第四章 童貞にはサヨナラしたけれど

 目が覚めて時計をみると、まだ6時を回ったばかりだった。3時間あまりしか眠っていないのに、眠ろうと思えば思うほど眠れなかった。
 それにしても、昨日の夜は惜しかった。陽子の姉さんさえ来なかったら、ぼくは晴れて童貞をおさらばしていたところだったのに。
 陽子の唇を思い出す。あの紅い唇に、ぼくの唇を重ね、陽子の胸に手を当てたんだっけ。
 ぼくは、またマスをかいてしまった。マスターベーションを覚えた猿は、死ぬまでマスをかき続けるというが、ぼくもそうなってしまいそうな気がする。
 そんなことを思いながら、ぼくは再び眠りについた。

 どんどんどんと、ドアを叩く音がする。誰だろう? 目を開けて、枕元の時計を見ると、午前9時40分だった。
 どんどんどん。ドアがまた叩かれた。いったい誰だよ。ぼくは、布団から抜け出して、ドアを開けた。ドアの外には、青紫のブラウスに、白のタイトミニスカートを穿いた、ショートカットの女性が立っていた。
 「森君、下着を届けに来てあげたわよ」
 げっ! 陽子の姉さんだ。下着を届けにって、陽子が、ばらしたのかな? それしかないけど・・・・。
 「ちょ、ちょっと待ってください。服着ますから」
 ぼくは、トランクスにランニングシャツ姿だった。ドアを閉めて、慌ててジーンズとTシャツを着た。ドアを開けると、陽子の姉さんは、ぼくの下着の入った袋を後ろ手に持って、廊下をうろうろしていた。
 「あのう」
 ぼくが、部屋から顔を出すと、陽子の姉さんは、にこっと笑ってぼくに近づいてきた。
 「ちょっと上がらせて貰ってもいい? 話しがあるの」
 少し迷ったが、断るに断れなかった。
 「どうぞ」
 陽子の姉さんがぼくのそばをすり抜けるとき、化粧と香水の混じったいい香りがした。陽子とは違う、大人の女の臭いだなと思った。
 「男臭いわね」
 そう言いながら、陽子の姉さんは畳に腰を下ろした。
 「そうですか? どうしてここが分かったんですか? 陽子に聞いたんですか?」
 「いえ、陽子が大学に出かけたあと、陽子の住所録を調べたの」
 「ああ、そうですか」
 陽子が出かけたあと? 何で、陽子に直接聞かないんだ? よく分からない。
 「はい、これ。洗ってあるけど、乾かしてないから、干してね」
 「すみません、わざわざ持ってきて貰って」
 「陽子とは、もうしたの?」
 陽子の姉さんは、部屋の中を見回しながら、唐突にそう言った。
 「えっ!?」
 「だからあ、陽子とは寝たのかって聞いてるの」
 陽子の姉さんが、ぼくの顔を覗き込んで、探るような目で見た。
 「ま、まだです」
 「ほんとに? ひとつ部屋の中で、下着を着替えるような仲なのに?」
 「昨日、お姉さんが来なかったら、もしかしたら、そう言うことになっていたかも知れないけど・・・・」
 「ふうん。じゃあ、わたしが、陽子の処女を守ったって訳ね」
 ぼくは、何も答えず、ただ俯いていた。
 「陽子の話と一致したから、安心したわ」
 「はあ」
 「それを確かめに来たの」
 「そうですか」
 話しがあるって言うから、何の話かと思っていたら、そのことだったか。まあ、姉としては、心配になるだろうな。そんなことを思っていると、陽子の姉さんは、立ち上がってぼくのそばに座り込み、小さな声でぼくに尋ねた。
 「森君は、女としたことあるの?」
 「えっ! そ、それは・・・・」
 ぼくは、顔を真っ赤にして、俯いた。
 「そう、ないのね。ふうん」
 ぼくは、童貞だ。そんなチャンスもなかった。昨日が、初めてのチャンスだったのに・・・・。
 「森君。わたしのこと、どう思う?」
 陽子の姉さんの息が、ぼくの耳に当たる。ぼくの腕には、陽子の姉さんのおっぱいが、触れていた。陽子の姉さんはどういうつもりなんだろう? ぼくは、どきどきし始めていた。
 「どう思うって?」
 「わたし、綺麗かなあ」
 「も、勿論です」
 突然、陽子の姉さんが、ぼくに抱きついて、ぼくを畳の上に押し倒し、キスしてきた。
 「お、お姉さん」
 「処女と童貞じゃあ、うまくいかないわ。わたしが教えてあげる」
 「そ、そんなこと・・・・」
 「陽子とやって、うまくいかなかったら、振られるかもよ」
 そう言われて、そうかもしれないなと思った。初めてして、うまくいかないで、その後、自信を失ったという話を聞いたことがある。経験者と練習しておくのもいいかなと思った。こんなチャンスはそう訪れるものじゃあない。
 ぼくがその気になったのを確かめると、陽子の姉さんは、ぼくにセックスの指導を始めた。
 「さあ、わたしの服を脱がして。優しくね」
 ぼくは、夢中になって、陽子の姉さんの服を脱がした。ブラウスのボタンを外すとき、手が震えてなかなかうまくいかなかった。
 「首筋にキスして。そう、そうよ。感じるわ。うまいわよ。おっぱいを揉んで! 優しくね」
 ぼくは、ブラジャーをずらして、おっぱいを触った。柔らかくて気持ちがいい。ぼくは、そのおっぱいに、舌を這わせた。
 「森君、したことあるんじゃないの? 上手いわよ」
 「は、初めてです。これでいいですか?」
 「いいわ。もっと続けて!」
 したことはないけど、本や雑誌で、一通りのことは勉強している。ひとしきり、おっぱいを弄んだあと、ぼくは、陽子の姉さんの股間にそっと手をやった。パンティーの上から触る女の股間。自分のそこしか触ったことがないので、そこに何も触れないと言うことに、奇妙な感慨を覚えていた。
 「脱がして」
 そう言われて、ぼくはパンティーをずらしていった。黒々とした陰毛が露わになってきた。ヘアヌードなどで見るものより、遙かに濃い茂みだ。
 「舐めて」
 「えっ!? 舐めるの?」
 「そう、少しは勉強してるんでしょう? クリちゃんを舐めて! ヒダヒダの一番上に、クリちゃんがあるでしょう。女は、そこが一番感じるの。早く!」
 指で触ってみると、少し硬くなった部分があった。
 「そこよ。そこを舐めて」
 ぼくは、言われるままに、舌を這わせた。少し、おしっこの臭いがした。その臭いもすぐに消えた。陽子の姉さんは、何も言わないで、体をくねらせている。女が一番感じるところと言ったけど、気持ちいいんだろうか?
 ぼくは、ちょっと顔を離して、そこを見た。ふうん、こうなっているのか。初めて見る、女のその部分に、ぼくは、何故か懐かしいものを覚えた。ぼくは、母のここから出てきたんだなあと。
 「何やってるの。もっとやってよ」
 「はい」
 ぼくはさらに舌を這わせた。腟の中から粘液が溢れてきた。ぼくは、その粘液を舐めてみた。何の味もしなかった。いや、ほんの少し、しょっぱい味かな?
 「もういいわ。服脱いで。早く来て」
 ぼくは、急いで服を脱いだ。陽子の姉さんが、ぼくのペニスを持って誘導する。
 「そこよ。そこにあてて、そう、そうよ」
 こくんと入る感じがして、ぬるぬると遠くへと進む。ぼくは腰を動かし始めた。
 「まだよ。ゆっくりしなくちゃ。女がいく前にいったらだめよ」
 そんなこと言われたって、ぼくは、もういきそうだ。だけど今朝、マスをかいていたから、何とか持ち堪えられそうだ。
 「腰、動かさないで、じっとするの。目を瞑って、深呼吸して!」
 ぼくは言われたとおりにする。何回か深呼吸すると、少し興奮が消退してきた。
 「さあ、もういいわ。ゆっくり動かして」
 ぼくは再び、腰を動かし始めた。陽子の姉さんが、小さな声を上げる度に、ペニスがぎゅっと圧迫される感じがした。
 さっきは、今にもいきそうになったのに、今度はなかなかいきそうにならない。ぼくは、一生懸命腰を動かした。陽子の姉さんの声が、大きな喘ぎ声になってきた。
 「早く、早くいって! わたし、いきそうよ」
 その言葉に呼応したように、ぼくは射精した。陽子の姉さんが、大きな声を上げて、痛いほどぼくの体を抱きしめた。陽子の姉さんの体がピクピクと痙攣する。マスかくのとは、やっぱり違うなあ。それが、童貞を失ったぼくの感想だった。
 しばらく、抱き合っていた。何秒かおきに、ペニスが絞められる感じがいた。陽子の姉さんの腟が収縮しているんだ。女が感じるとこういう風になるんだなあと、これまた感慨を覚えた。
 そんなことを考えていると、また、勃起してきた。ぼくは、もう一度ゆっくり腰を動かし始めた。陽子の姉さんの口から、喘ぎ声が漏れてきた。ぼくは、再び射精した。
 「ううん、気持ちよかった。続けて二回もできるなんて、森君、元気がいいわね」
 マスかいたのを入れると3回だよ。ぼくって、すごいねなんて、心の中で思っていた。
 「ぼく、上手くやれましたか?」
 「初めてにしては、上手よ。あとは経験ね。いろんな体位を勉強して、やってみるといいわ。頑張って、陽子を喜ばせるのよ」
 「は、はい」
 「ティッシュ、取って」
 ぼくは、ティッシュを何枚か手渡した。陽子の姉さんが、その部分を拭いている間に、ぼくもティッシュで、ペニスを拭いた。うん、自信ができたぞ。

 部屋のドアが、突然バタンと開いた。ドアに鍵架けてなかった! 驚いてドアの方を見ると、そこに立っていたのは・・・・陽子だった。
 「これはどういうことなの?」
 狭い6畳の部屋にいる、裸の男女。申し開きができるはずがない。
 「森君なんて嫌いよ。よりによって、わたしのお姉ちゃんと寝るなんて」
 「陽子、これはねえ・・・・」
 「言い訳なんて、聞きたくないわ。お姉ちゃんも、お姉ちゃんよ。いつもわたしのものを奪って」
 そう言って、陽子は、ボロボロと涙を流した。そして、泣きながら、アパートを走り出ていった。
 「どうしよう?」
 「ばれてしまったものは、どうしようもないわね。陽子の機嫌が直るまで待ったら? それしかないでしょう?」
 陽子の姉さんは、他人事のようにそう言った。陽子の姉さんにとって、ぼくと陽子がどうなろうと、関係ないのだ。陽子の姉さんは、童貞のぼくとのセックスを楽しんだだけなのだ。
 陽子の機嫌が直るだろうか? きっと直らない。陽子の性格は知っている。陽子はぼくを絶対許さない。もう、おしまいだ。
 陽子の姉さんは、服を着ると、何も言わないで出て行った。また、会いましょうの一言もなしに・・・・。
 ぼくも服を着て、すぐに、陽子のアパートに行った。部屋には、鍵が掛かっていた。陽子は、中にいるはずなのに、返事もしてくれなかった。失敗しても、陽子とするべきだった。後悔したが、もう遅かった。
 部屋に戻ると、陽子の姉さんの臭いが残っているような気がした。生まれて初めてのセックスはうまくいったのに、後悔だけが、ぼくの心の中を渦巻いていた。何もする気になれず、夕方まで、ふて寝をしていた。
 夕方、朝から何も食べていなかったことに気付き、学食まで食べに行った。学食で食べるのが一番安くて、気兼ねしないですむなと思う。

 今日も雨だ。今日も代返のきかない講義と実験がある。行かなければならない。この講義は、陽子も受講している。顔を合わせたくないような、会って、許して貰いたいような、複雑な気分だ。
 講義の行われている312号室。陽子は、一番前の席に座っていた。ぼくは、後ろの方に座って、陽子の動向を窺っていた。
 講義がすんで、皆が一斉に立ち上がる。陽子は、ぼくがこの講義を受けていることは知っているのに、まったくぼくを捜す様子はなく、教室を出ていった。
 これは完全にだめだ。時間が解決してくれるだろうか? ダメだろうなと思いながらも、ぼくは僅かな可能性に期待していた。
 午後の講義でも、陽子と一緒になった。陽子は、ぼくの方を振り向いてはくれない。しかも、講義が終わったとたん、野本という、これもぼくたちの同級生の男に声をかけて、腕を組んで教室を出ていった。出て行くとき、陽子は、ぼくの顔を見た。その目は、ぼくたちふたりの仲の、完全な終わりを示していた。
 力無く、ぼくはアパートに帰っていった。もう、何もする気がなかった。ぼくは陽子に恋していたわけじゃないと思う。だけど、これは失って初めて分かる、失恋の痛みだった。