第9章 手がかり

 翌日、知り合いの新聞記者に頼んで、過去の新聞記事を調べた。それによると、奥村企画の爆破事件で死亡したのは、奥村企画の社長とその側近の併せて3人で、奥村グループの上層部にいる人間らしい。軽傷者はいるものの、重傷者はおらず、この3人を狙ったものと考えられているようだ。
 ドリームハウスの安浦も、奥村グループの上層部に属する人間だ。あの脅迫状と関係がある。そんな気がした。
 俺は思い出す。文面には、『再び』と書かれていた。今回の事件の前に奥村グループに何か起きているのだろうか?
 俺は、グループの名簿を調べてみた。
 「幹部連中が三人も死んでるじゃないか!」
 俺は驚きに目を見張った。死亡日時を調べて、新聞記事をあたってみた。
 「奥村グループの不動産関係の責任者だった野村清治は、約一年半前首都高で事故死。ブレーキの故障らしい。その後釜に入った小林透は、野村の事故死の4ヶ月後に海水浴場で水死。アルコールを飲んでいたためだと。その1ヶ月後、東日本警備保障の前の所長で、当時奥村の側近としてあの屋敷に勤めていた山田太一郎が首吊り自殺。遺書はなく、動機も不明。ふう・・・・。何かおかしいな」
 ここ1年は何もない。三人の死が、浅井光弘の復讐によるものだとすれば、今回の脅迫状の再びという言葉が理解できる。
 「そうすると、もう7人死んだ訳だ。あと何人死ぬんだろうか? ・・・・奥村が死ぬまで続くのだろうか?」
 ぞっとした。復讐の動機は何だ?

 会社のデスクに座って、俺は浅井光弘の写った写真をじっと見つめた。その優しそうな笑顔からは、とても殺人を犯すような雰囲気は微塵も感じられない。
 「おまえが奥村グループへ増悪を燃やすのは何のためだ?」
 写真は答えてくれない。俺をじっと見つめるだけだ。
 「何があったにしろ、殺人だけは許せない。とっ捕まえてやる」
 俺の正義感が燃えた。しかし、そう決心してはみたものの、行方を探す手だてはまったくない。やはり、奥村源三の身辺を探るしかない。
 「こんちには。宅急便です」
 制服を着た若い男がドアを開いて入ってきた。会社の中には、俺と社長、それにナンバーツーの甲斐という男しかいない。俺が対応するしかない。
 「ご苦労さん。誰宛だ?」
 「えっとですねえ、川野様、川野大介様宛です」
 包みの付箋をのぞき込んでみると、確かに川野大介様と書いてあった。
 「社長! あなた宛ですよ」
 「適当にサインしてくれ」
 社長が奥から大きな声で叫ぶ。
 「はい、はい。俺のサインでいいか?」
 「よろしいですよ」
 俺は受け取りに川野とサインを入れ手荷物を受け取った。重い荷物だ。宛名書きを見ると、送り主は奥村源三とある。会長から、何の荷物だろうか? 首を傾げながら、俺は包みを社長のデスクと運んでいった。
 「奥村会長からですよ」
 「なんだろうな」
 肩を竦めて、社長は小包を受け取った。机の戻ろうとすると携帯がなった。相手の番号が出ていない。公衆電話からか?
 「はい。上妻です」
 《わたし、純子》
 純子の声に思わず笑みがこぼれた。
 「なんだ。どうした?」
 《今、あなたの会社のすぐ近くまで来ているの。ねえ、お昼を一緒に食べない?》
 「昼飯か・・・・。そういやあ、もうすぐ正午だな。ちょっと待って」
 俺は受話器を塞いで、社長に声をかける。
 「社長。これが来てるんですが、飯を食いに出てもいいですか?」
 俺は小指を立てる。
 「いいぞ。裏のラブホテルがサービス期間でお安くなってるぞ。行って来い」
 「昼飯食うだけですよ」
 「たまには、外で楽しむのもいいぞ」
 「昼飯を食うだけですって。じゃあ、ちょっと行ってきます」
 純子に返事をしようとしたら、卓上の電話が鳴った。
 「純子、ちょっと待ってくれ」
 《いいわよ》
 受話器を取った。ピイッと音がして繋がった。これも公衆電話かららしい。
 「はい。東日本警備保障です。社長ですか。いますよ。ちょっと待って下さい」
 保留ボタンを押して社長に向かって叫ぶ。
 「所長! 奥村会長の秘書とか言う人からですよ。今届いた小包についてだって言ってます」
 「こっちへ回してくれ」
 「はい」
 俺は、社長のデスクへ電話を転送してから、携帯を取った。
 「ごめん、ごめん。電話が入って」
 《行けるの?》
 「ああ、すぐに降りていくよ。どこにいるんだ?」
 《通りの反対側にある公衆電話からよ。窓から見えるでしょう?》
 窓から覗くと、電話ボックスから手を振っている純子の姿が目に入った。
 「ああ、見えたよ。すぐ出る」
 俺は、上着を抱えると階段へ向かった。
 「頑張って来いよ」
 社長が俺に向かって叫んだ。
 「頑張ってきます」
 「おまえは誰だ?」
 そんな社長の大きな声が聞こえてきたが、俺は階段を駆け下っていった。

 玄関を出ると、通りの向こうで純子が俺に向かって手を振っていた。俺は、ガードレールを飛び越えて、車の隙を窺って通りを渡っていった。
 「横断歩道を廻ってくればいいのに」
 「この方が早い」
 「事故にあったらどうするのよ」
 「大丈夫さ。俺は運が強いんだ」
 「そんなこと言ってたら、運に見放されるわよ」
 「幸運の女神が俺の目の前にいるから大丈夫さ」
 フフッと純子が微笑む。
 「仕事はどうしたんだ? 今日は休みじゃないだろう?」
 「お休み、貰ったの」
 「どうして?」
 「結婚式に着るウエディングドレスを選びに行ってたの」
 「ウエディングドレス。そうか・・・・。いいのがあったか?」
 「うん」
 嬉しそうな笑顔。周りに人がいなかったら、キスしてしまいそうになる。
 「どこへ行く?」
 「向こうの角のレストランはどう?」
 「いいね」
 二人で肩を並べて歩き始めたとたん、ドンと耳を劈くような音がして、地響きが起こった。何が起こったのか分からないうちに、バラバラとガラスの破片が舞ってきた。
 「きゃあっ」
 純子が叫び、俺に縋り付いてきた。振り向くと、俺の会社のあった3階の窓ガラスがすべて吹き飛び、黒煙を上げていた。
 「大変だ。純子、ここにじっとしていろ。中を見てくる」
 「危ないわ」
 そんな純子の手を振りきって、俺は通りを横切って会社へ続く階段を駆け上っていった。

 2階から3階へ続く階段は瓦礫で埋まっていた。俺はそれを乗り越えて中に入った。机やロッカーは吹き飛んで倒れ、何カ所からか火の手が上がっていた。俺は、消化器を探し出して、火を消して廻った。社長のいたあたりの被害が一番ひどい。
 「あの小包か?」
 部屋の隅に、社長と甲斐の無惨な死体がぼろ切れのように横たわっていた。
 「純子が昼飯を誘いに来なかったら、俺もこうなっていた」
 背中に寒いものが流れていった。

 パトカーや救急車のサイレンが遠くから聞こえてきた。
 「もう手遅れだ」
 俺は呟く。ふと、足元に転がっている変形した電話機に目がいった。
 「これは社長のデスクのものだ」
 俺はその電話機を手に取った。電話機には、マイクロカセットが付いている。留守電用だが、社長は、電話相手との会話を録音する癖がある。癖というより、あとで電話の内容を確認するために使っていた。
 電話機は使えないが、マイクロカセットは無事のようだ。俺は、マイクロカセットを取りだして、上着のポケットに入れた。
 「奥村会長の秘書という男との会話が録音されているかもしれない」
 階段を下りるとき、社長は受話器に向かっておまえは誰だと叫んでいた。奥村会長の秘書というのは嘘だったに違いない。もし、そうならば、もしかすると、浅井を捕まえる手がかりになるかもしれないと考えたのだ。

 ドタドタと消防服を着た数人が、ホースを抱えて入ってきた。
 「もう火の手は消したよ」
 俺の言ったことが信じられないのか、部屋の中を見て回る。
 「あんたは?」
 俺に向かって聞いてくる。
 「俺? ここの従業員だ。ちょうど昼飯に出かけようと外に出ていたんで助かった」
 「そうか。それは良かった。この臭い、爆発物のようだな」
 「そのようだ」
 「我々の出番はないようだ。引き上げさせて貰おう」
 「ああ、お疲れさん」
 入れ替わりに、刑事らしい目つきの悪い男と制服の警官が上がってきた。俺が、社長と甲斐の死体を指さすと、瓦礫を踏み越えて死体を観察に行った。
 「こりゃひどい。おい、監察医に連絡しろ」
 「了解です」
 若い刑事が携帯で連絡を始めた。鑑識らしい菜っぱ服を着た男が、写真を取り始める。少し年の、背の低い刑事が俺に近寄ってきた。
 「君は?」
 「ここの従業員の、上妻三郎と言います」
 「上妻さんだね。一体何があった?」
 「10分ほど前に届けられた小包が爆発したようですね」
 「小包?」
 「ええ。奥村会長から、社長宛に送られてきた小包です」
 「奥村会長というのは?」
 「奥村源三。奥村グループの総帥です。知ってるでしょう?」
 「ああ、あの奥村か。その奥村が何のために?」
 この刑事はアホか? 奥村会長が爆弾を送るはずがないじゃないか。俺は呆れていた。
 「誰かが会長の名前を騙って送りつけてきたんでしょう」
 「なるほど。で、小包を届けた会社は?」
 「確か黒猫だったと思います」
 「黒猫だな。おい、すぐに調べさせろ」
 刑事が、若い刑事に言う。若い刑事は、さっと階段を下っていった。
 「君はどうして無傷なんだ?」
 「彼女が昼飯を一緒に食おうって言うんで、外に出たんですよ。そしたら、いきなりドカンですよ。彼女が来なかったら、俺も今頃はこうしてここに立っていないですよ」
 「そうか。その彼女というのは?」
 「ほら、通りの向こうでこっちを見上げてるでしょう?」
 俺は、純子を指さした。純子が、俺に向かって手を振ってくる。
 「美人だな」
 「はあ」
 「幸運の女神って訳だ」
 「そう言うことですね」
 「住所と電話番号を聞いておこう。また聞くことができるかもしれん」
 「いいですよ」
 俺の住所と電話番号をメモすると、刑事は俺を追い出した。

 心配そうな顔をしている純子のそばに走っていった。
 「どうだった?」
 「中はメチャメチャだ」
 「誰かいたんでしょう?」
 「ああ。社長と、甲斐って言う男が即死だ。俺も外にいなかったら、ああなっていたと思うとぞっとするよ」
 「お休み貰って出てきて良かったわ。あなたを失うところだった」
 半べそをかきながら、純子が俺にすがりつく。
 「おいおい。人が見てるぞ」
 「よかった。ホントによかったわ」
 「言ったろう? 純子は俺の幸運の女神だって」
 「うん」
 涙目で笑顔を作る純子。ホントに可愛い。
 「さあ、死んだ社長には悪いが、昼飯を食いに行こう」
 「そんな気分じゃないわ」
 「まあ、そう言うな。俺は腹が減った」
 「信じられない」
 そうは言ったが、結局純子も俺と一緒にランチを取った。

 「サブちゃん、これからどうするの?」
 食後のコーヒーを飲みながら、純子が聞く。
 「トップは死んでしまったが、従業員が残っているからなあ。奥村会長に相談してみるしかないだろうな」
 「会社がなくなったりはしないでしょう?」
 「それはないと思うよ。かなり収益をあげているからね」
 「よかった。結婚前なのに、サブちゃんが失業したら困るもの」
 「純子。おまえ、現金だな」
 「だって、生活がかかってるんだもの」
 純子はぺろりと舌を出した。
 「そりゃそうか。じゃあ、奥村の屋敷に顔を出してくるよ。電話じゃ、失礼だろう」
 「そうね。帰りは?」
 「そうだな。そんなに時間はかからないだろう。警察に呼び出されなければな」
 「遅くなるときは電話してね」
 「ああ、分かってるよ。車で送ろうか?」
 「いいわ。ちょっと買い物もあるから」
 「そうか。じゃあ」
 レストランの前で純子と別れ、車で奥村の屋敷へ向かった。

 奥村の屋敷はいつ来ても人を拒絶するような佇まいを見せている。俺は、門の前に車を停めて、呼び鈴を押した。
 「はい。どなたでしょうか?」
 いつもの若い女の声で返事があった。
 「先ほどお電話した東日本警備保障の上妻です」
 「どうぞ。会長がお待ちです」
 門がゆっくりと開いていく。門の内側に顔見知りのガードマンが立っていた。
 「おっ! ご苦労さん」
 手を挙げると、敬礼を俺に戻してきた。ガードマンの後ろにやくざまがいの男がいたが、俺が奥村の関係者だと分かったらしく、ちらりと俺を見ただけだった。
 奥村はかなり用心しているようだ。監視カメラだけでは、侵入者を見つけられないと思ったのだろう。駐車場から見回すと、庭にも何人かガードマンが立っていた。俺の知らない間に、奥村に言われて社長が手配したようだ。
 「応接間へどうぞ」
 案内されて応接間に入ると、奥村がソファーに座っていた。相変わらず、人を馬鹿にしたような態度だ。金があると言うことが奥村にそんな態度をとらせるのだろうが、雇われていないのだったら、我慢できないところだ。
 「さっきの電話では、川野も甲斐も即死だそうだな」
 「はい。ひどい有様でした」
 「おまえはよく助かったな」
 「はあ、これが来まして、食事をとりに外に出たものですから」
 俺は例によって、小指を立てて見せた。
 「運のいい男だ」
 「そう思います」
 「その運を買って、おまえに川野の後釜に入って貰おう」
 「ええっ! わたしがですか?」
 「年は若いが、仕事熱心だと聞いている。川野からも、あいつの代わりができるのは、おまえだともな」
 あの社長がそんなことを言っていたとは思いもしなかった。
 「は、そうですか。それは、ありがたいことです」
 「あのビルは使い物にならんだろう?」
 「当分は無理だと思います」
 「信濃町にある貸しビルの4階が空いている。そこに移転して業務を再開しろ」
 「第3ビルですね」
 「そうだ。それから、川野から聞いているかもしれんが、ここの警備も頼むぞ」
 「はっ! 分かっております」
 「ところで、浅井の件はどうなった?」
 「まったくです。手がかりを掴もうにも、雲を掴むような話しで」
 「うーーーん。誰が浅井の名を騙っているんだろう?」
 「えっ!?」
 「あ、いや、なんでもない。そっちの調査も頼むぞ」
 「は、はい」
 「話しは終わりだ」
 「失礼します」
 東日本警備保障を任されたと言うことは、俺が社長だと言うことだ。俺は小躍りしていた。屋敷を出ながら、ふと考えた。
 「誰が浅井の名前を騙っているのだろうかって? どういう意味だ?」

 帰宅の途についていると、俺の会社の爆弾事件を担当している刑事から電話が入った。
 《宅配便を持ってきた男の顔を覚えているか?》
 「はっきりとは・・・・」
 《モンタージュを作りたい。署まで来てくれないか?》
 「あの男が犯人なんですか?」
 《可能性が高いんだ。黒猫は勿論、他の宅配便にも尋ねてみたが、あの日、お宅の会社に宅配便を届けた会社はないんだ》
 「なるほど分かりました。すぐに伺います」

 人の顔というものは、覚えているようで覚えていない。似顔絵とモンタージュ作りに協力したものの、できあがったものはどうも納得できなかった。
 「似顔絵なんてものはそんなもんだよ。イヤ、ご協力ありがとう」
 警察署を出て車に乗ったとき、上着の中のマイクロカセットに気がついた。引き返そうかと思ったが、そのまま車を出した。今度の事件と関係ないかもしれないからだ。一度聞いてみることにした。

 マイクロカセットを再生するテープレコーダーはすぐには見つからなかった。そこで、電話機のコーナーへ行った。留守電機能を持つ電話機で、マイクロカセットを使っているものを見つけだして再生してみた。
 《川野だ》
 《社長の川野さんですね》
 《ああ、そうだ。奥村会長の秘書だと言ったな》
 《はい》
 低く抑揚のない男の声だ。
 《奥村会長はいつから男の秘書を雇うようになったんだ?》
 《・・・・ばれましたか》
 《おまえは誰だ!?》
 《浅井光弘と言ったら、分かりますか?》
 電話の主は、浅井光弘からだったのか! すると、小包を届けてからすぐに公衆電話からかけてきたことになる。会社の前の電話ボックスには純子がいた。他には電話ボックスはないはずだが、どこからかけたのだろうか? イヤ、待てよ。小包を届けた男は、浅井光弘とは似ても似つかぬ顔をしていた。小包を届けた男と電話の主は別人か?
 《浅井光弘? 誰だ?》
 《覚えていないとは言わせないぞ。6年前、奥村の屋敷で行われたことを忘れてはいないだろう?》
 《6年前? ・・・・ま、まさか。あの時の?》
 《そうだ。あの時、罠にかけられて刑務所に入れられた、浅井光弘だ》
 《ば、馬鹿な。あいつは死んだ筈だ》
 《そうだったね。あんたとそばにいる甲斐とで、俺と菊子を海の中に放り込んだんだったね》
 《・・・・》
 《俺はあの冷たい海の底からお前たちに復讐するために戻ってきたんだ》
 《い、生きているはずがない。おまえは誰だ!!》
 《浅井光弘だ》
 《違う! 絶対そんなことはない!! お、お前だな。奥村企画を爆破したり、安浦を殺したのは》
 《野村も、小林も、山田も地獄で待ってるぞ》
 《ぜ、全部お前の仕業なんだな》
 《ふっ、ふっ、ふっ。お前たちは、罪を償わなければならない》
 《やかましい!! 見つけだして、返り討ちにしてやる!!》
 《そんな時間はない》
 《ま、まさか、この小包は?》
 《逃げ出す時間はない。死ね!! みつにいと姉さんの仇だ!!》
 ブツッとテープが切れた。最後の部分をもう一度再生する。
 《逃げ出す時間はない。死ね!! みつにいと姉さんの仇だ!!》
 みつにいと姉さんの仇? 作井菊子の弟か? 仇と言うからには、浅井光弘と作井菊子は死んでいることになる。すると、電話の主も小包を届けた男も作井菊子の弟と言うことになる。
 「そう言えば、あの男、作井菊子に似たところがある。そうか。作井菊子の弟が二人の仇を討とうとしているのだ」
 謎がひとつ解けた。