夜が明けて、起き抜けにもう1回、相手をさせられた。わたしの口の中に放出したのを加えると、一晩で6回わたしの中に射精したことになる。3万円では安いものだ。こんなことなら、もっと吹っかけておくべきだった。
シャワーを浴びたあと、服を着て、鈴木と一緒にモーテルを出た。別々にモーテルを出るつもりだったのに、鈴木が朝飯を一緒に食おうと言い出したからだ。もう一度しようなんて言われたら、当然断るのだが、食事なら問題はない。快く、いいわと返事した。
外に出ると、朝日が黄色く見えた。話しには聞いていたが、こんな経験は初めてだった。
ぐったりした体を引きずって、24時間営業のファミリーレストランへ入り、モーニングセットを頼んだ。
「おまえみたいな具合いのいい女は初めてだよ。今度また、付き合ってくれないか?」
コーヒーを飲みながら、鈴木がわたしの耳元でそう囁いた。
「倍は貰わないと無理ね」
二度と付き合うつもりはなかった。だから、ふっかけてやった。6万も出してまで、わたしとやるなんて言わないだろう。
「倍かあ。倍はきついな。おまえだって、ずいぶん楽しんだんじゃないのか? せめてこれくらいにしてくれよ」
鈴木は、指を4本立てた。
「また、会うことがあればね」
「携帯、持ってないのか?」
「持ってないわ」
「へえ、今時、珍しいな」
「鎖で縛られてるみたいで、いやなの」
これには、わたしの実感が篭っている。いまや誰もが持っている携帯電話。便利は便利だが、いつ、どこに居ようとも電話がかかってくるからだ。トイレに居ようと、入浴中でも。・・・・セックスの最中でも。
「家の電話番号を教えてくれ」
「教えられない」
教えたくても、知らないから仕方がない。第一、大島渚がどこに住んでいるのかも知らないのだ。
「そうか・・・・。じゃあ、これ、俺の携帯の電話番号だ。もし、気が向いたら、掛けてくれ。夜は、殆ど閑にしているから」
「・・・・分かったわ。気が向いたらね」
「ここの支払いはしておくから。じゃあ、そろそろ出掛ける時間だから・・・・」
鈴木は、わたしを置いて出て行った。ハイラックスに乗り込むとき、わたしに向かって笑顔で手を振っていた。結構可愛い男だ。
鈴木が書いた携帯電話のメモを出口のごみ箱に丸めて放り込むとファミレスを出た。
時計はまもなく午前9時になる。計画を実行するには、まだ早すぎる。わたしは、ファミレスの窓から見えたコンビニへ足を運んだ。
「すみません。これ、ください」
コンビニの棚にある、極ありふれた白の下着を買い込んだ。汚れた下着のままでいたくなかったからだ。わたしは、結構潔癖症なのだ。男は普通パンティーと表現するショーツはMサイズ。ブラジャーは、70C。それにパンスト。これもMサイズ。
トイレの中で着替えた。素っ裸になってから、下着を身に着けた。そうしてから、最近トイレの中を盗撮するという輩がいることを思い出した。気になって、トイレの中を調べてみたけれど、それはなかった。まあ、撮影されたとしても、のちに大島渚が恥ずかしい思いをするだけだ。
大島渚は、黒のスリップを着ているが、コンビニにスリップは置いていなかった。脱いでしまうと寒そうだ。下着と違って、そんなに汚れているわけではない。そのまま着込むことにした。脱いだ黒の下着は、ショルダーバッグの中に詰め込んでおいた。この先、すぐに元に戻れなければ、洗って、もう一度着ることも考えたからだ。貧乏性だなと、自分でおかしくなった。
トイレの個室から出て、鏡を見ながら考えた。化粧はどうするか? 昨夜、シャワーを浴びたとき落としたまま、ノーメークなのだ。考えてみたところで、化粧しようにも、化粧なんてしたことがない。このままノーメークで行くしかない。
大島渚は、年の割には素肌はきれいだ。化粧はせず、口紅だけ塗っておくことにした。真っ赤な口紅を塗って、鏡を覗いてみた。こんなものだろう。
コンビニを出て、わたしが警備する予定のデパートへ向った。ここから歩いて10分ほどの距離にある。
しばらく歩いて気がついた。もし、わたしになった大島渚が、デパートの下見に出かけていたとしたら、この格好では拙い。わたしがあの屋敷から抜け出して、邪魔をしにきたことが分かってしまう。
服装を変えなければすぐに気が付かれてしまう。女の服は、どれくらいするのだろうか? 買ったことがないので、予想もつかない。4万で間に合うだろうか? 足りないかもしれないなと思っていたら、カードがあったのに気づいた。カードなら、いくらでも買える。
わたしは、目の前にあったデパートへ入っていった。VISAやJCBと言ったカードマークが掲げられてあるから大丈夫だ。
どんなものを着たらいいのか分からない。とにかく、スリップを買おうと決めた。黒は、どうもいけない。下着売り場で、白のミニスリップを買った。
それから、婦人服売り場へ行って、女子従業員を捕まえた。
「これ、わたしに似合うかしら?」
「そうですね。それよりも、こちらの方が・・・・」
「ちょっと地味なんじゃないの?」
「じゃあ、これはどうですか?」
「いいわね」
試着して、似合うと思ったのは、茶系の膝上丈のワンピースだった。
「コートも欲しいんだけど」
「それに合うコートと言うと、これなんて、どうですか?」
「それにするわ」
店員の持ってきたベージュ色のコートも買った。
「カードでいいわね」
「よろしいですよ」
横目で見ていると、カードを調べている。盗難カードと言うことはないだろうが、停止になんてなっているなよと、祈る気持ちだった。
「ありがとうございます。サインをどうぞ」
そう言われたときには、ホッとした。大島渚とサインした。
包みに入れようとする店員を制して、すぐに着たいからと、試着室で着替えた。
それから靴売り場へ向かった。いま履いているものでも色は合うのだが、ヒールが高くて歩きにくいのだ。せめて5センチくらいにしないと、疲れてしょうがない。
ハイヒールを履き替え、バッグ売り場で白に近いベージュのショルダーバッグも手に入れた。
15万以上かかったが、払うのは大島渚だ。後でビックリするかもしれないが、わたしにこんな目を遭わせた代償だ。
時間は、まだたっぷりある。わたしは目にした美容院へ入った。
「すみません。髪を少し切りたいんですけど・・・・」
「どれくらいにしますか?」
「10センチくらい切ってください」
「畏まりました」
カットはすぐに終わった。鏡に写った顔の印象はそれほど変わらない。ちょっと考えて、店員に声を掛けた。
「軽くパーマを掛けてくださらないかしら? 雰囲気を変えたいので」
「よろしいですよ」
パーマを掛けると、鏡に映った大島渚は、ずいぶん雰囲気が変わっていた。服装も変わっているし、これなら、大丈夫だろう。
今朝まで着ていた服やハイヒールを入れた大きな袋を駅のコインロッカーに預けて、身軽になったわたしは、目的のデパートへと向かった。
エスカレーターを上っていると、わたしになった大島渚が降りてきた。自分が大島渚と言う他人になっているのに、自分がもう一人いると感じて、ものすごく不思議な感じがした。持田と話し込んでいたので、わたしには気づかずに通り過ぎていった。ホッと胸を撫で下ろした。
9階にある食堂街で腹ごしらえをして、コーヒーを飲みながら、少し時間がたつのを待った。午後2時を過ぎてから、地階へと向かった。ここには、女子従業員用のロッカーがある。
あたりを見回し、誰もいないことを確かめて中に入る。昼休みを過ぎているから、中にも誰もいない。鍵のかかっていないロッカーを見つけて中を覗くと、洗濯されて袋に入った制服が一組あった。サイズを見てみると、Lだった。Lはこの大島渚には大きすぎる。別のロッカーを探ってみる。Mサイズがあった。これならいいだろう。
これを使うのは、明日だ。盗んだ制服を着て、このデパートの従業員の振りをして、わたしになった大島渚に近づこうと言うわけだ。
持ってきた袋の中にその制服を入れ、ロッカールームを出た。誰にも見咎められなかった。
わたしはその足で4階へと向かった。ここに、人にはあまり知られていない秘密の場所があるのだ。そのむかし、このデパートを警備した頃、隠れて仮眠を取った場所だ。要人が通るルートからずいぶん離れているので、それほど詳しく調べないところだ。
積み重ねられたダンボールの奥に、盗んできた制服を隠した。明日まで、見つからないでくれよと願いを込めて。
再び7階へ上がり、婦人服を買う振りをしながら様子を伺う。わたしになった大島渚の姿はもうない。しばらく観察していて、困ったことに気がついた。わたしが警備に立つ予定の位置には、女子従業員の姿がないのだ。
わたしは、このデパートの女子従業員として、警備に立っているわたしになった大島渚に近づき、テロ行為を妨害するつもりだった。
しかし、このままでは、わたしになった大島渚のそばには近寄れない。さらに忘れていたことがある。明日になったら、このデパートへの出入りのチェックが厳重になる。朝出かけてきて、4階で盗んだ制服に着替えて、このデパートの従業員の振りをすること自体に無理があるのだ。
どうすれば、彼女のテロ行為を阻止できるのか? 自分の手で阻止するのを諦めて、警察に通報するか? いや、わたしと大島渚が入れ替わったなんて話しは、絶対に信じてもらえない。入れ替わったと言うことを話さないで、わたしを捕まえてもらう? 勤続20年の真面目人間がそんなことするはずがないと、一笑に付されてしまうに違いない。困ったぞ。
佐々木なら、もしかすると分かってもらえるかもしれない。そう思ったわたしは、すぐに県警へ電話した。
「生活安全の佐々木ですね。少々お待ちください」
電話が回される。わたしは、どきどきしながら佐々木が出てくるのを待った。
「モシモシ、お待たせしました。佐々木です」
「佐々木さん? わたし、大島渚といいます。会って、お話ししたいことがあるんですけど・・・・」
「渚か! 名乗らなくたって、声で分かる。ぼくは忙しいんだ。もう掛けないでくれって言っただろう!」
そう捲したてると、佐々木は一方的に電話を切った。わたしは、呆気に取られてしまった。
佐々木は、大島渚を知っている。もう掛けないでくれ? 佐々木と大島渚の関係は何なんだ? いずれにしろ、あの調子では、大島渚であるわたしの言うことをまともには聞いてもらえそうもない。
ため息をつきながら、美術展の入り口の方を眺めていると、わたしが立つはずの位置の真後ろに、婦人服を着たマネキンが5体設置されているのに気がついた。
あのマネキンになれないか? あの位置なら、わたしになった大島渚が行動を起こしたときに阻止できそうだ。
テープカットは午前10時の予定だ。従業員たちがやってくるのは、8時半前後。1時間半あまりの時間、人形になりきれるだろうか? 自信はないが、やるしかないのだ。
わたしはいったんデパートを出て、少し離れた場所にあるデパートの化粧品売り場に顔を出した。そこで、マネキンの色に似たファウンデーションとピンク色の口紅を手に入れた。
「少し、白すぎませんか?」
販売員が、口を挟むが、こう返事した。
「彼氏が白い方がいいって言うものですから」
もう反論はなかった。
あのデパートは午後7時閉店だ。閉店前に中に入って、どこかへ隠れて、夜間の巡視が終わったら、マネキンになればいい。
明日の昼頃まで何も食べられない可能性が大だ。デパートに行く前に、腹ごしらえをしておくことにした。