わたしになった大島渚は、捕まるだろうか? もし、捕まったとき、わたしも出頭し、事情を話す。人格を機械で入れ替えたなんて、荒唐無稽な話しを信じてもらえるのだろうか? いや、円城寺家の機械があれば、証明できる。
しまった。こんなことなら、やっぱり、事件になる前に、警察に出頭して、わたしになった大島渚の身柄を拘束してもらえばよかった。拘束してもらえなくても、監視してもらっておけば、銃を取り出したところで取り押さえられたはずだ。完全にわたしの判断ミスだ。
後悔したが、遅かった。またもや、後悔先に立たずだ。
わたしになった大島渚が捕まらなかったらどうするか? わたしだけが出頭して、機械を見せて、身の潔白を証明できるのだろうか? ・・・・できるかもしれない。佐々木なら、姿は違ってもわたしだと分かってくれるはずだ。
それに、このまま屋敷に行って、わたしになった大島渚と入れ替われば、わたしが狙撃犯として罰せられることになる。
わたしは警察に出頭することにした。事情を説明し、すべての情報を警察に与えるのだ。そうすれば、わたしになった大島渚が捕まる可能性が高くなる。捕まえてもらって、身の潔白を証明し、その上で大沢光博に戻るのだ。
もし、わたしが情報を流すのが遅れて捕まらなかったら、わたしは、大島渚として生きるしかなくなる。しかも、大沢光博が狙撃犯だというレッテルが貼られたままになる。義弟の佐々木に迷惑がかかってしまう。だから、早い方がいい。
この制服のままでは出頭するわけにはいかない。盗みを働いたものの言うことを信じてもらえるはずがないのだ。
6階に行き、隠していた服を取り戻し、隙を伺ってお客用のトイレに入りこんだ。個室の中で着替える。着替えているとき、人が入ってきたが、出て行くのを息を潜めて待った。
誰もいなくなったのを確かめて、個室を出て、身づくろいを直す。口紅を引きなおし、トイレを出た。
従業員の制服の入った袋は、ごみ箱に捨てておいた。見つかってもわたしの仕業とは思わないだろう。
わたしは、正面玄関で目を光らせていた警官に声を掛けた。
「わたしを探しているんでしょう?」
警官は、わたしの顔を驚いた顔で見た。
「ピンクのドレスは脱いだけど、狙撃を止めたのは、わたしです」
「ほんとうか?」
「嘘言っても仕方がないでしょう?」
「おい、部長に連絡しろ。女を確保したって」
「分かりました」
しばらくして、柳田がやってきた。
「ピンクのドレスの女はどこだ?」
「この女です」
警官が、わたしを指し示した。
「おまえだったのか」
おまえだった!? どういう意味だ?
「どうして、おまえが狙撃するのを知っていた?」
「佐々木刑事に話します」
「佐々木? 佐々木なら、まだ病院だ」
「重症なんですか?」
「弾が腕を掠めただけだ。大したことはない」
「よかった・・・・」
「よかった? あんなに恨んでいたのにか?」
恨んでいた? 佐々木を? この大島渚が?
「恨んでなんかないです」
「土浦が、取調べ中に死んだのは、佐々木のせいだ、殺してやると言って、泣き喚いていたじゃないか? そうじゃなかったのか? 何度も署に電話を掛けてきて、仕事の邪魔をしていて、信用できるか!」
土浦? 土浦だって? そう言えば、由紀子の誕生日に一緒に酒を飲んだとき、佐々木が、覚せい剤の摘発で逮捕した男が、取調べ中に心臓発作のため死んだと言う話しをしていたっけ。大島渚は、その男の情婦というわけか? 何度も電話して仕事の邪魔をした! だから、あの時、電話を切られたんだ。
テレビの画面を思い出した。あの時、銃を構えた大島渚。わたしになった大島渚は、大使を狙撃できるのにもかかわらず、躊躇っていた。銃口がふらふらと動いていた。大島渚は、大使を撃つか、佐々木を撃つか迷っていたのだ。そうか、そうだったのか。
そうすると、テツは、土浦という男の子分だろう。だから、土浦の情婦の大島渚を姉御と呼んでいたのだ。
佐々木への恨みだけならば、あんなに警備の厳しいときに狙わなくてもいい。大沢光博になっているのだから、佐々木はいつでも背を向けるだろう。そうすると、大使も狙っていたのは確かだ。大使を殺すついでに佐々木を殺す、いや、佐々木を殺すついでに大使を殺す。
どちらにしろ、両方の目的があったはずだ。大島渚は土浦というやくざのただの情婦だとすると、一緒に大使を殺すことを吹き込んだのは、あの、佐伯という男しかない。あいつが、テロリストなのだ。わたしを殴った手際のよさがそれを物語っている。
「どうした? 黙りこんで」
「ちょっと、考え事です。佐々木刑事は、来てくれるんですか?」
「病院へ連絡するが、どうしてまた、佐々木なんだ? ガセの情報を流して、佐々木を陥れようって寸法じゃないのか?」
「違います」
「ほんとに、あのときの女なのか? 大使の狙撃とおまえが関係あるとは思えないが」
大島渚が、そう言う女だとは知らなかった。これでは、佐々木が来なければ、何を言っても信じてもらえそうもない。その佐々木にも会わせてもらえることもおぼつかない。
出頭したのは失敗だった。やっぱり、わたしになった大島渚を追うべきだった。判断ミスばかりだ。これも女になったせいだろうか?
「柳田部長、無線が入ってます」
「なんて言ってるんだ?」
「大沢が、自由が丘病院に現れたそうです」
「自由が丘病院?」
自由が丘病院!? 由紀子の入院している病院だ。
「精神病院ですよ。ほら、北の森にある」
「ああ、あれね。どうしてまた、そんなところに?」
「大沢の妹を無理矢理連れ出したそうです。・・・・佐々木君の奥さんですよ」
わたしになった大島渚が、由紀子を連れ出した? どうしてだ?
「佐々木の連れ合い!? そうか、佐々木は、大沢の妹を嫁に貰ったんだったな。・・・・また、佐々木か。何の因果かねえ。よし、こいつを署に引き渡したら、そっちへ行くぞ」
「あのう、違います」
「何が違うんだ?」
「わたしじゃありません。わたし、嘘言ってたんです」
柳田は、わたしを見つめる。
「いや、違うな。ビデオで見たマネキン女は、確かにおまえだ」
「違います。わたしじゃありません」
「おまえにそっくりだった」
「他人のそら似です」
「もし、おまえでなくても、捜査かく乱で、お灸を据えなきゃな」
「お願いです。降ろしてください」
「だめだ。おい、サイレンを鳴らせ。急ぐんだ」
「了解」
運転手は、赤色灯を運転席の前に出すと、サイレンのスイッチを入れた。わたしたちの乗った覆面パトカーは、車の間を縫って県警へと向かってひた走った。
由紀子を連れ出して、どうするつもりだろうか? 佐々木への恨みがある大島渚。佐々木を殺し損ねたから、妻の由紀子を殺すつもりでは? いや、それなら、連れだす必要はない。病院で殺せばいいのだ。
ともかく、じっとしてはおられなかった。なんとか抜け出して、由紀子を救い出さなければ・・・・。
いわゆる刑事部屋というところで、女性刑事に引き渡された。
「木村さん。この女が、マネキンになっていたと言ってるんだが、事情聴取してくれ。俺たちは、大沢の捜索に出かける」
「分かりました。あなた、そこに座って待っててくれる? 他の仕事を片付けるから」
部屋の中には、刑事たちが数人いる。逃げ出そうと思えば逃げ出せるけれど、すぐに連れ戻されそうだ。
部屋の隅で、警察無線がガアガア喚いている。
「緊急、緊急。森田シティーホテルで、銃声がしたとの通報あり。森田シティーホテルで、銃声がしたとの通報あり」
刑事たちにどよめきが上がり、部屋の奥にいた一番上司らしい男が、刑事に指示を出して、現場へ向かわせた。
部屋には、奥に居る3人の刑事と、女性刑事、わたしだけになった。
「さあ。始めましょうか? あなたの名前は?」
わたしは、焦りを感じながらも、その女性刑事の質問に答えざるを得なかった。
「大島です。大島渚です」
「大島渚? どこかで・・・・。映画監督の名前でしょう。嘘言っちゃダメよ。ちゃんと本名をいいなさい」
わたしを睨み付けてそう言う。わたしも負けじと睨み返す。
「嘘なんか言ってません。それが本名です」
「ほんとなの?」
「ほんとです」
わたしはぶすっとして答えた。女性刑事は、わたしから目を逸らせて質問を続けた。
「住所は?」
住所? 住んでいる所なんて、わたしは知らない。
「今は住所不定です」
「ほんとに?」
「はい」
「まあ、いいわ。じゃあ、本籍地は?」
そんなもの、余計に知らない。わたしは、話しを逸らすことにした。
「あのう、佐々木刑事に連絡を取りたいんですけど」
「あんた。佐々木さんに恨みがあるんでしょう? 何するつもり?」
女性刑事がキッとわたしを睨む。
「何もするつもりはないんです。ただ、話しがあるんです。重要な」
「だめよ。会わそうにも、まだ病院から帰ってきてないもの」
「まだ帰ってきてないって、重症なんですか?」
「かすり傷だって連絡が入っていたけど、実際は弾が貫通していたみたいね。手術してるって言ってたわ」
貫通!? と言うと、かなり重傷だ。
「じゃあ、すぐには、会えませんね」
「そうなるわね。で、本籍地は?」
「あのう、トイレに行かせて貰ってもいいでしょうか? ここ冷えるから・・・・。刑事さんも女ですもの、分かるでしょう?」
「・・・・いいわよ」
トイレには、その女性刑事しかついてこない。トイレに入って作戦を練った。隙を見てぶちのめす。しかし、あんまりひどいことはできないし、相手は逮捕術などを習っているから、迂闊にやるとこちらがやられてしまう。
あれこれ考えたが、いいアイデアが浮かばないまま、トイレの外に出た。
「ちょっと待って、わたしもしたくなったから」
そう言って、女性刑事はトイレの中に入ってしまった。わたしは、逮捕されたわけじゃない。ただの参考人だ。だから、気を許したと言うわけだ。
わたしは、こっそり逃げ出した。そ知らぬ顔で、階段を下り、県警の正面玄関から出た。勿論、財布の入ったショルダーバッグも忘れなかった。
通りかかったタクシーを停めて、行く先を告げた。行く先は、円城寺家の屋敷だ。県警に向かう車の中でずっと考えていた。
由紀子を連れ去った理由、それは佐々木への復讐のためではなく、由紀子をエサにしてわたしを誘いだすためだ。円城寺家にある、あの機械の場所までわたしを誘いだして、入れ替わるつもりに違いない。連絡しようのないわたしを待つ場所は、あそこしかないのだ。
今のまま元に戻れば、わたしは外国大使狙撃犯として、罰せられるかもしれない。しかし、由紀子の命が掛かっている。そんなことを心配している場合ではない。
円城寺家の門の前に着いたのは、午後3時過ぎだった。料金を支払うと、タクシーは走り去っていった。
通用門を開けて中へ入った。玄関へ通じる長いアスファルトの道を歩いてゆく。
わたしになった大島渚は、どこからかわたしを見ているのだろうか? 道から見える窓をじっと見つめてみるけれど、人陰は見えない。
玄関前の階段を上る。1,2,3。あの時は、目隠しされていたが、確かに3段だった。
玄関のドアを開けようとしたら、開かない。鍵がかかっているのだ。あの時、ここを出るとき、鍵はかけなかったのに、誰が鍵をかけたのだろうか? わたしになった大島渚が、中から鍵を閉めたのだろうか? いや、そんなはずはない。わたしを待っているはずなのだから。
ドアをドンドンドンと叩いてみたが、何の返事もなかった。しばらく待って、もう一度ドアを叩いてみた。返事はない。
屋敷の周りを廻ってみた。人影はない。ドアと言うドア、窓という窓に鍵がかかっていた。
思いついて、裏手にある電力計を覗いてみた。ほとんど回っていない。せいぜい冷蔵庫に電気が流れている程度の回り方だ。
わたしになった大島渚は、まだここには来ていない。しかし、ここに来る。絶対来る。ここで待とう。そう決めて、玄関前の芝生に座り込んだ。
大陽が傾き、そして山の影に消えた。あたりは急速に暗くなり、寒さが襲ってきた。一昨日より長いとは言え、膝上丈のワンピース。パンストを穿いていても腰から下が寒い。中に入ることができれば、ベッドもあるだろうに・・・・。
屋敷の中は、まっ暗だ。大島渚が中に居て、わたしを焦らしているとも考えられない。このままここに居たら、凍死しそうだ。また、明日来よう。彼女は、わたしを待つ。由紀子と言う人質を取っているから、警察を連れてくることはないと思っているはずだ。
勝負は明日だ。そう決めて、屋敷を離れた。
窓を破って中に入れば暖を取れたかもしれない。しかし、長年ガードマンとして働いてきた本能と言うべきものが、そうするのを躊躇わせた。