第7章 奇妙な共同生活の始まり

 朝っぱらから、清子の喘ぐ声が室内に響いてくる。滝川は、ソファーの上で寝返りを打った。
 「兄貴も強いな」
 それだけではないことを滝川は感じていた。清子は、滝川と市原が関係しているとこを疑っている。男より女の方がいいことを証明するために、敢えて市原に挑んでいるのだ。
 滝川のいるリビングから、ベッドルームにいる清子の顔が垣間見られる。騎上位で髪を振り乱して喘いでいた。
 現在の滝川も、女の顔としてはかなりの美人だが、清子もそれに劣らぬ美人だ。それに、市原好みの巨乳。Dカップの滝川よりかなり大きい。
 しかし、その顔もデカパイも作り物だと言うことを、滝川は知っている。整形したのは、福沢であることも。

 清子と言うのは本名ではない。ほんとは飯塚加奈子と言う。滝川よりも年がひとつ下だが、市原の情婦と言うことで、滝川は清子姉さんと呼んでいた。北海道旭川市出身だと言うことだが、詳しいことは滝川も知らない。
 高校を卒業後、東京へ出てきた清子は、市原の所属する事務所のスカウトマンに上手く騙されて、AVに出演させられた。
 その時、清子は処女で、逃げ出そうとしたけれど、殆ど強姦されるようにして処女を失った。そのときの有様を撮影したビデオは、「処女喪失V」だったか「処女喪失W」だったか、そんなタイトルだったけど、滝川もそれを見ながらマスを掻いた覚えがあった。
 清子の処女喪失の相手の男が、何を隠そう市原なのだ。清子は、無理やり冒されたと言うのに、市原に付きまとい始めた。田舎娘だったから、初めての男にずっと愛してもらいたかったらしい。しかし、その当時の清子は、とても進んで抱くような女ではなかった。
 どこで聞きつけたのか、清子は福沢の元を訪れ、殆ど全身を整形してもらった。その費用は、ソープで稼いだものらしい。
 整形後、清子は何食わぬ顔で市原に接近し、その作られた美貌と処女膜まで再生してもらった素晴らしい肉体で、市原を手に入れたと言うわけだ。

 滝川が何故そのことを知っているかと言うと、滝川は市原が留守の合間に清子と一度寝たことがあるのだ。
 その時、AVビデオで見たほくろに見覚えがあって、清子を問いただし、決して口外しないと言う約束で真相を知ったと言うわけだ。
 滝川は、このことを誰にも話していない。滝川は、固い男なのだ。

 市原と清子の情事はまだ続いていた。滝川は、もう一度寝返りを打った。うつ伏せになると、大きくなった胸が胸部を圧迫する。膨らんだ風船を胸の下に置いているような感じだと思ってくれればいい。
 はじめの頃は、すぐに上向きになっていたけれど、最近はその圧迫感にも慣れて、長い間うつ伏せになれるようになった。

 清子の最後の絶叫が響いた。ベッドの軋む音もしなくなった。終わったようだ。静かになって、滝川は再び眠り込んだ。
 「ケン! ケン!」
 市原の呼ぶ声がした。
 「は、はい」
 「コーヒーを入れろ!」
 「すぐに入れるわ」
 女言葉で滝川は答え、立ち上がってキッチンへ向かった。コーヒーメーカーをセットしてリビングに戻ると、清子が全裸のまま滝川の横を通り抜けて、トイレへ向かっていった。滝川に、女を見せ付けているようだった。
 トランクス一丁の市原が、のろのろとベッドルームを出て、リビングのソファーにドンと腰掛けた。
 「ケン! コーヒーは?」
 「もうすぐできるわ」
 「・・・・なんか変だな?」
 「何が変なの?」
 「・・・・お前の女言葉だ」
 「おかしい?」
 「おかしくはないが、どうも・・・・。聞きなれないせいかな?」
 「そうでしょうね」
 「ま、いいか。今のお前には、それが似合ってるな。そう。それが似合ってる」
 独り言のようにそう言って、市原はタバコに火をつけた。
 「わたしにもコーヒー頂戴」
 トイレから戻ってきて、やはり全裸のまま市原のそばに座った。
 「すぐに持ってきます」
 滝川は、キッチンへと走った。
 「清子。ケンの前だぞ。下着くらい身につけないか」
 「あら? ケンちゃんは、女でしょう? 女同士、いいじゃない?」
 「馬鹿を言うなよ。ケンだって、その気になればお前とできるんだぞ。なあ、ケン?」
 「えっ!? 何をですか?」
 「セックスだよ」
 「ああ・・・・。できるかもしれませんけど、ちょっとその気には・・・・」
 「はっ? どうしてだ?」
 滝川が毎日マスを掻いていたことを知っている市原は、首をかしげた。
 「さあ、分かりません。こんな大きな乳が付いているからかもしれません」
 「そんなことで、やる気がなくなるのか?」
 「さあ・・・・」
 「ま、いいか。清子に対する危険がなくなる」
 清子は、ちょっと滝川の方を見た。昨夜、風呂上りには普通のショーツを滝川にはかせた。今までの滝川なら、清子の全裸を見て勃起しないなんてことはありえない。ところが、確かに滝川の股間は、まったく盛り上がってもいなかった。
 (どうしてかしら?)
 不思議そうに清子は滝川の股間を見つめていた。

 「ケン! コーヒー、コーヒー」
 「あ、すみません。すぐに持ってきます」
 かなり意識しているようで、仕草は女らしくしている。しかし、やっぱり男は男。
 「一日で、女になりきるなんてできないわね」
 清子は、滝川の後姿を見ながら思っていた。
 「ねえ、あんた?」
 「なんだ?」
 「ケンちゃんには、しばらく女として暮らしてもらうんでしょう?」
 「ああ、そうだ。それがどうした?」
 「名前よ」
 「名前?」
 「そう。名前。ケンちゃんのままじゃおかしいでしょう?」
 市原は、ふうと煙をふかして、天井を見た。
 「そうか。それもそうだな」
 「どうする? 何かいい名前をつけてあげないと・・・・」
 「ケン! どうするか?」
 「え、何をですか?」
 コーヒーカップをトレーの乗せて運んで膝をついてテーブルに置きながら、滝川が尋ねた。
 「お前の名前だよ。清子がケンじゃおかしいって言うから、何か適当な女らしい名前を付けようかと話してたんだ」
 「わたしの名前ですか・・・・」
 「そうよ。ケンじゃおかしいでしょう?」
 「そうですね」
 「ナオコにしよう」
 市原が、真面目な顔をしてそう言う。
 「ナオコ? どうして?」
 「ケンナオコって言う歌手がいるだろう?」
 「あんた。真面目に考えてるの?」
 「あったりまえだ! 俺はいつも真剣だ。そうじゃないか!?」
 「いつも真剣が聞いて呆れるわ」
 「なんだと!」
 真剣になって怒るところを見ると、ほんとに真剣に考えたようだ。
 「ほかの名前にしましょうよ」
 「いや、ナオコに決まりだ。ケン! それでいいだろう?」
 「・・・・何でもいいですけど」
 「ほら。いいって言ってるじゃないか?」
 勝ち誇ったように市原が清子に向かっていった。
 「ケンちゃんが、あんたの言うことを聞かないわけがないでしょう?」
 「清子さん、ナオコでいいです。いい名前ですから」
 「そう? じゃあ、ナオコということで。・・・・苗字はどうするの?」
 「苗字? 苗字なんて要らないだろう?」
 「もし人が来た時に、苗字がないと紹介できないわよ」
 「・・・・そうだな」
 「どうしましょうか?」
 清子がどちらに言うともなく呟く。
 「市原にするか?」
 「あんたと同じ名前?」
 「ああ、しばらくここに同居するから、妹と言うことにするんだ。清子がいる以上、ほかの女がいると言うことは対外的にもまずいだろう?」
 「あんたも結構考えてるのね」
 「おまえ、俺を馬鹿にするのか?」
 「ごめん、ごめん。でも妹はないでしょう? あんたみたいな人に、こんな可愛い妹がいるはずがないじゃないの」
 「そうか? 血がつながっているように見えないか?」
 「見えないわよ」
 「兄貴。それにサツにあれを見られているだろう?」
 清子の反応をうかがいながら、滝川が言った。市原もそのことに気がついた様子だ。清子は、何のことだか分からずきょとんとしていた。
 「そうか、似てないか。じゃあ、俺の従妹というのはどうだ? 俺を頼って東京へ出てきた。それでどうだ?」
 「頼ってねえ・・・・」
 「いちいち棘があるなあ、清子。何か恨みでもあるのか?」
 「何でもありません。まあ、いいでしょう。ケンちゃん、じゃなかった、ナオコチャン? それでいいわね」
 「はい。市原ナオコですね。それで結構です」
 「そうと決まったところで、飯でも食いにいくか? 腹が減った」
 「兄貴。わたしは、外にはまだ・・・・」
 「そうか。そうだったな」
 「ナオコチャン?」
 「何ですか?」
 「その兄貴と言うのも何とかした方がいいわね」
 「じゃあ、何と呼んだら?」
 「そうね。市原の従妹と言うことなら、お兄ちゃんでいいんじゃないの?」
 「お兄ちゃん?」
 「そうよ。裕兄ちゃんでもいいわね」
 「裕兄ちゃん? 止めてくれよな」
 市原が、首を振る。
 「じゃあ、どう呼ぶの?」
 「・・・・何とでも呼んでくれ」
 「裕兄ちゃんと言うのは・・・・、わたしも。お兄ちゃんでいいですか?」
 「それがいい。そうしてくれ」
 「はい。それじゃあ、そうさせていただきます」
 「飯はどうする? 飯は?」
 不足そうな顔をして市原が叫ぶ。
 「わたしとナオコチャンが作りますから、あんたは新聞でも見ていて!」
 「分かった。分かった」
 新聞を持ってこいと言うのかと思ったら、市原は立ち上がって玄関へ向かった。
 「さ、ナオコチャン、一緒にお料理しましょうね」
 清子には、気の許せる女友達がいない。だから、滝川と言う「女」がそばにいることが嬉しいようだ。

 清子と滝川は、キッチンに並んで料理をする。ふたりも美人がいる市原としては、嬉しい限りだ。滝川は男なのだが、市原はニューハーフ状態の滝川とのセックスも結構いいと感じていた。

 食事が済むと、市原は仕事へ出かけていった。市原の主たる仕事は、債権の回収だ。つまり取り立て屋と言うことだ。顔に似合わず結構ひどい取立てをするらしい。
 そんな仕事の合間に、AV出演もやっている。その大きさと持続力が自慢で、それを買われての出演だと言うことだ。
 「わたし、仕事に出るまで、ナオコちゃんに女を教授しておくからね」
 「きょうじゅ?」
 「教え授けるってこと。女としての教育をやっておくと言うことよ」
 「あ、頼んだぞ」
 市原は、靴を履きながら、清子の影から、滝川ににやりと笑みを浮かべて見せた。それを見た滝川は、ちょっと絶望的になった。市原は、清子が出かけたあと帰ってきて、滝川とするつもりらしいからだ。しかし、逃げ出せない。そんなことをしたら、市原は、滝川が女の格好をしていることを警察に知らせるだろうことが分かっていたからだ。
 「はあ・・・・」
 滝川はため息をついた。
 「どうしたの?」
 「何でもないです」
 そう答えるしかなかった。

 午前中、清子は滝川に化粧の特訓をした。化粧させては落とし、落としては化粧させると言った具合だ。
 「もう一人でできそうね」
 「ありがとうございます」
 「午後は、立ち振る舞いのお稽古をしましょう。こればっかりは、そう簡単じゃないからね」
 「すみません。お世話になって」
 「いいのよ。ナオコは、妹みたいなものだから」
 「わたしのほうが年上でしょう?」
 「女としては、わたしが大先輩よ」
 「あ、そうですね。じゃあ、清子お姉さんでいいですね」
 「はい、結構です。さあ、お昼にしましょう。スパゲティーでいいかしら?」
 「いいですね」
 「確か、上の棚の中にスパゲティーが入っていたわ。取ってくれる?」
 「はい」
 滝川は、まるで生まれたときから女だったように、清子の前では素直に言うことを聞いていた。
 (サツに捕まらないためだ。頑張ろう)
 そう決めていたからだ。

 午後の特訓が始まった。椅子やソファーから何度も立ち上がったり座ったり。前日の夕方には、かなり女らしい仕草ができていたのに、元に戻っていた。
 「ショーツが見えるわ」
 「もっと女らしく!」
 「あああ、それじゃあ、男丸出しよ」
 などという怒号が飛んだ。

 午後4時になって、清子は特訓を中止した。
 「5時に出かけるから、夕食を作っておくわ」
 そう言うことで、滝川は清子に教えられながら、夕食の準備をした。

 夕食の準備が済んで、清子は夜の蝶へと変身する。整形された顔とはいえ、素顔でもかなりの美人となった清子の顔は、化粧をするとさらに艶やかとなった。滝川は感心したように、清子の化粧された顔を眺めていた。
 「あなたは、こんな化粧はしないほうがいいわ。薄化粧のほうがずっと美人に見えると思う」
 「ありがとう」
 「市原が帰ってきたら、ラップをかけたお皿をレンジに入れてチンして出せばいいわ」
 「分かりました」
 「それから、・・・・市原を誘惑したらだめよ」
 清子は、滝川のおでこを突付きながら、悪戯っぽく笑っていった。
 「そ、そんなことはしません」
 清子の目を見ないで、滝川は返事をした。
 「約束よ」
 清子は滝川に指切りをさせた。指切りをしたところで、滝川と市原は関係を持つだろうなと清子は思っていた。滝川の方からは、おそらく市原に迫ったりすることはない。しかし、市原の方が滝川に手を出さないと言う保証はどこにもない。一昨日、二人が関係を持ったことは、ほぼ間違いない。清子はそう確信していた。しかし、ずっと見張っているわけにもいかない。
 「じゃあ、行ってくるわ」
 「いってらしゃい」

 清子が出かけて、30分もしないうちに市原が帰ってきた。どうやら、清子が出かけるのを待っていたようだ。
 「ああ、腹減った。夕飯はできてるか?」
 「できてますよ」
 「昼飯抜きだったから死にそうだ。すぐに準備してくれ」
 「はい。すぐに用意します。先にお風呂に入ります?」
 「あ、そうだな。風呂。風呂に入るか」
 市原は、ばたばたとバスルームへ入っていった。

 滝川がレンジで温めた料理をテーブルに並べ終わった頃、市原がトランクスにランニングと言う格好で出てきた。
 「お前も入ってくるか? いい湯だぞ」
 「わたしは片づけが終わってから入ります」
 「そうか。さあ、そっちへ座れ。一緒に飯を食おう」
 新婚の夫婦のような演出をする市原に、滝川は戸惑いを隠せない。市原は、滝川をじっと見つめながら箸を進めていった。滝川は下を向いたまま箸を取った。
 「これは絶対危ない。清子さんがいてくれたら、市原はそんなことをしないだろうに。なんと言って断ろうか?」
 そんな滝川の思いとは裏腹に、市原はせっせと準備を進めていった。

 ビールを飲ませて酔い潰そうと思ったのに、市原は食事の最中にビールを1本飲んだきりで、それ以上は飲もうとしない。
 食事の後片付けが終わると、滝川は入浴した。
 (あああ、いやだな)
 そうため息をつく。だけど、どうしようもない。市原が要求すれば拒否できないのだ。滝川にはそれがよく分かっていた。
 できるだけ時間を引き延ばそうとゆっくり風呂につかり、髪の毛を洗ってリンスまでした。
 バスルームを出て、髪の毛をドライヤーで乾かして、下着を身に着けてパジャマを着てリビングに戻ると、市原がソファーから立ち上がって滝川の手を引いた。
 「兄貴・・・・」
 「兄貴じゃないだろう?」
 「・・・・今日もやる気なの?」
 「まだ10万分払ってもらってない。そうだろう?」
 滝川は、仕方なく項垂れながらベッドルームへ市原に手を引かれて入っていった。