第10章 人格交換の魔法


 「あ、あああ。あーん。い、いい。あん」
 「うつ伏せになれ。バックで行くぞ」
 女は、ゆっくりとうつ伏せになる。男がバックから挿入する。
 「あん」
 「それ、それ、それ」
 「い、いいわ。もっと、もっと衝いて! もっと激しく!! あ、ああーん」
 男は、激しく腰を動かし、女は腰を振る。
 「まだよ、まだ。まだ行かないでね」
 「腰を上げろ」
 女は腰を上げる。
 「ああーっ!! いいいっ!!」
 「いくぞ!」
 「いって!」
 「う、うううっ!」
 「あああっ」

 しばらくして、男が煙草に火を点け、煙をくゆらせ始めた。
 「わたしにも頂戴」
 女が男の手から煙草を取り上げ、大きく吸い込む。
 「美味しいわ」
 「体に毒だぞ」
 「あんただって、吸ってるくせに」
 「はは、そうだった」
 「よかったわ」
 「当たり前だろう? 何年付き合ってると思ってるんだ。おまえの急所は全部押さえてるさ」
 「あんたとするときが最高だわ。・・・・ねえ、結婚してくれる?」
 「結婚かあ。・・・・そうだな。もう二度とおまえを別の男に抱かせたくないからな」
 「あの時、あんたがはっきりしなかったから・・・・」
 「あの時は、おまえを失うって事がそれほど重大なことだと分かっていなかったからな」
 「それって、わたしの惚れてるって事よね」
 「あったり前だろう? 俺よりおまえを愛している男がいるとでも思ってるのか?」
 「嬉しいわ。で、返事は?」
 「いいに決まってるだろう?」
 女は男に抱きつく。
 「明日、届けを出しに行こう」
 「分かった。分かった」
 「ねえ、もう一回、いい?」
 「一回でも二回でも大丈夫だ。明日の朝まで頑張ろうか? なあ、寿代」
 「うん」


 昇り始めた朝日が眩しい。大分川の川筋にあるラブホテルから、一台のランドクルーザーが滑り出てきた。運転しているのは、某建設会社の次男坊で、今は系列の土建会社の総務部長をしている安松二郎という男だ。助手席に載っているのは、つい先日離婚して、姓が大竹から野上に戻った寿代だった。

 野上寿代と安松二郎の付き合いは長い。寿代が18、安松が29の時以来だから、やがて10年になる。
 初めてふたりが出会ったのは、寿代が高校3年生の夏、アルバイトで喫茶店のウエートレスをやっているときだった。
 「二郎さん、マブイ子ですね」
 「そうか?」
 一緒にいた安松の弟分の松野が最初に寿代に目を付けた。その時安松は、まあ可愛い子だとは思ったが、別に気にも留めていなかった。
 その頃安松は、大分大学経済学部に所属する女子学生と交際していた。その女性に誘われて、その女性の母校である高校の学園祭に出かけた。その学園祭で、安松は寿代に再会した。
 地味な制服のウエートレス姿と違って、フランス人形のように着飾った寿代に安松は心を奪われた。
 「小夜子。ちょっと用事を思い出した。先に帰るぞ」
 そう言って、いったん学園の外に出て、恋人だった山田小夜子が帰るのを確かめてから、寿代にアタックした。
 安松は、ホスト並の容姿をしており、カネにも不自由していなかった。だから、寿代は一発で引っかかった。
 安松は、その容姿とカネに物を言わせて、次から次へと女を取り替えていくような男だった。長くて3年だったのに、寿代とは、何故か長く付き合っていた。勿論、寿代と付き合っているときも、他にふたりは女がいた。
 3年前、寿代に大竹実との見合い話が舞い込んできた。
 「ねえ、二郎。親が見合いしろって、うるさいの。どうしたらいい?」
 見合いなどしたくないから、安松に聞いたのに、安松は気のない返事をした。
 「おまえの勝手にしたらどうだ?」
 寿代は25になっていた。結婚を焦る歳でもなかったのだが、安松はいつになっても結婚などしてくれそうもなかったし、大竹実の優しそうな顔に引かれた。
 「結婚してもいいの?」
 「勝手にしたらどうだって、言ってるだろう?」
 寿代は諦めて、大竹実と結婚した。

 大竹実は、高校で体育の教師をしていて、安松と違ってがっちりした体格をしていた。その大きな胸に抱かれたとき頼もしいと思った。女は強く抱きしめてくれる男を欲するものだ。
 しかし、大竹の夜の生活は淡泊そのものだった。それなりに絶頂へは導いてくれるものの、寿代が誘わなければ、先に寝てしまうような男だった。
 満足できない寿代が、大竹のいない昼間、安松と不倫をするようになるのに時間は掛からなかった。
 週に2,3度、安松と逢瀬を重ねていた。大竹は気づいていないと思っていた。しかしある日、安松の方が不審な男に見張られていることに気づいた。
 「興信所の探偵じゃないか?」
 「えっ!? まさか?」
 「イヤ、あいつの顔を見たことがある」
 「大竹が雇ったのかしら?」
 「他に俺たちを調べるやつがいるか?」
 「あんた。君子とも付き合ってるでしょう?」
 「あ、ああ」
 「ま、わたしは構わないけど、君子が調べさせてるってこともあるわよ」
 「そうか。それもそうだな。松野に調べさせてみよう」
 一週間後、安松の弟分である松野が、安松たちをつけていた男を捕まえて問い質した。その結果、ふたりの調査を依頼したのは、やはり大竹であることが判明した。
 「やっぱり疑っていたのね」
 「そのようだな」
 「どうするの?」
 「まだ正式な報告を大竹にはしていないそうだ。買収して、不倫はなかったことにしようと思ってる」
 「そう。でも疑っているとしたら、会うのを少し手控えた方がいいかも知れないわね」
 「そうだな」
 興信所の探偵は、不倫はないようだとの報告を大竹に手渡した。しかし、大竹は疑っているようで、昼間に突然電話をかけてくるようになり、家にいないと、どこへ行っていたと問い質すようになった。
 寿代は、そんな大竹がだんだん疎ましくなっていった。何とか円満に別れる手だてはないものかと思い悩んでいた。


 ある日、買い物に出かけた帰り道、古本屋に立ち寄った寿代は、妙な本を見つけた。箒を持った魔女が表紙に描かれていたその本は、何と魔法をかける本であった。人間をカエルや豚に変えてしまう方法や、早死にさせる方法などが書かれてあった。
 寿代は、さっそく安松にその本を見せた。
 「早死にさせる? それはいいな。あの大きな家も保険金も手に入る。それをやってみようじゃないか」
 「ええっ! 早死にさせるって、いくら何でも後味が悪いじゃないの。それに、ほらここを見て」
 「何だよ」
 「魔法をかけるときに、胎児の死体が必要だって」
 「うへえ、とんでもないや」
 「そうでしょう? だいたい、この本に書いてある魔法、本物なのかしら? 魔法をかける材料がすぐに手に入らないものばかりよ。この魔法が効くとしても、実現不可能よ」
 「そうか・・・・。待てよ。これ、これ。これなら材料が手に入るんじゃないか?」
 「どれ?」
 寿代は本を覗き込む。
 「ほら、これだ。人と人の精神を入れ替えるって魔法だ」
 「入れ替える人間の肖像画と髪の毛。これだけ?」
 「そのようだな。肖像画は、似ていれば似ているだけいいと書いてある」
 「肖像画? 昔のことだから肖像画なんでしょうけど、写真じゃいけないのかしら?」
 「写真ねえ。写真なら完璧だろう」
 「大竹と誰を入れ替えるの?」
 「俺と大竹が入れ替わる」
 「やだ。大竹と別れて、あんたと一緒になるんだ」
 「俺のは大きいからな」
 「そうよ。それに性能もいいもの」
 「ふふ。じゃあ、どうするかな? 写真はともかく、髪の毛は顔見知りじゃないと手に入らんだろうな」
 ベッドの中でふたりは考える。
 「伊藤って、大竹と仲のいい同僚がいるけど・・・・。彼なら、写真も髪の毛も手に入るわ」
 「ふーん。しかしだな。入れ替えてどうするかな? その伊藤って男になった大竹が、おまえと一緒になりたいって言ったらどうするんだ?」
 「そうね・・・・。姿が変わったら、イヤだって言う」
 「それで諦めてくれればいいが。それに、大竹になった伊藤が、おまえと一緒にいたいと言ったらどうするんだ?」
 「そうか、それもそうよね。・・・・じゃあ、誰と入れ替えても同じと言うことよね」
 「そう言うことになるな。・・・・待てよ。いっそ、女と入れ替えるか?」
 「ええっ!? 女と?」
 「そしたら、大竹は女になるわけだから、おまえに結婚を迫れない」
 「それから?」
 「女が大竹になるわけだから、おまえとは結婚を維持できないだろう?」
 「なるほど。それはいいアイデアだわ」
 「おまえと別れてもらって、入れ替えたふたりを結婚させる」
 「結婚!? どうしてよ」
 「もし元に戻ったとき、大竹がおまえと暮らしたいと言い出したら困るだろうが。ふたりを結婚させておけば、おまえとよりを戻すわけにはいかなくなるだろう?」
 「はあ、はあ。なるほどね」
 「そうすりゃ、おまえは安泰だ」
 「あっ! それ、それ。それなら大丈夫だわ」
 「誰か適当な女は、いるか?」
 「誰でもいいのと違う?」
 「結婚させてしまうのなら、ちっとは顔見知りがいいんじゃないか?」
 「顔見知りねえ・・・・。あの人、堅物だから、女とは付き合いがないからねえ」
 「ぜんぜんいないのかよう。だらしのねえ男だなあ」
 「心当たりって言えば、ひとりだけあるわ」
 「誰だ?」
 「去年の今頃だったかな? 大竹の書斎にお茶を持っていったとき、コンピューターがつけっぱなしになってたの」
 「それで?」
 「大竹はトイレに行ってたみたいなんだけど、その画面を覗いてみると、チャットとか言う、コンピューターで会話をするやつだったのね」
 「ほう」
 「相手の名前が、natsumiって書いてあったの。natsumiって、女の名前でしょう?」
 「そうだな」
 「部屋に入ってきた大竹はバツが悪そうに、すぐにコンピューターを切ったから、きっと女よ」
 「なるほど。おまえは何も言わなかったのか?」
 「誤魔化されるに決まってるだろうし、別に浮気って訳じゃないから、何も言わなかったわ」
 「そうか。で、どこの女だ?」
 「それが、市内に住んでいるらしくて、しかも大分トヨタに勤めているらしいの」
 「よし。その女にしよう。・・・・しかし、この魔法、ホントに効くのかなあ」
 「やってみるしかないわ」
 「そうだな。やってみて損はないな」


 大竹の写真と髪の毛を手に入れるのは簡単だ。問題は、入れ替えようとするnatsumiと言う女の写真と髪の毛だ。
 それよりも、natsumiがホントに女かどうか調べる必要がある。寿代は、安松と相談して、例の興信所の探偵に頼んだ。大分トヨタに、相良菜摘と言う女が勤めていることが分かった。
 「相良菜摘の顔写真と髪の毛を手に入れて欲しいの」
 「写真はすぐにでも手に入りますよ。だけど髪の毛は・・・・」
 「何とかしてよ。お礼はたんまり弾むから」
 「分かりました。何とかしましょう」
 数日後、興信所の探偵が、写真と髪の毛を持ってきた。写りの悪い写真で見る限り、相良菜摘はショートカットのそんなに美人と言えるような女ではなかった。よしよしと寿代は心の中でほくそ笑んだ。あんまり美人と結婚させるのは、寿代としては許せなかったのだ。

 ふたりの写真と髪の毛を羊皮紙に包んで魔法の呪文をかける。
 「×△○×△○○×△○△×○×△○△×△○△○」
 さて、やることはやった。あとは、魔法が本物で、効果が現れるのを待つだけだ。


 魔法の呪文を唱えて一週間ほどたった頃、大竹が体の不調を訴え始めた。うまくいっているのかもしれないと寿代はわくわくしていた。
 そして、その数日後、寿代は市民病院の医師・木村の呼び出しを受けた。タクシーを飛ばして市民病院へ行ってみると、大竹と伊藤、それにふたりの女性が診察室にいた。
 大竹に、どうしたと尋ねると、わたしは大竹さんじゃありませんと答えた。そして、女のひとりが、俺はここだと叫んだ。その女が、大竹と入れ替わった相良菜摘だった。
 寿代は、相良菜摘を見てちょっと愕然となった。相良菜摘が、写真で見たよりずっと美人だったからだ。
 魔法は上手く利いている。相良菜摘が美人だったのは、予想外だった。しかし、もうやり直しはきかない。そのまま事を進めるしかないと寿代は決心した。

 大竹になってしまった相良菜摘は、おどおどとしていて、とても可愛らしかった。寿代は、二日目の夜、枕を抱えて夫のベッドに潜り込んだ。
 久しぶりだったので感じてしまったけれど、やっぱりお粗末だった。当たり前かもしれないが、元の大竹よりひどかった。二度と迫る気にならなかった。

 安松と相談して置いた3ヶ月が経過した。寿代は、相良菜摘になった大竹を呼びだした。ふたりを前に、寿代は、人格が相良菜摘である大竹とは結婚を維持できないことを宣言した。
 しかし、元に戻るからと抵抗する。寿代は、元に戻らないことを力説した。魔法を解く呪文をかけなければ、元には戻らないことを寿代は知っていたからだ。ただ、その呪文を寿代は知らない。あの魔法の本にも書かれていなかったのだ。
 大竹が寿代と別れて、相良菜摘と再婚すれば、いつ元に戻っても安心だと言いくるめて、離婚届にサインさせた。
 しかも、慰謝料として1000万を手に入れることができた。家の価値もかなりのものだから、貯金全額を要求してもよかったのだが、不倫がばれて追い出されることを思えば、充分すぎる金額だ。
 何もかもがうまくいった。あの魔法の本のおかげだ。寿代は、白昼堂々と安松に抱かれることができるとにやりと笑った。