いつのまにか眠っていたようだ。目を開くと、滝川の目の前に市原のひげ面があった。
(昨夜、市原に無理やり・・・・)
思い出すと涙が出た。滝川はベッドから抜け出して、シャワーを浴びた。涙がいつまでもあふれ出た。
体を拭いてシャワールームを出たものの、着るものがない。仕方なく、昨夜のようにバスタオルを胸に巻いてリビングのソファーに座った。
まるで無理やり処女を奪われた少女のように、小さくなってソファーに座っていた。空腹なのに、何も食べる気はしなかった。
かなりの時間がたって、ベッドルームから市原が出てきた。丸裸のまま、真珠の埋め込まれた逸物をぶらぶらさせながら、滝川には目もくれずにバスルームへと入っていった。
シャワーを浴びる音、歯を磨く音がしていた。
「おい! ケン! コーヒーを入れろ!!」
この部屋に泊まったときは、滝川はいつもコーヒーを入れさせられていた。滝川ははあとため息を一度ついてから、キッチンへ行ってコーヒーを入れ始めた。
コーヒーの茶色い液体がぽたりぽたりと落ちていくのを、滝川はいつまでも見つめていた。
「おい! コーヒーは、まだか?」
トランクス一丁で、バスタオルで髪の毛を拭きながら市原が叫んだ。
「すぐ持っていきます」
滝川は、コーヒーカップを抱えて、リビングへ運んでいった。市原は、滝川の姿を見て、にやりと笑ってからカップを受け取り、美味そうに飲んだ。
「お前の入れたコーヒーは、美味い」
「ありがとうございます」
「こうして明るいところで見ると、体はやっぱり男だな」
呟くようにそう言った。
「そりゃそうですよ。顔はともかく、体の方はシリコンのバッグを入れただけですから」
「ホルモン、飲むか?」
「いやだって、言ったでしょう?」
「・・・・そうか。ま、女物の服を着れば、誤魔化せるか」
女物の服なんて着たくはないけれど、警察の目を誤魔化すには着るしかないなと滝川は思っていた。
「ケン! 新聞を取ってこい」
「はい」
玄関から新聞を取ってくると、市原はコーヒーを飲みながらじっと読み始めた。手持ち無沙汰の滝川は、テレビのスイッチを入れて見始める。主婦向けのくだらない番組が流れていた。そのくだらない番組を、滝川はぼんやりと眺めていた。
昼近くになって、市原の情婦・清子がやってきた。
「遅いじゃねえか」
「遅くなんてないわよ。わたしが9時に起きるなんて、学生のとき以来よ」
清子は、ドンと袋を床の上に置いた。
「買い物するのも大変だったんだから」
「すみません」
滝川は清子に頭を下げた。
「いいわよ。サイズは合うと思うけど、さあ、着てみて」
清子が滝川に手渡したのは、ブラジャーだった。男の感覚としては、パンツが先だと思ったが、滝川は黙ってそのブラジャーを受け取った。
「さあ、早く」
滝川はブラジャーを手にして固まっていた。
「どうすれば・・・・」
「ストラップを通してから、カップをおっぱいに当てて、後ろでホックを留めるの」
言われたとおりにやろうとしたけれど、左手がホックに届かない。
「体が硬いのね。まあ、男だから仕方ないか。手伝ってあげる」
言いながら、清子が滝川の背中に回って、ブラジャーのホックを留めてやり、カップとストラップを少し調整してやる。
「どう?」
「あ、うん」
「どうなのよ?」
「ブラジャーって、気持ちいいもんなんですね。さっきとぜんぜん違いますよ」
「そうよ。特にあなたみたいなデカパイには、ブラは必需品よ」
ブラジャーをするまで異物がくっついているように感じていたのに、今は大きな乳房が体の一部のように感じている滝川だった。手術されてから、初めて感じる快適さだった。
「手が後ろに回らないのなら、ホックを前で掛けてからカップを前に回して、上へずりあげるの。そうしてからストラップを通せばいいわ」
「分かりました」
そう答えたものの、滝川は清子が言ったことを完全には理解していなかった。
「次は、これをはいて」
「なに? これ? 普通のパンティーじゃないんだね」
横から市原も興味深そうに見た。
「ガードルショーツ。普通のショーツとガードルの中間て感じかな? あなたのその股間のものを少しでも隠さないといけないでしょう? 普通のショーツじゃ無理だからね」
「そうですね」
「さあ、はいてみて」
滝川は、清子に背中を向けて、手渡されてガードルショーツを膝からあげていった。
「ちょっときついみたいだけど」
「それでいいのよ。上まであげて」
かなり苦労して滝川はガードルショーツを引き上げた。
「まだ膨らみが目立つわね」
滝川の股間はかなり盛り上がっていた。
「ケン! 事のついでに、そいつもちょん切ったらどうだ?」
「兄貴。馬鹿なこと言わないでくださいよ」
市原は肩をすくめた。
「ケンちゃん。ペニスを後ろに曲げられない?」
「後ろにですか?」
「そうよ。少しおろして、後ろにやってみて」
滝川は言われたとおりに、ガードルショーツを少し下ろして、ペニスを後ろに回してから、もう一度引き上げた。
「それでいいわ」
「ちょっと痛い」
「我慢、我慢」
「これじゃあ、おしっこ、できないよ」
「立ってするつもりなの? 女は座ってしなけりゃ」
「・・・・そうでしたね」
滝川は、膨らみの目立たなくなった股間をじっと見下ろした。
「次はこれね」
清子が取り出したのは、胸元と裾にレースの付いたスリップだった。滝川は、一瞬考えた後、頭からスリップをかぶった。
「ひょうっ! そそられるね」
見ていたテレビから、視線を滝川のほうへ向けて、市原が口笛を吹いた。
「何言ってんのよ。ケンちゃんは男でしょう? あんたは男に欲情するの?」
「あ、いや、そうだな」
市原は、慌てて視線をテレビへ戻した。
「・・・・おかしいわね。あんた。まさか」
「まさか、なんだ?」
テレビを見たまま振り返らないで市原が聞く。
「ケンは男。おまえがそう言ったじゃないか」
「男でも、その気になれば相手ができるわ」
「妙なことを考えるんだな。俺にはそんな趣味はない。なあ、ケン?」
話しを振られて、滝川は一瞬戸惑う。
「は、はい」
滝川は、下を向いたまま曖昧に返事をした。
「ま、いいわ」
清子は、市原から滝川へ視線を戻す。清子は、市原と滝川が妙な関係になっていることを疑っていた。しかし、もうそれ以上追求しなかった。追求したところで何のメリットもないことを知っていたからだ。
それを押して追求したところで、市原は絶対否定するに違いないし、あまりしつこくすると怒り出すのは目に見えていた。
(滝川だって、自分から進んでするはずがない。もししたとしたら、市原が無理やり強いたに決まっている)
清子は、ちょっと滝川のことが気の毒になった。しかし、そんなことは表情に出さなかった。
「ちょっと短いですね」
滝川が、話しを逸らすように言った。スリップの丈は、滝川がはいたガードルショーツを隠すほどの長さしかなかったのだ。
「それでいいの。長いとスカートから出るからね。はい、スカート」
「こ、こんな短いスカートなんて、はけないですよ」
清子が滝川に差し出したのは、黒を基調として、細かい柄の入ったかなり短いものだった。
「それでいいの。女はスカートだって、昨日、言ったでしょう?」
「それは分かってますけど、もっと長いものから慣れさせてください」
「そんな時間があるの? 早く慣れるためには、短いものから始めた方がいいの。分かった?」
強くそう言われれば、滝川としては反論できない。しぶしぶ頷いた。
「さあ、さっさとはいて! 次もあるんだから」
滝川は、スカートのファスナーを下ろして足を通した。
「ファスナーは後ろ側よ。回して」
前でファスナーを上げた滝川は、慌ててぐるりとスカートを回す。パンツはいったん脱がなきゃならないけど、スカートは回せるんだと、妙な感慨にふけっていた。
「これを上に着て」
清子は、赤紫色のTシャツを滝川に手渡す。7分袖でVネックのものだった。
「似合うじゃないか」
市原が、滝川を見上げる。滝川は顔を真っ赤にした。
「なんだ。恥ずかしいのか? 恥ずかしがる必要なんてないさ。おまえにはそれがお似合いなんだからな」
「そうよ。ほんとよく似合うわ。欲を言えば、やっぱりウエストね。もっと細くならなきゃ」
「そうなる前にほとぼりが冷めて、男に戻ります」
「おまえは、ずっとそのままのほうがいいように思うがね」
意地悪そうな目で市原が言った。ちらりと清子を見ながら言ったところを見ると、市原は滝川との関係を続けたいように見えた。
「ケンちゃん、そんなに膝を広げちゃだめよ。もっとくっつけて」
「こう?」
「そうそう」
「ひどく窮屈だよ」
「踵をもっと離したらいいわよ」
滝川は言われた通りに踵を離してみた。窮屈さは軽くなった。
「はっ、はっ、はっ、はっ」
内股にしてなよなよとしている滝川を見て、市原が笑う。
「酷いよ。そんなに笑うなんて」
「いや、すまん。しかし、おかしいな。はっ、はっ、はっ」
「あんた。ケンちゃんが真剣にやってんだから、笑わないでよ」
市原は、テレビのほうを向いて、声を殺して笑いつづけていた。
「髪の毛は、ケンちゃんが切ったの?」
「兄貴だよ」
「そうでしょうね。ちょっと切り直してあげるわ」
清子は、切った髪の毛が散らからないように、滝川の髪を切りそろえていった。
「さあ、これでよしと。次はお化粧ね」
そう言われることは覚悟していた滝川は、小さく頷いた。
「ドレッサーの前に座って。毎日わたしがしてあげるわけにはいかないんだから、手順をよく覚えるのよ」
「はい」
「ケンちゃん、あなた、髭がほとんどないのね」
「福沢先生に脱毛されたんです」
「なるほど。じゃあ、始めるわよ」
清子は、いちいち手順を滝川に確認させながら、化粧を施していった。
「おい、清子。腹が減った。何か作れ」
ドレッサーのあるベッドルームへ顔を出した市原は、そう言ってから口をぽかんと開けた。
「ほう・・・・。馬子にも衣装とは言うが、ケン! おまえ、ほんとに女に見えるぞ」
化粧を施された滝川の顔は、市原が言うまでもなく、かなりの美人に見えた。二重でパッチリとした瞳。細く通った鼻筋。ちょっと厚めの小さな唇。化粧によって、それらがさらに調和を増して、とても男には見えなかった。
「自分でも驚いてます」
「清子より、よっぽど綺麗だ」
清子が市原を睨みつけた。
「あんた。ほんとにケンちゃんに手を出すんじゃないわよ」
「出さない、出さない。それより、飯だ。腹減って死にそうだ」
はぐらかすようにそう言って、市原はリビングへ戻っていった。
「はい、はい。すぐに作ります」
「ケンちゃん。あなたも手伝って」
「俺もですか?」
「そう。お料理するのも、女の嗜みのひとつですからね」
「・・・・分かったよ」
「あのね、ケンちゃん?」
「なんですか?」
「言葉遣い。あなたみたいな人が、そんな言葉じゃおかしいわ。女言葉を使わなきゃ」
「女言葉・・・・」
「そうよ。おかまみたいに、妙に女っぽくする必要はないけど、自然な女言葉を使わないとおかしいわよ。分かった?」
「分かった」
「それじゃあ、だめよ」
「分かったわ」
「それならオーケーよ。じゃあ、キッチンへ行きましょう」
滝川は清子と並んでキッチンに立った。清子に言われるままに包丁で野菜を刻む。生まれてこの方、そんなことをした事がないので、なかなかうまくいかない。
「くそ!」
「女の子は、そんなはしたない言葉は使わないの!」
清子に何度も怒られる。
「ほらほら、膝が開いてるわよ」
滝川はノイローゼになりそうだった。それでも何とか、清子と一緒に3人分の食事を作った。
「ケンちゃん、膝が開いてるってば。ショーツが丸見えよ」
滝川は慌てて膝を閉じた。
「俺、泣きたいよ」
「言葉、言葉」
滝川は項垂れる。
「そんなにがつがつ食べないの! ほら、こんな風に上品に」
「ほら、膝が開いてるって」
「そんなに唇を嘗めたらだめよ」
「そんな飲み方じゃだめ」
清子が矢継ぎ早に注意を与えた。
「こんなのもういやだ」
滝川は嘆く。
「ムショに行きたくなかったら、頑張るんだな」
そんな市原の言葉に、10年ムショ暮らしをするくらいなら、頑張るしかないと思う滝川だった。
食事が終わって、滝川は清子と一緒に食器の後片付けをした。
「あああ、割っちゃった」
「だって、滑ったんだもの」
「慣れないのは認めるけど、少しは慣れる努力をしないとね」
「やってます」
「はい、はい。頑張んなさい。じゃあ、後片付けが終わったら、女のしぐさを徹底的に教えてあげるわ」
「お世話になります」
せっかく清子がやってくれているのだから、従うしかないと滝川は思う。
午後の時間、清子は、滝川に歩き方や座り方、話すときの仕草などを教え込んだ。簡単にはいかなかったが、夕方近くにはかなり女らしい仕草ができるようになっていた。
「清子。仕事には行かないのか?」
食事が終わって出かけていた市原が帰ってきて、清子にそう尋ねた。
「今日は、ケンちゃんのために休みを取ったのよ。だから、夕食も作ってあげるわ」
「そりゃ、すまんな。ケン! おまえも礼を言うんだな」
「はい。ありがとうございます。わたしのために」
「いいのよ。結構楽しんでるから」
清子は確かに面白がってやってるようだった。一方、市原は少し不満そうにしている。恐らく、清子が邪魔なのであろうなと滝川は思った。しかし、清子がいれば、今晩は市原の相手をさせられることはないだろうと、ちょっと安心していた。
夕食を済ませたあと、市原、清子、滝川の順に入浴した。滝川が、体を洗ってバスルームを出ると、下着は女物だったが、パジャマが揃えられていた。ピンク色だったけど、ネグリジェじゃなかったので、滝川はほっとする。
「ケンちゃん、あなたはそっちのソファーで寝てね」
ビールを飲みながら、テレビを見た後、市原の腕にぶら下がって、清子が言う。
「はい」
滝川は、毛布に包まってソファーの上に横になった。
(疲れたなあ・・・・。あああ、こんなことになるなんて。福沢先生のところになんて、行かなきゃよかった。だけど、あのときは強盗強姦殺人の罪で死刑になるかもしれないって思ってたからなあ)
清子の大きなよがり声を聞きながら、滝川は眠りに落ちた。