目覚ましが鳴っている。いつもより遠くで鳴っているように感じた。菜摘は、ゆっくりとベッドから体を起こした。
頭痛はない。しかし、意識に張った膜は、昨日よりも厚くなったような気がする。覚醒剤を注射するとこんな風になるのかも知れないなとぼんやり思う。覚醒剤なんてしたことはないけれど・・・・。
ふと自分の体を見ると、全裸だった。全裸でシーツにくるまっていた。部屋の中には誰もいないのに、急に恥ずかしくなった。
「どうして裸なの?」
昨晩入浴してから、それから・・・・。菜摘は、思い出せないでいた。
フラフラと立ち上がって、バスルームを覗く。脱衣籠の中に、着替えのブラとショーツ、パジャマが畳まれて置かれていた。
「バスルームから出て、鏡を見たのよね。それから・・・・。裸のまま部屋に戻ったみたいね」
呟きながら、下着を身に着け、パジャマはタンスの中に戻して、通勤用の服を着た。
お腹がクウと鳴った。レンジの中を覗き込む。水滴が付いてラップのかかった皿が、そこにはあった。
「なにも食べずに寝たって訳ね。そんなに疲れていたのかな?」
菜摘は肩を竦め、もう一度レンジのスイッチを押した。
「勿体ないから、今朝はこのピラフを食べていこう」
インスタント味噌汁の『朝げ』を一袋取り出して作り、ピラフと共に食べた。意識に張った膜はまだ取れない。イヤ、さらに厚くなったように感じる。
ドレッサーの前に座って化粧を始めた。いつもは10分しか掛からないのに、化粧に40分も掛かってしまった。しかも、仕上がりがいまいちだ。
「何だか、わたし、ちょっとおかしい」
休んだ方がいいのかもしれないと思いながら、菜摘はアパートを出た。
「あなた。遅刻しますわよ」
そんな寿代の声が、トンネルの中で聞くように頭に響いてきた。大竹は、ぼんやりと目を開ける。
「大丈夫ですか?」
大竹を覗き込む寿代の顔が二重に見えた。大竹は頭を振り、一度目をぎゅっと瞑ってから目を見開いた。寿代が大竹を見ながら首を傾げていた。
「まだ、頭が痛むのですか?」
「イヤ、そんなことはない」
頭痛は治まっていた。しかし、おかしい。自分が自分ではないようだった。
「じゃあ、早くお起きになって。ホントに遅刻しますわよ」
「ああ」
ベッドから起き上がってみたものの、酔っぱらったように体がふわふわとしていた。
ビッとクラクションを鳴らされた。目の前の信号は青に変わっていた。大竹は慌ててシフトレバーをDレンジに入れ、アクセルを踏んだ。
「いつの間に車に乗り込んだのだろうか?」
運転しながら、大竹は考える。ベッドから起きだしたまでは覚えているが・・・・。前の車のブレーキランプに、慌ててブレーキを踏んだ。
「危ない、危ない。しっかりしないと事故るぞ」
大竹は、パシリと頬を一度叩いてから、ハンドルを握り直した。
大竹寿代は、夫を送り出した後、首を傾げた。夫の様子がどうもおかしい。本人も言っていたが、二日酔いや風邪の所為ではなさそうだ。
いつもは、世界で俺が一番偉いと言った態度で、肩で風を切って歩く雰囲気なのだが、昨日、今日は、まるで借りてきた猫のようにおどおどとしている。
職場で何かあったのだろうか? こんな様子が続くようであれば、一度問い質してみなければならないだろうなと、寿代は片づけをしながら考えていた。
「菜摘、またタクシーなの?」
タクシーを降りたとたん、千絵に声をかけられた。
「あ、うん。バスに乗る気分じゃなくて・・・・」
「調子よくないのね?」
「最悪・・・・」
菜摘はとぼとぼと従業員専用の入り口へ向かう。千絵は楽しむように質問を重ねてきた。
「風邪に生理が重なったとか?」
「そんなんじゃないわよ」
「まさか、できたとか」
「生理は一昨日終わったばかり。それに、そんなこと、したことないわ」
「ホント? 菜摘は、ホントに処女なの?」
疑わしそうな目で千絵は菜摘の目を覗き込む。この年まで処女だなんて、ちょっと恥ずかしいけど、いい人が菜摘の前に現れなかったんだから、仕方がない。誰とでも寝る女とは違うんだと菜摘は思う。
「千絵とは違うからね」
「彼氏がいないから悪いんだあ。いい人見つけて、一発やって貰ったら、すっきりするよ」
「千絵! なんて、はしたないことを・・・・」
菜摘は他人に聞かれてやしないかと辺りをキョロキョロと見回す。
「欲求不満が頭に貯まってるんだと思うわ」
「馬鹿なこと言わないでよ」
「ふーん。そうかなあ」
発情した犬や猫じゃあるまいしと菜摘は思いながら、千絵を置き去りにしてロッカールームへ入っていった。
体の浮遊感はまだ続いていた。自分の体が自分のものではないように思える。やっぱり休めばよかった。菜摘は会社に出てきたことを後悔していた。
菜摘の様子がおかしい。椎原千絵は、菜摘の後ろ姿を追いながら首を傾げた。脳天気な千絵まではいかないが、菜摘はいつも明るい美人だ。
しかし、ここ数日、暗い顔をしていることが多い。何か心配事でもあるような印象だ。入社以来、ずっと仲良くしている千絵としては、気になって仕方がなかった。
学校に着いてからも、体の変調はよくならなかった。大竹はのろのろとジャージに着替えた。
「大竹先生、風邪はよくなりました?」
「いや、まだおかしい。まるで酔っぱらったみたいな感じだ」
「へえ、どうしたんでしょうね」
「わからんなあ。仕事のしすぎかなあ」
「そんなに働いてますか?」
「いつも通りだよな」
「そうですよね」
伊藤と顔を見合わせ、大竹は笑った。体調の悪さ以外は、いつもと変わらないんだがなあ。大竹は溜息をつく。
職員会議が終わって、大竹は席へ戻った。1時間目の授業がないので、期末考査の問題作りを始めた。
しばらくして、大竹はトイレへ行きたくなって職員室を出た。トイレへ向かう廊下が、曲がりくねっているように見える。大竹はふらふらしながら廊下を歩いていった。すれ違った同僚が変な顔をして大竹を見るのが分かった。
トイレのドアを開く。このとき、違和感を覚えた。トイレのドアは引き戸のはずなのに、いまドアを手前に引いたぞ・・・・。
「おい、相良君。ここは男子トイレだぞ」
「えっ!?」
いつもの制服に着替え、菜摘は千絵と連れだってロッカールームを出た。真っ直ぐの廊下のはずが、グニャグニャと曲がって見えた。菜摘は思わず千絵にしがみついた。
「菜摘! どうしたの?」
「千絵。やっぱり、わたし、おかしい。ひどい目眩がするの。今日は帰るわ」
「大丈夫なの?」
「帰って休めばいいと思う」
「じゃあ、わたしが年休届けを出してあげるわ」
「お願いね」
菜摘は、ロッカールームへ引き返す。
「ああ、気分悪い」
吐き気がして、菜摘はトイレに入ろうとした。
トイレのドアを引こうとしたが開かなかった。よく見ると、ドアは引き戸になっているのだ。
「あれ!?」
「イヤだわ、大竹先生。そこは女子トイレですよ」
振り向くと、見たことのない男が後ろに立ってにやにやしていた。三揃えのスーツ。出っ張った腹。いわゆるビール腹というのかなと思う。オールバックにした髪の毛はやや薄くなっていて、しかも白髪が混じっていた。年は50前後のようだ。この男は誰だろう? 首を傾げる。
「そうか。わたしのためにドアを開けてくれたのか。すまんね」
そう言いながら、男はドアの奥へ消えた。ドアのノブから手を離して、ドアをじっと見つめる。
「学校のドアじゃない・・・・」
大竹の勤務する高校のトイレのドアは引き戸だ。その引き戸の上に『男子便所』あるいは『女子便所』の表示がある。
しかし、いま目の前にあるドアは、手前に引くと開くドアで、表示も男を表すブルーのイラストが描かれていた。左側にもうひとつドアがあって、女を表すスカートを穿いたイラストが赤色で描かれている。
辺りを見回す。廊下はコンクリートではなく、リノリウムでできた四角のプレートが張られていた。壁や天井の色も違う。
「ここは、高校の校舎ではない・・・・」
頭を抱える。そのとき、着ているものが違うのに気が付いた。紺のジャージを着ていたはずなのに、白のシャツ。・・・・シャツじゃない。これは女物のブラウスだ。足元を見た。
昨日の朝、薬を飲もうとしたときに見た幻覚が再び襲っていた。ピンクのハイヒール。ストッキングを穿いた足。ピンク色のミニスカート。
目をギュッと瞑った。昨日はこれで幻覚は消えた。ゆっくり目を開く。昨日は紺のジャージに戻っていた。しかし、今日はまだピンクのミニスカートのままだ。
「わたしは夢を見ている。今朝、何分か記憶のない時間があった。わたしは恐らく、家に戻ってベッドの中にいて、夢を見ているのに違いない」
そう想像した。
「また、セックスする夢を見るのだろうか?」
そう思いながら、しばらく夢を楽しむことにした。
尿意がある。トイレに入らなければならないが、今は女だ。目の前の男性用トイレに入るわけには行かないだろう。隣の女性用トイレの中に入った。
入ってすぐ左側に大きな鏡の付いた手洗いがあって、その奥に三つの個室があった。
「女性用トイレはこうなっているのか。男性用とは違うな」
それが、女性用トイレに入った感想だった。一番手前の個室に入って、鍵を架ける。さて、どうすればいいか? 座ってしなければならないのは確かだが・・・・。
スカートを降ろそうとしてしばし考える。男は、ズボンだから下げるわけだが、スカートの場合は・・・・。
捲り上げた方が簡単そうだと気付いて、スカートを捲り上げ、パンスト、パンティーを降ろして、専用の使い捨てシートを広げた腰掛け便器に座った。
用を終え、トイレットペーパーで拭く。妙な感覚を覚えた。指がその部分を触る感覚は、女のその部分を触ったことが何度もあるから理解できる。しかし、股間に感じるこの不可思議な感覚はいったい何なんだろうか?
パンティー、パンストをあげて、捲り上げていたスカートを降ろし、服装の乱れを整えた。
「小便するだけでも、女はめんどくさいな」
肩を竦め個室を出て、手を洗いながら鏡を見た。鏡に、自分の姿が映っていた。
「ほう、美人じゃないか」
しばし見とれる。
「それにしても、この女は誰だ?」
夢の中に出てくる女というものは、どこかで見かけた女に決まっている。それなのに、いま見つめている女には、まったく見覚えがなかった。
鏡の中の女をもう一度じっと見つめる。
「学校関係者じゃない。しかし、どこかで出会っているはずだ」
首を傾げながら、さらに見つめた。女に着ている服に左側の胸に社名が刺繍されていた。鏡に近寄って見てみた。
「大分トヨタ?」
大竹は、スカイラインに乗っている。これまで乗った車は、すべて日産車だ。大竹は天の邪鬼で、いつもアンチ多数派だ。野球はアンチ巨人。相撲は、双子山部屋以外の力士を応援する。だから、車も当然のごとくトヨタ車ではない。
「この女は誰だ?」
頬を抓った。痛い! これは夢じゃないのか!?
振り向いてみると、見知らぬ女が怪訝そうな顔をして見ていた。
「あ、あのう・・・・」
「男子トイレは、隣ですよ。こんなところを生徒たちに見つかると大変ですよ」
女はそう言い残すと、英文法と書かれた本を抱えて、廊下を歩いていく。女の後ろ姿をじっと見た。白のブラウスに、紺のタイトスカート。随分ダサイ格好をしているものだと思う。
「あの女性は誰なのかしら? それに、ここはどこなんだろう?」
周りを見回す。この建物の構造は、何処かの学校らしい。
「いつの間にこんな所に来たのだろうか?」
腕組みをして考えるが、まったく分からない。ふと自分の姿を見た。昨日鏡の中で見たブルーのジャージを着ていた。ジャージから覗く手はごつい。
「これはわたしの手じゃない! これは男の手だわ」
驚きに目を見張る。そのごつい手で股間を触ってみた。そこにはあるはずのないものが触れた。
「わたし・・・・、男になっちゃった」
男になりたいと願っていたのに、パニックになる。
鏡を見ようとトイレに入ろうとして、待てよと考える。目の前のトイレは女子トイレ。ホントに男になっているのなら、ここに入るわけには行かない。隣の男子トイレのドアを見つめた。
「だけど、男子トイレにも入れないよ・・・・」
尿意が増してきた。我慢できそうもない。辺りをキョロキョロと見回す。誰もいない。意を決して、男子トイレに入った。鏡を見ると、案の定、昨日鏡の中で見た男が写っていた。驚きを通り越していた。鏡の中の男も困惑の表情を浮かべていた。
頬を抓ってみた。痛かった。
「これは、夢じゃない・・・・」
再びパニックに陥った。
「菜摘! 何やってんの? まだ帰らないの?」
肩を叩く若い女。自分と同じピンクの服を着ていた。職場の同僚らしい。さっきの男は、自分のことを相良君と呼んだ。今、同僚らしい目の前に立っている女は、菜摘と呼んでいる。と言うことは、相良菜摘と言う名前の女になったと言うことだ。
「年休届、出してあげたからね。早く帰って寝なさいよ」
この菜摘という女も体調が悪くて、年休を取って帰るつもりだったようだ。
「帰れって言われたって・・・・」
心の中で呟いた。この女の名前が相良菜摘で、大分トヨタ自動車の従業員らしいことは分かっている。しかし、他のことは何ひとつ分からない。年齢も家族がいるのか、結婚しているのかいないのか、どこに住んでるのかまったく分からない。
「これは夢ではないのか?」
スカートの上から、太股をギュッと抓ってみた。やっぱり痛かった。
「わたしは、ホントに、相良菜摘という女になってしまったらしい。どうして・・・・」
手は震え、膝ががくがくとして立っていられなくなってきた。
「菜摘。大丈夫なの?」
心配そうに覗き込んでくる同僚らしい若い女に、何と答えていいのか分からなかった。
「顔色が真っ青よ。裏で休みましょう」
女に引っ張られて、廊下を歩いて行った。連れて行かれたのは、ロッカールームだった。ドアを開けて入ると、左手にロッカーが三つ。右手にソファーが置かれていた。
そのソファーは、かなりくたびれた感じで、座るとギシギシと音を立てた。恐らく、店で使われていたものが古くなって、従業員用に廃品利用されているに違いない。
「しばらくここで休んだらいいわ。気分が良くなったら、早く帰って休むのよ」
そう言い残して、女はロッカールームを出ていった。
ソファーに座ってロッカーを見つめる。名札が下がっていた。右端に相良の名前。この女の名前だ。真ん中に斉藤。左端には椎原と書かれていた。今出ていった女の名前は、斉藤か椎原だろうけれど、どっちだろうか?
立ち上がって、相良と書かれたロッカーの扉を開けた。ハンガーがふたつ。ひとつには、濃いブルーのワンピースが下がっていた。白のショルダーバッグがフックに引っかかっている。足元には、同じくブルーのハイヒール。上の棚には、ドライヤーとパンストらしい包みが三つ。
情報を求めて、ショルダーバッグを手に取り開いてみた。化粧道具にハンカチ、ティッシュペーパー。部屋の鍵。財布。携帯電話。免許証らしいものは入っていなかった。
財布を開いてみた。大分銀行のキャッシュカード、VISAカード、ガストのスタンプカードなどなど。カードの名前は、相良菜摘。この女は間違いなく相良菜摘だ。それ以上の情報を期待した運転免許証は、ここにも入っていなかった。
ショルダーバグをロッカーに戻すと、ソファーの上に力無く座り込んだ。
「どうしたらいいんだ・・・・」
椎原千絵は、ロッカールームを出てショールームへ向かったが、気になって引き返し、そっとロッカールームの中を窺った。相良菜摘が、自分のロッカーを開いて中を調べていた。
「一体何をやってるの?」
千絵にはさっぱり分からない。しばらくして、菜摘はソファーに座り込んで目を閉じた。千絵は、首を傾げながら、ショールームへと向かって歩いていった。
トイレを出て、廊下の窓から外を眺めてみると、広い運動場が見えた。運動場には誰もいない。
廊下を歩いて行くと、職員室と書かれた部屋の前に出た。
「やっぱりここは何処かの学校らしい。鏡で見たこの男の顔からすると、少なくとも生徒ではない。恐らく教師のひとりだろう」
そう判断して職員室のドアを開けた。中には、男女ひとりずつが机に座って何かやっていた。どこの席に座ったらいいのか分からず、入り口に佇んだ。
しばらくして、男が顔を上げた。男は首を傾げ、再び机の上に目を戻した。さらに時間が経過した。男が、もう一度菜摘を見た。
「大竹先生。いつまで、そこに立ってるつもりですか?」
大竹先生? そう言えば、さっきトイレで声をかけられた女も自分のことをそう呼んでいた。この男は、大竹という教師らしい。
男は別に悪気があって言ったのではなさそうだ。ニコニコしながら、近づいてきた。
「頭、痛いって聞きましたけど、飲み過ぎですか?」
「ここはどこですか?」
「ここはどこって、大竹先生、何を馬鹿なことをいてるんですか?」
「教えてください。ここはどこなんですか?」
泣き出しそうになる。そんな様子を見て、男は答える。
「ここは明野高校じゃないですか? 大竹先生、いったいどうしたんですか?」
「わたしの名前は、大竹なんですか?」
「当たり前じゃないですか。聞くまでもないでしょう?」
「・・・・わたしは、ここでいったい何をしているんでしょう?」
「何をしているって、先生は、この明野高校の体育の教諭でしょう?」
「体育の教諭・・・・」
「大竹先生。もしかして、記憶喪失とか・・・・」
「記憶喪失? ・・・・違います。わたしは、大竹って言う名前じゃない」
男は見つめて首を傾げた。
「じゃあ、何という名前なんです?」
「相良。相良菜摘。わたしは、女なのに・・・・、どうして男になっちゃったの? どうしてこんな所にいるの?」
床に崩れ落ちて泣き始めた。男は唖然として見つめる。
相良菜摘の様子がいつもと違うので、椎原千絵は心配になってロッカールームに戻ってみた。菜摘はソファーに凭れて、天井をぼんやりと見ていた。
「菜摘。まだ気分が悪いの?」
菜摘が、千絵を不思議そうな顔で見た。
「君は誰だ?」
エッと千絵は小さな声を上げた。
「それに、ぼくはいったい誰なんだ?」
菜摘の男のようなものに言い方に、千絵はさらに驚く。
「なあ、ぼくの名前は何と言うんだ? 君は知ってるんだろう?」
「な、菜摘! あなた、どうかしたの? まるで男みたいな言い方・・・・」
「男みたいって、ぼくは男だから・・・・」
「えっ!? なんですって?」
「ぼくは、菜摘って名前じゃない。ぼくの名前は、大竹。大竹実。れっきとした男だ」
「菜摘! 気でも違ったんじゃないの? それとも、わたしを担ぐ気なの?」
「気も狂っていない。君を担ぐつもりもない。ぼくは、大竹実。明野高校の体育教師だ」
菜摘の顔は真剣だ。真剣だが、千絵には菜摘の気が狂ったとしか思えなかった。