第四章 手術

 一月四日、診療が再開された。暮れは三十日まで開いていたから、たった四日の休みに過ぎない。それでも、元日から熱がでた、腹が痛いと言って、患者さんが訪れてきて、満足な休みではなかった。お医者さんは大変ですねと言う言葉を良く聞くけれど、ほんとに大変だと思う。とくに、園田のような田舎の開業医は、代わりがいないだけに、余計に大変だ。
 いつものように、お爺ちゃんやお婆ちゃんたちがやってくる。この村には若い人はいないのかと思うくらいに年寄りが多い。
 ただ、週にひとりかふたり、随分遠くから、紹介状らしきものを持って、この病院を訪れる若い女の患者さんがいた。しかも、みんな保険証を出さずに自費扱いなのだ。初診してから、二,三ヶ月すると一ヶ月間ほど入院する。何か特殊な治療をやっているのだろうか? そう思っていた。わたしは入院患者さんには関わっていなかったから、入院中にどんな治療が行われているのか知るすべもなかった。

 一月の終わり頃、その謎が解けた。
 昼食後、いつものように、いつ来るか分からない患者さんを待って、受付でさっちゃんとだべっていると、さっちゃんが時計を見ながら言った。
 「そろそろ、手術が始まる時間ね。早苗さん、手術を見に行かない?」
 「えっ! 手術を?」
 「そうよ。早苗さんは、外来で見る限り、手術するような患者さんはいないはずなのに、毎週手術がやられていることを不思議に思っているでしょう?」
 「それはそうだけど・・・・」
 「その疑問を解いてあげるわ。ついていらっしゃい」
 「いいの? 手術を覗いても」
 「中からは分からないから、心配しないでいいわ」
 わたしは、好奇心に負けて、玄関に本日休診の看板をぶら下げると、さっちゃんについて手術室へ通じる階段を昇った。
 手術室の隣には、控えの部屋がある。その部屋と手術室との間に、カーテンの掛かった小さな窓があった。さっちゃんは、その窓のそばに椅子を持ってきてわたしを座らせると、カーテンを少し開いて中を覗かせた。
 目の前に手術台があった。手術台には、足を広げた状態で仰向けに横たわった患者が見えた。足や体には緑色のシーツが掛けられ、茶色の消毒液が塗られた股間だけがむき出しになっていた。その股間には、だらりと下がったペニスが見えた。男の手術患者さんなんていたかしら? おかしいなと思った。
 手術着を着た園田がペニスを持ち上げ、看護婦に命じて写真を撮らせていた。
 「どうして写真なんて撮るの?」
 「あとで説明するわ」
 「何の手術なの? 痔の手術?」
 「見ていれば分かるわ」
 それから行われた手術を、わたしは呆然としてみていた。
 持ち上げられたペニスの根元にメスが入れられ、見る見るうちにペニスの皮だけが剥かれてしまった。園田は、血だらけの張り型のようなペニスにさらにメスを入れている。しばらくすると、足下に置かれた金属のトレーにべちゃりと肉塊が投げ捨てられた。股間には、尿を導く管の入った、もはやペニスとは言えない、肉塊がぶら下がっていた。園田は、その肉塊にさらにメスを入れている。
 わたしは、思わず吐き気を催した。しばらく深呼吸したあと、手術台を見ると、ペニスは完全になくなっていて、尿を導く管と、使ったあとのコンドームのようになったペニスの皮が恥骨の上に見えた。
 それから園田は、尿を導く管と肛門の間に器具を当てて穴を開け始めた。わたしにはもう分かっていた。目の前で行われている手術は、性転換手術だ。園田は、膣となる穴を開けようとしているのだ。
 かなり時間を掛けて、そんなに深い穴を開けても大丈夫なのかと思うくらいの穴が開けられた。穴の中から、血液がぼたりぼたりと流れ落ちてくる。
 園田はその穴の中へペニスの皮を裏返しにして入れて縫合したあと、黄色のガーゼを詰め込み始めた。どうしてあんなにたくさんはいるのだろうかと思うくらい長い長いガーゼを入れた。
 余分の陰嚢が切り取られたあとにできたものは、とても女性のものには見えなかったが、少なくとももはや男性のものではなくなっていた。
 わたしはその時になって、おやっと思った。何かがおかしい。
 「うまいもんでしょう」
 「院長先生は性転換手術をやったのね」
 「その通りよ」
 「性転換手術は、法律で禁止されているんじゃないの?」
 「禁止という表現は正しくはないわね」
 「えっ!? どうして?」
 「最初にこの手術をやった医者は、優生保護法違反の罪で罰せられたのね」
 「優生保護法違反の罪?」
 「医者は、故なくして、ひとの生殖能力を失わせるような手術をしてはならないと言う法律に触れてね」
 「院長先生は罰せられないの?」
 「厳密に言うと罰せられるかも知れないけれど、抜け道があるの」
 「抜け道?」
 「そうよ。さっき言ったでしょう。ひとの生殖能力を失わせるような手術はいけないって」
 「そう言ったわね」
 「今の手術で気がついたことなかった?」
 「気がついた事って?」
 「何かおかしい事よ」
 「おかしいと言えば・・・・、睾丸はいつ切り取ったの? わたし、気がつかなかったけど・・・」
 「それよ、それ」
 「えっ!? 分からないわ。何なの?」
 「彼には、いえ、今は彼女ね、彼女には睾丸がなかったの」
 「分からないわ」
 「彼女は、以前他の病院で睾丸を切り取る手術をしているの。だから、すでに生殖能力がないの。分かる? ひとの生殖能力を失わせる手術はいけないけど、生殖能力のない人にする手術だったら構わないって訳」
 「何だか詭弁のような気がするけど・・・・」
 「そうかもしれないけれどね。だからね、ここで手術する人たちは、みんな睾丸を取っている人たちなの。早苗さんも見たでしょう? 手術が始まる前に写真を撮っていたのを」
 「見たわ。あれは、睾丸がすでになかったことを示す証拠として撮っているのね」
 「まさにその通りよ。時々、まだ睾丸がある人がやってくることがあるけど、お断りしているわ。睾丸のない人だけしか手術できないと言って帰すと、数ヶ月したら、他の病院で睾丸を取って貰ってここに戻ってくるの。そうしたら、手術ができるって訳ね」
 「やっぱりおかしいような気がするけど・・・・」
 「睾丸を取りなさいとかは絶対言わないし、ましてやそれをやってくれる病院を紹介する訳じゃないから、絶対大丈夫なのよね。それに、きちっと税金も納めているからね」
 「へええ。こんな手術を毎週やってるの?」
 「毎週ふたりはね」
 「毎週ふたり!? と言うことは、年に百人も! そんなに女になりたい男が多いの?」
 「そう言う事ね」
 「信じられないわ」
 「でも、それが現実よ」
 園田が、傷の消毒を終えて、こちらへ向かってきた。わたしとさっちゃんは、見つからないように急いで受付へ戻った。

 「早苗、わたしの手術を見たんだって?」
 夕食が終わって、後片づけをしていると、園田がお茶を飲みながら、そう、わたしに尋ねた。
 「えっ、ええ」
 「さっちゃんに誘われたんだろう?」
 「・・・・」
 「まあ、他に誘う人間はいないだろうけれどね」
 「お父さんはどうしてあんな手術をするようになったんですか?」
 わたしは、園田の向かい側に腰掛けて、そう尋ねた。
 「・・・・話しておいた方がいいだろうな」
 「ええ、是非聞かせて欲しいわ」
 「死んだ早苗が性転換していたのはもう言ったな」
 「はい。聞きました」
 「早苗は、小さい頃から自分のことを男だと思っていた。わたしと一緒に風呂に入っていた頃、いつになったら早苗にはペニスが生えてくるのかとわたしに聞いて困らせたことがあった。中学になって、月経が始まり、胸が大きくなって初めて、自分は男になれないと理解して毎日泣いていたよ。
 わたしはその当時、そんな早苗の気持ちが分からなくて、早苗に無理に女の子らしい振る舞いや服装をさせようとしたんだ。
 早苗は素直にわたしに従っていたと思っていたんだが、男になりたいという情動は隠していたんだと思う。
 高校を卒業する直前になって、早苗はうちを飛び出してしまった。方々手を尽くして探したが、見つからなかった。これがその頃の早苗の写真だ」
 園田が撮りだした写真には、お下げ髪の女子高生がにっこり笑って写っていた。写真を見てわたしは心底驚いた。その女の子、早苗の写真が、わたしの若い頃の写真だと言っても誰も疑わないだろう。それほどわたしは、死んだ早苗似ているのだ。
 「三年たって、やっと早苗を見つけだして、連れ戻したんだが、その時の早苗は、まるで男のような格好をしていた。ただ、体にはまだ手を付けていなかった。
 一年ほど家にいたが、また飛び出していった。次は五年見つからなかったよ。見つけた時には、胸も子宮も卵巣も切り取って、まるで男だった。見つからなかったわけだよ」
 「どうして見つかったんですか?」
 「無免許でバイクを運転していて、事故を起こしてね。警察から連絡が入ったんだ」
 「また連れ戻したんですか?」
 「いや、連れ戻されるくらいなら死ぬと言って聞かないんだ。仕方なく、わたしは遠くから早苗を見守ることにした。早苗を見守りながら、早苗の病気のことを勉強した」
 「病気? 病気なんですか?」
 「そう、早苗は病気だった。性同一性障害という病気だ」
 「性同一性障害? 何なんですか、それは?」
 「日本ではまだ、この病気についてはあまり知られていないから、頭がおかしいと思われることが多いんだが、欧米ではちゃんとした病気として捉えられていている。簡単に言うと、自分の認識している性と、体の性が一致しないと言うことなんだ。早苗のように、体は女なのに、自分は男だと思っているようにね」
 「ちゃんとした病気なんですね」
 「そうだ。いろいろ調べていくうちに、日本国内にもこの病気で苦しんでいる人たちがいることを知った」
 「だから、お父さんが・・・・」
 「その通りだ。ただ、わたしは男から女への性転換手術はできるが、逆はできない」
 「どうして?」
 「非常に難しいんだ。特にペニスの形成がね」
 「ペニスの形成って、ペニスを作るんですか?」
 「そうだ。腕の肉と皮を使って作るんだが、形はできても、神経をつなぐことがわたしにはできない。顕微鏡を使って神経をつなぐんだが、目が衰えてきたわたしには無理な話なんだ。それにね」
 「それに」
 「さっちゃんから聞いたと思うが、生殖能力がないことを証明しておかなければ、優生保護法で罰せられる恐れがある」
 「ハイ、それは聞きました」
 「男性の場合は、睾丸がないことは容易に証明できるが、女性の場合はまず無理だ」
 「卵巣は体の中にあるからなのね」
 「そうだ。日本でこの病気がきちんとした形で認識されるようになるまでは、おそらく女から男への性転換手術は無理だろう」
 「ここで、手術を受ける人たちは、みんな性同一性障害の人たちなんですか?」
 「そうとも言えないんだがね」
 「ええっ!?」
 「判定が難しいんだ」
 「じゃあ、どうして手術してあげるの?」
 「彼女らは、みんな何年もの間女として暮らしている。しかも早く完全な形の女になりたいと念願しているんだ」
 「完全な女にはなれないでしょう?」
 「それはそうだが、少しでも女に近づきたいんだ。彼女らはね」
 「性同一性障害でなかったら、体を傷つけてまでも女になりたい理由は何なのかしら?」
 「理由はいろいろさ」
 「いろいろあるんですか?」
 「例えば同性愛者だ。本来のホモは、姿が男でもまったく構わない訳なんだが、それだと相手がなかなか見つからないんだ。だから、女役の方が、姿を女にするんだ。そうすれば、相手も見つかりやすい。ただ、この手のホモは、完全に性転換するものは少ない」
 「えっ、どうして?」
 「早苗には言いたくないが、肛門を使ったセックスの方が快感が大きいらしい。だから、あえて腟を作る必要がないんだ」
 「・・・・」
 「ホモの中にも、ノーマルな男に抱かれたいと思うものがいて、そんな彼女たちが性転換を望むんだ」
 「そうなんですか」
 「他に、女装趣味が高じたものもいる」
 「女装趣味?」
 「そうだ。単に女装して、化粧して、カツラをかぶるくらいならそう言うことはないんだが、より完璧を期すために、女性ホルモンを服用したり、除睾術や豊胸術を受けたりするものもいる」
 「凄いんですね」
 「最終的には性転換するものがでてくる」
 「女装するためにですか?」
 「そうだよ。女のパンティーを穿いて、短いスカートを穿いても男だと見破られないためにね。彼女らにとっては、本物の女に見られること自体が、快感なのだよ」
 「信じられないわ」
 「邪魔なペニスを取り除けば、それで事足りるんだが、どうせ痛い思いをするなら、膣も作ってくれと言うことになるんだ」
 「ふうん」
 「今説明した三つだけじゃないが、いろんな理由が混じり合っていることが多いんだ。だから、簡単には判定できない」
 「だから、望むものは手術をしてあげているのね」
 「ただし、条件は付けている。除睾術を受けていて、二年以上女として暮らしていること。それが最低条件だ」
 「ここに紹介状を持ってくる若い女の人は、みんなそうなんですか?」
 「殆どそうだね」
 「随分遠くから、こんな田舎の病院に来るなとは思っていたんですけど、そう言う理由があったんですね」
 「そう言うことだ。たくさん手がけているから、仕上がりがいいと口コミで評判になっているらしい」
 「だけど、さっき見た限りでは、とても見られたものではなかったみたいだけど・・・・」
 「それは、手術直後だからだよ。傷が落ち着くとずっと綺麗になるよ。君たち本物の女と同じというわけにはいかないけどね」
 「ほんとに?」
 「明日、退院する子がいるから、見せてあげよう。早苗が見たいというのならね」
 「見てみたいわ。どんなになっているのか」
 「じゃあ、明日の九時から、退院前に診察をするから、ナース服を着て病棟の診察室に来なさい。ナース服はさっちゃんに借りればいいだろう」

 翌日、さっちゃんにナース服を借りて、見学に行った。手術室で見たものよりも随分綺麗になっていたが、これで本当に満足なのかと思って見ていた。
 「かなりいい仕上がりだったわね、早苗さん」
 「さっちゃん、あれで、いい仕上がりなの? わたしにはそうは思えなかったけど」
 「まだ腫れてるからね。だんだん良くなるわ。術後一年間は毎月診察に来るから、見せて貰うといいわ」
 「ほんとに綺麗になるの?」
 「信じられない?」
 「ええ、信じられないわ」
 「じゃあ、見せてあげる。三年経ったらどうなるか」
 「そんな人どこにいるの?」
 「早苗さんの目の前にいるでしょう?」
 「ええっ!?」
 これほどビックリしたことはなかった。さっちゃんが男だったって!?
 「あなた・・・・。ほんとなの?」
 「あれ? 知らなかったの? 院長先生に聞いているものとばかり思っていたわ」
 「聞いてないわ、そんなこと。あなたは絶対男に何て見えないもの」
 「ありがとう。どうする、早苗さん。見るの? 見ないの?」
 少し迷ったが、園田の手術の結果を見てみたかった。誰もいない外来の診察室で、以前わたしが診察を受けた診察台に上がったさっちゃんのその部分を見せて貰った。
 「さっちゃん、わたしを騙したのね。あなたは本物の女でしょう!」
 「へへへ、ばれたか。早苗さんて、ほんとに人がいいのね。簡単に騙されてしまうんですもの」
 「酷い人ね。見せて貰わなかったら、ほんとにさっちゃんが男だと思いこむところだったわ」
 「お詫びに、明日の午後のおやつにケーキを奢るわ。それで勘弁して! お願い!」
 「じゃあ、許してあげるわ」

 夕食がすんで、テレビを見ながら、園田にどうだったか聞かれた。
 「さっちゃんはもう少し時間がたてば綺麗になるって言ったけど、ほんとなの? あのままだと、とても満足な仕上がりとは言えないと思うけど」
 「さっちゃんの言う通りだよ。あの患者は術後一ヶ月も経っていないからね。一年も経てば、本物と区別が付きにくくなるよ」
 「信じられないわ」
 「来週あたり、一年後の健診に来る患者がいるから、見たらいいよ」
 「見せて貰うわ。お父さんの腕を見たいから。それはそうと、さっちゃんが、わたしもお父さんに手術をして貰ったなんて嘘を付くのよ。とんでもない子だわ。わたし、すっかり騙されちゃって」
 「さっちゃんのあそこを見たのか?」
 「そうよ」
 「いい出来だろう?」
 「えっ!?」
 「さっちゃんのは、かなりの出来だと思うがね」
 「やだあ、お父さんまでわたしを騙そうとして」
 「ほんとにそう思うか?」
 園田の顔は真顔だ。わたしを騙そうとしているようには思えない。
 「・・・・嘘でしょう? さっちゃんは本物の女よね」
 「そう見えたのなら、お父さんの腕は大したものだ」
 「嘘、嘘。さっちゃんは絶対本物の女よ」
 「さっちゃんの本名を知ってるか?」
 「古川佐智緒でしょう?」
 「最後の緒は、本当は男って書くんだ。彼女は、間違いなく男だ。三年前、わたしが手術した。間違いない」
 わたしは、呆然とした。完全に騙された。性転換手術を受けた男かも知れないと思って、さっちゃんのあそこを見たのに・・・・。
 「さっちゃんには好きな男がいてね。その男に抱かれるために、女になったんだ」
 「それで、どうなったんですか?」
 「思いは遂げたらしい。ただ、打ち明けたら、男が逃げ出してしまったんだ」
 「可哀想に」
 「さっちゃんは、早苗のように自殺は図らなかった。彼女は強い子だ。一年目の診察にここを訪れたときに、そのことを打ち明けてくれたんだ。さっちゃんは看護士の免許を持っていたから、看護婦として、ここで働いて貰うことにした。さっちゃんは経験者だから、ここで手術を受ける患者の気持ちがよく分かるからね」
 「そうだったの。この病院の人たちは、みんなそのことを知っているんですか?」
 「知ってるよ。知らなかったのは、早苗だけだろうな」
 「ぜんぜん気がつかなかった。さっちゃんが男だったなんて」
 「さっちゃんは、女だよ。気持ちも体もね。子供が産めないだけだよ」
 わたしもそう思う。さっちゃんは完全に女だ。話していても違和感がないし、無理に女を演じようとするところもない。
 「いい人が見つかるといいわね」
 「もう、いるよ」
 「えっ! ほんとに?」
 「放射線技師の白川君だよ」
 「あの背の高い人ね」
 「白川君は、最初は気がつかなかったらしいが、さっちゃんが打ち明けたらしい。騙すのは嫌だと言ってね」
 「そしたら?」
 「それでもさっちゃんが好きだと言ってくれたと言って、泣いていたよ」
 「嬉しかったでしょうね。でも、結婚はできないでしょう?」
 「それがネックだな。日本では戸籍は変えてくれないからね。ふたりは養子縁組をして、一緒に暮らしているんだ」
 「そうだったんですか」
 園田が性転換手術を手がけている理由がよく分かった。性転換を受けた患者さんが、みんなさっちゃんみたいに幸せになれたら、もっといいなと思いながら、眠りについた。

 翌日、患者の診察が終わった午後、さっちゃんがにやにやしながら、近寄ってきた。
 「さっちゃん、わたしを騙したわね」
 「気付かない早苗さんが悪いのよ」
 「ぜんぜん分からなかったわ。あなたが男だったなんて信じられないくらいよ」
 「しいっ! 早苗さん、大きな声を出さないでね。ここに来るお爺ちゃんやお婆ちゃんは、みんな知らないんだからね」
 「ごめんなさい。でも、ほんと、信じられないわ」
 「院長先生は、腕がいいと言ったでしょう?」
 「信じるわ。さっちゃんが男だったことには、もう触れないわ。あなたは立派な女よ。あなたは、わたしの仲のいいお友達よ」
 「今後ともよろしくね。お詫びに、約束通りケーキ買ってきたわ。この店のケーキは美味しいのよ」
 「何にする? コーヒー? それとも紅茶?」
 「濃い緑茶がいいわね」
 「わたしが入れるわね」