第八章 永遠にふたりで

 「博士、話しがあるんです」
 「何だ?」
 「わたしは、今までここにいた早苗とは違うんです」
 「なんだって!?」
 わたしは、これまでの経緯を博士に話した。長い長い物語を。博士は目を丸くして聞いていた。
 「そうか、そういうことなのか。だから、早苗さんは、父の元を去ったんだな」
 「わたしは年を取らないから、長く一緒にはいられなかったんです」
 「なるほどねえ。あの早苗さんは、今わたしの目の前にいる早苗だったというわけだ。じゃあ、さっき電池切れで倒れたのは、電池が不良品だったわけではなく、百年経ったからなんだな」
 「そうです。わたしは、もう百年生きています」
 「すばらしい。とても百年経っているとは思えない。電池を取り替えたから、もう百年生きられるよ。いや、電池さえあれば、半永久的に生きられるんだ。すばらしい」
 「そんなに生きたくはありません。誰も知った人がいない中で、暮らしていくなんて、こんな残酷なことはありません。死ぬ勇気もなかったから、ただ、生きていただけなんです」
 「そんなことは贅沢というものだ。永遠に生きると言うことは、人類の最大の目標なんだぞ。それを実現できるんだ」
 「わたしはイヤです」
 「そうか。まあ、いい。もう寝よう。おまえも、もう寝る時間だろう」
 時計は、午後十一時三十分を刺していた。
 「まだ、三十分は大丈夫です」
 「どうだ? 九十二年ぶりにわたしとするか?」
 「博士、どうやら、そのプログラムも飛んでしまったようですね」
 「それは残念だな。じゃあ、お休み。ベッドは何処か知ってるな」
 「分かっています。じゃあ、お休みなさい」
 着替えてベッドに入ったのはいいが、寝ている間に博士がわたしのプログラムを、博士のいいように変えないか心配になった。心配になったがどうしようもない。わたしはプログラム通り、午前0時に眠りについた。

 目が覚めた。時刻は午前六時半だ。博士はわたしに変なプログラムを入れていないだろうか? 一抹の不安を覚えながら、わたしは研究室のドアを開けた。
 博士がテーブルの上に横になっていた。電極がつながっている。何をしているのだろう? テーブルに近づいてみた。博士は息をしていなかった。
 「博士! 大井博士!!!」
 わたしは博士の体を揺すってみたが、体はすでに冷たくなっていた。
 ふと見ると、コントロールボックスの上に、この研究所と財産をすべて大森智嗣に譲ると書いた書類が残されていた。事態はすぐに理解できた。博士は、永遠の命を得るために、自分の記憶を大森智嗣の形をしたロボットに移そうとして、何らかの事故で死んでしまったのだ。
 うまくいけば、博士は大森智嗣として、この研究所も財産も引き継ぐことができるはずだったのだ。
 博士は、やはりあの時、わたしの大森智嗣としての記憶を消そうとしたに違いない。そして、完成した男の、この体に自分の記憶を写すことによって、永遠の命を手に入れ、女のわたしと共に生きるつもりだったのだ。

 どうしよう。博士の葬式は出せる。しかし、大森智嗣はいない。このままでは、この研究所も大井博士の財産も恐らく国に没収されてしまう。
 わたしは、考えた末に、わたしの記憶をアンドロイドの大森智嗣に移すことにした。その方法は、わたしの頭の中にインプットされている。
 わたしは、電極を体につないで、テーブルの上に横たわった。うまくいかなければ、わたしはこのまま死んでしまうだろう。死という言葉が、今のわたしに相応しいかどうか別としてだ。
 スイッチを入れれば、このまま永遠の眠りにつくかもしれないと思うと、かなりの時間躊躇した。もうわたしは充分すぎるほど生きた。あの事故で死んだと思えば、百年も余分の生きたのだ。ここで死んでも、悔いはない。そう決心して、スイッチを入れた。その瞬間意識がなくなった。
 わたしは死んだ。そう思った。

 唐突に意識が戻った。見える天井の位置が少し違う。手を掲げてみた。男の手だ。うまくいった。うまくいったのに、何故か違和感を感じる。それもそうだろう。わたしが男として生きた時間は、三十九年だ。早苗として生きた時間は、その二倍以上の百年にもなるのだ。百年ぶりの男の体。違和感を覚えるのは無理もない。
 しかし、わたしは本来は男だ。これがあるべき姿なのだ。
 横のテーブルには、早苗の体が横たわっていた。百年間ありがとう。新しいプログラムを入れてあげるからね。そう呟いた。
 電極を外して、博士の部屋に行って、ソファーの上に置かれていた服を着た。服は、博士の手で用意されていた。
 その時、研究室の方から音がした。何の音だろう? 誰もいないはずなのに・・・・。
 研究室に入ると、下着姿の早苗が起きあがって電極を外していた。
 「どうして君が動いているんだ?」
 わたしの声に、早苗は、ビックリしたような顔をして、わたしを見た。
 「智嗣さん。あなたこそ、どうして? 失敗したと思ったのに・・・・」
 しばらくの間、わたしは事態が理解できなかった。しかし、すぐに気がついた。制御コンピューターのそばに走り寄って確かめた。間違いなかった。わたしは、記憶を移すときに、ムーブモードにするはずが、コピーモードにしてしまったのだ。早苗の電子頭脳の中には、わたしの記憶が残ったままだ。
 「早苗! そこに横になれ」
 「えっ!? どうしてよ」
 「おまえの記憶を消すんだ。同じ人間はひとりでいい」
 「どうしてわたしの記憶を消すのよ」
 「大森智嗣は、男だからだ」
 「いやよ。女として生きた時間の方が長いのよ。それにあなたは、今生まれたばかりでしょう? あなたの方が消えるべきよ」
 「いや、おまえが消えるべきだ」
 「いえ、あなたよ」
 わたしたちは、睨み合った。どちらも譲るつもりはない。記憶を消すと言うことは死ぬと言うことと同じなのだから・・・・。
 ついに取っ組み合いになった。こうなると、男のわたしの方が有利だ。早苗の上に馬乗りになって押さえつけた。
 「諦めろ。おまえの負けだ」
 「いやよ、いやよ」
 「諦めるしかないんだ」
 「どうしてよ。どうしてこんなことに・・・・」
 「記憶を移すときに、コピーモードになっていた」
 早苗は力を抜いて、わたしの下になったままで泣き始めた。その顔は、わたしが愛した早苗の顔だった。このまま早苗の記憶を消さねばならないのだろうか?
 消さなければ、姿は違うが同じ記憶を持った人間(?)が二人存在することになる。それが許されるのだろうか?
 ・・・・いや、わたしが存在すること自体がおかしいのだ。わたしはすでに死んだ人間なのだ。そう考えれば・・・・。
 「そうだ、早苗。どちらかが消える必要なんてないんだ」
 「えっ!?」
 「二人とも存在してはならない存在なんだ」
 「えっ!? えっ!?」
 「大森智嗣はすでに死んでいる。その記憶が移された早苗も、本来は存在すべきではないんだ」
 「それはそうだけど・・・・」
 「逆を言えば、二人とも存在してもいい訳だ」
 「・・・・そう、そうね」
 「君は、女のままでもいいかい?」
 「もちろんよ。百年の間、女だったんですもの」
 「そうだな。ぼくもどちらかというと、女の方がしっくりいくような気がするけど、こうなった以上、男として暮らすしかない。それに、大井博士の財産を相続するためには、大森智嗣がいなければいけないからね」
 わたしは、立ち上がって早苗を助け起こした。
 「今日までは、わたしは大森智嗣であり、大森早苗だった。けれど、今日からは大森智嗣として生きる。君は、大森早苗として生きる。それでいいね」
 「もちろんよ」
 わたしたちは、抱き合って熱い抱擁を交わした。
 「私たち、永遠に愛し合い続けられるわね」
 「そう。永遠に」
 わたしは、わたしたちは、もうひとりじゃない。長い道の果てに辿り着いたものは、永遠の愛だった。