第5章 告白するべきか、せざるべきか?

 4月8日になった。
 (ジョニーは日本に来ているはずだ。会ってみたいような気がする。しかし、会うわけにはいかない。ぼくは女じゃなく、男なんだから)
 ぼくは、ジョニーに会ってみたいなんて言う考えを頭の中から追い出そうとしていた。

 友永は、あの未亡人ととうとう抜き差しならない関係となって、結婚することになった。子どもができたのだ。堕してくれと頼んでみたけど、頑として聞き入れてくれず、結婚してくれないのなら、認知だけでもしてくれと言われ、やむなく結婚することになったらしい。13歳と8ヶ月年上の女房だ。
 友永が紹介するというので、実際会ってみると予想に反してかなりの美人だった。今はいいけど、10年たったら、30と43、20年たったら、40と53。53と言えば、生理も終わったおばさんだ。40歳は男盛り。ぼくには想像できない。
 それでも友永は結構嬉しそうにしている。友永は老けて見えるので、並んでいるとまあお似合いと言えばお似合いだが。

 4月8日の夜、ジョニーからメールが届いた。

 > naomi、きょうは、でむかえに、きてくれなかったんだね。
 > あすの、しごとが、すんだら、naomiに、あいたい。
 > ごご7じに、ぱれすほてるの、ろびーで、まっている。
 > かならず、きてくれよ
 >
 > あいするnaomiへ
 > きみのJohnnieより

 (パレスホテルのロビーで待ってるか・・・・。皇居のお堀のそばにあるホテルだよな。溜息が出た。今更、わたしは男でしたなんて、とても言い出せないよな。このまま帰って貰って、後日、謝るしかないだろうな。会いに行けない口実を考えておかなければ)
 そうぼくは考えていた。

 翌4月9日、目が覚めたときから、ジョニーのことが気になって居ても立ってもいられなかった。
 (行くわけにはいかないよな)
 そう思いながらも、電車に乗って東京駅まで出かけていった。
 (なにやってんだよ)
 そう心の中で呟きながら、パレスホテルに向かって歩いていった。お堀のそばを通って、裏口からホテルの中に入る。
 ロビーの中には思ったより多くの人たちが座っていた。男女のふたり連れ、商談らしい数人の男のグループ、ぼんやり煙草を吸っている男。ジョニーらしい外国人を捜す。
 ロビーの中を見回すと、正面玄関が見える場所に、ジョニーらしい白人の大男がイライラした様子で座っていた。他にも外国人はいたが、その大男以外はみんな連れがいる。ぼくはコーヒーを注文して、ジョニーらしい男を観察した。
 男は、銀色のやや長めの髪の毛。目はグリーン。鼻は鷲鼻。少し赤みの強い唇のまわりに髭を蓄えていた。胸は厚く、太い腕がTシャツの袖から覗いていた。見た感じ、40過ぎに見える。ジョニーは37歳だと言っていた。白人男性は、少し老けて見えるし、身長190センチと言うから、あの男がジョニーだとぼくは判断した。
 Tシャツにジーンズという格好だが、女でなくてもほれぼれとする人物だった。ぼくが女ならなあと、思ってしまうほどだ。
 正面玄関から人が入ってくると、その白人は穴が開くくらい見つめ、ガッカリしたような表情を浮かべた。
 午後7時半になった。ジョニーは諦めそうもない。
 「ジョニー・スウィフト様。お電話でございます。ジョニー・スウィフト様。いらっしゃいませんか?」
 ボーイがロビーの入り口でそう叫んだ。ぼくが見ていた白人が、慌てた様子で立ち上がった。
 「わたしだ」
 ジョニーらしい白人は、走り足でフロントに行くと、フロントマンから電話を引ったくるように受け取った。
 「もしもし、ナオミ!」
 受話器に向かって、そう叫ぶ声が聞こえてきた。間違いない。あの男がジョニーだ。ジョニーは、落胆したような表情になって、声を落とし受話器に向かって話し始めた。ぼくはここにいる。ぼくが電話をかけられるわけがないのだ。
 電話しながら、ジョニーはホテルの入り口をじっと見つめていた。ぼくはすまない気持ちでいっぱいになる。居たたまれなくなって、ぼくはパレスホテルを出た。

 JR線でアパートに向かいながら、ふと気がついた。ジョニーはぼくのアパートにディルドーを送りつけている。と言うことは、ぼくの住所を知っている可能性がある。押し掛けて来やしないかと。
 周りをキョロキョロと見回してみた。ジョニーほどの大男なら、すぐに分かるはずだ。それらしい男は見あたらなかった。ぼくはホッとした。
 しかし、アパートに帰るのは躊躇われた。電車を降りると、ぼくは友永に電話した。
 「もしもし、俺。今日、泊めてくんないかな? だめ? 彼女がいるから。そうか・・・・。イヤ、ちょっと事情があって。なんでもないよ。ただ、今日は部屋に帰れないだけだよ。うん。えっ? 泊が面子を探してた? そう。じゃあ、電話してみる。邪魔してごめん。ああ、そのうち遊びに行くよ。彼女の手料理、食べさせてくれるって約束だもんね。じゃあ」
 頼りにしていた友永がだめだとなると、マージャンしているだろう泊のアパートに転がり込むしかない。泊の電話番号をプッシュした。
 「もしもし、俺、友田。面子、探してるんだって? もう4人揃った。そう・・・・。2抜けで入れてくんない? だめ? 頼むよ。カモが必要だろう? いい? じゃあ、すぐいくわ。何かいるものないか? 買って行くけど。カップヌードルね。・・・・それと缶ビール。割り勘だよ。・・・・わかったよ。カップヌードルだけは差し入れって事にするよ。じゃあ、30分ほどしたら、そこに行くから」

 泊のアパートは、駅から見てぼくのアパートの丁度反対方向になる。隠れるのには、絶好の場所だ。
 ぼくは、駅前のコンビニでカップヌードル5個と缶ビール4本を買って、泊のアパートへ向かった。
 マージャンするのが目的じゃなかったから、半チャン2度ほどやらして貰って、部屋の隅で横になった。
 煙草の煙が充満し、麻雀パイを卓に打ち付ける音が響いて、まんじりともできなかった。しかし、ジョニーがやって来ることを思えば、まだましだった。ぼくが男だとばれたら、あの太い腕で叩き殺されそうな気がしていたからだ。

 夜が明けて、ぼくはこっそりアパートに帰った。勿論、ジョニーらしい人影やぼくの帰りを見張っている人物がいないことを充分確認した上でだ。
 部屋の中に入って鍵を架けると、ホッと安堵の溜息が出た。ジョニーは仕事で日本に来ている。昼間は、ぼくに会いには来ないだろうと思っていた。それでも気になって、ぼくはシャワーを浴びて着替えると、あたりに誰もいないことを確かめてアパートを出た。
 今日は入学式。ぼくたちはまだ休みだ。休みだから、泊たちは徹夜マージャンをやっていたのだ。
 大学のキャンパスへ向かった。途中、まだあどけない顔をした新入生が、母親らしい着物姿の女性と一緒に歩いていた。そんな光景がキャンパスの中に溢れていた。
 クラブの勧誘があちこちで行われていた。2年前、ぼくもこうしてここを歩いたものだなと思い出す。
 「ちょっと君。ぼくたちのクラブに入らないか?」
 自動車クラブと書かれた看板の前を通りかかると声をかけられた。
 「ぼくはいいよ。3年なんだ」
 「あれ? そうなの。ま、新入生らしくない格好をしていると思ったけど、3年には見えなかったな」
 「余計なお世話だよ」
 (幼く見えるって意味だろうか?)
 ぼくはちょっとムカッときていた。

 憮然として歩いていると、インターネット体験コーナーにぶちあたった。
 (しまった。メールをチェックしておかないと、メールボックスがパンクしてしまう)
 ぼくは、慌ててアパートに戻った。今度もまわりの用心したことは言うまでもない。部屋の鍵を架け、コンピューターを立ち上げて、メールチェックする。いつものメールに混じって、ジョニーからのメールが入っていた。

 > あいするnaomi
 > なぜ、きてくれなかったんだ?
 > びょうきでもしたのか?
 > じこにでもあったんじゃないのか?
 > しんぱいでしんぱいで、いすいもできなかった
 > げんきだったら、あいにきておくれ
 > きょうも、ぱれすほてるのろびーでまっている
 > naomiにわかりやすいように、まっかなろーずをむねにつけておくよ
 > ぼくのきもちをわかっておくれ
 > naomiをあいしているんだ
 > かならずきておくれ
 > naomiのJohnnieより

 このメールを見て、ぼくはジョニーがぼくの住所を知らないんじゃないかと思った。もし知っていれば、ここまで押し掛けてくるはずだから。

 夕方になって、あの白人がほんとにジョニーであると確認したくて、再びぼくはパレスホテルへ向かった。
 昨日と同じテーブルに座って、ジョニーはホテルの入り口を見つめていた。ジャケットの胸に赤いバラの花を付けていたから、彼がジョニーに間違いはなかった。
 ジョニーは今にも泣きそうな顔をしている。大男がみっともないと言ったらない。しかし・・・・。ジョニーが可哀想になった。
 (真実を告げるべきだろうか?)
 いったんはジョニーの方に歩き始めた。しかし、ぼくはやっぱり思い留まり、アパートに戻った。
 ジョニーからメールが再び届いていた。

 > あいするnaomi
 > きみにあえなくて、きがくるいそうだ
 > おねがいだ。あいにきておくれ
 > あさってきこくする。あすが、らすとちゃんすだ。おねがいだよ
 > naomiのJohnnieより

 アメリカへ帰国してしまえば、もう大丈夫だ。それまでの辛抱だ。ぼくは滅多に飲まない缶ビールをあおって、ベッドの中に入った。

 3回生の初日。何故か身が入らなかった。やっぱりジョニーの事が気になっていたのだ。夕方になる頃、騙したまま帰してはいけないと思うようになった。
 (ぼくは男だと告げて、正直に謝ろう。それが人間としてあるべき道だ)

 パレスホテルのロビーは今日も込み合っていた。ジョニーは、やっぱり同じテーブルに座って、バラの花を胸に付けていた。ぼくは、深呼吸を一度して、ジョニーのテーブルへ向かった。
 「ジョニーさんですね」
 「そうだけど。君は?」
 「ジョニーさん、ぼく・・・・」
 喉まで言葉が来ているのに、なかなか言い出せなかった。
 「すまない。ある人と待ち合わせをしているんだ。特別な用事じゃなかったら、またにしてくれないか?」
 突っ慳貪に、ジョニーはそう言った。ぼくは、勇気を振り絞ってジョニーに告げた。
 「あなたが待っている、ナオミはぼくなんです」
 Jphnnieは首を傾げて不思議そうな顔をした。
 「ははは。何を言うかと思えば。ナオミは女性だよ。君は男じゃないか」
 「嘘を言ってたんです。あなたとチャットしたのはぼくです。女だと嘘を付いていたんです」
 「ナオミは嘘をつくような人じゃない」
 「でも、ナオミはぼくなんです」
 「話しはそれだけか?」
 「えっ!?」
 「さっきも言ったように、ぼくはナオミという女性を待っている。男の君には用事はない」
 「だから、ナオミはぼくだって・・・・」
 ジョニーはぼくを無視して黙り込んだ。どう言ったら信じて貰えるんだろうか?
 「ジョニーさん・・・・」
 「何かトラブルでも?」
 振り返るとホテルマンがぼくを睨み付けていた。
 「ジョニーさん。ごめんなさい。ぼくを許してください。みんな、ぼくが悪いんです。ごめんなさい」
 そう言い残して、ぼくはパレスホテルを走り出た。
 (真実は伝わったはずだ。突然のことで、ジョニーは混乱していただけだ。きっと許して貰える)
 そう思うことにした。

 部屋に帰り着いてメールチェックをした。ジョニーからのメールは届いていなかった。翌朝も。きっと許してくれたんだろうと思っていた。

 大学へ行く準備をしていると、部屋のドアがノックされた。
 「友田さん。いらっしゃいますか?」
 「はい」
 ドアを開けると、若い女が立っていた。
 「ナオミさんにお届け物です」
 ぼくに手渡すものは、真っ赤なバラの花束だった。
 「あのう。妹さんかどなたなんですか?」
 「はっ?」
 「ナオミさんのことです」
 女は不思議そうな顔をした。
 「あ、ああ。妹です。彼氏からでしょう。渡しておきます」
 「じゃあ、お願いします」
 しばらくして、花屋のロゴの入ったワンボックスカーが走り去っていった。

 ぼくは、ドアを閉めてバラの花束を眺める。
 (誰が送ってきたんだろう? ジョニー? まさか・・・・)
 たどたどしい日本語で書かれたカードが入っていた。まさかの人物からだった。やっぱり、ジョニーはぼくの住所を知っている。
 『愛するnaomi
 心より愛を込めて。
 今度君に会える日を楽しみにしている。
 Johnnie』
 (どう言うことなんだろうか? ジョニーはぼくが男だと知って、なおかつ愛していると言っているのだろうか? ぼくたちは、テレフォンセックスまがいのこともしていたが、その他の話題、例えばコンピューターや推理小説の話しも良くした。気が合うと言えば気が合う。ぼくが演ずる仮想のnaomiと言う女性を愛していると言うことなのだろうか? 分からない・・・・)

 その後、ジョニーからは何の音沙汰もなかった。勇気を出して、例のチャットルームにログインしてみたけれど、ジョニーは出てこなかった。
 (あの花束は、なんだったんだろうか?)