第11章 破綻

 ペニスがなければ、滝川は完璧な女だ。スタイルもよく美人だ。ペニスがなければ・・・・。いや、ペニスがあるからこそ、市原は滝川ののめりこんでいたのだ。これは、アナルファックをやったものだけにしか分からない。アナルファックの味を覚えれば、女となどと二度とセックスしたくなくなる。
 市原が清子とセックスするのは、これまでの義理でしかない。追い出そうとすれば、追い出せないことはないが、市原の秘密、滝川とセックスしているだろうことを他人にばらされたくなかったから引き止めていた。

 滝川が市原のマンションに住み始めて約1年が経過した。ふたりの関係は、いまだに清子にはばれていない。しかし、とうとうそれがばれる日がきた。
 その日、セクシーな下着を身に着けた滝川の挑発に乗って、市原は完全に理性を失っていた。時間がたつのも忘れて、滝川と戯れていた。
 はっと気がついたとき、ベッドのそばに清子が立っていた。
 「あんた! これはどう言うこと!!」
 全裸でうつ伏せになって尻を上げている滝川に、市原は同じく全裸で、その自慢のペニスを滝川の肛門に突き立てていた。清子の声が聞こえたのか聞こえないのか、滝川は喘ぎ声をまだ上げていた。
 「ケンちゃんは、男なのよ。よくそんなことができるわね!」
 この状態では、申し開きはできなかった。清子の怒りがかなりのものだと言うことは、いつも滝川のことをナオコと呼ぶのに、今はケンちゃんと呼んでいることでも分かる。
 「ケンちゃんもケンちゃんよ。こんなことは絶対しないなんて言っておきながら」
 このときになって、滝川は、清子の存在に気づいたが、快感でまだぼんやりしていた。
 「散々わたしの世話になっておきながら、なによ!! 泥棒猫のような真似をして! あんたなんか、さっさと出て行きなさい! なにしてんのよ! 出て行きなさいって言ったら、出て行くのよ!!」
 清子は、凄まじい剣幕で泣き叫んだ。滝川は、市原の顔を見る。市原は、肩を竦めた。
 「ナオコ。こいつの機嫌が治るまで、しばらく、近くのホテルにでも行ってろ」
 「機嫌が戻るわけないでしょう! もう戻ってこなくていいわ。戻ってきたら、サツに突き出すからね!!」
 滝川は、下着を身に着け、最近外出したとき市原が選んでくれたワンピースを着ると、バッグを持って玄関へ向かった。
 市原が滝川を追いかけてきて、万札を何枚か渡した。
 「清子がいない隙に電話しろ。いいな」
 「はい」
 「浮気するんじゃないぞ」
 「分かってる」
 「気を付けてな」
 清子に見えないように、市原は滝川にキスして送り出した。

 市原のマンションから外に出た滝川は、不安げに市原の部屋を見上げた。
 「このまま、戻れなくなるのでは・・・・」
 滝川は、ここ一年、まるで市原の妻のようにして暮らしてきた。炊事、洗濯、部屋の掃除。それに夜の生活。そんな生活に安住していたのに、突然追い出されて困惑していた。
 「もし、戻れなかったら、どうやって暮らしていこう?」
 考えがまったく浮かばなかった。
 「市原は、隙を見て電話しろと言った。わたしを決して見捨てないわ」
 そう思い直して、滝川は新宿まで出ると、京王ホテルに部屋を取った。

 滝川を追い出したあとも、清子の怒りは収まらなかった。部屋の中のものを手当たり次第市原に投げつけた。
 「いいかげんにしないか!」
 市原の手が飛んだ。ぶたれた頬に手を当てながら、清子が泣き叫ぶ。
 「あいつと手を切って。お願い。わたしがあなたをどれほど愛しているか、分かっているでしょう?」
 「分かってるさ。だが、それとあいつのことは別だ」
 「男のあいつとのセックスがそんなにいいの?」
 市原は黙り込む。それは、清子の言い分を肯定したからに他ならなかった。清子は、女としての自尊心を傷つけられ、切れてしまって言ってはならないことを口にした。
 「女より男がいいなんて、このホモ野郎! お前なんか、死んじまえ!!」
 「なにを!!」
 再び市原の拳が飛んだ。清子の口から鮮血がほとばしり出た。市原は、清子を殴りつづけた。
 「止めて! あんた!! 止めて!」
 「やかましい! 死ぬのはお前だ!」
 清子が抵抗できなくなってぐったりなっても、市原は清子を殴りつづけた。

 滝川は、京王ホテルの一室で、不安な一夜を明かした。市原に早く電話したかったけれど、夕方まで清子がいるだろうから、電話できなかった。
 朝食も昼食も取る気にならなかった。しかし、午後2時ごろになって、あまりの空腹に耐えられなくなって、ホテルの喫茶店でスパゲティーを頼んだ。それも半分ばかり残して、フォークを置いた。
 壁に掛けられた時計を見ると、午後2時40分だった。意地悪にも時計の針がいつもより進むのを遅くしているように感じられた。
 「お嬢さん、おひとりですか?」
 そんな声に顔をあげると、中年の優しそうな紳士が立っていた。
 「ご一緒してよろしいか?」
 中年紳士のナンパのようだ。こんなのを相手にはできない。
 「3時に待ち合わせですから。もうすぐ来ると思います」
 「3時ですか。それでは少しの間、おしゃべりの相手をしていただけますか?」
 丁寧なものの言い方に拒否はできなかった。
 (3時まで15分あまり、3時になったら、この紳士はどこかへ立ち去ってくれるだろうか? それとも誰も来ないのを知って、さらにわたしに迫ってくるだろうか?)
 その紳士の話しを漠然と聞きながら、滝川はコーヒーを飲んだ。

 3時になった。当然誰もやっては来ない。その紳士も立ち上がろうとはしなかった。
 「待ち人来たらずというところですかな? あなたみたいな美人を待たせる男の気が知れませんな」
 「もう少しすれば来ると思います」
 「そうですかな? もしかすると、わたしを待っていたのでは?」
 「えっ!」
 滝川は首をかしげた。
 「男なら誰でもいいんでしょう?」
 「ち、違います!」
 「そうですか? わたしには、そんな風に見えましたが」
 その時になって、滝川は気づいた。滝川が着ている服は、市原が気に入って買ってくれたものなのだが、かなり派手でお水風の服なのだ。その紳士は、滝川のことを、ホテルでお客が誘ってくるのを待っている娼婦と間違えているようだ。
 「それに、お嬢さん、あなた、ニューハーフでしょう?」
 違いますと答えて、その場を立ち去ればよかったのだけど、図星を突かれて気が動転していた滝川は、青ざめて茫然と椅子に座っていた。
 「部屋を取ってあります。付き合ってもらえますか?」
 滝川は首を振る。
 「わたしのような年寄りとではだめですか?」
 滝川は、曖昧に頷く。
 「あなたが気に入りました。是非付き合ってください。でないと、大きな声であなたがニューハーフだと叫びますよ」
 「や、止めてください」
 「じゃあ、いいですね」
 やむを得なかった。こんな場所で、男だとばらされるわけにはいかなかった。

 その紳士はいくつくらいだろうか? 50台半ばのようだ。着ているスーツは、かなり高級品のように見えた。
 部屋に入ると早速キスされた。その紳士は、キスしながら、滝川の着ていたワンピースを脱がしていった。背中のファスナーがちりちりと下ろされていく。
 市原とはほとんど入浴後だったから、下着姿か全裸で、こんな風に服を脱がされたことがなかった。半ば脅されてこの部屋まで来たけれど、そんな状況が滝川を興奮させていた。
 「でかいな。自前じゃないだろう?」
 「はい」
 「そうか・・・・」
 ブラジャーが外され、乳首を吸われた。市原も丁寧だが、それとは違う丁寧さで、紳士は滝川の上半身に舌を這わせた。
 ベッドに押し倒され、ガードルとショーツを脱がされた。いつになく勃起していた滝川のペニスに舌が這わされ、銜え込まれた。市原にフェラチオなどほとんどされたことのない滝川は、興奮の坩堝に落ちていった。小さく痙攀して、射精したようだった。しかし、紳士はフェラチオを続けていた。
 しばらくして、紳士は着ていた服を脱ぎ始めた。滝川はどうしていいのか分からず、ベッドに横たわっていた。
 「頼むよ」
 突き出されたそれほど大きくはないが、勃起したペニスを滝川は口の中に含んだ。フェラチオは、市原に誉められるほど上達している。滝川は丁寧に舌を使い、唇をすぼめて吸った。
 「ああ、最高だ。君はとても上手だ」
 そう漏らすのに、紳士のペニスはそれほど固くはなかった。
 「君の中に入れたい」
 正常位なのだろうか? バックなのだろうか? 滝川は迷う。
 「君の顔を見ていたい」
 そう言われて、滝川は両足を広げて膝を引き寄せた。紳士が入ってきた。市原のものより小さいので、容易にそれを受け入れることができた。市原とするときのように、肛門に力を入れて収縮させる。
 「おうっ! よく締まる。おおっ!」
 滝川の収縮をしばらく楽しんだあと、紳士は腰をゆっくりと動かし始めた。気が遠くなるくらい長いピストン運動のあと、紳士は滝川の中へ放ってきた。少し気持ちがよかったが、絶頂とまではいかなかった。しかし、紳士を喜ばせるためにちょっと演技をしてみた。
 「あううん・・・・」
 背中にかけた両手に力をこめて、ぎゅっと抱きしめてやった。嬉しそうな表情を浮かべる紳士の顔が目の前にあった。

 しばらくして、滝川はバスルームへ入ってシャワーを浴びた。市原以外の男に抱かれるつもりなど毛頭なかったのに、ことの成り行きでこうなってしまった。
 (浮気するなって言われたのに、市原になんと言おう?)
 滝川は、まるで不倫したかのような気分になっていた。

 バスタオルを胸の上に巻いて出ると紳士は財布を取り出していた。
 「いくらだ?」
 「わたし、そんなつもりじゃ・・・・」
 紳士はちょっと驚いたような顔をした。
 「これを生業にしているのじゃないのか?」
 「違います」
 滝川ははっきりと答えた。
 「・・・・そうか。それなら、金を渡すのは失礼かもしれんが、わたしの気持ちだ。取っておいてくれ」
 紳士は、財布から万札を何枚か取り出して滝川に手渡した。
 「こんなもの、受け取れません」
 「いいから、受け取りなさい。ニューハーフだとばらすと脅して、無理やりセックスした罪滅ぼしだと思ってくれ」
 紳士は滝川に札を握らせた。
 「じゃあ、遠慮なく」
 滝川が服を着始めると、紳士はバスルームへと消えた。滝川は、その間に部屋を出た。別れの言葉をかけた方がよかったかなと思ったが、オートロックの扉が開かなかったので、そのままエレベーターへ向かった。
 紳士に渡された金は5万だった。顔を合わすといけないと思い、滝川はそのままホテルを出て新宿駅へと向かった。

 時計は午後5時半を指していた。駅の公衆電話から、市原のマンションへ電話した。しかし、何十回コールしても市原はもちろん、清子も出なかった。
 駅ビルの二階にあるレストランで夕食を取ってから、再び市原に電話した。このときも、市原は電話に出なかった。
 「どこへ出かけたのかしら?」
 市原は携帯を持っている。しかし、滝川が市原の携帯に電話することはなかった。だから、番号は覚えていない。マンションに帰ってくるのを待つしかない。
 市原のマンション近くまで戻ろうと思ったけれど、清子に見つかったら、どうなるか分からないので、駅ビルの中の店を転々としながら1時間おきに電話を掛けつづけた。

 市原に電話がつながったのは、午後11時過ぎだった。
 「よかった。やっとつながったわ。マンションに帰ってもいい?」
 「ちょっと待て、清子がもうすぐまた来るだろうから、明日の夕方、そうだな、午後6時くらいに、もう一度電話をくれ」
 「清子姉さん、怒ってるでしょうね」
 「かなりな」
 「許してくれないんでしょう?」
 「俺には、愛想が尽きたと言ってた」
 「じゃあ、あんたと別れるって言ってるのね」
 「まだ、はっきりしない。今晩ここへ来たら、はっきりするだろう」
 「だから明日なのね」
 「そうだ」
 「もし、今晩別れるってはっきりしたら、明日の朝には、そこへ行ってもいいんじゃあなにの?」
 「いや。どうなるか分からないから、ともかく夕方6時まで待ってくれ。いいな」
 「はい」
 マンションへ帰れないので、センチュリーハイアットホテルに部屋を取った。

 清子との話しはどうなっただろうか? 不安と期待で、なかなか眠れなかった。午前3時の時報を聞いたあとどうやら眠ったようだ。目がさめたのは、午前9時過ぎだった。
 滝川は、電話を取った。しかし、市原は午後6時に電話しろと言った。もし、清子がいて、別れ話がふいになってはいけないと思い直して受話器を置いた。
 再び長い一日が始まった。滝川は、デパートの中をうろうろとし、前日手に入れた5万を使って、下着を二組とワンピースとブラウス、スカートを買った。
 午後5時を過ぎた頃、滝川は、絶対市原は清子と別れて一緒にいてくれると妙な確信を持っていた。市原のマンション近くまで帰って、いつも買い物に行くショッピングセンターで市原の好物を買いこんで午後6時を待った。

 午後6時の時報が鳴るや、滝川は市原のマンションへ電話をかけた。
 「もしもし、わたし」
 「ああ、ナオコか。どこにいる?」
 「マンションの向かいにある公衆電話の中よ」
 「すぐに来い」
 「い、いいのね!」
 「ああ。清子は、出て行った」
 「すぐにあがるわ」
 喜びで有頂天になって、滝川は市原の部屋へ上がっていった。

 マンションのドアを開けると、滝川は手にして荷物を床に放り出して、市原に飛びついた。
 「おいおい、苦しいじゃないか」
 「あんた、大好きよ」
 「分かってるさ。俺だって、お前のことが好きだ」
 「清子姉さんは大丈夫なの?」
 「大丈夫って?」
 「わたしのことをサツにばらすって言ってたでしょう?」
 「ああ、そのことか。それなら大丈夫だ。絶対ばらさないと約束させた」
 「ほんとに?」
 「ああ。だから安心していいぞ」
 「嬉しいわ」
 滝川は、市原に激しくキスの雨を降らせ、そのまま抱いてくれるよう、市原にせがんだ。
 「それより腹が減った。飯を食ってからにしよう。今晩からは、誰にも邪魔されないで楽しめるからな」
 「分かったわ。じゃあ、夕食、作るわ。あんたの好きなものを買ってきたんだ」
 「それは楽しみだ」
 滝川は喜びに酔いしれていたから、リビングの床に敷かれていた絨毯が新しいものに取り替えられていたことに気づかなかった。