第9章 再会

 月明かりだけの暗い夜道を国道に向かって歩く。市内からここへ来る道は、これしかない。わたしになった大島渚がやってきたら、すぐに分かるはずだ。
 途中で二度ほど転んで、膝を擦りむいた。
 円城寺家入り口のT字路を左へ曲がる。右は展望台へ上る道だ。大島渚が下ってくることはまずない。

 T字路を国道へ向かって歩き始めて5分ほどしたとき、下から車のライトが上ってきた。わたしはどきりとして佇んだ。わたしになった大島渚がやってきた!? ライトの位置が高い。4WD車の高さだ。4WD車!? まさか、またあの男では?
 「よう、また彼氏と喧嘩したのか?」
 車のウインドウが下がって顔を出したのは、信じられないことに、やっぱり、またあの鈴木一郎だった。
 わたしは返事をせずに車のそばを行き過ぎていった。ハイラックスがバックしてきて、わたしの横に停まった。
 「渚ちゃん、国道まで歩くつもり?」
 こんなロンゲ男に関わっている場合じゃない。
 「ほっといてよ」
 「4キロあるんだよ。綺麗な脚に豆ができちゃうよ」
 「豆なら、もうできてるわ」
 わたしは、歩き続ける。ハイラックスは、わたしの足にあわせてゆっくりバックしてくる。
 「ホントに歩いていくの?」
 「歩くわ」
 突っ慳貪にそう答える。
 「そんなに無理しなくてもいいのに」
 「じゃあ、乗っけてくれるの?」
 「ただじゃあねえ」
 「お金は出すわ」
 「お金ねえ」
 鈴木は意地悪そうに答える。
 「お金は要らないから、代わりに、今晩、付き合ってくれよ」
 そう言うと思った。わたしは立ち止まって、あかんべえをした。
 「い・や」
 「そう言わないでさあ」
 「いやだと言ったら、い・や・よ」
 わたしは再び歩き始める。ハイラックスもバックしてきて、再びわたしの横で停まる。ウインドウから鈴木が顔を出す。
 「今日は、4万出すよ」
 「いや」
 「じゃあ、5万」
 「いくら言っても、今日は絶対イヤ」
 「・・・・仕方ないなあ。ただで乗っけてやるよ」
 「ほんとに?」
 「好きな女が、苦労するのは見たくないからな」
 下心みえみえだ。乗せてしまったら、なんとかなると思っているのに違いない。しかし、4キロ歩くよりはいい。国道近くの信号で停まったら、有無を言わせず、降りてしまえばいいのだ。

 車の中には、ELTの曲が流れていた。わたしもELTは好きなグループだ。大島渚であるわたしは、この曲好きよと言えるけれど、大沢光博だったら、とても公言できない。
 「趣味が合うんだね」
 「そうかしら?」
 わたしは、そっけなく答える。鈴木は、わたしの機嫌を取ろうと、話しを続ける。
 「この前、渚をこの道で拾ったときは、結構ケバイ化粧をしていたけど、今日は化粧してないんだね」
 「そんなこと、わたしの勝手でしょう?」
 「そりゃそうだけど・・・・。渚は、化粧しないほうがいいな」
 化粧しない方がいいなってことは、素顔がいいと言うことだ。女にとっては、かなりの誉め言葉だ。しかし、わたしは動じない。
 「そういやあ、渚。髪形も変えたんだね」
 「単なる気分転換よ」
 わたしは、ぶっきらぼうに答える。
 「すっごく似合うよ、渚」
 「渚、渚って、呼び捨てにしないでよ。そんな仲じゃないんだから」
 「あんなことした仲なのに?」
 「一晩だけじゃないの。それもお金で済ませた関係なのに・・・・」
 「俺は、金で済ませたと思ってないよ」
 鈴木は真顔になって、そう言う。
 「どう言う意味?」
 「渚のことが好きだってことだよ。一目惚れってことかな?」
 「ば、馬鹿なこと言わないでよ」
 わたしは、動揺する。それもかなり・・・・。
 「渚も、俺のこと、好きなんだろう?」
 「勝手に、そう思ってなさいよ」
 「そんな顔すると可愛いよ」
 参った。ああ言えば、こう言う。黙っているに限るのか。しかし、つい言葉が出た。
 「鈴木さん、あなた、独身なの?」
 「勿論さ。そうでなかったら、渚を口説いたりしないさ」
 「口説くのはいいけど、あなた、いくつになるの?」
 「ちょうどだよ」
 「ちょうどって、30ってこと?」
 「そうだよ。渚と年関係がちょうどいいだろう?」
 「ちょうどいいって、わたしはいくつだと思ってるの?」
 「26。もしかすると7。ちょっと上に見すぎたかな?」
 わたしは、笑ってしまった。鈴木は不思議そうな顔をしている。
 「何だよ。何で笑うんだよ。違うのか? もっと上だってことか?」
 「ずっと上よ。あなたよりも」
 「うっそだろう? 信じらんねえよ」
 「だから、諦めなさい。年下を探したほうが無難よ」
 「なあ、いくつなんだ? 教えてくれよ。なあ、渚」
 「女に年を聞くものじゃないわよ。それから、渚って気安く呼ばないでって言ってるでしょう?」

 国道に交差する場所に信号で停まった。信号で停まったら、飛び降りようと思っていたのに、そうはしなかった。なぜそうしなかったのか、自分でもよく分からない。
 鈴木は、面白い男だ。また抱かれてやってもいいなと思い始めていたのかもしれない。女として、まだ三日しか暮らしていないのに・・・・。
 3回の夜のうち、2回を男に抱かれて寝ようとしていることに、一番驚いているのは、わたし自身だった。

 由紀子や、わたしになった大島渚のことが気にならなかったわけではない。しかし、急ぐ必要はないと思った。彼女は、わたしが行くまできっと待っている。わたしが元に戻りたいのと同じで、彼女も元に戻りたいはずなのだから。そのために由紀子と言う人質を取ったのだから。

 「お腹減ったな」
 「飯食ってないのか?」
 「ええ。朝からずっと」
 「朝からずっと!? ダイエットか?」
 「そう言うわけじゃないんだけど、忙しくって・・・・」
 「そうか。実は、俺も夕飯食ってないんだ。この時間だから、ラーメン屋くらいしかないぞ」
 「それでいいわ」
 「じゃあ、行くか」
 鈴木は、わたしの機嫌がよくなったことを察して、嬉しそうにハンドルを切った。

 ラーメン屋で、ラーメンを2杯とチャーハンを一皿頼み、チャーハンを向かい合わせで両端から食べながら、ラーメンをすすった。結構美味しかった。

 ちりんと鈴が鳴って、人が入ってきた。ちらりと振り向くとふたりの警察官だった。わたしは、身を固くした。
 警察官を見ると、鈴木は立ち上がって近寄り、ふた言み言言葉を交わした。警官はすぐに出て行った。目を丸くしているわたしに向かって鈴木が言った。
 「高校の同級なんだ。昼間の狙撃事件の犯人を探しているって、言ってた」
 「そう」
 女を探していると言わなかったかとは聞けなかった。
 「どうした?」
 「なんでもないわ」

 「食った、食った。さあ、行くか」
 テーブルから立ち上がって、鈴木がわたしを見下ろす。わたしは、黙って立ち上がった。拒否しないのは、同意した証拠と判断したのか、鈴木は喜色満面の笑顔になった。
 「金払ってくる」
 鈴木は、ステップと踏むような軽やかな足取りでレジへと向かった。
 「1600円です」
 割り勘にしようとも言わず、鈴木が財布から千円札を二枚取り出して支払いをするのをわたしはじっと待っていた。

 鈴木が車に乗り込み、助手席のロックを外す。わたしは、躊躇せずに乗り込んだ。
 わたしには、迷いはなかった。明日、ことによると、命を奪われてしまうかもしれないのだ。最後となるかもしれない夜、ひと時の快楽に身を委ねて、何が悪いのだ。誰にも止める権利はない。そんな思いがしていた。

 国道を市外方向へ走って5分ほどのモーテルへと車は滑り込んだ。一階が駐車場、二階が部屋になっている、郊外でよく見かけるタイプのモーテルだ。空いている駐車場に車を入れ、階段を上る。
 やはり小さな窓。同じ言葉。
 「ご休憩ですか? お泊りですか?」
 鈴木は、今日は躊躇いもなく答える。
 「泊まりだ」
 一万円札から、千円札を何枚かおつりとして受け取ったようだ。部屋のドアが開き中へ入る。一昨日の部屋より、やや広めの部屋に、やはり少し飾りつけが豪華なダブルベッド。バスルームも特別な設備のないやや広めのものだ。

 時計は午後10時を刺していた。わたしはコートを脱いで、ソファーに掛ける。鈴木の目は爛々としていた。
 「シャワーじゃなくて、お風呂に入りたいんだけど、いいでしょう?」
 「ああ、暖まって来な」
 バスルームへ行き、お湯を溜め始める。部屋では、鈴木がテレビを点けて、ぼんやりと眺めていた。内容のない連続もののドラマが流れていた。
 鈴木のすぐそばで裸になる。別に恥ずかしくはなかった。
 「おっ! 今日は、白に統一か」
 「黒の方がそそられるんじゃなかったの?」
 「いや。白もいいな」
 「清潔な感じでしょう?」
 「渚に似合ってるよ」
 わたしは、ちょっと微笑んで、バスルームへ向かった。

 鏡の中の大島渚を見つめる。この女、大島渚を初めて見たとき、冷たそうな女だと思った。それは、目に現れた彼女の心なのかも知れない。復讐に駆られた狂気の目をしていた。少なくとも、今のわたしには、その冷たさはないと思う。今の大島渚は、美人だ。鈴木が一目ぼれするのも無理はない話しだ。わたしも、大島渚が好きになりつつある。万が一、このまま大島渚でいなければならないと言う事態になっても、なんとかやっていけそうな気がする。鏡の中の大島渚がわたしに微笑んだ。

 汗にまみれた髪を先に洗ってから、湯船に入った。手足を伸ばし、ゆったりと浸かる。寒さで冷たくなっていた手足に、感覚がゆっくり戻ってくる。それと同時に、この三日間の疲れが、じわりと落ちてゆく。
 体を洗おうと湯船を出ると、鈴木が入ってきた。
 「洗ってやるよ」
 「いいわよ。自分で洗うから」
 「遠慮するな」
 「遠慮なんてしてないわ」
 「いいから、いいから」
 スポンジにボディシャンプーをしみこませると、わたしの背中をこすり始めた。他人に背中を流してもらったのは、いつのことだろうかとぼんやり思う。5年以上前、ソープの女だっただろうか?
 「いや! くすぐったいわ」
 鈴木が、シャボンの付いた素手で、後ろからわたしの胸を撫で始めたのだ。
 「ふふふふふ」
 鈴木は、含み笑いをする。
 「くすぐったいってば! 止めてよ」
 「じっとしてろよ」
 嫌だと言っているのに、鈴木は止めない。
 「マットの上に仰向けになれよ」
 「なにするの?」
 「渚の大事なところを洗ってやるんだよ」
 「馬鹿なこと言わないでよ」
 「お願いだよ」
 今度は両手を併せて下手に出始めた。拒否しても、絶対止めそうにない。力ずくではやらないだろうとは思ったけれど、わたしは、もうどうでもいいやという気分になって、マットの上に仰向けになった。
 「これでいい?」
 「それでは、洗って差し上げます」
 悪いと思ったのか、さすがに指を入れてくることはなかったが、シャボンの付いた指で、わたしの敏感な部分を刺激した。さらに鈴木は、シャボンの付いた手で、わたしの全身を撫で回す。それまで醒めた気持ちでいたのに、そのぬるりとした感触で、わたしの中の性的快感が一気に燃え上がった。
 「感じちゃうじゃないの」
 「そうか? 今度は俺のを洗ってくれよ」
 起き上がって、雄々しくせり上がった鈴木を洗う。明るい光の下で見ると、一層大きく見えた。
 鈴木は、そのままフェラをやって欲しそうだ。わたしは、シャボンをお湯で流すと、むしゃぶりついた。一昨日、鈴木がやって欲しいと言っていたことを、わたしから進んでやった。シャボンが完全には落ちていないらしく、口の中にぴりぴりとした刺激が走った。
 「渚、もういい。おまえの中に出したい」
 お湯でシャボンを流しても、わたしの股間は粘液でぬるぬるだった。バスルームのマットの上で、鈴木に突かれた。気が狂わんばかりの快感だった。

 バスルームを出て、体を拭く間中、鈴木はわたしの体にタッチした。そのままベッドに倒れ込み、鈴木を受け入れた。騎上位とバックで二度達した。
 疲れた。

 午前2時過ぎ、やはり起こされて相手をした。こんな男と結婚したら、すぐに廃人になりそうな気がした。

 午前7時過ぎ、目覚めた鈴木が再び挑んできた。
 「今日は、仕事はいいの?」
 「今日は休み。一日中でもやれるよ」
 わたしは目を丸くした。
 「とんでもないわ。わたしは忙しいのよ」
 「昨日も忙しかったって言ってたな。何が忙しいんだ?」
 「あなたには言えないことよ」
 「そうか。俺には言えないことか?」
 腰を動かしながら、鈴木はちょっと寂しそうにそう言う。
 「手伝って貰ってもいい?」
 「もちろんだよ」
 「じゃあ、終わったら、わたしの言うことをきいてね」
 「了解しました」
 終わったらが一度じゃなかった。続けて三回なのだ。つくづく強い男だと感心する。