大竹実は運転できるが、相良菜摘は運転免許を持っていない。仕方がないので、寿代が高校まで送っていくことになった。
正門の前で車を降りると、何人かの生徒たちが立ち止まって大竹実に声をかけた。
「先生。綺麗な奥さんに送って貰っていいですね」
大竹実は、顔を赤らめて職員室へ向かった。
職員室へ入ると、伊藤が近寄ってきた。
「元に戻った訳じゃないですよね」
「まだです」
「そうですか。事情は、校長と教頭だけには話してありますが、他の教員や生徒たちは知りません。そのつもりで行動してくださいね」
「分かりました」
「先生」
「はい」
「もっと男らしく!」
「・・・・はい」
「先生の机は、ぼくの隣ですから、付いてきてください」
「ありがとう」
「いいですよ。先生とぼくの仲だから」
伊藤と大竹は、かなり親しいらしいことがその言葉から分かった。少し気が楽になる。
「今日、明日を乗り切れば、来週は期末考査で、体育の授業がありませんから、少しは楽でしょう」
「そうか。それなら少し安心だ」
と言ったものの、大竹実はあることに気付く。
「期末考査って言うと、体育のテストもあるんですよね」
「ありますよ。・・・・そうか、問題は作ってあるのかな?」
ふたりで机の中を探す。それらしいものはない。
「自宅に持って帰ってるんだろうか?」
伊藤がそう呟いた。大竹実は思い出す。昨日書斎に入ったとき、それらしいものはなかったなと。
「困りましたね。ぼくは問題を作れないし・・・・」
諦めたように、伊藤が椅子の座り込む。
「どんな問題を作れば・・・・」
「テスト範囲はもう決まっていますから、その範囲を教科書で確かめて、それらしいものを作るしかないでしょう」
「・・・・そうですか」
体育館か運動場に生徒を引っ張っていって、笛を吹いていればいいと思っていたのが、予定が狂って大竹実はまた溜息をついた。
「あれ!?」
伊藤が素っ頓狂な声を上げた。
「どうしました?」
「これ、テストの問題じゃないかな?」
伊藤の机の上にファイルが置かれていて、その中にテスト問題らしいものが入れられていた。
「これだ。これだ。掃除の時に、ぼくの机の上に移動したんだ。よかったですね」
「はい」
職員会議が終わった。大竹実は、1時間目の授業のため、運動場へ向かうことになった。校長と教頭が、大竹の方を見て、不安そうな表情を浮かべていた。
昨日は、書斎には何も発見できなかったが、先ほど机の中を探ったとき、授業の予定表がでてきた。何月何日どこのクラスで何をすると、細かく書かれているのだった。このノートを手に入れたとき、どれほど心がホッとしたか誰にも分からないだろう。
その予定表に寄れば、この時間はソフトボールをやることになっていた。出席を取った後、クラスをふたつに分けて試合をさせた。大竹実はそれを見ているだけでいい。楽なものだと思っていた。
「先生。ピンチヒッター」
そんな生徒の声にびくりとする。
「先生。一発かっ飛ばして」
「い、イヤ。俺が出ると不公平になる」
大竹実は尻込みする。バットを振ったこともないよと青くなる。
「5点勝ってるから、先生に打たれても大丈夫だよ」
と、相手のチームから声が掛かった。
「先生。早く」
仕方がないので、大竹実は立ち上がってバットを握ってバッターボックスに立った。
「先生」
「何だ?」
「バットの握り方がおかしいよ」
握り方がおかしいといわれてもピンとこなかった。ちらりと次のバッターボックスでバットを振っている生徒を見ると、右と左の握り方が違うのだ。握り換えようとして、一計を案じた。
「これでいいんだ。まともにやったら、それこそホームランだからな」
「へえ、それで打てるかな?」
「打てるさ」
そう言ったものの、自信はなかった。一球目は見事から振り。
「先生。無理だって」
「いいからいいから」
二球目もから振り。
「三振、三振」
守備をしている生徒がはやし立てる。三球目、目を瞑って振ったバットに手応えがあった。目を開けると、ボールは一塁の横を抜けて、グランドを転々としていた。
「先生! 走れ!!」
そう促されて、大竹実は走り始めた。
「早く! 早く!!」
大竹実はダイヤモンドを一周する。
「やったあ、ランニングホームランだあ」
生徒たちの喜ぶことといったらなかった。
その日、他に3時間の授業があったが、予定表通り何とかこなした。
「上手くやれたようですね」
「数学や英語の教師でなくてよかったよ」
「そうですね」
帰りは、回り道だったが伊藤が送ってくれた。大竹実は、感謝の気持ちで走り去る伊藤の車を見送った。
今朝は早くから目が醒めた。勤務は明日からと言うことになっているが、今日でも明日でも変わりはないと思った。
相良菜摘は、椎原千絵が帰りしなに残していたメモを見ながら電話した。
「もしもし、相良です」
「ああ、菜摘。・・・・どう? もう慣れた?」
「あ、はい。何とか」
「よかった。で、こんなに早くから、何の用時?」
「今日一日じっとしていても何の進展もないと思うんだ。だから、今日から出勤してみようと思うんだけど、どうだろうか?」
「・・・・そうね。確かにあなたの言う通りね。じゃあ、8時30分までに出勤してね。少し早く出て、裏の入り口で待ってるから」
「迷惑をかけてすまないね」
「親友だからって言ったでしょう?」
「ありがとう、椎原さん。助かるよ」
「菜摘?」
「え?」
「わたしのこと、千絵でいいわ。それと言葉遣いに気を付けてね。あなたは今は女なんだから」
「あ、そうでした。気を付けます」
「会社では、わたし以外は誰も今度のことを知らないから、気を付けるのよ」
「はい」
「じゃあ、8時半に裏の入り口で」
「分かったわ」
電話を切ってから、やっぱり明日からにしておけばよかったと後悔した。しかし、もう引き返せない。行くしかないと決心した。
トーストを一枚、それにミルクティーを作って朝食にした。野菜が足りないかもしれないと思ったが、買い置きがない。帰りに買ってきた方がいいだろうなと思う。
勤務に出ればミニスカートを穿かなければならないけれど、スカートで通勤する勇気はなかった。
タンスの中から、ソフトジーンズとTシャツを取り出して身に着ける。バッグを持って出ようとして気がついた。女は化粧しなければいけなかったんだと。しかし、化粧なんてできない。
ドレッサーに向かう。化粧しなくて、綺麗だからいいか。そう呟く。出掛けようとして玄関まで行ったが、やっぱり思い直してドレッサーの前まで戻った。
口紅を引いてみた。うまく行かない。諦めてティッシュで拭き取る。椎原千絵にやってもらおう。
相良菜摘のアパートのすぐ前にバス停がある。サンダルを引っかけて出ていくと、丁度バスがやってきた。
六つ目のバス停が、トヨタの向かい側だった。バッグの中から定期入れを出して運転手に見せて飛び降りた。
1週間前、椎原千絵に連れ出された裏口へ向かうと、椎原千絵が人待ち顔で待っていた。
「何? その格好は?」
「スカートはちょっと・・・・」
「スカートじゃ来ないだろうと思っていたけど、その色の組み合わせはブーよ」
「いけなかったかしら?」
「茶色は赤の系統だから、Tシャツを着るのなら、それにあわせなきゃ」
「そう言うものなの?」
「そう言うものなの。言葉はそれでいいわ。お化粧してないのね。すっぴんでここまで来たの?」
「化粧なんてできないもの」
「そうでしょうね。・・・・ありゃ、ナマ足なのね」
「あ、いけなかったかしら?」
「いけないことはないけど、制服着るときは、パンスト穿くのよ」
「分かったわ」
「中に入って着替えましょう。着替えたら、お化粧してあげるわ」
「頼むわ」
ロッカールームに入って、相良菜摘はピンクの制服を取り出して目の前に掲げた。こうしてあらためて見ると、かなり短いスカートだ。
「何やってんの? 早く着替えて! お化粧する時間がなくなっちゃうわよ」
「う、うん」
Tシャツを脱いで、ブラウスを着る。ボタンをするとき、男と女の違いを感じる。ジーンズを脱いで、新品のパンストをロッカーの中から取り出して身に着け、スカートを穿く。ホントに短い。ふとももの中程しかない。下を向いたら、下着が見えそうだなと思う。見えたら、男は喜ぶだろう。女は、特にこうした制服を着る女は、男の目を楽しませるのもひとつの役割だ。何だか、嫌な気がした。
「早く椅子に座って」
「は、はい」
「目を瞑ってて」
椎原千絵が相良菜摘の顔をキャンバスに化粧を始めた。香料の強い臭いが鼻腔を付いた。
「さあ、いいわよ。鏡を見てみて」
差し出されたコンパクトに付いた鏡を見ると、見違えるように綺麗になっていた。
「女は化けるって言うけど、ホントに化けるんだね」
「化粧で、美しさを引き出すだけよ」
ほう、そんな考え方もあるんだと相良菜摘は納得する。
「コーヒーやお茶をお客様に差し上げたり、パンフレットを手渡したりするのがわたしたちの仕事だけど、丁寧に頭を下げること。それから、お茶を出すとき、ショーツが見えないように気を付けてね。膝を揃えて、腰を落とすと見えないわ」
相良菜摘は首を傾げる。
「一通りのことは、まずわたしが手本を見せるから、あなたはよくわたしのすることを見ていて。分かったわね」
「分かったわ」
「それと、くれぐれも女言葉、忘れずにね」
「了解」
ふたりは顔を見合わせて頷いた。
ふたりがショールームに連れ立って入っていくと、男性の従業員がひとりいて書類を眺めていた。
「おはようございます」
「ああ、おはよう。今日もふたりとも綺麗だね」
「ありがとうございます」
相良菜摘は、椎原菜摘に肘でつつかれる。相良菜摘も声を出す。
「ありがとうございます」
「今日もよろしくな」
「はい」
「わあ、遅刻だ、遅刻」
そう言いながら、ふたりと同じ制服を着た女性がショールームへ走り込んできた。
「あら? 菜摘。もう良くなったの?」
「はい、おかげさまで」
「お見舞いに行けなくてごめんね」
「いいです。大した病気じゃないですから」
「過労になるほど仕事してるとは思えないけどね」
「あ、ひどい」
4人で大笑い。相良菜摘は、何とかやって行けそうな気がした。
椎原千絵の様子をじっと観察し、頭の中で何度もシミュレーションした。午後になってから、相良菜摘もお客の接待に参加した。うまくいっているようだが、一挙手一投足に注意を払わなければならないので、夕方近くになると、体のあちこちが痛み始めた。
6時の退社時間になったときには、ぐったりと疲れていた。
「上手くやれたわよ」
「千絵のお蔭だわ」
「夕食はどうするの?」
「昨日、カレーを作り過ぎちゃって、今日もカレー」
「食べるの手伝おうか?」
「えっ!? いいの?」
「どうせわたしも帰って作らなきゃならないから」
「助かるわ」
「食べさせて貰う代わりにお化粧の仕方教えてあげるわ」
「あ、そうしてくれる?」
「食べさせて貰えなくても、教えてあげないと、毎日お化粧してあげなきゃならないもんね」
「あ、そうね」
椎原千絵は、自家用車で通勤している。相良菜摘は助手席の乗り込む。
「菜摘! 今の乗り方は、ブーだな」
「だめ?」
「スカートだったら、男が喜んでるわ」
「そうか・・・・」
「両膝を揃えて、お尻から滑り込まないとね」
「女は難しい」
「そう。難しいのよ」
「あああ、早く元に戻りたい」
相良菜摘は溜息をつく。今日何度目の溜息だろうか?
「分かるわ。その気持ち」
そう言いながら、椎原千絵はアクセルを踏んだ。
「お帰りなさませ。うまくいきました?」
玄関に迎えに出てきた寿代が尋ねた。
「はい。思いの外」
靴を脱ぎながら、大竹実は答える。
「それは良かったですね。先にお風呂へどうぞ」
「そうさせてもらうわ。汗びっしょりだから」
「あのう・・・・」
大竹実の着ていたスーツの上着を脱がせながら、寿代が言いよどむ。
「何でしょうか?」
「その姿だから、男言葉のほうがよろしいかと」
「あ、そうでした。・・・・あなたの前では、つい・・・・」
「よろしいのよ。遠慮なされなくても」
「ほんとにいいんですね」
「はい。勿論です」
「・・・・じゃあ、先に風呂に入ってくる」
ちょっと固い言い方で、大竹実はそう言う。
「お着替えは外に揃えておきますから」
「すまない」
バスルームから出て、キッチンに行くと、寿代が笑顔でビールを注いでくれた。夢の中の王子様も、白馬から降りて、お姫様と暮らし始めれば、こう言う具合になるのかもしれないと思う。男になると言う夢が叶ったんだから、少し楽しんでみようかなと、ビールを飲み干しながら考えていた。
食事が済んで、風呂から上がってきた寿代とビールを飲みながら、今日一日の出来事を話す。寿代は嬉しそうに大竹実の話しに聞き入っていた。
午後11時半になり、大竹実はベッドに潜り込んだ。一日中緊張していたせいか、すぐに寝入った。
どれくらいたっただろうか? 異様な気配に目が醒めると、寿代が大竹実の背中にすり寄っていた。
「ちょ、ちょっと・・・・」
「お願い。抱いて」
「こ、困ります」
「もう2週間もご無沙汰なのよ。お願いだから・・・・」
寿代は、仰向けになった大竹実の上になって、強引に唇を合わせてくる。
「で、できません」
「できないはずはないわ。人格が女でも、体は男なんだから」
「でも・・・・」
大竹実の持ち物は、だらりとしたままだった。その気にならないからだ。
「寿代さんを喜ばせることはできないみたいよ」
「大丈夫。すぐに元気になるわ」
そう言って、寿代は大竹実の股間に手を這わせ、ゆっくりと撫で始めた。大竹実は、股間のものがゆっくり頭を持ち上げてくるのを感じた。
「ほら、大丈夫でしょう?」
「したことないから・・・・」
「それは男として? それとも女として?」
大竹実は顔を伏せる。
「いずれにしても初めてという事ね。じゃあ、わたしの言うとおりにしてね」
寿代は、パジャマのズボンとトランクスを降ろし、固くなり始めた一物に舌を這わせ始めた。
「女に戻ったとき、男の人にこうしてあげるのよ」
そんな言葉は耳に入らなかった。すごく気持ちよかった。
「さあ、選手交代よ」
寿代の誘導に従って、乳房を、乳首を、そして尻から内股、最後に女の敏感なところに舌を這わせた。
「さあ、入って」
「どうすれば・・・・」
「わたしが誘導するわ」
こくりと入る感触がした。すぐにじわりと締め付けられる。不思議な感じだった。
「動かして」
大竹実は腰を使う。
「そう、その調子。い、いい。もっと。もっと激しく!」
固かった一物にさらに緊張が増し、快感が集中したかと思うとビクビクと痙攀した。
「う、ううう」
「い、いいいい」
大竹実は、そのまま寿代の上に倒れ込んだ。
飯を新たに炊き直し、カレーをかけて、ふたりで食べた。
「結構美味しいじゃない。お料理できるの?」
「中学校のキャンプ以来よ。カレールーの箱に書いてあった通りに作ったんだけど、良かった?」
「絶品とは行かないけど、これなら充分よ」
「ありがとう」
「他にレパートリーは?」
「全然ないわ」
「それは困ったわね。一生カレーと言うわけにもいかないからね」
「一生このままかしら?」
「それも頭に入れておいた方がいいでしょうね」
相良菜摘は項垂れる。
「ま、お料理を覚えておくことは、男に戻ったとき、無駄にはならないでしょう」
「そうね」
「本棚にお料理の本があるでしょう?」
「ホント?」
「前、ここに来たとき、見たことがあるわよ」
相良菜摘は立ち上がって本棚を探す。
「ホントだ。料理の本がある」
「それを見て、翌日作るものを考えればいいわ」
「そうするわ」
「じゃあ、お次は、お化粧ね」
「お願いします」
「まず、化粧を落としましょう。その容器に入っているクレンジングクリームで充分マッサージしながら落とすのよ」
言われたとおりにクリームを塗り、化粧を落としていく。
「顔を洗ってきて。クリームを全部洗い流すつもりでね」
「はい」
顔を洗ってタオルで拭くとすっきりとした。千絵は、化粧が美しさを引き出すと言ってた。菜摘は素顔だけでも充分美人だと思うけど、どうして女は化粧しなければならないの? 鏡を見ながら、相良菜摘は呟いた。
「何してんの? 早くこっちへ戻ってきて!」
相良菜摘は、ドレッサーの前に戻る。
「顔を洗ったら、栄養クリームをたっぷり塗っておくのよ」
べたべたしたものを塗りたくるのは好きじゃないけど、この際だから仕方がない。
「落としたばかりで悪いけど、今度はお化粧ね」
化粧水をぺたぺた塗り、ファウンデーションをのばす。眉を描き、アイシャドー、チーク、ルージュを施す。
「明日はひとりでできるかな?」
「何とかできると思うけど・・・・」
「わたしの手を煩わせないでね」
「はい。頑張ります」
「じゃあ、わたしは帰るから。なんなら、もう一度落として、化粧をやり直してみてね」
「ありがとう。助かったわ」
椎原千絵はウインクをして、部屋を出ていった。
クレンジングクリームで化粧を落として栄養クリームを塗ると、もうやる気がなくなっていた。明日は明日の風が吹くさ。そう思いながら、風呂に入った。
栄養クリームは、風呂から上がってから塗った方が良かったなと思ったのは、体を拭いているときだった。