時計を見ると、午後6時20分だった。名字は何というのだろうか? 純子の顔を思い出す。思い出したとたん、俺は電話をかけていた。
「はい。片山です」
受話器を通した声だから、純子かどうか分からない。
「あのう。上妻ですが」
「上妻さん?」
警戒心を露わにした声だ。若い女に電話しているのだ。そんな反応をされても仕方がない。
「東日本警備保障の上妻です。今朝、弁当をごちそうになった」
「いやだ。わたし、名前を聞いてなかったわ」
そう言えば、互いに名前を交換しなかった。
「純子です。お電話いただいて嬉しいわ」
嬉しそうな綺麗な声。さて何と言ったらいいものやら。
「・・・・えっとですね」
「上妻さん。今夜はデートのお約束は?」
「デートですか? デートの約束はないですが」
「じゃあ、わたしのアパートに来ないですか?」
「えっ!?」
まさかそんな申し出をされるとは思ってもみなかった。
「夕食、まだでしょう?」
「あ、ああ。まだです」
「用意しますから、すぐにいらっしゃらないですか?」
「あ、まあ。それは有り難いですが・・・・」
「遠慮なさらないで、どうぞ。住所はですね・・・・」
俺の戸惑いを知ってか知らずか、純子は住所を俺に告げた。電話が切れたあと、俺は茫然と住所を書いたノートを見つめていた。電話をかけてと言うメモと言い、夕食を食べに来いと言う申し出と言い、信じられない気持ちだ。
「俺も何だか一目惚れのようだが、彼女もそうなんだろうか?」
きっとそうに違いないと思い、俺は電車に乗った。車にしたかったが、近くに駐車場がないと言われたからだ。
純子のアパートはすぐに分かった。俺の住んでいるアパートよりも少し上等なアパートだ。ノックすると、純子が顔を出した。
「いらっしゃい。待ってたわ」
エプロン姿の純子は素敵だった。
「どうぞ。遠慮はいらないわ」
促されて部屋の中に入った。女性の部屋らしいふんわりと柔らかい香りがした。
「お座りになって。ビールを出しますわ」
「あ、ビールは」
「お酒、駄目なんですか?」
「そうじゃないですが・・・・」
酒が出ると長居をしてしまいそうな気がした。しかし、断りきれなかったし、俺は期待もしていた。このまま純子と寝ることになるんじゃないかと。
同棲していた女が出ていってから一ヶ月、女の体に触れていない。俺は興奮して股間を固くしていた。
純子は俺にコップを手渡してビールを注ぐと、台所で料理を続けた。後ろ姿の腰の曲線に、俺は完全に欲情していた。
「いかん、いかん」
俺は首を振って、ビールを空けた。
大瓶を飲み終わる頃、料理がテーブルに並んだ。
「大したものはありませんけど、さあどうぞ」
謙遜した割には、豪勢な料理が並んでいた。
「じゃあ、遠慮なく」
俺は料理を端から片づけ始めた。朝の弁当と同様、この上なく旨かった。
「料理が上手なんですね」
「そんなことないです」
「イヤ、旨かったですよ」
「そう言ってもらえると、作った甲斐があります。さあ、ビールをもう少し」
「やあ、もう結構です」
「いいじゃないですか。まだ、ちっとも赤くなってませんよ」
「じゃあ、もういっぱいだけ」
気分が良かった。大瓶を2本空けて、俺はほろ酔い気分になっていた。
「お風呂、どうぞ」
俺は抵抗もなく風呂に入った。
「ホントに期待していいみたいだな」
考えると興奮がさらに増した。浴室を出ると、真新しい下着にパジャマまでが用意してあった。
「わたしも入ってきますから、お待ちになっててね」
間違いない。純子はこのまま俺を返すつもりはない。俺は、テーブルの上に置かれたビールをぐっとあおった。
しばらくして、純子がバスタオルを体に巻いて出てきた。俺が見つめると、ポット顔を上気させた。
「こんなことする女、嫌い?」
「い、いや」
そう答えると、純子は蛍光灯のひもを引っ張ってスモールライトだけにすると、バスタオルを取った。予想していた以上に均整の取れた素晴らしい裸体が薄暗い闇の中に浮き上がっていた。小さな明かりだけで見る純子はなまめかしく思えた。
「綺麗だ」
「ありがとう」
純子は、俺一人が観客となったストリッパー嬢のように俺の前でポーズを取った。ゴクリと生唾が出た。本物のストリッパー嬢のように、貝を俺に晒すことまではしなかったが、まるで裸の体を見せることに陶酔しているかのように、純子は動き回った。
「パジャマを脱いで」
「ホントにいいのか?」
「今更、帰るつもりなの?」
純子は、俺のパジャマを脱がせていった。トランクスを降ろすと、もはやギンギンになっていた俺を口に含んで舌を使い始めた。カリやヒモに舌を這わせ、棹を唇でなぞり、袋まで降りてきた。
今まで耐えられなくなって出してしまったことなど一度もなかったのに、それまでの興奮が高じて、俺は耐えきれなくなった。
「純子。出てしまう・・・・」
純子は何も言わずに袋に這わせていた舌を離して、グランスを口の中に入れると、竿をしごく。あっと言う間に、純子の口の中に放出してしまった。
「うぐぐぐぐう・・・・」
俺の痙攀が終わるまで、純子はずっとくわえていた。
「はう・・・・」
俺が力を抜くと、純子は舌なめずりをして喉を動かした。俺のすべてを飲み下したのだ。
「ベッドに行こう」
俺はソファーから立ち上がって、純子を抱き上げベッドルームへ向かった。
「優しくしてね」
そう呟く。俺は、小さく頷いて、純子にキスした。自身の放出した精液の臭いがした。
張りのある肌。小さな乳首が直立不動の姿勢をとっていた。俺が舌を這わせると、喘ぎ声をあげた。純子は敏感だ。
股間に指をやると、そこはもう準備が整っていた。しかし、俺の回復はまだだ。俺は、純子への愛撫を続けた。勃起したクリトリス。小さな襞。それに舌を這わせると隣近所に聞こえるんじゃないかと心配するほどの声を上げた。
準備は整った。俺は、復活したペニスを純子の中へゆっくりと沈めていった。柔らかく締め付けてくる。その感触が何とも言えない。
正常位から、純子の上体を起こして対面騎上位へ、それから背面騎上位、さらにバックへ移行した。その間、純子は泣き声に近い声を上げる。
「正常位がいい」
爆発寸前にそう言われて、バックから正常位に戻して、互いに見つめ合いながら、純子の中にそれはかつてないほどの快感を覚えながら爆発した。
「あ、うーーーーん」
純子は仰け反り、俺の背中に回した純子の指の爪が俺に突き刺さった。それから、俺のすべてを吸い尽くすかように収縮を続けた。
「こんな女は初めてだ」
俺は感激に浸りながら、純子の上に倒れ込んだ。
「また来てくださいね」
翌日、そんな純子の言葉に送り出されて、俺は羽田空港へ向かった。純子のことを思い出すと、再び股間が痛くなるのを覚えた。
「一目惚れ以上だ」
俺は、もはや純子の虜になってしまっていた。
那覇空港から、タクシーで国道を北上して北谷へ向かう。基地で覆われた沖縄の中でも北谷はほとんどが基地と言っても過言ではない。その町外れに、浅井光弘の実家があった。
「光弘のことなど知らん。帰れ!」
父親は俺が来意を告げると、そう言い放って座敷の奥へと消えた。
「おまえも余計なことを言うんじゃないぞ」
さらに、俺と話しをしようとした母親に向かって奥から叫ぶ。
「あんなことをしたものだから、親戚に顔向けできないと言って、ずっとあの調子なんです」
悲しげに俯いて、母親は呟く。
「わたしは、光弘があんなことをするなんて信じられないんです。光弘は、ずっと無実を訴えていましたから」
「そうですか。で、光弘さんは、今はどこに?」
母親は黙り込む。
「知らないのですか?」
「平成8年の4月に刑務所から出るという連絡はあったのですが、そのあとは何の連絡もなくて・・・・」
「ほう・・・・。電話の一本もないんですね」
「はい」
この5年あまりの間、家族にも居場所を知らせずに、浅井光弘はいったい何をしていたんだろうか? 奥村への復讐の準備か? それにしては長すぎるが・・・・。復讐というものは、すぐに実行へ移さないと、気持ちが萎えてしまうものなのだが・・・・。
「もしかして、作井菊子という女性をご存じないでしょうか?」
「作井菊子? 菊ちゃんのこと?」
「光弘君が、結婚を約束していた女性です」
「あの子は、こどもの頃から仲良しで、東京へ行くときも一緒で、あの事件の少し前、結婚したいって言ってきてたんです」
「こどもの頃からと言いますと、この近くの出身ですか?」
「ああ、あそこに見える赤い屋根の家が菊ちゃんの実家です」
「そうですか。あの家が・・・・。で、菊子さんはこちらに戻って来ているのでしょうか?」
「いいえ。光弘を捜していると連絡があったまま、もう5年も連絡がありません」
二人とも行方不明。何かが匂う。やはり奥村が二人に何かやったようだ。
「そうですか・・・・。あのう、もしよろしかったら、光弘君の写真をお借りできませんか?」
「どうしてですか?」
「別の方の依頼で、光弘君を捜しているのですが、顔が分からないものですから」
「そうですか、それでは一枚出してきましょう」
浅井光弘が、復讐すると言っていることは伏せた。そんなことを言えば、大事な情報である写真を貸してもらえないからだ。
「古いのしかありませんが、ちょうど菊ちゃんと一緒に写っているのがありました」
母親に手渡された写真には、色が浅黒いが精悍な顔つきの男性と、幼いところが残る可愛らしい女性が映っていた。少なくとも5年以上前の写真と言うことになる。変わってしまっているかもしれないが、ないよりましだ。
「じゃあ、お預かりします」
「必ず光弘を見つけだしてくださいね」
「分かりました」
もし浅井光弘が見つかって、奥村に居所を知らせたら、この世から消してしまうのではないかと思いながら、浅井の母親に頭を下げた。
作井菊子の実家にも寄ってみたけれど、浅井光弘の母親から得た以上の情報は得られなかった。作井菊子の母親から聞いた仲のよかったという同級生も訪ねてみた。
「浅井がムショに入ったって話しは聞いたけど、その後は知らないなあ」
それが共通した返事だった。
いろいろ廻っていたから、東京行きの最終便に間に合わなかった。俺は空港近くのビジネスに宿を取った。
東京に電話する。
「ああ、社長。上妻です。こちらでの調べは終わりましたが、思いの外時間を食って最終便に遅れてしまってですね。はあ、すみません。明日の一番で帰りますから。はい、分かりました」
電話を切って、今度は純子のアパ−トに電話した。
「純子さん? 上妻です」
《上妻さん、今夜も来てくれるんでしょう?》
純子の弾んだ声が受話器から流れてきた。
「それが、今日はいけないんだ」
《来られないの? どうして?》
「今、沖縄にいるんだ」
《沖縄?》
弾んでいた声が少し暗くなったような気がした。
「どうかしたか?」
《なんでもないわ。今日も来てくれると思っていたから》
「ごめん。出がけに言えばよかったな」
《どうして沖縄なんかにいるの?》
「仕事でね」
《仕事?》
「人捜しさ」
《そうなの。いつ帰ってくるの?》
「明日の一番で」
《一番で帰ってきてもお昼近くになるわね》
「そうだな」
《昼間は仕事があるから会えないわね。明日の夕方は寄ってくれる?》
「大丈夫だと思うが」
《じゃあ、ごちそう作って待ってるから》
「できるだけ時間を作っていくよ」
《できるだけなの?》
「あ、いや。何があっても絶対行くよ」
《待ってるわ》
会ったとたんに恋に落ちた。俺はもう純子から離れられないだろうな。冷蔵庫から取りだした缶ビールを飲みながらそう思った。
浅井光弘の調査は、まったく進展しない。
「ホントに生きているのだろうか?」
そんな気さえしていた。
「あれから何の脅迫めいた手紙が来ないから、もういいぞ」
と社長に連絡が入ったそうで、俺は浅井光弘の件は忘れて、いつもの仕事に戻った。
純子のアパートには、ほとんど毎日通い、夕食を共にしたあと純子を抱いた。その夜泊まって、朝は純子のアパートから出かける生活が続いた。
「どうせなら、ここへ越してきたら?」
純子がそう言いだしたのは、付き合い始めて半年ほどたった頃だった。
「そうだな。自分のアパートにはもうずっと帰っていないな。そうさせて貰っていいか?」
「いいも悪いもないわ。ずっと一緒にいるようなものだから」
俺のアパートには大した物は置いていなかった。衣服をバッグに詰め、書籍類を段ボール箱に詰めて宅急便で純子のアパートに送った。小さなテレビと冷蔵庫は、近くの古道具屋に引き取って貰った。純子のアパートに転がり込んだようなものだった。
そして、今日に至るか。俺は風呂の天井を見ながら、ぼんやりと考えていた。
「サブちゃん、大丈夫?」
「はあ?」
「あんまり出てこないから、溺れたんじゃないかと心配したわ」
「大丈夫だよ。ちょっと考え事をしていただけだよ」
「夕食、できたわよ。早く出てきて」
「すぐに出るよ」
バスルームを出ると、下着とパジャマが揃えられていた。ホントに気の付くいい女だ。
今晩の食事も旨かった。俺はビールを飲みながら、片づけをする純子の後ろ姿を眺めていた。純子のヌードも好きだが、こんな後ろ姿もいい。息子がむくむくと起きあがってきた。俺は、そっと立ち上がって、純子の腰に手を回した。
「ちょっと待って、すぐに終わるから」
「あとにしろよ」
「今洗っておかないと、汚れが落ちなくなるの」
「今じゃないと、せっかくその気になったのに萎えてしまう」
「嘘ばっかり。すぐにその気になるくせに」
俺は舌を出して、純子から離れた。
「早くしろよ」
「はい、はい」
俺の方を振り返って、純子はにっこりと笑った。
純子とのセックスはホントにいい。ペニスが剣で、腟は鞘だと言うことを聞いたことがある。俺の剣が、純子の鞘にぴったり収まっている。そんな感じがする。
「サブちゃん、今日もよかったわ」
「俺もだよ」
純子は俺の胸に顔を埋めてくる。
「純子。そろそろ・・・・」
「そろそろ何?」
「俺たち結婚しないか?」
「結婚?」
「ああ。イヤか?」
「イヤじゃないけど・・・・」
純子の表情が曇った。
「イヤじゃないけど、何だ?」
「わたし、あなたに言ってなかったことがあるの」
「言ってなかったてって、そう言えば俺は純子のことを何も知らないな」
「そうでしょう?」
「秋葉の喫茶店で働いている。父親は死別で母親しかいない。俺が知ってることはそれくらいかな?」
「父はホントは死別じゃないの」
「生きてるのか?」
「うーーん。それも分からないの」
「どう言うことだ?」
「わたしの片山純子って名前だけど、ホントはちょっと違うの」
「偽名なのか?」
「そうじゃなくて、本名は、ナディア・純子・片山なの」
「ナディア・純子・片山!? じゃあ、純粋な日本人じゃないのか?」
「ええ。父は日本人だけど、母はフィリピン人なの」
「母親がフィリピン人・・・・」
そう言えば、純子は、少し肌の色が黒い。これくらいの肌の色の女は結構いるから気にもしていなかったが、フィリピン人との混血だったとは・・・・。
純子は、タンスの引き出しから、パスポートを取り出してきた。純子の名前は確かに、ナディア・純子・片山だった。
「わたしのこと、嫌いになったでしょう?」
「そんなことはないよ」
「ホントに?」
「ホントさ。で、父親の件だけど」
「父は、日本の商社で働いていた人で、フィリピンに出張で来ていたらしいの」
俺は黙って純子の話を聞いていた。
「パブで働いていた母と出会って恋に落ちて、わたしができたの。父はわたしが生まれたことを知らないで、日本に帰ってしまったのよ」
「ほう」
「わたしが日本に来たのは、働くためだけじゃなくて、父を捜すためなの」
「父親の名前は?」
「片山右京」
「片山右京!?」
F1レーサーの名前だ。偽名に違いない。
「見つからないんだろう?」
「ええ。父が名前を書き残した商社には、そんな名前の人は勤めていないって。日比協会の人に頼んで探して貰ったけど、まだ見つからないの」
「見つからない可能性が高いな」
「どうして?」
「片山右京というのは、偽名だろう。君のお母さんは遊ばれただけだ。残念だけど」
「そんな・・・・。母は、父が毎日愛していると言ってくれたと言ってたのよ」」
「それくらいの嘘は誰でも付くよ」
「あなたは?」
「結婚しようと言ってるのに疑うのか?」
「ホントにわたしと結婚するつもりなの? 父親の分からない混血児なのよ」
「出生なんて関係ない。俺は純子が好きなんだ。愛している。すぐにでも結婚してくれ」
「ホントに? ホントにわたしと結婚してくれるの?」
「男に二言はない」
「ありがとう。ありがとう」
純子は、大粒の涙を流して泣いた。守ってやろう。純子を。俺は決心した。