第11章 我が子を抱いて

 目が醒めた。夢も見ないでぐっすり眠っていた。枕元の時計を見ると、6時ちょっと過ぎを刺していた。部屋の中は、小さな枕元灯の明かりだけだから薄暗かった。もう夜が明けているはずだけど、厚いカーテンが閉め切られているから、夜が明けたのかどうか分からない。
 昨夜のことを思い出す。
 (ぼくは女としてジョニーとセックスしたんだ)
 頬がポット赤くなるのを感じた。現実にあったことだとは考えられないような気がするけど、隣にジョニーがいるから、間違いなく起こったことなんだなと思う。ジョニーの方を見ると、ジョニーも目を覚ましていて、ぼくをじっと見つめていた。
 「おはよう、ジョニー」
 「おはよう、ナオミ」
 ジョニーは、ぼくに擦り寄ってきてキスした。ジョニーの手がぼくの胸に掛かる。
 「また、するの?」
 「イヤかい?」
 「そんなことないわ」
 そうは言ったものの、昨夜の痛みを思い出して、なかなか燃えてこない。だけど、ジョニーの丁寧な愛撫で、ぼくはしだいに燃え上がっていった。うつ伏せにさせられ、バックから挑まれた。挿入は昨夜よりは少し容易だったけど、やっぱり痛くて、痛みに耐えるだけだった。
 (快感なんて感じられるようになるのだろうか? ジョニーより小さな男だったら・・・・)
そんな思いが一瞬脳裏を過ぎったが、慌ててその思いをうち消した。
 (今のぼくに、ジョニー以外の男が考えられるだろうか? 考えられるわけがない)

 ちょっとうとうとしている間に、ジョニーはシャワーを浴びにバスルームへいったようだ。ドアに仕切られたシャワールームから、微かに水の飛び散る音がしていた。
 「ナオミ、君も浴びてきなさい」
 そう促されて、シャワールームへ入った。今朝は頭からシャワーを浴びて、汗を洗い流した。
 体を拭いて髪の毛を乾かし、服を着ようとした。脱衣籠の中に昨日脱いだ服がなかった。おかしいなと思って、探してみたけど見つからない。ベッドサイドから持ってきていたバスローブを着て外に出た。
 「ジョニー、わたしの服がないの」
 「昨日着ていた服をもう一度着るつもりなのかい?」
 「同じ服は着たくないけど、あれしかないから・・・・」
 「あるよ」
 「えっ!?」
 そう言われて、ぼくは目を丸くする。
 「クローゼットに君のトランクがあるだろう?」
 「わたしのトランクが?」
 「そうだよ」
 ネクタイを締めながら、ジョニーがぼくに近づいてきた。
 「新しい服が入っている。気に入ったものを着なさい」
 重そうなトランクがクローゼットに入っていた。ジョニーが手伝ってくれて、ベッドの上で開けてみた。素敵な服が一杯入っていた。底の方には下着類も。
 (何を着ようなかな?)
 ぼくはわくわくしながら、一枚一枚取り出す。ジョニーは、こんな時、男がよく見せるウンザリ顔でぼくを見ていた。
 ぼくは服を選んで着始めた。Tバックのショーツに、白のタンクトップ、ライトブルーのマイクロパンツ。ノーブラで、パンストも穿かなかった。三つ合わせた生地の量は、ぼくの両手に収まるくらい少ない。ジョニーの手だったら、片手に収まりそうだ。
 「どう?」
 「よく似合うよ。きっとそれを選ぶと思っていた」
 「意見が合うのね」
 「君とぼくの仲だ。それくらいは分かるよ」
 ぼくは、ジョニーに笑顔を向ける。
 「お化粧するまで、もう少し待ってね」
 「1年待ったんだ。それくらい何でもない」
 ドレッサーの鏡に向かって化粧をする。佐藤さんのおかげで、ぼくの化粧の腕もかなり上達した。

 ぼくが化粧をしている間、ジョニーはぼくをじっと見つめている。恥ずかしいな。
 「ジョニー?」
 「なんだい?」
 「そんなに見ないで」
 「どうしてだい?」
 「恥ずかしいから」
 「そんなナオミが好きだよ」
 そう言われて、ぼくは何も言えずに黙り込んでルージュを引いた。

 「お待たせ」
 「食事に行こうか?」
 「はい」
 ぼくは、白のサンダルを履いて、バッグを手に取った。
 「ちょっと待って、ナオミ」
 「なに?」
 「右手にしている指輪を、左手の薬指にしてくれないか?」
 「ええっ!?」
 ぼくは驚きの声を上げた。
 「ぼくたちは、夫婦と言うことになっているんだ。左手じゃないとおかしいよ」
 「ああ、そう言うこと」
 歳の離れた男女が同じ部屋に泊まるのだ。不審がられないように、そんな気を回したのだろう。ぼくは早速指輪を左手の薬指へ移した。

 昨日着ていたシルクのワンピースよりも注目されていると感じた。こんな格好の方が、むしろ女であることを強調できると思った選択だったけど、大成功のようだ。
 ジョニーと向かい合って食事をとりながら、いつまでこうしていられるのだろうと思いをはせていた。
 (ジョニーはずっと日本にいるわけではないだろう。アメリカに帰ってしまえば、ぼくは、どうすればいいんだろうか? 女の姿にはなっていても、戸籍なんかは男のままだ。大学は勿論、家に帰ることもできない。事情を話せば、父や母だけは分かってくれるかもしれない。しかし、この先ぼくは上手く生きていけるだろうか?)
 不安がむくむくとわき上がってきた。
 「どうしたんだ? そんな悲しそうな顔をして」
 「ジョニーが帰ってしまったら、わたし、どうしたら・・・・」
 ジョニーは、ぼくの言っている意味が分からないと言うような表情を見せた。
 「女になったわたしを、誰も受け入れてくれないわ」
 「ぼくがいるじゃないか」
 「でも、アメリカに帰ってしまうんでしょう?」
 「帰るよ」
 「じゃあ、ジョニーはわたしのそばにいられないじゃないの」
 「どうして?」
 「どうしてって・・・・」
 「君も一緒にアメリカに行けばいいんだろう?」
 「ええっ!?」
 ぼくは驚きに手を口元に持って行く。
 「結婚していることになっていると言わなかったかい?」
 「・・・・言ったけど」
 「ぼくたちは夫婦なんだよ。それも新婚のね。離婚しない限り、別々には帰れないよ」
 ぼくは、きっと馬鹿みたいに口を開けていたと思う。
 「ぼくたちは、新婚旅行で、君の故郷である日本に来ていることになっている。里帰りというのかな?」
 「じゃあ、あの、わたし、ジョニーの奥さんって事?」
 「そうだよ。君のバッグにパスポートが入っているだろう?」
 ぼくは、慌ててバッグを開いた。佐藤さんから手渡されたとき、パスポートが入っているなんて気がつかなかったのだ。
 バッグの内ポケットにパスポートが入っていた。取り出して開いてみた。ぼくの写真が貼られていた。
 (この写真は・・・・)
 パスポートに貼られた写真は、髪の毛をカットするために出かけた帰り、佐藤さんが記念写真を撮りましょうと言って、撮ったものだった。変なことするなと思っていたけど、パスポートに貼る写真を撮るためだったんだ。
 名前は、Naomi Swift。国籍、アメリカ合衆国。女性になっていた。
 「これは・・・・偽造なの?」
 「もちろん偽造だが、本物として通用する」
 「どうやってこれを・・・・」
 「内緒だ。君は知らなくていい」
 ぼくはパスポートをじっと見つめる。
 (ぼくは名実共に女になってしまった。しかも、ジョニーの妻だなんて・・・・)
 「アメリカに行っても、あなたと夫婦って事になるの?」
 「イヤ、違う。婚約中の恋人同士だ」
 「ご両親には何と?」
 「里帰りしていた日系アメリカ人の君と恋に落ちたと説明することにしている」
 「じゃあ、結婚していることになっているのは、日本にいる間だけなのね」
 「そうだよ」
 (ぼくは女として生きていけそうだ。だけど・・・・)
 「わたし、あなたが愛してくれるとしても、結婚まではできないわ」
 「どうして?」
 「どうしてって、わたし、子どもを産めないもの・・・・」
 本物の女なら、ジョニーのために子どもを産んであげられる。だけど、ぼくにはそれができない。ジョニーとセックスはできても、結婚なんてできるわけがない。
 「子ども? 子どもが産めないって言うのが、ぼくと結婚できない理由なら、ぼくも結婚できない。君だけじゃなく、他の誰ともね」
 「ええっ!? どういう意味?」
 「小さい頃ムンプス、おたふく風邪って言うのかな? そのムンプスにかかってね。子どもができない体なんだ」
 ジョニーの意外な言葉にぼくは茫然となる。
 「子どもができない体・・・・」
 「そう。だから、君とぼくは対等なんだ」
 「でも・・・・」
 「ナオミ、ぼくは君を愛している。君はぼくの愛を受け入れられる体を持っている。ぼくを愛してくれさえすれば、何も問題はない。そうだろう? それとも、ぼくを愛してくれないと言うのかい?」
 「いえ、そんなことは・・・・」
 「じゃあ、何を躊躇うんだ。アメリカに帰国したら、結婚してくれ。いいだろう?」
 ぼくは頷く以外の返答を思いつかなかった。

 そのままアメリカへ向かうのかと思ったら、日本では、ぼくたちは新婚旅行に来ていることになっていたので、東京から京都へ向かった。
 全日空ホテルを起点に、初日は、二条城、京都御所、銀閣寺、平安神宮、知恩院、清水寺を周り、翌日は、妙心寺、仁和寺、金閣寺、大徳寺などを回った。ジョニーは、仏像を見るのが好きなようだ。一カ所でかなりの時間を費やした。
 ジョニーは毎晩ぼくを愛してくれた。まだまだ痛いけど、ジョニーはそのことを知らない。ぼくは痛みに耐えながら、感じた振りをしている。イヤ、感じてはいるんだけど、達しないだけだ。痛みがなくなれば、いけるような気はしている。

 再び東京へ戻った。東京タワーに上り、上野動物園へ行った。イヤだというジョニーを引っ張って、東京ディズニーランドへ行った。ぼくは、まるで父親に連れられた子どものようにはしゃぎ回った。
 「そんなに好きだったら、本場のディズニーランドにも連れていってあげるよ」
 「わおう。ジョニー、大好き!!」
 ぼくは、喜色満面でそう答えた。

 ジョニーと共に帰国することになった。ぼくにとっては初めての海外旅行だ。成田空港で、手続きを済ませ、飛行機に乗り込んだ。
 ジョニーは、玩具を扱う商社に勤めていると言うが、一体給料はいくら貰っているんだろう? 乗った席は、ファーストクラスなのだ。新婚旅行という名目だから、張り込んだのだろうか?
 いくらファーストクラスでも、長く飛行機に乗っているのは楽じゃない。ぼくは、半分うとうとしながら、通路をぼんやりと眺めていた。
 細く綺麗なステュアーデスの足が見えた。少し進んでは立ち止まり、しばらくすると進み始める。しばらくして、その足がぼくのすぐそばで止まった。
 「奥様。シャンパンはいかがでしょうか?」
 (奥様だって。やだ、恥ずかしい。でも、ミセス・スウィフトだから、仕方がないかな?)
 ぼくはすっかり新婚の妻になりきっていた。
 「いただくわ。・・・・あなた。あなたもいかが?」
 (ジョニーのことをあなたなんて呼んじゃった。胸がどきどきしちゃう)
 ぼくは、窓際で外の雲をじっと眺めているジョニーに声をかけた。
 「ああ、いただこう」
 ぼくはシャンパングラスをふたつ手に取って、ひとつをジョニーに手渡した。
 「うん、美味しいわ」
 「まあまあだな。向こうに着いたら、もっと美味いシャンパンを飲ませてあげるよ」
 「嬉しいわ」
 ぼくは、ジョニーに笑顔を向けた。ジョニーはぼくにキスをする。ぼくはちょっと顔を赤らめる。ぼくは日本人だから、人前でキスするのには慣れていない。ジョニーはそんなぼくがいいと言ってくれる。
 (アメリカではどんな生活が待っているのだろうか?)
 期待と不安が入り交じって、ぼくの気持ちを不安定にさせる。
 (でも、ジョニーがいてくれるから安心)
 そっとジョニーの横顔を見た。

 ジョニーに連れて行かれた家は、まるでお城のようだった。日本とはスケールがまったく違う。ぼくは唖然とした。
 「パパ、ママ。紹介するよ。ぼくの大切な人、ナオミだ」
 「初めまして、ナオミです」
 ぼくは膝を少し曲げて挨拶する。
 「おお、これが噂のナオミさんか。可愛い人だ。おまえが夢中になるのも不思議じゃない」
 「ホントに、可愛い方ね」
 ジョニーは、体格は父親譲りのようだが、どちらかというと母親似のようだ。ちょっと心配なのは、父親がかなり禿げ上がっていると言うことだ。でも、禿げてもジョニーはジョニー。ぼくの愛する人に違いない。
 「叔父たちも来ているんだ。紹介しておこう」
 出てきた叔父たちを見て、ぼくはちょっと首を傾げた。まるで、ゴッドファーザーの屋敷に来たみたいだ。
 しかし、ぼくの第一印象が外れではなさそうだと知ったのは、そのすぐあとだった。ジョニーの親族は、みんなシチリア出身だと言うことだ。
 しかし、みんなまっとうな仕事をしているようだ。シチリア出身者が、みんなマフィアだとは限らない。しかし、映画で見たマフィアのように結束は強いようだ。
 マフィアと言うことが浮かんだとき、裏切り者は抹殺するという言葉が脳裏を過ぎった。男だったぼくが、女だと偽った罰として、ジョニーはぼくを抹殺することを選ばず、女にしてしまうことを選択した。それは恐らく、ぼくのことを余程気に入っていたからに違いない。確かにぼくとジョニーは気が合う。
 ジョニーは子どもを作れない体だ。だから、子宮の有無は関係なかったのだ。ジョニーを愛し、受け入れてさえしてくれれば。イヤ、むしろ子宮がない方が良かったのかもしれない。子どもが欲しいとせがまれるよりは。

 一週間後、ぼくとジョニーの結婚式が行われた。ぼくの叔父だと紹介された、見も知らない日系人(ぼくには中国系アメリカ人に見えたけど)に手を引かれて、ジョニーに引き渡された。ぼくは、裾が3メートルはあろうかという、豪華な真っ白はウエディングドレスに身を包まれていた。
 永遠の愛を誓って、ぼくたちは正式に夫婦になった。ホンの出来心から、無理矢理性転換されてしまったけれど、ぼくは幸せだ。
 結婚後1ヶ月した頃には、ジョニーとのセックスにも痛みはなくなった。それまで締めるなんて、考えも及ばなかったけれど、その余裕も出てきた。ジョニーは、ぼくにますますのめり込んでいる。ぼくもとうとう達するようになった。男だったときにマスをかいていたときより、ずっと気持ちがいい。ぼくはこうなるのが自然だったんだと、この頃思うようになった。

 ジョニーと結婚して、9ヶ月後、ジョニーがベッドの中でぼくに囁いた。
 「もうすぐ、子どもが生まれるからね」
 「子どもが生まれるって? 誰の?」
 「君の子どもだよ」
 ぼくは訳が分からず、不思議そうにジョニーを見つめた。
 「ぼくの妹に卵子を提供して貰って、代理母に産んで貰うんだ」
 「でも、ジョニーは、無精子症なんでしょう? それに、もし上手くいっても、兄妹の精子と卵子とじゃあ・・・・」
 「精子は君のだ」
 「ええっ!?」
 驚いたのってなかった。ぼくの精子を使っただなんて・・・・。
 「でも、わたしの精子なんて、どこにもないでしょう?」
 「それがあるんだよ」
 「どこに?」
 「切除した睾丸を、生かして貰っていたんだ」
 「生かしていたって・・・・、じゃあ、初めから子どもを作るつもりで・・・・」
 「そうだよ。君の精子と、ぼくの妹の卵子。男の子ができても女の子ができてもぼくたちに似ているはずだよ」
 「嬉しいわ」
 ぼくは、ジョニーに抱きついた。性転換手術されたとき、諦めていたぼくの遺伝子を持つ子どもが生まれるのだ。ホントに嬉しかった。

 その2週間後、ぼくはトーマスと名付けられた男の赤ん坊を腕に抱いていた。トーマスは、ぼくの乳首に吸い付いてくる。不思議なことに、ぼくに乳首からは、ちゃんとおっぱいが出るのだ。ぼくは父親になるはずだったのに、母親になってしまった。
 (でもいいんだ。愛する人がいて、愛する子どもがいれば、そんなことはどうでもいいことなんだ)
 ぼくは、トーマスにおっぱいを与えながら、傍らで見ているジョニーに微笑みかけた。
 「ジョニー、わたし、幸せよ」
 「ぼくもだ。ナオミ」