第9章 女に戻る治療が完了した

 ぼくは順調に快復し、傷の痛みは殆ど消えた。食事も普通食を食べられるようになった。入浴後、鏡に体を映してみた。胸が随分大きくなったと思う。横向きになってみると、乳首がツンと上を向いて格好いいおっぱいになっている。手のひらでそっと包み込むように触ってみる。
 (柔らかくて、いい気持ちだ。ぼくは女のおっぱいを触ったことがない。本物の女もみんなこんなものだろうか?)
 今ぼくは、女性ホルモンのデポーと言う注射を二週間おきに受け、女性ホルモンと黄体ホルモンを交互に飲んでいる。こうすると、胸の発達が促されるらしい。確かに、最近急速に大きくなったような気がする。睾丸がなくなった所為もあるのだが・・・・。詰め物なしでBカップのブラジャーができる。嬉しいような、悲しいような、なんだか複雑な気分だ。
 この病室で無理矢理性転換手術を受けさせられてから、女性ホルモンの投与が始まったと、ぼくは思っていたのだけど、実は入院のきっかけとなった女性化乳房症も、ぼくにこっそり女性ホルモンが盛られていた所為だった。佐藤さんがぼくのアパートに越してきたときから、女性ホルモンがこっそり盛られ、この病室に閉じこめられてからもずっと、女性ホルモンが食事や飲み物に混入されていたのだ。
 佐藤さんが、しばしばぼくの部屋に来たのは、ぼくが毎日飲むコーヒーの中に女性ホルモンを混入するためであり、食事を作ってくれたのは、さらに効果を高めるために、食事にも女性ホルモンを混入してぼくに食べさせるためだったのだ。
 そんなこととはつゆ知らず、佐藤さんがぼくに気があるのではなんて思っていたぼくは、なんて馬鹿だったんだろう。
 だけど、佐藤さんは、お金のためにそんなことをしている自分を恥じているとぼくに言った。だから、佐藤さんを許してあげた。佐藤さんの所為じゃない。こんな事をさせたのはジョニーであり、その原因を作ったのは、ぼく自身だからだ。

 佐藤さんが、メジャーを持ってやってきた。ぼくのスリーサイズは、定期的に測られている。ぼくはショーツ一枚になって、スリーサイズを測ってもらった。
 「バスト87。アンダー75だから、Bカップ。この前と変わってないわね」
 「これ以上大きくならないんじゃないかな?」
 「そうみたいね。ウエストは・・・・、63。少し細くなったかしら?」
 「ダイエットの効果が出ているみたいだね」
 性転換手術されてからは、女性としてはオーバーしている体重を落とすためにダイエットしている。しかし、そのずっとまえから、この病室へ隔離されたときから、ぼくの体重を落とすためにこっそりとダイエットが行われていた。
 ぼくが腹一杯食べていたと思っていた食事は、栄養のバランスはきちんとしていたものの、実は量の割にはカロリーは極端に減らされていた。だから、いくら食べても体重が減っていったというわけなのだ。
 ぼくのウエストはもともとは76だった。男と女はウエストを測る位置が違うから、女の測り方で言うと、70センチ前後らしい。
 女性ホルモンの影響で筋肉が落ち、手術の影響で6キロ痩せたせいで、ウエストは65センチまで落ちていた。さらにダイエットしていたから、細くなったというわけだ。
 「もう少しね」
 「もう少しって、これで充分じゃないの?」
 「60まで頑張って貰うわ」
 「あと3センチも?」
 「そうよ。あなたの体型だと、それくらいが理想よ」
 メジャーをグッと締めれば、60センチにはなるけど、それではお腹が苦しい。
 (ふう。女は大変だよ)
 「ヒップ88。変わりなし。問題はウエストだけね」
 「はいはい、頑張ります」
 佐藤さんは、持ってきた鞄の中から、布きれを取りだした。
 「はい、これを付けて」
 「なに、これ?」
 「ウエストを締めるコルセットのようなものよ」
 「コルセット?」
 「ずっと締めていると、細くなるのよ。さあ、付けて」
 「無理矢理細くするって訳だね」
 「そう言う事よ」
 佐藤さんに手伝って貰ってコルセットを付けたけれど、苦しいの何のってない。
 「佐藤さん、苦しいよ。これじゃあ、食事ができないよ」
 「すぐになれるわ。我慢しなさい」
 締め上げられているのは苦しかったけど、2,3日もするとなれて、それまでと同じように食事ができるようになった。

 最近は、食事や身の回りの世話は佐藤さんがやってくれている。だから、ドクターは滅多にやってこない。そのドクターが久しぶりにやってきた。
 「元気にしてるかな?」
 「はい。ダイエットは辛いですけど」
 「女らしくなったね」
 「ドクターのおかげです」
 「最後の仕上げに、喉仏を取ろう」
 ぼくもそう思っていた。喉仏の存在が、画竜点睛を欠くって言うところだと。
 「いつにします?」
 「君が良ければ、今日の午後にでも」
 「いいですけど、全身麻酔ですか?」
 「局麻でできるよ」
 「じゃあ、簡単なんですね」
 「そうでもないが、まあぼくに任せておきなさい。完璧にやってあげるよ」
 「任せます。これまでの手術は全部上手くいってるんですから」
 「そう言ってもらえると嬉しいよ。じゃあ、昼は抜いて待っていてくれ。いいね」
 「分かりました」

 隣の部屋に行って手術台に乗った。首を後ろに反らす。
 「初めはちょっと痛いよ」
 そう言って、喉に麻酔をし始めた。痛くて、涙がこぼれた。首がカエルのように膨らんでいた。
 首にも皮膚割線があるんだよといいながら、ドクターは、横向きにメスを加えた。その頃から、ぼくは眠ってしまった。左手にされている点滴から、鎮静剤が注入されたらしい。だから、その後、どんなことが行われたか、ぼくには分からない。

 目を覚ますと、首に包帯が巻かれていた。痛みはあったけど、造膣術のあとほどは痛くなかった。
 「しばらく言葉を発してはいけない」
 と書かれた紙が目の前にぶら下がっていた。

 一週間後、首に貼られていたストリ・ストリップという絆創膏を剥いでもらった。傷は今度もまったく目立たなかった。
 「もう喋ってもいいよ」
 「助かった。喋らないって、すごいストレスでしたよ」
 そう言ってから、声が変わっているのに気が付いた。
 「声が高くなってる!!」
 「声帯も短くしたからね」
 「へええ。すごいことができるんですね」
 「まあね」
 ドクターは自慢げに胸を張った。
 「あいうえお。あああ。本日は晴天なり。ホント。女の子の声だ」
 「声は良くなったが、ものの言い方は男だね。そのままではおかしいよ」
 そう言われて、ぼくは黙り込んだ。
 「佐藤君に特訓して貰おう、いいね」
 「はい」

 その日から、佐藤さんによる女言葉の特訓が始まった。なかなか上手くいかない。ちょっと油断すると男言葉が出てきた。
 言葉遣いが上手くいかないとの報告を受けたドクターがやってきた。
 「どうするかな? 君は自分の意志で女になろうとしたわけじゃないから、上手くいかないのかもしれないね」
 「そうかも・・・・」
 「催眠療法をやってみよう。意識の底にある、男だと言う部分を女に書き換えてみるんだ」
 「そんなことできるんですか?」
 「やったことはないが、やってみる価値はあるだろう。ベッドに横になりなさい」
 「はい」
 ぼくがベッドの上に横になると、ドクターは鞄の中から注射器を取りだした。
 「注射をするよ」
 「何の注射ですか?」
 「昔ドイツ軍が洗脳に使っていたものだよ」
 「ええっ!!」
 (洗脳!! ドイツ軍!!)
 ぼくは驚きに目を見張る。
 「大丈夫。今はちゃんとした医薬品だから」
 肩に注射された。しばらくすると、視野が狭くなってぼんやりとしてきた。ドクターの声が遠くにいるように聞こえてきた。
 「君の名前はナオミ。ナオミだ。分かるかな?」
 「ぼくの名前はナオミ」
 「ぼくじゃない。君は女だから、わたしと言うんだ。いいね」
 「わたしの名前はナオミ。わたしの名前はナオミ」
 「そうだ。その通りだ」
 かなり長い間ドクターと話しをしていたようだが、そのあとのことはよく覚えていない。ぼくはそのまま眠り込んでしまったようだ。目が覚めたあとも何も変わっていないように思えた。しかし、気づかなかっただけだ。

 佐藤さんは、ぼくに女としての嗜みも教えてくれている。歩き方。しゃべり方。食事をするときの動作。化粧の仕方等々。催眠療法を受けてから、それらが、すべて順調に進むようになった。ドクターは外科医のくせにいろいろとやれるようだ。
 「髪が伸びたわね。カットに行きましょうか?」
 「カットに行くって、病室から出られるって事?」
 「そうよ」
 佐藤さんがにっこり笑った。
 「わあ、いいの? 嬉しいわ」
 この頃、女言葉が自然に出るようになっていた。
 「外に出るのは随分久しぶりだわ」
 「半年ぶりかしらね」
 「そうね。佐藤さん、ちょっと聞いてもいい?」
 「何? 話してもいいことなら、話してあげるけど」
 「わたしね。髪の毛は伸びるけど、髭とかすね毛とか腋毛とかは、どうして伸びないの?」
 「ああ、それはね。あなたを眠らせている間に、脱毛処理をした所為なの」
 「脱毛処理?」
 「そうよ。レーザーと電気の両方を使ってね」
 「脱毛した後に、何か塗るんですか?」
 「ええ、クリームをたっぷりね」
 その答えを聞いてぼくは納得した。夢の中の椋鳥は脱毛機だった。佐藤さんがぼくを撫でてくれていたのは、クリームを塗っていたのだ。

 佐藤さんが用意した、春物のワンピースを着て、一緒に外に出た。タクシーから降りると、周りにいた人たちが、ギョッとした目でぼくを見た。ぼくは一瞬固まった。男だとばれたのじゃないかと。しかし、どうやらそれは違っていた。
 ぼくの身長は、ちょっと縮んで、172センチ。ヒールが5センチのミュールを履いているから、177センチもあるのだ。注目されるのは当たり前なのだ。ぼくはそんな視線を気にしていない振りをして、美容室に入った。
 美容室の中でもちょっと注目を集めた。
 「モデルでもされているんですか?」
 「とんでもないです。ただのOLです」
 「へええ。東京へ出たら、きっとスカウトされますよ」
 「そんなことないです」
 「いえ、絶対間違いないわ」
 そんな言葉に、ぼくは有頂天になっていた。

 今流行のショートカットにして貰った。鏡に映るぼくは、ないはずのペニスが勃起する妄想を抱くくらいの美人だった。
 「すごく似合うわよ」
 ぼくの隣でカットして貰っていた佐藤さんが、ぼくに耳打ちした。
 「佐藤さんも似合ってるよ」
 佐藤さんは、少し長めにカットして貰っていた。
 (佐藤さんもぼくの目から見れば美人だと思うけど、ぼくの方が絶対勝っている)
 心の中でそう思っていた。

 美容室から病室へ戻り、佐藤さんが引き上げて、ひとりになったぼくは、入浴してから、鏡に自分の姿を映してみた。
 身長172センチ、体重55キロ。バスト87(Bカップ)、ウエスト59(コルセットを外してだよ)、ヒップ88。どこからみても、美人でナイススタイルの女の子だ。ぼくは最近、こうやって自分の身体の変化を見るのが楽しみになっている。
 化粧用の手鏡で、股間を覗き見てみた。淡い茂みの下に割れ目が見える。茶色の小陰唇がわずかに覗いている。それを分けてみると、一番上部にクリトリスの隆起。尿道口までの間はピンク色の粘膜がある。尿道口の下に暗く見える膣の入り口。
 現在ぼくの股間にあるものは、友永のコレクションの中にあった本物の女のそれと寸分変わらない。
 (この仕上がりなら、誰もぼくが元男だったなんて気がつかないだろう。ドクターの腕は大したものだ)
 もう一度膣の入り口をみた。深さは、ちょっと浅くなってちょうど20センチになった。
 (日本人の男とセックスするのなら深すぎるかもしれないけれど、ジョニーがホントにぼくとするつもりなら、ちょうどいい深さだろう)
 骨盤底の筋肉を鍛える体操のお蔭で、尿が漏れることはない。腟圧計の目盛りは、赤い目盛りの近くまであげられるようになっている。
 ジョニーが送ってきた画像を思い出す。
 (あの時、受け入れるところのないぼくの中にあれが入ることを想像して、マスをかいた。今や、ぼくの体に作られた新しい器官で、あの大きなものを受け入れ、ジョニーを喜ばすことができる)
 体が熱くなるのを覚えた。
 (こんな事を考えているなんて、ぼくは・・・・、ぼくは、以前からホモだったのだろうか? 女物の下着を着て、マスをかいていた頃から・・・・)

 化粧の仕上がりを点検していると、ドクターが定期の診察にやってきた。
 「ホントに女らしくなったね。君はこうなるように生まれついていたみたいだね」
 ドクターはぼくを少し離れて観察して感慨深げにそう言った。
 「ドクターのお蔭です。わたし、蛹から、蝶になったような気分です」
 「そうだね。君はなかなか的確なことを言う。まさにその通りだね。首の傷はまったく目立たないね。合格だ。服を脱いで」
 ドクターの手によって作られたぼくなのに、この頃はドクターの前で裸になるのが恥ずかしい。
 「何をしてるんだ。早く脱ぎなさい」
 「は、はい」
 ぼくはブラウスとスカートを脱いで下着姿になった。
 「ブラジャーを取って」
 言われたとおりにブラを取る。
 「背筋を伸ばして!」
 ドクターはぼくのまわりを一周して、じっと観察している。
 「バストの形もいい。ウエストも良く締まっている。よく頑張ったね」
 「ありがとうございます」
 「パンツを脱いで、ベッドの上に横になりなさい」
 (顔が火照る。ああ、恥ずかしい)
 「足を広げないと見えないよ」
 「はい」
 「クスコを入れるから力を抜いて」
 冷たい感触。僅かな痛み。
 「奥までは見えないが、見える範囲は問題ない。完璧だ」
 完璧だというのが口癖だと分かったのは、最近の事じゃない。ぼくを診察する度に完璧だと口にする。それが本当だから、説得力がある。
 「終わりだ。服を着よう」
 脱いだ服を着ようとすると、ドクターがぼくを制した。
 「隣の部屋に行きたまえ」
 「えっ!? どうして?」
 「行ってみれば分かる」
 ぼくは裸のまま隣の部屋へ行った。
 「その箱の中に入っている服を着たまえ」
 「これは・・・・」
 「ジョニーからの贈り物だ」
 テーブルの上に大きな箱と小さな箱が載っていた。
 「ジョニーからの? どうしてわたしに?」
 「ジョニーからこの封筒を預かってきた。読んでみたまえ」
 封筒の表に『dear Naomi』と書かれていた。裏を見ると、『Johnnie』のサイン。ぼくは、封筒を開いてみた。一通の便せんが入っていた。

 『愛するNaomi
 元気だっただろうか?
 今年も仕事で日本へ来ることができた。
 君に会いたい。
 今日の午後7時、去年約束した場所で待っている。
 Johnnie』

 「どう言うことなんですか? ジョニーは、わたしが騙したことに怒って、わたしにこんな事をしたんじゃ・・・・」
 「その手紙の通りだ。ジョニーにとって、君は初めから女性だった。女性としての君を愛しているんだ。だから、君を女性に戻してくれと頼まれた。男の君を女に戻してしてくれと言うことは、性転換してくれと言うことだ。男の君を女にしてしまうことに、躊躇いがなかったわけじゃない。しかし、君の身辺調査をしてみると、君が同性愛者だと言うことが分かった」
 「そ、そんなことはありません! 違います!」
 ぼくは慌てて否定する。
 「同級生の複数の証言からもそれが裏付けられているんだ」
 「あれは、冗談だったんです。ホントは違うんです」
 「そうか? 君が捨てたゴミの中に、女物の下着が混じっていたという報告も来ているんだが、どう言うことだ?」
 「あれは・・・・」
 反論ができなかった。ぼくには女装趣味がある。しかも、男に抱かれている妄想を抱きながら、マスターベーションするという性癖が。その行為が同性愛者である証拠だと言われれば、反論できない。
 「手術するときに確かめたんだが、君はアナルセックスの経験があるね」
 (ディルドーを入れていたのは間違いないけど・・・・)
 「恥ずかしがらなくてもいいよ。ぼくは、そっちの方には理解がある方だから」
 性転換手術を手がけるドクターだから、そう考えるのかもしれない。しかし、ぼくは同性愛者じゃ・・・・。イヤ、よくよく考えれば、あんなことをしていたのは、ぼくは女として、男に抱かれたいと思っていたのかもしれない。
 「今日で君の治療は終了だ。もう、ぼくのやることはない」
 治療という言葉に、ぼくはくすっと笑う。ドクターは、ぼくに無理矢理性転換手術を施したことをまだ言い訳している。だけど、ぼくはドクターを責めるつもりはないから、笑顔でドクターに礼を言った。
 「女に戻してくれてありがとう。わたし、ドクターに感謝しています」
 ぼくはぺこりと頭を下げる。ドクターは、ちょっと照れたような苦笑いを残して部屋を出ていった。

 テーブルに載った小さな箱を開いてみた。下着が入っていた。シルクのビキニショーツに、同じくシルクのブラ。ストッキング、ガーターベルトもシルク製だ。
 「わあ、素敵!」
 ぼくはそれらを身に着けた。盗んで身に着けていた姉の下着と違って着心地満点。ぼくは幸せな気持ちになる。
 (どんな風に見えるかな?)
 ぼくは、ドレッサーの鏡に向かった。ひょうっと口笛を吹きたくなるような、下着姿のぼくが映っている。胸がどきどきしてきた。ぼくは、鏡の中のぼくに欲情している。ぼくの中の男の気分はまだ完全には抜けていない。

 鼻歌を歌いながら、大きな箱を開けてみた。真っ白な、これもシルク製のシックなワンピースが入っていた。下着だけで女装した気分になっていた頃、憧れていた真っ白なワンピース。ぼくは嬉しくなって、ワンピースを肩にあてて部屋の中をくるくると踊った。
 ワンピースを着てみた。サイズはぴったりだった。佐藤さんが連絡したのに違いない。もう一度ドレッサーの鏡を見た。
 (まるで女優のようだ)
 ちょっと言い過ぎかな? でもホントに綺麗だと自分で思った。
 「よく似合うわね」
 そんな声に振り向くと、佐藤さんが両手に荷物を抱えて立っていた。
 「ありがとう、佐藤さん」
 佐藤さんは、荷物をドレッサーの上に置くと、ひとつひとつ取り出してぼくに手渡した。
 「はい、ピアスよ」
 一週間前、ドクターに開けてもらっていた穴にピアスを着ける。
 「ネックレス」
 真珠のネックレスだ。
 「指輪ね」
 「これ、ダイヤ?」
 「そのようね」
 「いくらくらいするのかしら?」
 「そう安いものじゃないようね」
 ぼくは、右の中指に指輪を填めた。佐藤さんは、何か言いかけて止めた。
 (何が言いたかったのだろう?)
 「はい、時計」
 小さなシルバーの時計。左腕に付けた。
 「女は内側に付けるのよ」
 佐藤さんが、自分の左腕をぼくに見せる。ぼくは、慌てて時計の表示部分を腕の内側に廻した。
 「靴を履いて」
 これも真っ白なパンプスって言う靴だ。
 「最後にバッグね。必要なものはみんな入ってるわ」
 バッグを開いてみると、ハンカチ、ティッシュ、財布、口紅、コンパクトなどが入っていた。
 「じゃあ、わたし、帰ります。わたしもあなたのお世話は今日が最後なの。元気でね」
 そう言って、佐藤さんは立ち上がった。急に涙がこぼれてきた。
 「ありがとう、佐藤さん。お世話になりました」
 「あなたを女に戻すお手伝いができて嬉しいわ。さようなら」
 「さよなら。ホントに、お世話になりました」
 「10分後に、玄関に車が来るから遅れないように降りていってね」
 佐藤さんは、ちょっと涙を浮かべて部屋を出ていった。

 涙で崩れた化粧を直すと、バッグを持って、もはや鍵の掛かっていない部屋を出た。廊下の左手にエレベーターがある。スイッチを押すと、1階からエレベーターが上がってきた。チンという音と共にドアが開く。ぼくはエレベーターに乗り込み、一階のボタンを押した。
 一階に着いて、玄関の方へ歩いていくと、黒塗りのクラウンが待っていた。車のそばに、黒いサングラスをかけた男が立っていて、ぼくが車に近づいていくと恭しく車のドアを開けた。
 「ありがとう」
 そうお礼を言って、ぼくは淑女のように車の中に滑り込んだ。ぼくは蝶となって、蛹の殻であった病室を後にした。