園田は、地方版だけでなく、全国版の新聞にも、写真入りでわたしの身元を探す広告を出した。さらに、テレビのワイドショーにも出演してみた。それでも、わたしの身元は依然として分からず、わたしの記憶も戻らなかった。
わたしは、もうほとんど諦めていた。誰もわたしのことを捜す人間はいない。わたしは、いなくてもいい人間なのだ。けれど、ここには、わたしを必要としている人たちがいる。わたしは、ここで生きよう。新たな記憶を作るのだ。そう決めた。
智嗣から週に一回は電話がかかってくる。愛している。早く会いたい。それが口癖だ。たった三日間一緒にいただけなのに。けれど、わたしの心も動かされ始めた。女には、愛している、そう言って貰える人間、男が必要だ。女は、どんな強い人間でも、常に愛されたいと思っている。
盆休み、智嗣が帰ってきた。大きなダイヤの指輪を贈ってくれた。わたしは拒むことなく、指輪を受け取った。
「早苗さん、愛しているよ」
「・・・・わたしもよ」
「約束の日まで、あと四ヶ月だな」
「もう待たなくてもいいわ」
その夜、わたしは智嗣と結ばれた。後悔はなかった。例え別れることになっても、それでもいいと思っていた。
「早苗さん、結婚してくれるかい?」
「ほんとに、いいのね」
「もちろんだよ」
園田に、智嗣との結婚の意志を伝えると、わたしと別れるのは辛いが、智嗣と一緒になってくれるのなら、こんなに嬉しいことはないと言ってくれた。
わたしがあの神社で警察官の大井に発見されたのと同じ日、わたしは智嗣と結婚式を挙げた。わたしはもちろん、智嗣も親族が少ない。園田と智嗣の祖父母、大井夫妻に見守られながら、教会で式を挙げた。式に駆けつけてきたさっちゃんが、わたしのウエディングドレス姿を見て、いいな、いいなと何度も呟いた。
「さっちゃん、あなたも式を挙げたらどうなの?」
「できるわけないでしょう?」
「どうしてよ。式だけだったら、別に問題ないでしょう? ここなら、ふたりだけでも式は挙げてくれるのよ。もし、式を挙げるのなら、わたしも出てあげるし、院長先生だって来てくれると思うわ」
「気がつかなかった。そうか、式だけだったら、できるんだ」
「そうよ。わたしの着ているのもそうだけど、貸衣装でもいいのがあるから、気に入ったものを借りてくればいいわ。写真まで撮ってくれるところもあるのよ」
「決めた。クリスマスイヴに式を挙げようっと。早苗さん、きっと来てね」
「うん、絶対出席してあげるからね」
園田は、結婚式のあと、病院の関係者を加えた簡単な披露宴を催してくれた。大袈裟ではなかったけれど、心温まる披露宴だった。わたしにとっては充分すぎるほどだった。
式に先立つ一ヶ月前、園田は弁護士と相談し、園田を後見人として、わたしの新たな戸籍を作られていた。父の名前も母の名前も書かれていないわたしだけの戸籍から、大森智嗣の戸籍へ、わたしは妻として登録された。
翌々日、わたしは智嗣について、大阪へ向かった。智嗣が勤める銀行の社宅が用意されていた。社宅には、すでにわたしの着ていた服が園田によって送られていた。それに加え、タンスや、テレビ、冷蔵庫、テーブルなどの調度品が3LDKの社宅の中に所狭しと置かれていた。それらのほとんどすべてが、園田によって用意されたものだった。まるで本当の娘を嫁に出すようにして貰った。感謝して感謝しきれるものではない。わたしは、智嗣だけではなく、嫁として、園田にできる限りのことをしてあげようと心に誓った。
数日後、銀行関係者を呼んで結婚披露パーティーが開かれた。智嗣は成績優秀で、将来を期待されていた。そんな智嗣だったから、記憶喪失で身元のはっきりしないわたしとの結婚について、もっと家柄がいいところか、出世に役に立つところから嫁を貰えばいいのにと同僚たちに言われていたらしい。わたしとの結婚で、智嗣の出世に影響が出るなんて思ってもみなかった。しかし、わたしは智嗣が実力で出世できることを確信していた。
パーティーでわたしの姿を初めて見た同僚たちは異口同音にこう言った。
「凄い美人やないか。そやさかい、大森が後先のこと考えんと、結婚したわけや」
美人だと言われることに不満はない。けれど、その言葉の裏には、美人なだけで何もできない飾り物じゃないのかという響きがこもっていた。
それだけではないことを示すために、智嗣が同僚を家に連れてきたときには、腕を振るってもてなした。
「大森の嫁はんは、たいしたもんや。美人やしな」
そう言われるのに、それほど時間はかからなかった。美人だと言われるよりも、いい嫁だと言われる方が嬉しかった。
クリスマスイブ、わたしは約束通り、さっちゃんの結婚式に参加した。わたしの義父となった園田や、同僚の看護婦たち、さっちゃんの秘密を知る何人かの友人たちも参加していた。
さっちゃんのウエディングドレス姿も綺麗だった。彼女が男だったことなど、誰もが忘れて祝福した。
「早苗さん、来てくれてありがとう」
「さっちゃん、おめでとう。約束ですものね。とっても綺麗よ」
「ありがとう。わたし、最高に幸せだわ。こんなにたくさんの人たちに祝って貰えるなんて思ってもみなかったもの」
「さっちゃんは、いい子だもの。みんなが祝ってくれないはずはないわ」
「こんなわたしでも?」
「あなたが受けた手術の事なんて忘れなさいよ。さっちゃんは生まれたときから女よ。わたし、そう思うの」
「その言葉が、一番嬉しいわ」
「頑張ってね」
「うん。ところで、早苗さん、子供はまだできないの?」
「結婚して、まだ二ヶ月も経ってないのよ。まだよ」
「早く産んで、わたしに見せに来て。楽しみにしてるわ」
「ええ、頑張るわ」
「女に生まれたかったなあ。女に生まれていたら、たくさん子供を産むの。野球ができるくらい」
「野球って、九人も?」
「そうよ。いけないかしら?」
「そんなことないけど。そうね、わたしもたくさん産むわ。智嗣さんもわたしも身寄りがないから、たくさん産んで、家族を増やすの」
「そうよね。早苗さん、頑張ってね。わたしは子供を産めないけど、こうしてみんなに祝って貰えるだけで充分だから」
さっちゃんの目に涙が光った。
わたしは大阪に帰らず、そのまま園田の自宅に留まった。智嗣から年末まで父親の面倒をみてくれと言われていたからだ。園田、もう義父と呼ぼう。義父は、わたしが十日ほどいると聞くと手放しで喜んでくれた。その喜び様はちょっと度が過ぎているくらいで、まるでわたしを自分の恋人であるかのように接するのだ。わたしもそのように振る舞った。それが、わたしにできる唯一の恩返しだった。もちろん義父は、結婚前ここに一緒に住んでいたときと同様に、わたしの体に指一本も触れようとはしなかった。
大晦日、仕事を片づけてやって来た智嗣を加えて、一年前と同じように三人で飲み明かした。一年前は、わたしはただの使用人だったが、今回は家族のひとりだった。わたしはひとりじゃない。それが嬉しくて堪らなかった。
三が日が明けて、智嗣と大阪へ戻る日、義父は寂しそうにしていた。
「お義父さん、智嗣さん抜きで、また帰ってきますから」
「ああ、待ってるよ。できれば、孫を連れてな」
「ええ、頑張ります」
早く孫を義父に見せてあげたかった。けれど、できなかった。二十八日おきにきちんとやってくる生理が恨めしかった。あんまり仲がいいとできないそうよと言う言葉も慰めにはならなかった。
結婚して丸一年を過ぎた平成十年が明けて、里帰りした際に義父から、そろそろ産婦人科に行ってみなさいと言われた。できれば三ヶ月間基礎体温をつけてと。
生理がきちんとあるのだから、基礎体温を測っても意味がないのではないかとは思いながらも、大阪へ戻って早速婦人体温計を買い込んで、基礎体温を測り始めた。
三ヶ月記録して、近くの産婦人科に行ってみようと、その記録を見ていて変なことに気付いた。わたしの基礎体温は、きちんとした二相性を示している。それは正常の性周期を持つ成人女性のものだ。しかし、驚いたことにひと月目とふた月目、三月目を比べてみると、二十八日分の体温の値が三ヶ月ともまったく同じなのだ。体温なんて、二度測っても同じでないことだってあるのに、グラフになった紙を重ねてみると、完全に同じだった。ひと月分の値をそのままふた月目の三月目も繰り返して記録したように。
そんな馬鹿なと思いつつ、さらにもうひと月測ってみた。毎日測るたびに、わたしは恐ろしくなった。ひと月目と同じ値なのだ。わたしの体はおかしい。まるで機械だ。産婦人科に行っても子供はできない、そんな予感がした。
そうこうしいているうちに、さっちゃんから突然社宅に電話が入った。五月の連休前だった。
「早苗さん、大変よ」
「どうしたの? さっちゃん」
「院長先生の具合が良くないの」
「えっ!? 何ですって?」
「お正月に来たときから、変な咳をしてたでしょう?」
「そう言えば・・・・」
「院長先生ね、今朝、こっそり、うちの旦那に胸の写真を撮らせたの」
「それで?」
「ビックリしないでね」
「何よ、何なの? 早く言って」
「うちの旦那が言うには、肺ガンみたいだって」
「肺ガン!?」
「そう。それも恐らく手遅れだろうって」
「そんな・・・・」
「院長先生は、それが分かっているらしく、病院には行かないと言っているらしいわ。何にも手がないなんてことは、ないと思うの。だから、早く帰ってきて、院長先生を説得して! お願い!」
「分かったわ。智嗣さんに連絡を取って、できるだけ、早くそちらに行くから。お義父さんにくれぐれも無理をしないように言っておいてね」
「うん。じゃあ、待ってるから」
智嗣が帰ってくるのを待てなかった。仕事場まで電話することは憚られたが、事が事だ。許してくれるだろう。
「どうした? 早苗。急ぎの用事か?」
「ごめんなさい、お仕事中に電話はしたくなかったんだけど、さっちゃんから連絡があって、お義父さんが大変なの」
「さっちゃんって、親父の病院の看護婦の?」
「そうよ。そのさっちゃんよ」
「それで、何が大変なんだ?」
「さっちゃんが言うには、お父さん、肺ガンですって。しかも手遅れの」
「なに? 肺ガン!? 手遅れの!」
「そう言ってたわ。さっちゃんのご主人は、お義父さんの病院で放射線技師をしていて、今朝お義父さんの胸の写真を撮ったんですって」
「親父が肺ガン・・・・」
「ねえ、休み取れるかしら? お義父さん、病院には行かないって言ってるらしいの。ぜんぜん手遅れって事はないでしょう? 何かできるよね」
「そんなこと言っても、状況がよく分らんからな。とにかく、明日にでも、うちに行ってみよう。早苗は準備をしていてくれ。明日から休めるように算段しておくから。今日は遅くなるかもしれんよ」
「分かったわ」
翌日、朝早くに社宅を出て、高速を飛ばして、ふたりで義父に会いに行った。義父は休みを取らないで、診察をしていた。さっちゃんが安心したような顔で私たちを迎えてくれた。
「何だ、ふたり揃って。何かあったのか?」
「何かあったのかはないだろう? 親父の体のことを聞いて、心配して駆けつけてきたのに」
「さっちゃんだな。わたしのことを漏らしたのは」
義父に睨まれて、さっちゃんは診察室の隅で小さくなっている。
「親父のことが心配だから、連絡してくれたんだ。で、どうなんだ?」
「良くないね」
「良くないって?」
「あと二,三ヶ月だろうな」
義父は、まるで人ごとのようにそう言った。
「何だって?」
「わたしも医者だからな。それくらいは分かるよ」
「何か手があるだろう?」
「ないね。こんなに酷いのは見たことがない」
「そんなに酷いのか?」
「酷いもんだよ。ここまで進むまで、気がつかなかったわたしもわたしだがね」
「どうするつもりだよ」
「動けるうちはここで診療を続ける。動けなくなったら、ベッドで死を待つさ」
「お義父さん、治療を受けて! 少しでも長生きして!」
「早苗、ありがとう。だがな。もう手遅れだ。抗ガン剤など、苦しむだけだ」
「奇跡が起こるかも知れないわ」
「奇跡など、この世にはない。奇跡があったら、この世の中に、癌で死ぬ人間などいないはずだ。わたしに残された時間は少ない。入院などして、その時間を無駄にしたくはない。医者になった以上、患者のためにその時間を使いたいんだ。早苗! 分かってくれるだろう?」
「お義父さん・・・・」
「分かったよ、親父。あんたがそう言うのなら、好きなようにやってくれ」
義父は、新規の患者は皆断り、予約された手術を精力的にこなした。合間を縫って、あとの面倒を見てくれるだろう医者宛に、すべての患者さんの添書を作った。
二ヶ月半後、義父はとうとうペンを握ることもできなくなって、診察室から、ベッドへ移った。酸素吸入とMSコンチンというモルヒネの内服薬以外はいっさい拒否した。そして、義父が自分で予想したとおり、三ヶ月後の暑い日、逝ってしまった。六十八歳だった。苦しかったろうに、その死に顔は、満足した笑顔だった。
死の三日前、義父は苦しい息の中でわたしにこう言った。
「早苗。おまえは、死んだ早苗に似ているだけじゃないんだ。おまえは、わたしに何か関係がある。理屈じゃないんだ。そう、感じるんだ」
義父の葬式は、鬼瀬派出所の隣にある村の集会所で営まれた。義父は余程この村の人たちに慕われていたに違いない。何百人という人たちが弔問に訪れた。それに加え、どこで聞いたのか、義父が手術した女たちが、大勢列をなしてやって来た。
義父の遺骨は、村が見渡せる丘の上に葬られた。義父は未来永劫に、この村を見守ることになるだろう。
義父が死んで、医者がいなくなってしまった病院を、誰か適当な医者に貸すことにした。智嗣は、銀行で重要なポストを占めるようになっており、田舎の小さな病院を経営するわけにはいかなかったのだ。
借り手はすぐに見つかった。義父の手術を手伝いに来ていた四十くらいの外科医だ。義父と同じ手術を続けていくつもりらしい。それだけではなく、村の人たちの健康も管理して欲しいとわたしは願った。
義父の財産整理などを終え、ようやく落ち着いたのは平成十一年に入ってからだった。智嗣の銀行は、バブル期にも堅実な経営をしていたお蔭で、不良債権がほとんどなく、健全な経営を続けていた。
三月に入り、智嗣は三十九歳という若さにも関わらず、支店長の内示を受けた。それも本店に次ぐ規模の支店の支店長に。
「智嗣さん、おめでとうございます」
「ありがとう、早苗。今夜は、昇進祝いだから、夕食はいらないからね」
「あんまり飲み過ぎないようにしてくださいね」
「ああ、午前様にならないように帰ってくるよ。じゃあ、行ってくるよ」
「行ってらっしゃい」
それが、智嗣と交わした最後の会話となった。智嗣が事故で死んだのだ。
事故の知らせが入ったのは、午前二時頃だった。午前様にならないように帰ってくると言う智嗣の言葉を信じて、わたしは寝ないで智嗣の帰りを待っていた。いつも午前0時になると眠ってしまうのに、この日は不思議なことに眠くならなかった。
智嗣からの電話だと思って取った受話器から聞こえてきた警察官の言葉を、わたしは呆然と聞いていた。
「もしもし、奥さん、大丈夫ですか? もしもし!」
「は、はい。大丈夫です。ほんとに、うちの主人なのですか?」
「間違いないと思われますが、確認に現場まで来ていただけますでしょうか? 現場は・・・・」
わたしは大急ぎで着替えると、タクシーで警察官に教えられた事故現場へと急いだ。事故現場は、社宅と飲屋街などがある町の中間あたりの国道だった。タクシーが大きなトラックに追突するような形で停まっており、トラックから大きな鉄板が崩れ落ちてタクシーに突き刺さっていた。
「大森は、大森はどこですか?」
「ああ、大森智嗣さんの奥さんですね。ちょっとこちらへどうぞ」
わたしは、警察官に導かれて、タクシーの方へと歩いていった。
「お見せするのは、少し残酷な気がするのですが、確認していただかないといけないものですから・・・・」
タクシーの中を見せられて、わたしは気を失った。タクシーの後部座席に座った智嗣には首がなかった。タクシーのフロントガラスを突き抜けてきた鉄板が、体の上に乗っていた。
「奥さん、奥さん、気を確かに」
わたしは、警察官に抱きかかえられるようにして、地面の上に倒れていた。
「このような状態をお見せしたくはなかったのですが・・・・、スーツの内ポケットに大森智嗣の名刺が入っていたのものですから。お宅のご主人に間違いないでしょうか?」
「首が、首がないのに、確認のしようがないですわ」
「服装はどうです? スーツにも大森のネームが入っているのですが・・・・」
スーツは確かに智嗣が着て出たものだった。靴も間違いない。それでも信じられなかった。首がないのだから・・・・。
「首はどこに。首はどこにあるのですか?」
「ずっと探しているのですが、まだ見つかっていないのです」
「首がなければ確認できません。そうでしょう?」
「そうですね。全力で探してはいますが・・・・。体に特徴は?」
「特徴と言いますと・・・・」
「ほくろとか痣とか、手術の瘢とかですが・・・・」
「特に何もないです」
「そうですか。これから遺体を引き出しますので、見て下さいますか?」
「・・・・はい」
首のない死体など、見たくはなかった。見なくても分かっていた。これは間違いなく、智嗣の死体だと。スーツを着ていたからではない。何故だか分からないが、これは智嗣だ。そんな気がした。
「主任! 足元に首があるようです」
「何!? 足元に首が?」
警察官が、首のない体に続いて、タクシーの床から、首を取りだした。その首は間違いなく、智嗣のものだった。わたしは再び気を失った。
病院のベッドの上で目が覚めた。夜が明けていた。昨夜のことを思いだして、わたしは大声を上げて泣いた。
わたしの意識が戻った知らせを聞いて、警察官が部屋に入ってきた。
「あのう、奥さん。あの首は、ご主人に間違いなかったでしょうか?」
わたしは、黙って頷いた。
「お気の毒です」
「どうしてあんなことに・・・・」
「あのトラックの運転手が、あそこで仮眠をとっていましてね。尾灯をつけていなかったものですから、タクシーの運転手が気がつかなくて突っ込んだようです。それだけなら、大したことにはならなかったのですが、鉄板の固定が悪かったために、衝撃で荷崩れを起こして、不幸にもタクシーのフロントガラスを突き破って、お宅のご主人の首を・・・・」
「運が悪かったのですね」
「そうとしか思えません。ただ、不思議なことがあるのです」
「不思議なこと?」
「鉄板の幅は、タクシーの幅ほどもあるのです」
「それが?」
「首が足元にあったのが、どうも納得いかないのです」
「えっ!?」
「あの状態なら、首は鉄板の上に乗っているはずなのですが・・・・」
確かにその通りなのだが、そんなことは別段問題にならなかったようだ。智嗣は、司法解剖されたあと、首を元あった場所に縫いつけられて、わたしの元に戻ってきた。
智嗣の祖父母が、やって来て、あわただしく葬儀が行われた。身内はこの三人だけだった。しかし、銀行関係者が大勢やって来て、盛大な葬式が上げられた。
荼毘に付された智嗣を抱いて、帰るとき、銀行の若い女たちの会話を小耳に挟んだ。
「あの人が、大森さんの奥さんなの?」
「そうよ」
「随分若いのね」
「二十八か九になるって聞いたけど・・・・」
「そんな風には見えないわね。せいぜい二十四,五くらいね」
「そうでしょう? 披露宴で初めて見たときから、ぜんぜん年取っていないみたいに見えるわ」
「へええ」
そうなのだ。わたしは、あの銀杏の下で目が覚めてから、まったく変わっていない。もう、四年も経つのに、あの時のままだ。自分でも不思議に感じていた。どうしてだろう。わたしは年をとらないのだろうか? いや、そんなことはない。そう見えるだけだ。
保険金や貯金などを整理し、智嗣の祖父母にその半分を渡して、わたしは小さなアパートを借りて暮らし始めた。智嗣が死んで、社宅を出なければならなかったからだ。
手元には三千万強のお金が残ったが、お金よりも、智嗣に生きていて欲しかった。例え一文無しでも良かった。智嗣といられれば、それだけで良かったのに。わたしは、独りぼっちになってしまった。