第2章 俺たちはホモだちあ

 救急車のサイレンで目が覚めた。時計を見ると、午前7時だった。いつの間にか眠ってしまったようだ。ハッとして起きると、マウスが動いたらしく、スリープになっていたパソコンのモニターが明るくなった。画面には、ペニスが突き刺さった女の陰部が大写しになっていた。ぼくは、大急ぎでパソコンのスイッチを切った。
 ゴミ箱の中に捨てられたティッシュから、独特の臭いが沸いている。ぼくは、それをつまみ上げて、トイレに入って便器の中に放り込むと水を流した。
 (2億個の精子ちゃん。さよなら。ごめんね。2億分の1がその役目を果たすのはいつの日のことだろうか?)
 流れていく水を見ながら、ぼくはちょっとした感傷にふけった。
 (でも、女装しないといかないのに、女とやれるのだろうか?)
 ちょっと疑問になる。女装して男に犯されている妄想を抱きながらマスをかくのに、女を抱きたいとも思っている。ぼくは何か変だ。
 着ていたものを脱いで箱の中にしまった。
 (そろそろ洗濯しなきゃいけないな)
 そう思いながら。

 友永は、ほとんど毎日ぼくを誘いに来る。しかし、今日は来られないと言った。
 (何の用事だろうか?)
 いつも一緒にいるから、みんなにぼくたちふたりはホモじゃないかと言われている。だから、たまには別行動もいいとは思う。当然ながら、ぼくたちはただの友達で、そんな関係ではない。友永が誘いに来ないと寂しいのではあるが・・・・。

 砂糖抜きのコーヒーを一杯飲んでから、教科書片手にキャンパスへ向かった。
 「友田! ひとりで来るなんて珍しいな」
 「ただいま、別居中です」
 ホモだちだと言われ慣れているから、ぼくはそう答える。外国じゃないから、男がふたりつるんでいても、すぐさまホモだなんて言われることはない。
 ぼくたちが、ホモだちって、ちゃかされるようになったのは、去年の大学祭以来だ。ぼくは、同級生たちに無理矢理女装美人コンテストに参加させられた。その時のエスコート役が友永だった。開き直ったぼくは、友永を相手に本物の男女みたいに舞台の上でいちゃいちゃして見せ、何と準優勝してしまったのだ。それ以来、ぼくたちはホモだという噂が立ってしまった。
 「喧嘩か?」
 「友永に彼女ができたんです」
 「うっそだろう?」
 「嘘でえす」
 そんな話しをしていると、友永がグラウンドの向こうから歩いてくるのが見えた。
 「おい。友田。あれは友永じゃないか?」
 「そ・・・・う、みたいだな」
 友永はひとりじゃなかった。友永の腕に女がぶら下がっていた。女は、友永の顔を見つめたまま、辺りにいる連中は目に入らないと言った風情をしていた。
 「やあ、お早う」
 気取った態度で、友永はぼくたちにそう挨拶した。
 「あ、お、お早う」
 友永は得意そうな顔をして、女を伴って、講義室へと消えていった。
 「ホントに彼女ができたみたいだな」
 「ええん。振られちゃったよ」
 ぼくは、大袈裟に泣いてみせる。
 「ホントにおまえたち、ホモだったのか?」
 「馬鹿言うなよ。冗談だよ」
 ぼくは真顔で否定する。否定するところはきちんとしていないと誤解を生じるからだ。
 「はは、そうだろうな」
 「しっかし、ブスだな」
 「おまえもそう思ったか? あんな女とは、バケツでもかぶせないとできないな」
 「俺は、バケツかぶせてもできないよ」
 「思い出して萎えちゃうな」
 「ホント、ホント」
 講義室の中からくしゃみが聞こえてきた。

 講義室の一番後ろに陣取って、友永と女はずっといちゃいちゃしていた。注意しても無駄だと分かっているのか、教授は時々ふたりをちらりと見るだけで、苦虫をかみ殺したような顔をして講義をしていた。
 (苦虫をかみ殺したような顔はいつものことか・・・・)
 「どこの学部の女だ?」
 「俺に聞かれても知らないよ」
 ぼくはそう答える。実際見たことのない女だった。この大学の学生かどうかも分からない。

 昼休み、友永がひとりでぼくのそばにやってきた。
 「あれ? 彼女は?」
 「別れた」
 そう言いながら、友永は煙草に火をつける。
 「別れたって?」
 「短い付き合いだった」
 ふうと煙を吹き出しながら感慨深げにそう言った。
 「どれくらいの付き合いだった?」
 「ちょうど14時間」
 「14時間!? 14時間って言うと、昨日の夜からなのか?」
 「そう。昨日、おまえんとこから帰る途中に拾った」
 「10時だったよな。うちから帰ったのは?」
 「そう。10時半くらいだったかな? おまえのアパートから二つ目の角で、彼女に自転車をぶつけちゃってさあ」
 「ぶつけた?」
 「ああ、それで、膝をすりむいちゃってさあ」
 「おまえが?」
 「あの女の方に決まってるだろう?」
 ぼくは肩を竦める。
 「で、それから?」
 「あいつのアパートまで送っていった」
 「まさか、そのままやっちゃったなんてこと・・・・」
 「そのまさかさ。ばっこんばっこん、やっちゃったぜ」
 「信じらんないな。まるで発情した犬だな」
 「あの女、振られたばかりらしくてさあ。寂しいって。それで抱いてやったって訳さ」
 「振られたって、ホントかよ。とても男がいそうには見えなかったけど」
 「顔はいまいちだったけど、胸はでかいし、あそこの具合も良かったぞ」
 「ふーん」
 具合がいいとか悪いとかに関しては、ぼくは何も言及できない。こう言った話題は避けるに限る。
 「で、振られた原因は?」
 「あいつのか?」
 「ばか! おまえが振られた原因だよ」
 「俺が振られるわけがないじゃないかよ。俺が振ってやったんだ」
 友永は胸を張る。
 「どうして?」
 「俺が一生懸命話しをしているのに、他の男に色目を使ったからさ」
 「そりゃ、振って当然」
 「そうだろう? ブスのくせして、ちょっと格好いい男がいると色目を使うんだからな」
 「色目を使った男が、お前より格好良かったってわけだな」
 友永はぼくをぎょろりと睨んだ。
 「俺の方が数段いい男に決まってるだろう?」
 「ホントかよ」
 「あったりまえだろう。俺よりいい男は、お前くらいなもんだ」
 と真顔で言う。
 「また、冗談を」
 「ほんとさ。本気でそう思ってるんだからな。おまえがこの大学で一番いい男。俺が保証する」
 「何の保証にもなってないと思うけど。・・・・電話代をただにしてもらおうと思って、そんなこと言ってんだろう」
 「へへ。ばれたか」
 「そんなこったろうと思ったよ」
 友永は頭をかきながら立ち上がった。
 「さあ、午後の実験が始まるぞ」
 3本目のタバコをもみ消すと、友永は立ち上がった。

 「友田。別居生活は解消か?」
 同じ実験グループの泊が、ぼくに囁いた。勿論ジョークでそう尋ねている。
 「そうらしいな」
 「ホントおまえたち仲がいいな」
 「そりゃそうさ。ホモだちだもんな」
 ぼくはホモだちに力を入れて答えた。
 「何だ! 友田!! 俺はホモじゃないぞ! 女にしか興味はねえ。変なことを言いふらすなよ」
 友永に聞こえるように言ったから、友永は顔を真っ赤にして怒り始めた。
 「いいじゃないの。あなたとわたしの仲じゃないの」
 ぼくはしなを作って、友永に体を寄せた。
 「ば、馬鹿野郎!!」
 友永は、本気で怒ったようだ。冗談の分からないやつだ。

 実験が終わるまで、余所余所しくしていたのに、実験終了と同時に友永はぼくに近づいてきた。
 「友田。今日もちょっと寄っていいか?」
 「今日は、生理だからだめ」
 これには、泊を初めとする同級生は大笑いした。
 「冗談はいい加減にしろよな。俺がホモじゃないことは、みんな知ってるんだから」
 「分かった。分かった。勝手にしろよ」
 ぼくは、実験の片づけが終わると、さっさと実験室を出た。
 「夕飯は何にする?」
 追いついてきた友永が尋ねる。
 「今日は、ガストに寄って帰る」
 「ガストねえ。・・・・ま、いいか。付き合うよ」
 「別に付き合わなくてもいいよ」
 「まあ、そう言わないでさあ」
 ホモだと言われるのがイヤな癖して、友田はぼくに寄ってくる。どうも気持ちが分からない。まあ、気が合うのは確かなんだけど。

 ガストでステーキセットを食べた。ステーキなんて、久しぶりだったので堪能した。
 「美味かったな」
 「まあな」
 友永は、気のない返事。
 「あれ? 不足そうだな」
 「輸入肉だもんな。やっぱ、国産の霜降りがいいな」
 「学生の身分で贅沢を言うなよ」
 「そりゃそうだけどなあ」
 いつも500円前後の定食ばかり食べている。1280円はちょっと奮発し過ぎなんだよな。そう思っていた。
 「今日はちょっと遅くなってもいいか?」
 「いいけど、そんなに落とす画像がいっぱいあるのか?」
 「いや、ちょっと違うんだ」
 「何するつもりなんだ?」
 「内緒、内緒」
 嬉しそうな顔をして、友永はぼくのアパートめがけてペダルを踏んだ。

 アパートに着いて、コーヒーを入れていると、友永は風呂にお湯を溜め始めた。
 「風呂代出すから、入れてくれ」
 「風呂代くらいいいけど、まさか泊まるなんて事、言わないだろうな」
 「そのつもり。パンツ貸してくれ」
 「パンツ? 馬鹿言うなよ。だめ!」
 「そんなこというなよ。昨日もはきかえてないんだから」
 「汚ねえなあ」
 「あの女んとこに行って、そのままやりまくったからさあ。風呂に入る時間がなかったんだよ」
 「ああ、汚な、汚な」
 「なあ、頼むよ」
 友永は、両手を合わせて、土下座した。
 「分かった。新しいのを出してやるよ。いつもニコニコ現金払い」
 「いくらだ?」
 「880円」
 「払うから、早く出せ」
 「そらよ」
 ぼくは、タンスから、数日前買ったばかりのトランクスを取り出して、友永に投げてやった。

 友永が風呂に入っている間、ぼくはメールチェックをした。いつもと変わらぬニュースの山。少し整理した方がいいかなと思うけど、どの配信を止めるか迷って、結局そのままにしている。
 「終わったか?」
 風呂から上がってきた友永がぼくに尋ねる。
 「もう少し」
 「そうか。じゃあ、ビールでも買ってくる。おまえも飲むだろう?」
 ぼくはちょっと考える。
 (たまにはいいか)
 「1本だけね」
 「分かった」
 メールチェックが終了する頃、友永が缶ビールの入った袋を抱えて帰ってきた。
 「俺のおごり」
 「風呂代替わりなんだろう?」
 「勿論、そのつもり」
 「ま、いいだろう」
 ぼくは、友永から一番絞りを受け取って冷蔵庫に放り込んだ。ぼくがバスルームへ向かうと、友永はすぐさまコンピューターの前にデンと座り、MOを取り出した。
 (ホント好きなやつだ)
 そう思いながら、ぼくは裸になってバスルームに入った。今日は女装できないなとちょっと不満を感じながら体を洗った。

 冷蔵庫から取り出した缶ビール片手にトランクス一丁で部屋に戻ると、友永は画面を見つめてキーボードを叩いていた。
 ぼくは首を傾げた。エッチ画像を落とすとき、そんなにキーボードを使うことはない。マウスを二、三回クリックするだけだ。
 (なにやってるんだろうか?)
 「友永。今日は何落としてるんだ?」
 「今日はちょっと違うこと」
 「違う事って?」
 「画面を見りゃ、分かるだろう?」
 ぼくは画面に目を移す。画面には、一、二行ずつの文章が映し出されていた。
 「誰かとチャットしてるのか?」
 「そう」
 「何が面白いんだよ。チャットなんて。電話で直接話した方が効率がいいんと違うか?」
 「効率はいいかもしれないけど、この方が面白いんだ。まるで仮面舞踏会みたいでね」
 「相手が見えないから?」
 「そうそう。顔は勿論、声も分からない。とくにこう言ったチャットの場合は、できるだけ個性が隠された方がいいんだ」
 「はあ?」
 ぼくは、画面をよくよく覗き込む。
 「何だよ。これ?」
 「チャットセックス。テレフォンセックスみたいなもんだよ」
 「チャットセックス! 相手は誰だ?」
 「だから、わからんのさ。ミミって名乗ってるけど、年齢不詳。サイズだけは、すごいけどね。96−60−94、Eカップだとよ」
 「すげえ。ホントなのか?」
 ぼくは、モニターを覗き込んだ。たしかに、そう書かれていた。
 「ホントかどうかわからん。実は欲求不満の中年のおばさんだったりして」
 「文章の感じだと、若いみたいだね」
 「それも偽装かもしれないな」
 「友永、お前。なんだ? この、ペニスサイズは18センチって言うのは?」
 モニターに、『ぼくのペニスサイズは18センチ。ぼくの唯一の自慢なんだ』と書かれてあった。
 「わかりゃしないからいいのさ。これ以上大きいと嘘だとばれるから、ま、18センチにして置いた」
 「参るな。で、これで満足なのか?」
 「今はね。ちょっと楽しんでるだけ」
 「ふーん」
 ちょっと表現するのが憚られる文字が画面に列んでいくのを、ぼくはビールを飲みながら横目で見ていた。
 友永は、チャットしながら、マスをかいたみたいで、うとうとしていたぼくの鼻腔にあの臭いが漂ってきた。きちんと始末してくれればいいがと思いながら、久しぶりに飲んだビールが回って、深い眠りに落ちた。