第2章 身に覚えのない罪

 奥村源三との正式契約を済ませた翌日、朝礼が終わって、営業に出かける準備をしていると、人相の悪い二人組が会社にやってきた。受付のテーブルの肘を突いて、会社の中をちらりちらりと見回しながら聞いた。
 「浅井光弘さんは、いるか?」
 「おりますけど。どう言うご用件でしょう?」
 受付嬢が怪訝そうに答えた。
 「警察のものだ。浅井光弘さんにちょっとご同行願いたい」
 男が警察手帳らしいものを受付嬢に見せているのが目に入った。
 「ホントに警察なんだろうか? どう見てもやくざに見えるけど・・・・。それにしても、警察がいったいぼくに何の用だ?」
 心臓がどきどき鳴り始めた。受付嬢がぼくの方を指さし、男たちがぼくに近づいてきた。
 「港署の神田と言います。浅井光弘さんですね」
 「は、はい」
 「署までご同行願いたい」
 「どう言うことです?」
 「君に窃盗の疑いがかかっている」
 「窃盗!?」
 ぼくは驚きに目を見張った。
 「ここでは、他の人間もいる。聞かれたくないだろう。ともかく署まで来てくれ」
 有無を言わせぬ態度。ぼくは課長に断りを言って、二人の男に付いていった。

 「おまえが盗んだんだろう? 証拠はあがってんだよ。どこに隠してあるんだ。正直に言え!」
 取調室では、ぼくは既に窃盗犯になっていた。
 「ぼくが何を盗んだっていうんです」
 「奥村源三氏が大切にしていた古伊万里の皿だよ」
 「そんなもの、盗んでいません」
 「証拠があるって言っただろう?」
 証拠と言うのは、奥村の応接室で撮られたビデオだった。奥村の屋敷には、至る所に監視カメラが設置されているらしかった。
 仮契約書を持っていった日のビデオに、ぼくが古伊万里の皿をじっと見ている場面。本契約をした日のビデオに、小林が出ていったあと、ぼくが古伊万里の皿を抱えている場面が映し出されていた。
 「これは、順番が逆です。仮契約書を持て行った日に、奥村さんに言われて皿をテーブルまで運んだけど、本契約書を持っていった日には、皿には指一本触れていません」
 「テープが改竄されたと言うんだな」
 「そ、そうです」
 「まあ、戯言を言うのも今のうちだ。今、おまえのアパートの家宅捜索に行っている。証拠が挙がれば、そんな戯言も言えなくなるだろう」
 「証拠なんて出るはずがありません。それよりテープを調べてください」
 取調室のドアが開いて、刑事が入ってきて、ぼくの取り調べをしている刑事に耳打ちした。
 「おまえのアパートから、皿が見つかったそうだぞ」
 「そんな・・・・。嘘だ。何かの間違いだ」
 「嘘なもんか。家宅捜索で見つかったんだ。さあ、吐け! 自分が盗みましたというんだ」
 「ぼくは盗んでなんかいません。どうして、そんな皿を盗まなきゃいけないんです?」
 「おまえは経済的に困っている。今度結婚するんだってな。最近は、お宝ブームで、古伊万里といやあ、いくらでも高く売れるんだよ」
 「ぼくは盗んでなんかいません!」

 潔白を叫んだのに、ぼくのアパートから古伊万里の皿が見つかったことが決め手となって、ぼくは窃盗の罪で有罪となった。しかも、最後まで無罪を主張したものだから、悔悛が見られないとして、懲役3ヶ月の実刑判決が言い渡された。
 弁護士は、あくまで無罪を主張するのなら、有罪を覆すのは無理だと言って控訴してくれなかった。平成8年1月から服役することになってしまった。

 式を挙げる予定がぱあになり、ぼくは前科一犯になった。
 「わたし、みっちゃんを信じてるわ」
 「待っててくれるの?」
 「勿論よ。何ヶ月でも何年でも待ってるわ」
 涙をいっぱい溜めて菊ちゃんは、刑務所に入るぼくを見送ってくれた。
 「面会に行くから」
 ぼくは力無く手を振った。

 下着も服も着替えさせられ、毛布と生活必需品の入った袋を抱えて、監房へ連れて行かれた。
 「新入りの安井光弘だ。仲良くしてやってくれ」
 監房の中に入ると、5人の男たちの視線がぼくに集中した。
 「何をやった?」
 奥にいた一番年上らしい男がぼくに聞いた。
 「何もやってません!」
 「何もやってなくて、ここに入れられるか! 素直に犯した罪を言いな」
 「ぼくは何もやってないんです。無実の罪で入れられたんです」
 「無実の罪? 馬鹿をいうな。確か窃盗だと聞いたぞ。盗みをしておいて、無実の罪があるもんか!!」
 「でも、ホントなんです!!」
 「もういい。おまえが一番格下だ。そこの隅がおまえの場所だ。いいな!」
 ぼくは項垂れて、部屋の隅に腰を下ろした。
 「俺はこの部屋の部屋長を任されている安浦だ。起床は午前6時。6時15分から体操。7時朝食。8時から作業場で仕事。正午昼食及び休憩。午後1時から再び作業。午後5時作業終了。午後6時夕食。午後9時消灯だ。分かったな」
 ぼくは頷く。
 「声を出して返事をしないか!」
 「は、はい。分かりました」
 「それでいい」
 同じ部屋にいる連中は、みんな懲役1年未満の刑が軽い連中ばかりらしい。刑務所に入っている連中と言えば、怖い連中ばかりだと思っていたのに、安浦を含め見かけは普通の人たちだ。出来心で罪を犯してしまったんだろうなと思った。
 午後9時になって消灯時間になった。ぼくは入り口に近い場所に布団を敷いて横になった。
 「こんな時間から眠れやしないな」
 そう思っていたのだけれど、1時間もたたないうちにぼくは眠り込んでいた。

 夢を見ていた。菊ちゃんと結婚式を挙げる夢だ。ウエディングドレスを着た菊ちゃんは、凄く綺麗に見えた。
 「ぼくの菊ちゃん」
 手を取りあって、沖縄の白砂の浜辺を駆けるぼくたち。エメラルドグリーンの海がまぶしい。
 突然、大きな石がぼくにのしかかってきた。ぼくは動きが取れない。
 「菊ちゃん!」
 ぼくの手から菊ちゃんがするりと逃げていく。
 「戻ってきてよ。菊ちゃん」
 目が覚めた。今のが夢だと分かって安心した。だけど、ぼくは布団の中で身動きできなかった。誰かがぼくの上にのしかかっているのだ。それもひとりじゃなかった。
 一人はぼくの肩の上に、もう一人はぼくの腰の上に乗っていた。声を出そうとしたのに、声が出なかった。タオルで猿ぐつわをされていたのだ。
 ぼくは藻掻く。
 「大人しくしてろ」
 誰の声だ? 安浦か? 穿いていたズボンとパンツが引き下ろされた。
 「ぼくに何をするつもりだ!」
 そう叫んだ声は、男たちには届かない。ぼくは、押さえられていない足をバタバタさせたが、三人目の男がぼくの太股の上に乗ってきてそれもままならないようになった。
 「へっ、へっ、へ」
 気味の悪い声がした。そのとたん、肛門にべったりとしたものを感じた。男がぼくの肛門に何かを塗っているのだ。
 「じっとしてろ。すぐに気持ちがよくなる」
 刑務所で、男が男を犯すというシーンをビデオで見たことがある。ぼくは恐れおののき、全身に力を入れて抵抗した。
 「静かにしないか」
 ぴしゃりと尻が叩かれ、肛門に指を入れられた。
 「ううっ!!」
 その指が、ぼくの肛門の中を乱暴に動き回った。
 「締まりがいいじゃないか。楽しませてくれよ」
 「イヤだ!!」
 そんな声もウグググと言う呻き声にしかならなかった。
 「ぐうっ!!」
 引き裂かれるような激しい痛みと共に、直腸に違和感を覚えた。ぼくは力の限り抵抗するが、どうすることもできなかった。
 「締まる、締まる。いい気持ちだ」
 男は腰を動かし続けた。痛みが麻痺して消える頃、男がその精のすべてをぼくの中に放った。男の動きが止まり、ぬるりと抜け出ていった。ホッとするまもなく、また入ってきた。別の男のようだった。
 再び痛みが襲ってきた。ぼくはもう抵抗する気力を失っていた。二番目の男が、ぼくの中に射精すると、上に乗っていた男たちがすっと体を離していなくなった。
 下半身に力が入らず、立ち上がれなかった。ぼくはそのまま眠り込んだ。

 「起床だ。起床!! 早く起きろ!」
 安浦の声がして、他の4人が起き始めた。ぼくは布団の上に座り込んだ。シーツが血で真っ赤になっていた。
 「浅井! 早く起きないか!」
 ぼくは安浦を睨んだ。しかし、安浦は、別に何の反応も示さない。
 「早くしないと、朝飯にありつけないぞ」
 ぼくはのろのろと起きあがった。肛門がひどく痛んだ。他の5人は何事もなかったように、布団を畳み、体操をするための房の外へ並んだ。
 ぼくはシーツをはぎ取り、肛門を拭いた。真っ赤な血がいつまでも流れ出てきた。
 「ちくしょう・・・・」
 涙が流れた。
 「浅井! 体操だ! 早く出てこい!!」
 看守に怒鳴られて、ぼくはやむなく房の外に出て体操をした。体操をしていると、太股に血がすっと流れていくのを感じた。

 朝食が済んでトイレに行くと、トイレが真っ赤になるほど血が出た。あまりの血の多さに幻暈がした。
 「痔が悪いのか? 医務室へ行け」
 同室の男たちに襲われたなんてこと言い出せなかった。看守に付き添われて、医務室へ行った。
 「切れ痔だな。すぐによくなる」
 ただの切れ痔じゃないと分かっているだろうに、この刑務所の中では、そんなことは日常茶飯事なのだろうか? 医務官は、簡単にぼくを診察すると、痔の軟膏をぽんと投げてよこした。
 軟膏は、肛門に滲みた。

 作業は、椅子やタンスを作る仕事だった。ぼくは、組み立て上がったものをサンドペーパーで磨く作業を言い渡された。
 力を入れるたびに血が流れ出てくるような気がした。実際トイレに行くと、うす茶色のトランクスに真っ赤な血が付いていた。

 その日の夜、ぼくは壁を背中にして、じっと男たちを見ていた。
 「眠ったら、またやられる。絶対眠るもんか!」
 真夜中に安浦が立ち上がった。ぼくは、体を身構えた。
 「看守! トイレ」
 安浦は、房の外にあるトイレで用を済ますと、すぐに帰ってきた。ぼくの顔を見てにやりと笑ったような気がした。
 一日くらいの徹夜は、どうもない。二日目も、とうとう一睡もしなかった。三日目になって、疲れが出てきた。頭ががんがんして、眼瞼が重くなってきた。
 「出所するまでの3ヶ月間、一睡もしないわけにはいかないんだ」
 そう思ったとたん、睡魔が襲ってきた。ぼくは爆睡していた。気がついたときには、既に肛門を犯されていた。
 「気持ちがいいぜ」
 明らかに安浦の声だった。その夜は、安浦を含め三人に犯された。二人がぼくの上に乗っているから、房の中の5人全員が結託してぼくを辱めていることになる。

 夜が明けて、ぼくは安浦に襲いかかった。
 「ちくしょう!!」
 「浅井。何のまねだ? どうしてそんなことをする?」
 ドンと突き放された。
 「ぼくを、ぼくを・・・・」
 「ぼくをどうしたんだ? ああっ?」
 安浦はぼくの首筋をつかむ。
 「くそう」
 安浦を殴ろうとしたけれど、反対にめった打ちにあった。安浦は喧嘩慣れしている。それに体格が圧倒的に違う。ぼくが敵う相手ではなかった。

 「おまえの痔はひどいみたいだな」
 血で真っ赤になったシーツを見て、看守はそう呟いて、医務室へぼくを連れていった。
 「薬をきちんと塗ったのか?」
 医務官は、ほとんど感情も込めないでそう言った。ぼくは痔の軟膏を受け取ると黙って医務室を出た。

 ぼくは隙を見て看守に話しをした。
 「看守さん。同室の連中に、夜中に襲われたんです。助けてください」
 「襲われた? 怪我でもしたのか?」
 「い、いえ。暴力的なことじゃなくて、あのう・・・・」
 「なんだ?」
 「ホ、ホモの相手をさせられたんです」
 看守は、何だそんなことかというような表情になって言った。。
 「中じゃ、そう言うことは日常茶飯事だ。仲良くするために、ケツくらい貸してやった方がいいぞ」
 「そんなことしたくない」
 「したかろうが、したくなかろうが、ここで安心して生活するためには、そうした方がいいぞ。なに、3ヶ月の辛抱じゃないか」
 他人事のように、そう言って立ち去ろうとした。
 「房を変えてくれ!」
 「どこの房に行っても同じだぞ。もっとひどくなることもあるんだ。それでもいいのか?」
 なんて所だ。涙が出た。房も変えてくれない。看守も助けてくれない。ぼくは諦めて相手をするしかなかった。
 ぼくが抵抗しないと分かると、毎日午前0時になると、5人は二人ずつ交代でぼくを犯した。
 5人ともホモなのだろうか? それとも、女の代わりと割り切ってやっているのだろうか? ぼくには5人の気持ちがよく分からなかった。

 菊ちゃんが、週に一回ぼくの好物を持って面会にやってくる。毎晩男たちに犯されているなんてことは言えるはずがなかった。
 菊ちゃんの顔を見ると、ぽろりと涙がこぼれた。
 「どうしたの? 涙なんか流して」
 「なんでもないよ。菊ちゃんに会えて嬉しかっただけだよ」
 「そう? はい、これ。みっちゃんの好きな、巻きずしよ」
 「いつもありがとう」
 「他人行儀なこと言わないで。わたしたち、結婚するんだから」
 耐えるしかない。菊ちゃんを見ながらそう思った。

 10日もすると、肛門から出血することはなくなった。痛みもなくなった。痛みの代わりに何とも言えない快感が沸いてきた。そう、快感なのだ。
 「そんな馬鹿な!」
 初めは、そう思っていた。しかし、ペニスがぼくの中に挿入され、何度も突かれているうちに、気持ちがよくなってくるのだ。
 二週間目、ぼくは快感のあまり、ペニスを肛門に突っ込まれたまま射精していた。
 「おう、おう。ついにホモの良さを悟ったか」
 安浦がぼくを見下げるようにして言った。悔しかったけれど、それは動かしようのない事実だった。
 ぼくが射精すると、ぼくの肛門が挿入されたペニスを締め付けているのが分かる。男たちはそれが気持ちいいらしく、ピストン運動だけでぼくが射精しないと分かると、ぼくのペニスをしごいて射精させた。
 射精するのは、男としては快感だ。だけど、こんな形で射精するなんて、死んでしまいたい気持ちだ。死にたいと思わない日はない。けれど、菊ちゃんを置いて、死ぬわけにはいかない。
 ぼくは無理矢理ホモにされている。しかし、それもここにいる間だけだ。ぼくはただ時がたつのを待った。もう2ヶ月あまりの辛抱だ。