時間が半年くらい過ぎた頃、秋の大学祭が終わったあと、打ち上げと称して医学部の男数人が薬学部の女性数人を招いて合コンが開いた。そのときたまたまボクの横に座ったのが吉村尚子だった。
「ええっ! 島岡さん、一回生なの?」
自己紹介がすんだあと、大きな目をくるくるさせながら、彼女は言った。
「そうだけど・・・・」
「そう。年下なの。絶対ふたつは年上だと思ったのに」
「ひどいなあ。でも、吉村さん、ホントに年上なの?」
「わたし、二回生だから、島岡さんが浪人していない限りはわたしの方が年上ね」
「ボク、現役だから・・・・」
「何月生れ?」
「5月」
「じゃあ、わたしが3ヶ月だけお姉さんってわけね」
「お姉さんねえ・・・・」
お姉さんと言われてちょっと気後れしたボクだったけれど、何故だか気が合ってずっと一緒にいた。そして合コンが終わっての帰り、彼女の方が切り出した。
「島岡さん、わたしなんてだめでしょう?」
「え? 何が?」
「年上だからあなたの彼女になんて無理だよね」
「そ、そんなことないよ」
「ほんと?」
「うん」
「じゃあ、わたしとつき合ってくれる?」
そう言ってニッコリと微笑む尚子にボクは完全に虜になった。そんなきっかけでボクたちはつきあうことになった。
尚子は、当時薬学部は勿論、ボクの通う大学に属している女性の中では3本指に入るほどの美人だった。誰もがボクのことをうらやましく思っていたようだった。ボクのどこが気に入ったのかはわからなかったけれど、ボクが医学部だと言うことが多少とも作用したことは間違いのない事実だと思う。尚子にそんな下心があったとしても、人も羨む美人を手に入れたボクにとって不満があろうはずはなかった。ボクの方だって、工学部じゃなくて医学部に進むに当たって、いい女とつきあえるという不純な動機があったのは否めない事実だからだ。
つきあい始めて3度目のデートの時、尚子の方から誘われる形で関係を持った。初めてだったのにうまくいった。だけど、それは尚子の方が上手く導いてくれたからで、決してボクが上手かったせいではなかったのだけど、その時のボクは有頂天になっていたから、そんなことには気づかなかった。
つきあい始めたきっかけだとか動機だとか、尚子が処女じゃなかっただとか言うことは問題じゃなかった。ボクたちはラブラブで、同じ講義を聴くときは隣同士に座り、昼食は必ず一緒にとった。互いのアパートに行き来し、半同棲状態だった。
吉村尚子とつき合うようになって、ボクは以前より明るくなったと言われるようになった。ボクは尚子のおかげで、よりよい人間へと成長した。尚子に対して密かに感謝する毎日だった。
「卒業したらすぐに結婚しよう」
「嬉しい」
抱き合いながら、いつもそう言っていた。
そんなボクと尚子との関係にひびが入ったのは、尚子の同級生である後藤亜由美のせいだ。いや、彼女の誘惑に負けたボクのせいだ。
後藤亜由美は、初めからボクと尚子の間を壊す目的でボクに近づいてきたようだ。そんなこととはつゆ知らず、後藤亜由美と関係を持ってしまった。後藤亜由美は、その直後に尚子にその事実を自慢げに話した。
「なかなか上手だったわよ、彼」
「嘘よ! あの人があんたなんかと!」
「嘘だと思うのなら、確かめてみたら?」
詰め寄る尚子に、ボクは嘘を突き通せなかった。
「ごめんよ。二度と浮気なんてしないから」
そう言って、土下座したけれど尚子は許してくれなかった。
「愛していたのに・・・・」
そう言い残して、ボクのアパートを出て行った。それ以来尚子は二度と会ってくれなかった。
一度の浮気くらい許してくれたっていいじゃないかと思ったこともある。だけど、ボクを信じていてくれた尚子を裏切ったボクがやっぱり悪いのだ。
尚子が出て行った日から、ボクはほとんど大学へは行かずに、アパートで飲んだくれていた。
それから一週間ほどたったある日、三雲がボクのアパートにやってきた。ボクのことを気に掛けてくれる同級生など誰もいないと持っていたから、嬉しくなって三雲の持ってきたオールドパーを飲んだ。
ボトルがほとんど開いた頃、朦朧としているボクに三雲が唇を合わせてきた。
「愛してるよ」
そんな言葉をボクの耳元で囁いたのだけれど、ボクは酒の上での冗談だと思っていた。だけど、それが冗談なんかではないことを知ったのは、三雲がボクの中に入ってきた激痛を感じたときだった。
「何するんだ! 止めろ!!」
抵抗しようとしたけれど、身体が思うように動かなかった。あとで三雲が告白したところによると、三雲はボクに覚醒剤を盛っていたのだった。
「好きだ。ずっと前からおまえのことを思っていた」
「止めてくれ! お願いだ!」
そんな願いは聞き入れてもらえず、ボクはとうとう三雲のほとばしりを受け取ってしまった。その瞬間、ボクは何とも言えない快感を覚えたのだけれど、その時はそんなことを三雲には言わなかったし、言えるはずもなかった。
それで終わりになると思った。けれど違った。三雲はその時の状況をビデオに撮っていたのだ。
「入学式の時、島岡を見てからずっと思っていた。ホントだ。嘘じゃない。俺は、島岡のことが好きなんだ」
ビデオテープを片手にそんなことを語る三雲をボクは唇をかみしめて睨んだ。テープを材料にして関係を迫るなんて、なんと卑劣な男だと思った。
ボクがホモじゃないことは、尚子と3年あまり半同棲していることからもわかるだろう。だけど、あのビデオの中のボクの表情は、まるで男に犯されるのが嬉しいような満足した表情を見せているのだった。
「ホントはホモだったから、あんな美人の尚子と別れることになった」
そう言われても否定できないようなものだった。だから、三雲の言いなりになるしかなかった。
最初の頃は、酒か覚醒剤を飲んで意識が朦朧とした状態で三雲の相手をしていた。しかし、一ヶ月もしないうちに三雲との関係にのめり込んでいった。男として女を抱き射精するよりも、女のように振る舞い、男を受け入れる方が格段に強く長い快感が得られたからだ。
「このアパート、音が結構筒抜けだから移ろうよ」
ボクが快感のあまり声を上げるようになったとき、三雲が言い出した。ボクは黙ってそれに従った。ボク自身としても、遠慮なく声を上げられるところに移りたかったのだ。移ったところが今ボクが住んでいるこのマンションだ。光熱費はボクが出しているけれど、家賃は三雲が支払っている。支払っていると言っても、どうも三雲の病院の経費で落としているらしい。
このマンションに移ってすぐ、三雲はボクにいくつか要求を出した。
「俺といるときは、できれば女の格好をして欲しい。服は俺が用意する」
そんな要求をされるだろうとは薄々予想はしていた。だから、迷わずに返事をした。
「わかった」
「もうひとつお願いがある」
「どんな?」
「女の格好をした君から男言葉が出てくるなんておかしいだろう?」
「あ、まあそうだな」
「女言葉にして貰っていいかな?」
「わかったよ」
「じゃあ、頼んだよ」
それから数日たって、マンションに戻って上着をクローゼットに仕舞おうとしてビックリした。クローゼットの中が女物の服で溢れていたからだ。
「信じられない。どうやって買ったんだ?」
一着くらいだったら、彼女へのプレゼントとか言って買うこともできよう。しかし、とてもそんな言い訳ができないほどの量だった。
整理ダンスの中にも色とりどりの下着が詰まっていた。これも男の三雲が買ったとは到底思えなかった。
「日本中に女装専門店があるんだよ。そこから仕入れたんだ。知らないのか?」
三雲はシリコンの人工乳房をボクに手渡しながらそう言った。
「女装専門店って、そんなに女装する男が多いのか?」
「俺は知らないけれど、そう言うことだろうな」
早速インターネットで調べてみると、そのたぐいの店がたくさんあることがわかった。値段はかなり張るようだったが、金に不自由しない三雲にとってはそんなことは気にならないようだった。
「夏に泳ぎに行ったりはしないよな」
そう尋ねられてボクは考えた。泳ぎに行ったのはいつのことだっただろうかと。中学生の時以来、泳ぎになんて一度も行っていなかった。
「じゃあ、むだ毛は処理してもいいよな」
そう言いながら三雲は脱毛剤をボクに手渡した。その脱毛剤を使って首から下の毛をすべて脱毛した。毛をむしられた鶏みたいでおかしかったけれど、女物の下着を身に着け、パンストを履き、ワンピースなどを着るとまったく違和感がなかった。
やはり三雲がそろえた化粧品を使って化粧した自分の顔を見たとき、鏡の中のボクにボクは欲情してしまった。
「ホントにこれはボクなのか?」
「そう。君は美人だ」
三雲がボクの肩を抱きながら、鏡の向こうからボクに微笑んだ。もっと上手く化粧すれば、きっと尚子よりも美人だ。そう思った。
女装したボクは、女になった気分で三雲に接した。三雲もボクを女のように扱った。その日まで躊躇ってやらなかったフェラチオをボクは自然な気持ちでやった。女だったら、当然やってやらなければいけないと思ったからだ。
ボクの口の中で大きくなる三雲の男性自身をボクは楽しんだ。ボクの喉の奥に注ぎ込まれてくる白濁した液体を味わった。
無理矢理関係を持たされたのに、半年もしないうちに、ボクは三雲に愛しているとさえ囁くようになっていた。
三雲のいない生活なんて今のボクには考えられない。だけど、ボクは男。三雲と一生一緒にいるというわけにもいかない。いつかは別れなければならない日が来る。