どれくらい経ったろうか? 泣き疲れて、椅子に凭れていると、ドアが開いた。誰かが部屋に入ってきた。
「まあ、悟。探してたのよ。どうして、こんなところに縛り付けられているの? 誰がこんなことをしたの? お父様なの?」
沙也佳の声だ。『助けて、ぼくは家庭教師の森だよ』と言おうとしたが、言葉にならなかった。
「すぐ解いて上げるわね」
そう言って、円城寺沙也佳がぼくの体に触れた瞬間、ひどい頭痛がして、ぼくは再び意識を失った。
気がつくと、ぼくは床の上に倒れていた。体を動かすと、動く、自由に動く!! 喜んで、ぼくは立ち上がった。立ち上がるとき、三つ編みの長い髪の毛が目の前にあった。そして、自分の手が見えた。その手は・・・・、ぼくの手じゃなかった。そんな馬鹿な! 白く細い指。よく見ると、ぼくはスカートを穿いていて、女物のブラウスを着ていた。胸には膨らみがあった。
部屋の中を見回すと、部屋の隅に手洗いがあって、壁に鏡があった。ぼくは、急いでその鏡を覗き込んだ。鏡に映ったのは、・・・・思った通り、円城寺沙也佳の顔だった。ぼくは、円城寺沙也佳になってしまった。ぼくの思考は、大混乱していた。いったい、いったいどうしたと言うんだ。
あの忌まわしい人格交換機の椅子には、円城寺沙也佳の弟、悟が、わうわうと言いながら、涎を流していた。
さっきは、ぼくは、円城寺悟になっていた。体が自由に動かなかったから、そのはずだ。この部屋の中には、円城寺悟になったぼくしかいなかった。円城寺沙也佳が部屋に入ってきて・・・・。ぼくが円城寺沙也佳になっていると言うことは・・・・、ぼくと、円城寺沙也佳の人格が入れ替わってしまったとしか考えられない。
「君は、沙也佳ちゃんかい?」
ぼくは、円城寺悟に近づいて、そう聞いてみた。椅子の上の悟が、頷いたように見えた。いや、確かに頷いた。間違いない、ぼくと円城寺沙也佳が入れ替わってしまった。どうしたことだ!!!
ぼくは考えた。むかし読んだ漫画本の中に、藤子不二雄のミステリー短編集というのがあって、似たような話しがあったことを思い出した。同じような人格交換機の話しだ。人格が入れ替わった直後は不安定で、接触すると、接触したもの同士の人格が入れ替わるという話しだ。まさに同じ事が起こったのだ。
どうするか? 目の前の円城寺悟の体の中には、沙也佳の人格が閉じこめられている。触ると、もう一度、入れ替わりそうだ。ぼくは、円城寺悟の体から慌てて飛び退き、部屋の中をうろうろしながら考えた。
そうだ! このまま、円城寺沙也佳のまま、ぼくの体に会いに行こう。円城寺俊郎とぼくになった悟のふたりは、ぼくと円城寺沙也佳の人格が入れ替わっていることを知らないから、この姿のままなら、簡単に接触できるはずだ。そうして、ぼくの体に接触すれば、ぼくは自分の体を取り戻せる。その後は、姉弟で入れ替わって貰えばいい。そうだ。それがいい。そうしよう。
ぼくは、人格交換機の椅子に固定されている円城寺悟になった沙也佳に話しかけた。
「沙也佳ちゃん、よく聞いてくれ。ぼくは、君の家庭教師の森敬一郎だ。今君が座っている機械は、君のお父さんが作った機械で、人格を入れ替えるという機械だ。人格を入れ替える機械なんて、信じられないと思うけど、こうしてぼくたち、入れ替わってしまってるから、信じざるを得ないと思うけど・・・・。
君のお父さんは、君の双子の弟の悟君に、自由に動く体を与えるため、ぼくと悟君の人格を入れ替えたんだ。ぼくの人格は、悟君の体に完全に固定されていなかったらしく、君がぼくに触ったために、今度は、君とぼくが入れ替わってしまった。今、その状態にあるんだ。
今からぼくは、ぼくになった悟君を捜して、接触してみるつもりだ。きっと、入れ替わるはずだ。そしたら、悟君の人格が、君の体の中に入ることになる。お父さんに頼んで、入れ替えてもらえばいい。分かったね。じゃあ、少しの辛抱だよ。君のお父さんが来るのを待っていてくれ」
ぼくは、薄暗い階段を昇った。昇りきったところにあるドアを開けると、書斎らしい部屋に出た。円城寺俊郎の書斎だろう。
ぼくは、家の中を隅から隅まで探し回った。けれど、誰もいなかった。ふたりは、いったいどこへ行ったのだろうか?
ともかく、二人が帰ってくるのを待つしかない。藤子不二雄のミステリー短編集では、時間が経つと、精神と肉体が固定してしまって、接触しても入れ替わらなくなってしまうのだが・・・・。まさか、このままぼくは、円城寺沙也佳になってしまうのでは・・・・。ぼくは、二人が早く帰ってくるように祈っていた。
二人が帰ってきたのは、午後11時過ぎだった。タクシーが玄関に着いたので、玄関に出てみると、酒に酔った二人がタクシーから降りてきたのだ。二人は、お互いに支え合いながら、玄関に入ってきた。二人が互いに体を触れ合っていると言うことは・・・・。もはや接触で入れ替わらないことを示しているに違いない。
そうは思ったけれど、ぼくは諦めきれずに、助ける振りをしてぼくの体に近寄って触れてみた。・・・・やはり元に戻らない。時間が過ぎてしまったのだ。困った。目の前が真っ暗になった。次の手を考えなくては・・・・。
そう思いながら、ふとぼくと悟が入れ替わった直後のことを思い出した。あの時、円城寺俊郎と、ぼくになった悟は、抱き合って喜んでいた。接触して入れ替わったのは、ぼくと沙也佳だけだ。どうしてなんだろうか・・・・。
「沙也佳、今晩は森君に、この家に泊まってもらうからね」
「よろしくお願いします。沙也佳ちゃん」
「は、はい」
ぼくは、そう答えるしかなかった。
「明日の朝、話しがあるから、9時にわたしの書斎に降りてきなさい。分かったね」
「はい、お父様」
確か、沙也佳は父親のことを、お父様と呼んでいた。
「今日はもう遅い。早く入浴して寝なさい」
「はい」
地下室の人格交換機に縛り付けられたままの、悟になった沙也佳はどうしようか? 心配になったけれど、この状況で、あの地下室に行くわけにはいかない。きっと、円城寺俊郎が何とかするだろう。沙也佳には気の毒だが、我慢してもらうしかない。
沙也佳は、食事を済ませているようだ。空腹を感じない。さっき屋敷の中を探して回ったから、浴室の場所は分かっている。
浴室は、この屋敷の中に三カ所ある。一階に二カ所と、二階に一カ所だ。二階の浴室は、お客用で最近はどうやら使われていないようだ。一階のひとつは、北側のはずれにあってお民さん夫婦が使っていたものらしい。広くて豪華なもう一カ所の浴室が、円城寺の家族用のものらしい。
着替えはどうするのか? 取り敢えず、沙也佳の部屋に行くことにした。
二階の沙也佳の部屋のドアを開けた。いつもふたりで勉強している部屋の隣が、沙也佳の居室だ。部屋に入ると、女の子らしい、柔らかいいい匂いがした。
タンスを調べてみた。パンティーにブラジャー、ちょっと恥ずかしくなる。今ぼくは、女の子の部屋の忍び込んで、下着をこそこそ触っている。ぼくの姿が沙也佳でなかったら、変態に思われるところだ。
沙也佳の下着は、昼間のガードの堅さから考えられないくらい派手なものばかりだ。布きれがほんの少ししかない、ほとんどヒモだけのような下着、薄く透けていて、局所だけをようやく隠すようなもの、しかも、どれもカラフルだ。小さな花柄が入った白の下着もあるが、ほんの一握りに過ぎない。
こんなものを、下に着ていたのか! 信じられない。今は? 今はどんな下着を着ているのだろうか? ぼくは、スカートをまくり上げてみた。水色のTバックだった。ほんとに着ているよ。参ったな。
入浴後はどれにするか? やっぱり大人しいものにしよう。Tバックなんてとても穿けない。一番大人しそうなものを、一組取り出して、次はパジャマを探した。
ところが、パジャマもない。どこにもない。あるのはネグリジェばかりだ。それも、すけすけのものだ。
ううん。これを着るのか。ぼくは、すけすけのネグリジェを目の前にかざして、しばし考えた。考えても仕方がない。これしかないのだ。
沙也佳は、箱入り娘で、恐らくいろいろと制限されて育っているのだろうから、こういうところに反動が出ているんだろうなと思う。
浴室まで下着とネグリジェを持っていって、服を脱いで浴室に入った。浴槽を覗くと、お湯が溜まっていない。そうか、お民さんがいないからだ。浴槽は、全自動バスのようだ。スイッチを入れれば、お湯は貯まるのだろうけど、裸で待たねばならない。夜も遅いし、もう一度服を着るのも面倒だ。ならば、シャワーを浴びておこう。
シャワーを浴びようとして、気がついた。沙也佳は髪の毛が長い。髪の毛が濡れないようにしなければ。髪の毛が長い女は好きだけど、髪の毛を伸ばしているってことは、結構面倒だなと思う。
髪の毛を束ねて、シャワーキャップをかぶり、シャワーを浴びた。シャワーを浴びながら、ぼくは、沙也佳の体、自分の体を、撫で回した。何をしたって、沙也佳に知れる訳じゃない。ぼくは大胆になって、両手でおっぱいを揉んでみた。変な感じだ。沙也佳は結構おっぱいが大きい。ぼくは、沙也佳を犯しているような気分になった。
しばらく躊躇っていたけど、ぼくは思いきって、沙也佳が恐らく他人には触らせたことのないところを触ってみた。陽子の姉のその部分を思い出しながら、指で触ってみた。妙な気分だ。男と違って、その部分を触ってみたところで、感じたりはしない。少し痛いだけだ。沙也佳は、自分でそこを触ったりしたことがないのだろうなと思う。
ぼくは、さらに指を後ろへと這わせようとした。その時、鏡に映った沙也佳の顔が目に入った。それは、今はぼくの顔のはずなのに、ぼくを睨んでいるような気がした。ぼくは、思わず股間から手を離した。
元に戻ったとき、沙也佳はぼくに、沙也佳の体を弄んでいないか、必ず聞くだろう。女の子なら、それが気にならないはずがない。
それを聞かれたとき、恐らくぼくは嘘をつけない。そうしたら、沙也佳はぼくを絶対許してくれないだろう。二度と沙也佳に近づくことができなくなってしまう。
おっぱいだけは触ったことにしておこう。下着を身に着けるときには、触らざるを得ないのだから、それくらいは許してくれるだろう。
体を拭いて、下着を身につけ、ネグリジェを着た。なんだか、随分心許ない感じだ。この感じは、ネグリジェを着ているからだ。かと言って、パンティーとブラジャーだけでは、浴室の外に出てはいけない。すけすけでも、着ているのと着ていないのとでは、雲泥の差だ。
脱いだ下着とブラウス、スカートは、洗濯物を入れるらしい籠の中に入れておいた。この汚れ物は誰が洗うんだろう? この家には、今は女はぼくしかいない。朝起きたら、ぼくが洗濯して干さなければならないんだろうかと思う。
沙也佳の部屋に戻り、ベッドの中に入って考えた。接触しても入れ替わらないとすれば、ぼくになった悟を、あの機械の椅子に座らせて、機械を作動させ、入れ替わるしかないのだが・・・・。どうしたら、ぼくになった悟をあの椅子に座らせられるんだろうか? しかもその上、機械の操作方法が分からない。困った・・・・。
いくら考えても、良いアイデアが浮かばなかった。午前1時を回った頃、ぼくはようやく眠りについた。
夢を見た。ぼくは、沙也佳の姿で、子供を抱いて、おっぱいを与えていた。そばに夫らしい男が立っていた。ぼくは、にっこり笑って、その男を見た。男は、男は・・・・ぼくだった。
ぎょっとして目が覚めた。今見たものが夢だと分かって、ほっとした。雀の鳴き声が聞こえてくる。今日は雨が降っていないようだ。部屋の中を見回した。高い天井、白い壁紙、豪華なシャンデリア風の照明、ドレッサー、高級そうな洋ダンス。どれを見ても、ここはぼくの部屋じゃない。ぼくは円城寺沙也佳の部屋で眠っていた。
それでも、ぼくは、自分の体を触って確かめてみた。胸があった。ペニスはない。起きあがって、ドレッサーの鏡を見た。鏡の中のぼくは、円城寺沙也佳だ。昨日の出来事は夢ではない。ぼくは、溜息をつきながら、しばらく床の上にぼんやり座っていた。どうすりゃいいんだ。
時計は、午前7時を指していた。お民さんはいない。食事は誰が作るのだろうか? そう思いながら、ネグリジェを脱ぎ、タンスを探って、先週、沙也佳が着ていた白のブラウスに、白のインド綿のスカートを穿いた。このスカートは、丈が踝まであるから、一向に恥ずかしくない。ただ、昨夜のネグリジェと同じで、下半身が、心許ない。ジーンズかパンツにすれば良かったかなと思ったけれど、タンスの中をもう一度探すのも、穿き替えるのも面倒で、そのまま部屋を出た。ぼくは、ほんとにめんどくさがりやだなと思う。
階下に降りていくと、飯の炊ける臭いがした。洗濯機も回る音がする。おかしいなと思っていると、キッチンエプロンをした若い女が、食堂から走り出てきた。
「おはようございます。沙也佳さんですね。わたし、今日から、ここで働くことになった、大島みなみって言います。よろしくお願いします」
「あ、ああ。沙也佳です。よろしくお願いします」
円城寺俊郎は、手配が早いようだ。大島みなみ、いくつくらいだろうか? 24,5かなと思う。良かった。これで、食事や洗濯の心配をしないですむ。
ぼくは、洗面所に行って、歯を磨いた。それから、顔を洗った。いつもは顔は水だけで洗うのだけど、目の前の棚に洗顔フォームと書かれたチューブが目に入った。きっとこれを使うのだろうと思って、その洗顔フォームを手にとって泡立て、しっかり顔を洗った。鏡を見た。うん、沙也佳はやっぱり美人だよな。沙也佳は16歳。ぼくが知る限りでは、沙也佳は化粧はしていない。ぼくは、化粧なんてできないから助かる。ただ、洗顔フォームの隣に置いてあった、裏の効能書きに、洗顔後のお肌を守ると書かれたクリームだけは塗っておいた。
「沙也佳、今日から、悟の食事は、大島さんにやって貰うから、お前はもういいよ」
食堂に入っていくと、コーヒーを飲みながら、新聞を読んでいた円城寺俊郎が、ぼくに向かって、そう言った。
ぼくは、頭をフル回転させて考えた。今の円城寺俊郎の言葉の意味するところは・・・・。あの、脳性麻痺の弟に、沙也佳はいつも食事をさせていたのだろう。円城寺俊郎が、急にそれを止めろと言う理由は、ぼく自身には理解できる。あの子は、もはや、沙也佳の弟ではないからだ。円城寺俊郎は、沙也佳にそのことをまだ言ってない。だから、沙也佳はそのことを知らないことになっている。恐らく9時に円城寺俊郎の書斎で話すつもりなのだろう。とすると、今の言葉に対するぼくの返答は・・・・。
「どうしてなの? お父様。悟の食事はわたしの分担でしょう?」
「いいんだ。それも、あとで説明する。9時にわたしの書斎に来るんだ。忘れないようにな」
「・・・・はい、お父様」
ぼくは、急に弟の世話を止めろと言われて、当惑している振りをした。
午前9時少し前、円城寺俊郎の書斎へ入っていくと、円城寺俊郎と、ぼくになった円城寺悟が待っていた。円城寺俊郎は、書斎の入り口に鍵をかけた。
「沙也佳、そのソファーに座りなさい。悟は、そっちに」
「えっ!? 悟って? どういうこと? お父様。森先生は、敬一郎って言うのよ」
ぼくは、円城寺俊郎が、森敬一郎を悟と呼んだことに、不思議そうな反応を示す。ぼくは結構演技が上手い。
「説明しよう」
ぼくは、不思議そうな顔で、ふたりを眺めた。
「悟は、脳性麻痺で体が不自由だが、知能は優秀なのは知っているね」
「ハイ、勿論です」
「わたしは、脳性麻痺を治すことはできないが、悟の人格を生かそうと考えたのだ」
「お父様のおっしゃる意味が、ぜんぜん分からないわ」
ぼくは、知らない振りをして、そう答えた。
「そうだろうな。わたしは、15年ほど前から、地下の実験室で、ある機械を製造していたんだ」
「ある機械? いったい何の機械?」
「人間の人格を入れ替える機械だ」
「人間の人格を入れ替える機械ですって!?」
「そうだ」
「そんなものができるの?」
「できたんだ」
「そんなの信じられないわ」
「目の前にいる悟が、その証拠だ」
「森先生が、悟だっておっしゃるんですか?」
「そうだよ。なあ、悟」
「沙也佳姉さん、信じられないかも知れないけれど、お父さんの言うとおりだよ。ぼくは、悟だ」
「森先生。冗談をおっしゃってるんでしょう? そんなこと絶対信じられないわ」
「信じさせて上げるよ」
「どうやって?」
「沙也佳姉さんは、ぼくの前だけでは、裸になったことがあるから知ってるんだ。沙也佳姉さんの右のお尻に蝶の形をした痣があるよね」
ぼくは、ビックリした顔をした。そんなこと、ぼくも知らなかった。昨日はお尻なんて見なかったから。しかし、確かめなくても分かる。沙也佳のお尻に蝶の痣があるのは間違いない。目の前にいる森敬一郎が、円城寺悟であることは、ぼく自身がよく知っているからだ。
「信じられない・・・・、悟しか知らないことを知ってる・・・・」
「そうだ。間違いないんだ。お父さんが、悟と、家庭教師の森君の人格を入れ替えたのだ」
「森先生は? 森先生は、どうしてるの?」
「森君は、裏の離れにいるよ。今は、悟としてね」
裏の離れにいると言うことは、ふたりのいずれかが、連れていったと言うことだ。体に触れないで移動させることは、まず不可能だ。と言うことは、もはや、悟になった沙也佳に触れても人格の交換は起こらないって事だ。どうして、あの時だけ、ぼくと沙也佳の人格が入れ替わったのだろうか? さっぱり分からない。
ふたりは、ぼくと沙也佳が入れ替わってしまったことを知らない。知られると、ぼくと沙也佳を入れ替えようとするだろう。ぼくは、沙也佳と入れ替わっていることを、ふたりに知られないようにしなければならない。どうやら、今のところはうまくいっているようだ。
「そんなの・・・・犯罪よ」
ぼく自身そう思う。これは・・・・どんな罪に当たるのかな? そうだ。これは窃盗罪だ。人格を入れ替えられたんじゃなくて、体を盗まれたんだ。立派な窃盗罪だ。
「それは分かっている。分かっているが、悟のためにしたことだ。悟を、あんな不自由な体の中に一生閉じこめていくなんてできないんだ。沙也佳も、悟がこんなに元気でいいだろう?」
「いくら元気でも、悟には見えないもの・・・・」
「そのうち、慣れるよ」
「森先生は、どうするの?」
「人格は森君でも、体は悟だから、何処かにやるわけにもいかない。だから、ここで養ってやることにしている」
「わたしやお父様はいいとしても、森先生のご家族が、不審に思わないかしら?」
「森君には、家族がいないんだ。両親は、去年亡くなっているし、兄弟もいない。親戚も近くにはいない」
「そうだったわね・・・・」
「だからこそ、森君を選んだのだよ。入れ替わったあと、何も問題が起こらないようにね」
「お父様は、悪い人です」
「そう、わたしは悪い人間だ。しかし、お前たちのことを一番愛しているんだ」
気持ちは分かる。気持ちは分かるが・・・・。他人を犠牲にして良いものか? けれど、いまは沙也佳であるぼくは、それ以上何も言えなかった。
「悟には、森敬一郎として、生きて貰う。住み込みで、お前の家庭教師をするという明目でな」
「分かったわ」
「ぼくは、あんなに憧れていた大学生になれるんだ」
ぼくになった悟が、目を輝かせてそう言った。
「大学生何てやれるの?」
「やれると思うよ。そのために、沙也佳姉さんに勉強を教えて貰ってたんだから」
沙也佳は、ぼくが家庭教師で教えたことを、悟に教えていたに違いない。
「森先生は、バイクでここまで通っていたわ。あなたは、バイクには、乗れないでしょう?」
「練習する。すぐに乗れるようになるよ」
ぼくになった悟の目は、まるで小学校に上がる前の子どものように輝いていた。元の体だったら、絶対できないことがやれるのだ。嬉しくて堪らないのだ。
「さあ、話しはそれだけだ。沙也佳、大島さんがいるときは、悟とは他人の振りをするんだ。分かったね」
「はい」
お民さんが北海道に戻ったのは、偶然だろうか? ぼくになった悟が、この屋敷でのうのうと暮らすのをおかしく見せないために、何か手を打ったのでは・・・・。
「それから、悟と呼ぶのは、今から止めよう。うっかりして、他人に聞かれるとまずいからね。敬一郎。それでいいね」
「はい。お父さん」
「お父様。機械を見せてくださる? 人格交換機というのを、わたし、見てみたい」
あの時、慌ててあの部屋を出たから、機械をよく見ていない。見ただけで、簡単に動かせる機械ならいいのだけれど・・・・。
「そうだな。そう言うのなら、見せて上げよう」
円城寺俊郎は、書斎の隅にあるドアを開いた。そこには、地下へ通じる階段がある。昨日、ぼくが昇ってきた階段だ。
「沙也佳、足元に気をつけて降りるんだよ」
薄暗い階段を降りると、機械が置いてあった。昨日と変わっていないはずだけど、ものすごく複雑に見えた。これは簡単に動かすことができそうにない。
ぼくと沙也佳は、触れただけで、入れ替わってしまった。その後は、触れても入れ替わっていないようだ。ぼくになった円城寺悟と、円城寺俊郎は、恐らく触れても入れ替わっていない。どうしてだろうか? 何度考えても、どう考えても、訳が分からない・・・・。
「さあ、もういいだろう。上へ上がって、お茶でも飲もう」
「はい」
機械の動かし方まで、知りたかったが、そこまではできなかった。そのうち何とかそれを知らなければ。そして、ぼくになった悟を椅子に座らせて、入れ替わるのだ。・・・・どうしたら、悟と椅子に座らせることができるだろうか? それは、至難の業のように見えるが・・・・。ネズミが、猫に鈴をかけるように・・・・。