第十章 ぼく自身と結婚!?

 ぼくになった悟が、ぼくの意に沿わない女と別れてくれたのはいいのだけれど、どうもこのころから、ぼくになった悟の様子がおかしくなった。イヤにぼくに馴れ馴れしいのだ。体は他人でも、心は沙也佳の弟なのだから、姉さん、姉さんと言って、気安くするのはいいのだけど、やたらとぼくの体を触りたがる。肩を抱いたり、髪の毛を触ったり。黙っていると、大胆にも太股に手をかけたりする。ぼくはやんわりと逃げるのだけど、だんだんエスカレートしてきている。どういうつもりなんだろうか?

 事件は突然訪れた。
 長かった梅雨が明けて夏空がのぞいてきたある日、一緒に勉強していると、ぼくになった悟が、ぼくにすり寄って、首筋にキスしてきた。体を多少触られるくらいなら、我慢する。だけど、キスには、ちょっと頭に来た。おまえ! 何考えてんだ! と面と向かって言いたいところを押さえて、ぼくは、ぼくになった悟に言った。
 「悟! 止めなさいよ。あなたは、わたしの弟なのよ」
 それだけじゃない。ぼくは女の姿をしてはいるが、心は男なのだ。男にキスされるなんて、虫酸が走るのだ。
 「姉さん、それは違うよ。ぼくは、森敬一郎。姉さんとは、赤の他人だよ」
 そんな言葉に、ぼくは驚いてぼくになった悟の顔を見た。その目は、メスを前にした、発情したオスの目だった。
 「何するの? 止めてよ」
 「姉さん、ぼくは、姉さんが好きだ」
 ぼくになった悟は、ぼくをベッドに押し倒して、迫ってきた。
 「冗談、言わないで!」
 ぼくは逃げようとしたが、ぼくになった悟が、ぼくの上に重くのし掛かって、身動きできなかった。
 「冗談なんか言ってない。姉さんは、ぼくが好きだと言ったじゃないか」
 「言ったわ。姉弟だもの。当たり前でしょう?」
 「それだけじゃない! 姉さんは、この、森敬一郎が好きだって、言ってたじゃないか」
 エエッと言う感じだった。沙也佳が、ぼくのことを好きだって!?
 「そんなこと、そんなこと言ってないわ」
 「言ったよ。はっきり、ぼくに」
 ぼくになった悟の手が、ぼくの胸をワンピースの上から触る。大島さんは、買い物に出かけていて、この屋敷には、ぼくとぼくになった悟しかいなかった。ぼくには、この先起ころうとしていることが予想できた。ぼくは、何とかそれが起こらないように、ぼくになった悟を説得しようとした。
 「あなたは、わたしの弟なのよ。分かって!」
 「分からない。ぼくは、森敬一郎だ。姉さんを、いや、円城寺沙也佳を愛している」
 「止めて! そんなことするの、止めて!」
 ぼく自身、ぼくがそんなに力が強いとは思わなかった。イヤ、沙也佳の力が弱いのだ。ぼくは、ぼくになった悟にねじ伏せられ、ブラウスのボタンを引きちぎられ、スカートを荒々しく脱がされた。
 下着だけになったぼくは、何とか逃げ出して、ドアに手をかけたが、ぼくになった悟にベッドに引き戻され、裸にされて、・・・・犯されてしまった。
 「痛い、痛い。悟、止めて!」
 「沙也佳、好きだ」
 ぼくになった悟が、ぼくの中で果てたのも分からないくらい痛かった。ぼくは、涙を流した。男に犯された。まるで、ホモになったような気分だった。
 「ごめん、沙也佳。でも、ぼくは、ほんとに沙也佳を愛しているんだ」
 「馬鹿、馬鹿、馬鹿」
 ぼくは、ぼくになった悟を殴り続けた。
 「もう結婚できないわ」
 ぼく自身、処女じゃなくなったから結婚できないなんて思っていなかった。ただ、ぼくになった悟に後悔させるつもりで、そう言ったのだ。
 「沙也佳、結婚しよう」
 「ええっ!?」
 「ぼくは、生まれたときから、姉さんを、沙也佳を見てきた。何もかも知っている。心から沙也佳を愛している。ぼくたちは姉弟だからと思って、諦めていたんだ。だけど、今は、肉体的には、赤の他人だ。だから、結婚できる。姉さんも、森敬一郎が好きだったんだし、初めて経験した男と結婚するんだ。なあ、いいだろう? ぼくと結婚してくれ」
 何と答えればいいのだろうか? ぼくは、じっと考えた。沙也佳だったらどうするだろうか? 体は、森敬一郎。沙也佳は好きだと言っていたらしい。人格は、悟。弟だから、当然好きに決まっている。そして、初めて経験した男。イエスと言わざるを得ないのだろう。
 もし、元に戻れたら・・・・。ぼくは、お金持ちのお嬢さんと結婚することになる。沙也佳の肉体に、沙也佳の人格が戻っていることを前提にしてだが・・・・。
 「分かったわ。あなたと結婚する」
 「嬉しいよ。姉さん。いや、沙也佳」

 沙也佳が18歳になる誕生日の7月16日に、ふたりで教会へ行って、結婚式を挙げ、入籍した。ウエディングドレスを着て、写真も撮った。ぼくたちは、夫婦になった。ぼく自身が、夫。何とも不思議な気分だ。
 ぼくになった悟の提案で、森敬一郎が円城寺家に婿養子に入った事にした。ぼくになった悟が、円城寺の姓を途絶えさせたくなかったらしい。

 ぼくは、ぼくになった悟が大学に行っていない間に、悟になった沙也佳に、ぼくたちの結婚の報告をした。
 「沙也佳ちゃん、ぼくは、森敬一郎に戻りたいと思っている。君も沙也佳ちゃんに戻りたいはずだ。だけど、簡単には元に戻れない。それは、分かっているだろう?」
 悟になった沙也佳は、涎を流しながら、聞いているようだ。
 「それでね。いろいろと面倒なことが起こってね。悟君が、ぼくのこと、つまり、沙也佳ちゃんのことが好きで、結婚してくれって言って聞かないんだ。悟君は、今は肉体的には他人だし、悟君が言うには、君も、ぼくのことを好きだと言っていたから、いいだろうって言うんだ。・・・・それにね、言いにくいことなんだけど、悟君に・・・・無理矢理ね、・・・・なんて言ったらいいか、・・・・つまり・・・・分かるよね。そう言うわけだから、事後報告で悪いんだけど、ぼくたち、結婚したんだ。もし、元に戻れたとき、どうしたらいいのか分からないけど、取り敢えず、そう言うことになったから・・・・」
 悟になった沙也佳は涙を流していた。その涙の意味は、ぼくには分からなかった。喜んでいるのか、悲しんでいるのか。

 大島さんが、家事全般をやってくれるから、ぼくはほとんど何もしないで良かった。ぼくが、生まれたときから女なら、夫のために、少しは料理をしたりするものなのだろうけれど、そんな気にはならなかった。ぼくは、いい妻にはなれない。ぼくは、男だから。
 でも、ぼくになった悟は、そんなことは、まったく気にもかけていなかった。そんなことは、お手伝いに任せておけば良いという感覚だったのだ。
 ただ、問題は、夜の生活だ。あの日以来、ぼくたちはベッドを共にしている。ぼくにとって、夜の生活ほど嫌なものはない。好きで結婚したんじゃないから、苦痛は倍増する。女に絶頂感なんてあるのだろうか? ぼくはそう思っていた。痛みはいつまでたっても軽くならない。女なら、好きで結婚したのなら、痛いのも我慢できるだろう。だけど、ぼくにとっては不快なだけだ。自分でやる方がよっぽど感じる。
 そう、ぼくは、バイクの免許を取ったあたりからマスターベーションを覚えた。左手で、乳房を揉みながら、乳首を摘んで刺激する。右手は、クリトリスだ。ごく柔らかく触っていると、固く勃起してくる。男と違って、射精という行為がないから、絶頂感というわけには行かないけれど、かなりぼーっとなるくらいには感じることができるようになっていた。
 ほんとのところ、男とセックスしたら、その何倍か気持ちよくなるんじゃないかと思っていたのに、まったく期待はずれだ。そんなぼくの気も知らないで、ぼくになった悟は、ほとんど毎晩ぼくを責め立てた。

 妊娠した。まだ早いからと、避妊していたのに、7月、8月の生理がなかった。病院に行ってみたら、おめでとうと言われた。妊娠・・・・。なんてことだ。計算上は、ぼくになった悟に犯された、あの日に妊娠していたのだ。
 「悟。・・・・できたみたいよ」
 「できたって、子どものこと?」
 「そうよ。妊娠3ヶ月よ」
 「ほんと、沙也佳! 嬉しいなあ。家族が増えるよ」
 ぼくになった悟は大喜びで、ぼくのお腹をさすったり、耳を当てたりした。

 ぼくは、再び、悟になった沙也佳に報告に行った。
 「沙也佳ちゃん、ぼく・・・・、妊娠してしまったよ。勿論、ぼくになった悟君との子どもだよ。妊娠しちゃいけないと思って、避妊はしてたんだけど・・・・、この前、君に言ったよね。悟君に、無理矢理・・・・犯されたって事。あの時、妊娠していたらしいんだ。ぼくとしては、子どもなんて、産みたくはないけれど、悟君は、とっても喜んでいるんだ。だから、・・・・産まざるを得ないんだ。産まれたら、君に見せに来るからね」
 悟になった沙也佳は、何の反応も見せなかった。結婚してしまった以上、子どもができるのは仕方がないと、思っているのかも知れない。沙也佳は、頭のいい子だから・・・・。

 だんだん大きくなっていくお腹。胸も大きくなってきた。自分の身体の変化に驚くばかりだ。12月に入って、お腹の中で子供が動くのを感じた。自分の体の中に、自分とは違う生命がいる。何と表現していいのか分からない。奇妙な気分だ。
 月に一回は、悟になった沙也佳に、ぼくの姿を見せに行っている。沙也佳は、喜んでいる。ぼくは、そう思う。

 3月1日、陣痛が始まり、ぼくは入院した。ぼくになった悟は、すでに休みに入っていたから、ずっと付き添ってくれていた。
 この陣痛が、堪らなく痛いのだ。この世のものとは思えない痛さなのだ。痛い、痛いと泣き叫ぶぼくに、助産婦は、お母さんになるんだから、我慢しなさいと、理由にならないようなことを言った。母になるのに、こんなに痛まなくても良いんじゃないかと思った。
 長い陣痛の後、3月3日、雛祭り。午前4時12分、ぼくは、女の子を産み落とした。五体満足の元気な子だった。ぼくになった悟は、元気な子供ができて、ものすごく喜んでいた。悟は、自分が脳性麻痺で生まれたから、元気な子供ができたことが、心底嬉しかったのだ。
 ぼくは、まだ男の気持ちが抜けていない。けれど、自分が産んだ子供を抱いたとき、嬉しくて涙が流れた。女はみんなこうして、母親になるんだと思ったとき、助産婦に言葉が、ほんとなのだなと分かった。
 ぼくに家族ができた。元に戻ったとしても、この子はぼくの子どもだ。ぼくはもう、ひとりじゃない。ほんとに嬉しかった。
 「沙也佳の一字をとって、由佳って名前にしようと思うんだけど、どうだろう?」
 「由佳。円城寺由佳ね。いい名前だわ。それにしましょう」
 ぼくは、由佳を抱いて、おっぱいをやった。傍らで、ぼくになった悟が、にこにこしながら、ぼくを見ている。ぼくが沙也佳になった日の夜見た夢が、現実になってしまった。あれは正夢だった。

 ぼくは、毎日、由佳の世話に追われた。おっぱいをやったり、おむつを替えたり、入浴させるのが、楽しくて堪らなかった。
 3ヶ月の月日があっと言う間にたった。由佳の目が少し見えるようになったようだ。ぼくは、由佳が成長する姿に恍惚としていた。ぼくには、母性本能が生まれていた。この子のためなら、女のままでもいいと、思い始めていた。
 女のままでもいいと思う、もうひとつの理由もできた。由佳が生まれる前までは、セックスなんて、苦痛以外の何者でもなかった。しかし、出産後、初めてセックスしたとき、ぼくは、女として、初めて絶頂を覚えた。マスターベーションでは得られなかった、気を失いそうになるほどの、体全体に感じる絶頂感。それまで、男の方がいいなと思っていたのに、それ以来、男に戻りたくなくなった。それまでは、ぼくになった悟に要求されて、仕方なく応じていたのに、ぼくは、自ら求めるようになった。
 女としての喜びを知り、可愛い子どももいる。何不自由ない生活。元に戻りたいと思う方がおかしいのだ。