福沢は、手術台に縛り付けられた滝川の手術着を剥ぎ取った。
「先生、ほんとにやるつもりですか?」
「ああ。やるつもりだ」
「しかし、女にするんですよ。この男は、そのことを知ってるんですか?」
「知らんよ」
事も無げに、福沢は言った。
「問題は起こりませんか?」
「この男が、別人に生まれ変わりたいといったんだ。その別人が、男か女か指定はしていない。そうだろう?」
「それはそうですが・・・・」
「この男は警察に追われている。警察は、逃げるために女になるなんて思わないだろうから、絶対に見つからない。そうじゃないか?」
「・・・・そうですね」
「別人に生まれ変わって、警察から逃げると言うこの男の望みは完璧に果たされる」
「ま、そう言うことになりますか・・・・」
「それに、わたしがやることにクレームはつけないと約束している」
「約束したと言っても・・・・」
柳沢は、不安そうな表情を隠し切れない。
「いずれにしろ、責任はわたしが取る。君はただ手伝ってくれればいいんだ。分かったね」
「分かりました」
「素材としては申し分ないだろう」
「そうですね。男としては、結構色が白いですね」
「色よりも身長があまり高くないところと、骨格が細いところを買ったんだ」
「なるほど、そうですね」
「それでは、まず顔面からかかろう」
「はい」
福沢は、まず額の中央の髪の生え際に、数センチの孤状の切開を加えた。
「女の額は、横から見ると男と違って丸いからな。ここに薄いシリコンのプロテーゼを入れる」
福沢は、孤状の切開からへらをいれて額の部分にポケットを作り、シリコンプロテーゼを挿入した。
「これでよしと。3箇所ほど固定しておけば、ずれはしないだろう。皮膚は5−0の吸収糸を使って埋没縫合にする。表面はストリストリップでいくぞ。容子、いいか?」
「はい。準備できてます」
「柳沢君。わたしが縫合している間に、髭の脱毛をお願いするよ」
「はい、すぐに」
福沢が、髪の毛よりも細い糸で額の傷を縫っている間に、柳沢はレーザー脱毛機で滝川の髭の処理をしている。
福沢はナメクジが這うような非常にゆっくりとしたスピードで細かく傷を縫い合わせていた。ほんの数センチの傷を縫い合わせるのに30分以上かかった。
縫合が終わり、傷を消毒するとストリストリップと言う糸が縫い込まれたテープを傷に張る。これは傷が残らないための処置だ。
福沢は、容子に額の汗をぬぐってもらってから、柳沢の方に目をやった。
「すんだか?」
「もうすぐです」
「終わったら、瞼に取り掛かるぞ」
「はい」
柳沢の作業はすぐに終わった。福沢とともに瞼の整形に移った。
「この男の眼瞼は、一重で腫れぼったい。瞼の脂肪を取り去って、二重にすると。これだけでも顔の印象ががらりと変わるだろう」
福沢は子供がおもちゃで遊ぶように、楽しみながら手術を進めていた。眼瞼を切開して脂肪を切り取り、今度も細い吸収糸で眼瞼が二重になるように縫い合わせた。
「さて、次は鼻だ。少し細くして、鼻先を少し上げてみよう」
鼻腔からメスを入れて、軟骨を削ったあと、プロテーゼをいれて縫合固定した。小鼻も少し小さくしたようだ。
「頬骨の位置にもプロテーゼを入れたほうがいいな。歯根からアプローチするぞ」
「はい」
柳沢は、必要以外のことは何も言わずに、てきぱきと作業を進めていった。両頬の位置に、額と同じような薄いシリコンのプロゲステロンテーゼが埋め込まれていった。
「そうだな。顎を少し削って細くしてやろう。柳沢君、君もそう思うだろう?」
「ええ」
顎の骨が削られていく。柳沢は、これは痛いだろうなと心の中で思う。口腔内の傷は、外から見えないので、4−0の吸収糸が使われた。
福沢は、ちょっと離れて滝川の顔を眺める。
「唇を少し薄くした方が可愛らしくなるだろうな」
「そうですね」
柳沢が賛意を表す。福沢は、唇の上下の皮膚をほんの1ミリほどの幅で切り取った。
「ここは縫合するわけにはいかんから、生体ボンドを使おう」
「用意してあります」
村木容子から、生体ボンドを受け取ると、福沢は、ごく微量を丁寧に傷に塗りつけていった。すると、そこは切った痕跡がなくなるほどとなった。
「額の傷には使えないんですか?」
「使えたなあ。ま、いいか」
人間と言うものは、、いつものやり方をしてしまうものだと、福沢は苦笑する。
「さて、顔は終わりだな」
「眉はどうします?」
「仕上がりを見てからにしよう。今はバランスが分からん。そうだろう? 容子」
「はい。おっしゃるとおりです」
目、鼻、口を残して、包帯がぐるぐると巻かれた。顔だけ見ると、滝川の顔はまるでミイラだ。ここまでに4時間を要した。
「次は喉仏を取り除こう。容子。頭を少し下げて」
滝川の頭が後ろに反らされた。福沢は、喉の皺に沿って皮膚を切っていった。
「削りすぎてもいかんからな」
独り言を言いながら、メスを進める。この作業は簡単に終わった。この部分も埋没縫合がなされ、ストリストリップが貼られた。柳沢は、ここにも生体ボンドが使えるのではないかと思ったが黙っていた。
「首の包帯を巻いたら、一休みして、交代で昼食にしよう」
「分かりました。すぐに準備しますわ」
「柳沢君。交代でわきの脱毛をやろう。どっちが先にやる?」
「わたしがやっておきましょう。先生は、お先に食事を」
「じゃあ、遠慮なく」
福沢は手術用手袋を取って、リビングへ戻っていった。柳沢は、わきの下にレーザーを当て始めた。
村木容子は、コーヒーを入れて、手術するときの定番であるサンドイッチをテーブルの上に並べた。
「これも飽きたな」
「今日のローストビーフは特製ですのよ」
「お、そうか?」
福沢は、ひとつを手に取って噛み付く。
「なるほど、これは美味い」
あっという間に半分ほどを平らげてしまった。
「あなた。ほんとにおやりになるおつもりですか?」
村木容子が、福沢の正面に座って顔を覗き込んだ。
「ああ。以前から一度やってみようと思って、材料をそろえていたんだ。こんなチャンスはないんだ。あの男が向こうから飛び込んできたんだからな」
「でも、彼、女になるなんて、承知したわけじゃないんでしょう?」
「何度も言うが、彼としては警察から逃げなければ、死刑になってしまうかもしれないんだ。死ぬことに比べれば、女になることなど、別に問題じゃないだろう?」
「それはそうでしょうけれど・・・・」
「きっとわたしに感謝するよ。間違いない。さあ、柳沢君と交代だ」
福沢は立ち上がり、階段を下りていった。村井容子は、ほんとにいいのかなと思いながらも、止めることはできなかった。
「柳沢君。交代だ」
「じゃあ、お後よろしく」
「おっ! 両方ともやってしまったのか?」
「簡単ですからね」
そう言い残して、柳沢は階段を上っていった。福沢は、陰毛の処理に入った。
「この部分だけ残して、あとはすべて処理すると」
ペニスの上のわずかな部分を残して、すべての陰毛を脱毛するつもりだ。鼻歌を歌いながら、福沢は脱毛処理を進めていった。
30分ほどして、陰部の脱毛が終わった頃、柳沢と村木容子が階段を下りてきた。
「先生。次にいきましょうか?」
「おう。いいタイミングだ」
「脛毛はどうします?」
「あとでいいだろう。いつでもできる」
「そうですね。次は、どっちですか?」
「豊胸術をやろう。美味しいところは最後に残す主義だ」
「そうでしたね」
「位置決めをやろう」
福沢は、鎖骨、みぞおちにある剣状突起に印をつけた。そうしてから、女性の胸の写真を滝川の上半身に投射した。鎖骨と剣状突起の位置を合わせて、乳房の位置を滝川の胸部に描いた。
「これでよしと」
続いて、まず右のわきに、皮膚の皺に沿って小さな皮膚切開を加えて、そこからL字型の鈎を入れて、印を付けた位置にポケットを作った。
「出血はないと・・・・。容子。シリコンバッグを頼む」
「はい」
「先生。これはいつものと違いますね」
「今日は滴状のものにした。乳腺本来の形だからな」
「なるほど」
「表面のざらざら加工はいつもどおりだ」
「マッサージしないでいいからですね」
「そんな手間暇はかけられないからな」
「ちょっと大きいですね」
「大きいのには理由があるんだ」
「えっ!? どういう理由ですか?」
「あとで話す」
福沢はもう一度出血がないかどうか確かめてから、シリコンバッグをポケットの中に押し込んで、位置を調整した。
「さあ、これでよしと。動かないように固定して、皮膚を縫って終わりだ。柳沢君、左をやってくれるか?」
「わたしがですか?」
「やれるだろう?」
「ええ。じゃあ、やらしていただきます」
福沢が皮膚の縫合をやっている間に、柳沢が、福沢がやったと同じ手順で左側にもシリコンバッグを入れた。
「これでいいでしょうか?」
「いいんじゃないか?」
足元にまわって、盛り上がった滝川の胸部を見ながら福沢が呟く。
「なかなかいいできだ」
「でかいですね」
「ほんとに」
「妙なところに移動しないように包帯でしっかり固定するぞ」
三人は、麻酔を掛けられている滝川の体を起こして、胸に包帯をきつく巻いた。
「先生。いよいよ、一番おいしいところですね」
「そうだな。まず残った陰毛を剃毛してもらおうか。容子、頼むぞ。われわれは手洗いをしなおす」
「はいはい」
二人が手洗いをしている間に、剃毛が終わり、村木容子も手洗いに行った。股間の消毒が終わって、福沢がまさにメスを入れようとしたとき、壁にかけられた電話が鳴った。
「何だ? いいところで。容子、いいから放っておけ」
「でも、この電話番号を知っている人は、あまり多くはないでしょう?」
「・・・・そうだな。仕方ない。出てみろ」
急用のばあい、手術を中断せねばならない。福沢は、メスを置いて村木容子の様子を窺った。
「もしもし、福沢でございます。はあ、おりますが・・・・。分かりました。すぐに代わります」
「誰からだ?」
「橋口先生からです」
「橋口?」
「橋口龍一郎先生ですよ」
「橋龍か。それは出ないといけないな」
橋口龍一郎は、大物代議士だ。福沢にかなり無理な注文をしてくるが、見返りに福沢の違法行為を政治権力で押さえ込んでいてくれる。どんなに忙しくても、出ないわけにはいかないのだ。
福沢は急いで受話器を受け取った。
「もしもし、代わりました。福沢でございます。いつもお世話になっております。いえ、今は暇です」
柳沢と村木容子に向かって肩を竦めて見せた。
「えっ!? 今からですか? あ、まあ、よろしいですけれど。いえいえ。何の支障もございません。承知いたしました。それでは、1時間後に裏口へ。いつものように、できるだけ目立たないようにお願いいたします。それでは」
福沢はふうとため息をついて受話器を置いた。
「どんな用事?」
「整形手術の要望だ」
「急ぐの?」
「今すぐにでもやって欲しいと言ってる」
「誰の手術をするの?」
「いつものように、見ザル、聞かザル、言わザルだよ」
「そうですか。橋口先生のお願いなら、断るわけにはいかないですね」
「そうなんだ・・・・」
「この手術はどうします?」
柳沢が聞く。
「橋口先生の患者は1時間後にくる。この手術は、少なくとも3時間はかかるだろう。今日のところは、これまでにするしかないな」
「除睾術だけでもやっておきませんか?」
「何故だ?」
「睾丸がなくなれば、この滝川と言う男も、諦めがついて次の手術に進みやすいでしょう?」
福沢は腕組みをして考える。
「・・・・いや。逆だろう」
「逆とおっしゃいますと」
「除睾術まですると、われわれがこの男に性転換手術を行おうとしていたことがばれる。このままの方がいいだろう」
「そうですか? このままでもばれるのでは?」
「女のほうが警察の目を誤魔化しやすいと説得するんだ。その上で、ほとぼりが冷めたら、シリコンバッグを取って男に戻ればいいと言えば、納得するだろう」
「なるほど。そうすると、性転換手術はもうやらないんですね」
「いや。次の機会に、シリコンバッグを取ると言う明目で麻酔を掛けたときに手術をすればいいさ」
「先生もワルですね」
「その気のない男を性転換したらどうなるか、是非知りたいんだ。君もそう思わんかね?」
「面白そうですけど、わたしは興味が湧きませんが・・・・」
「ま、いい。容子、麻酔が覚めたら、この男を二階の部屋に移してくれ。隣の病室は、橋口先生の患者用に使う」
「はい」
麻酔が覚めた滝川を、村木容子と柳沢が担架で二階へと運んでいった。エレベーターでもあると便利だがなと福沢はいつも思っているが、この地下の手術室の存在が秘密であるから、そんなものは取り付けられない。
「さて、滝川に乳房を作った理由を説明する手順を復習しておこう」
考えながら、福沢はリビングへ戻って、橋口龍一郎から紹介された患者がくるのを待った。