第16章 復讐は成し遂げられた

 奥村の情報を得るために、あの時の関係者ではなく、奥村に近づける人物を捜した。適当な人物はなかなかいなかった。
 そんなとき、奥村グループのひとつで、東日本警備保障という、奥村の屋敷を警備している会社の主任をしている男の存在を知った。
 元警察官で、窃盗の罪で懲戒免職になって、東日本警備保障に入った上妻という男で、奥村の屋敷に何度か出入りしているようだった。
 上妻に近づくためには、男女の関係にならなければならないかもしれないと考えた。だけど、上妻なら役に立ちそうな気がした。カルロス以外の男に抱かれるのはイヤだったけど、上妻はカルロスに雰囲気がよく似ていた。上妻なら我慢できると思った。わたしは、上妻に近づくチャンスを狙っていた。
 上妻と接触するチャンスを窺っていたある日、ちょうど雨が降ってきた時に上妻が会社の階段を下ってくる姿が見えた。
 「きゃあ、濡れちゃう・・・・」
 わたしは、できるだけ大袈裟に叫んで上妻のそばに駆け寄った。上妻はわたしの方をちょっと見たようだった。
 「昼間は降らないって言ってたのにい」
 そばに上妻がいないような、無視した言い方で呟いてみた。わたしに興味を持ってくれただろうかと訝っていると、傘を貸してとも言わなかったのに、上妻は傘を二本持ってきて、ちょっとはにかんだような顔をしてわたしに貸してくれた。窃盗罪で警察を馘首になった男だからと思っていたけれど、思ったよりいい男のようだ。
 きっかけができた。上妻は、つい最近同棲していた女と最近別れている。今なら、すぐに落ちそうな気がしていた。翌日、傘を返すという口実で上妻に会いに行き、手作り弁当で誘った。
 「上妻はわたしに好意を持っている」
 そう確信したわたしは、用意したメモを渡した。メモにはアパートの電話番号を書いてある。わたしは、上妻が誘いに乗ってくるのを、今か今かと待った。
 わたしには自信があった。顔は美人の部類に入ると思う。スタイルは、理想のプロポーションに合わせて豊胸術を受け、ヒップを大きくしている。上妻がホモでもない限り、絶対に誘いに乗ってくると思っていた。
 午後6時半前になって上妻から電話が入った。アパートに誘うと、弾んだ声が帰ってきた。
 「これで、情報源が手に入る。ただ、男女の関係になる覚悟がいるけれど・・・・」

 食事を食べさせ、入浴させたときには、上妻の目は爛々としていた。バスルームの中で、わたしは、最後の覚悟を決めた。復讐を達成させるために、カルロス以外の男に抱かれようと。
 バスタオルだけを体に巻いて、上妻の前に立った。上妻は、わずかに笑顔を見せた。股間が盛り上がっているのが見える。
 「こんなことする女、嫌い?」
 そう言うと、上妻は目を伏せて答えた。
 「い、いや」
 財布を盗んで懲戒免職になった警察官にしては、結構純情な男だなと思った。わたしは部屋を暗くした。わたしの持ち物は、性転換して女になったとはまず分からない。それくらい綺麗に仕上がっていた。だけど、万が一に備えて用心したのだ。
 わたしは、バスタオルを取り去って全裸になり、上妻の前でまるでストリッパー嬢のようにポーズを取った。女として見つめられる。そうされることで、わたしは興奮し濡れてくるのだ。
 上妻は、カルロスよりはテクニックでは劣るものの優しかった。半年ぶりに満足させて貰った。上妻もわたしに満足してくれたようだ。

 上手くいった。上妻は、わたしの肉体に溺れ、わたしがそれとなく聞く奥村の情報を流してくれるようになった。
 窃盗の罪で警察を懲戒免職になったとされていたけれど、上妻は身の潔白をわたしに熱く語って聞かせた。そばにいると、上妻の正義感が痛いほど伝わってきた。上妻の言う、窃盗に罪はえん罪だという言葉を信じるようになった。
 カルロスにすまないと思いながらも、わたしは、しだいに上妻を愛するようになっていた。そして、行き掛かり上、わたしは上妻と同棲することになってしまった。

 上妻が持っていた奥村グループの名簿から、奥村企画という芸能関係の会社に、あの時の関係者が3人いることが分かった。午前9時を過ぎると、その3人を残してみんな仕事に出かけ、残された3人は事務所でいつも麻雀をしていることが上妻からもたらされた。
 「爆弾を持っていくよ。事務所の中にその3人しかいないことを確かめてから爆発させれば、関係のない人には危害が及ばないよ」
 健二が宅配便を装って爆弾を届け、爆発させた。標的の3人は死んだ。部外者にけが人は出たものの、死者は出なかった。
 わたしは、奥村に再び手紙を送った。用心されることは分かっている。しかし、復讐だと知らせなければ意味はない。

 「みつにい、ドリームハウスって言うホストクラブも奥村グループのひとつだって聞いたけど、知ってるか?」
 健二からそんな電話が入ったのは、奥村企画の爆破をやったすぐ直後だった。
 「上妻のファイルにはないわよ」
 「おかしいな。オーナーは安浦というやつなんだけどね。みつにいがやっつけなきゃいけないって言ってた男の中に、安浦って言う名前がなかったかなあ」
 「安浦? もしかしたら背の高いめがねの男じゃない?」
 「そうそう。写真をファックスで送るよ」
 送られてきた写真の男は、間違いなく刑務所で一緒だった安浦だった。わたしをホモに仕立て上げるのに一役買った男だ。
 「間違いないわ。この男も標的だわ」
 「店から出てきたときに狙撃してみるよ」
 「新宿のど真ん中でしょう? 大丈夫なの?」
 「人が多いから、かえって大丈夫なんだ。逃げるのに都合がいい」
 「そうね。でも気を付けてね」
 「ああ、気を付けるよ」

 テレビのニュースで、安浦が銃で撃たれて死亡したのを知った。健二の腕は大したものだ。
 上妻からの電話で、狙撃事件の現場にいたという話しを聞いてひやりとした。帰ってきた上妻の話を聞いてさらにビックリした。銃弾が、耳元を掠めたというのだ。
 翌日、上妻が出かけてから、健二に電話した。
 「健ちゃん。安浦を狙撃したとき、安浦の前に立っていたのが上妻なのよ」
 「そうなの。当たらなくてよかったな」
 「肝が冷えたわ」
 「・・・・みつにい?」
 「なに?」
 「上妻のことが好きになったのか?」
 見透かされて、わたしはどぎまぎした。
 「そうなんだな」
 「・・・・そうみたいなの」
 「そうか。まあ、いいよ。みつにいは、今は女なんだから、菊ねえのことは忘れて愛してやんなよ」
 「でも・・・・」
 「菊ねえも、みつにいの幸せを祈ってるだろうから、気にすんなよ」
 わたしは何と答えていいのか分からなかった。ただ、上妻の存在がわたしの中で日に日に大きくなっていっているのは事実だった。
 「その上妻の働いている警備保証会社に、ターゲットが二人居るよね」
 「ええ」
 「爆弾を仕掛けにいこうと思うんだけど」
 「上妻がいるときもあるわ」
 「爆弾を届けに言ったときに、外に誘い出してくれないか?」
 「そうね」
 「じゃあ、明後日の正午に届るから、誘い出してくれよ」
 「誘い出せなかったらどうするの?」
 「今度のやつは、遠隔操作で爆発させるやつなんだ。上妻が外に出たのを確認したら連絡をくれ。そしたら、スイッチ一発でドカンだ」
 「それなら安心だわ」

 健二との約束の日、上妻の会社の前にある通りを挟んで向かいの公衆電話の前でわたしは待っていた。
 健二が宅急便の制服を着て階段を上っていくのが見えた。わたしは上妻の携帯に電話をかけた。
 《はい。上妻です》
 「わたし、純子」
 《なんだ。どうした?》
 「今、あなたの会社のすぐ近くまで来ているの。ねえ、お昼を一緒に食べない?」
 《昼飯か・・・・。そういやあ、もうすぐ正午だな。ちょっと待って》
 健二がビルから出て来て、わたしに軽く手を挙げると走り去っていった。どこかの公衆電話から、川野に電話をかけるはずだ。
 上妻が、川野に外出の許可を得ている会話が受話器から漏れてきた。電話の鳴る音が聞こえてきた。健二からの電話だろう。
 《純子、ちょっと待ってくれ》
 「いいわよ」
 わたしは上妻が誘いに乗ってくるのを待った。誘いに乗ってこなければ困るのだ。爆弾はもはや届られているからだ。しばらく待たされてから、上妻から返事があった。
 《ごめん、ごめん。電話が入って》
 「行けるの?」
 《ああ、すぐに降りていくよ。どこにいるんだ?》
 「通りの反対側にある公衆電話からよ。窓から見えるでしょう?」
 窓から上妻の顔が見えた。わたしは電話ボックスから上妻に向かって手を振った。
 《ああ、見えたよ。すぐ出る》
 これで計画が実行に移せる。わたしはホッとした。上妻の姿が、窓際から消えてすぐに、健二の携帯に電話した。
 「上妻を外に出すのに成功したわ。もうすぐ上妻が降りてくる。姿が見えたら連絡する」
 携帯から、了解した旨の信号が戻ってきた。健二は、上妻が外に出たのを確認してから、川野たちに最後通告をする手はずになっている。
 上妻が通りを強引に横切って渡ってきた。わたしは、上妻との会話を携帯に流したあと、すぐに切った。携帯を持っているのに、公衆電話からかけたことを上妻は何も疑っていないようだ。
 「仕事はどうしたんだ? 今日は休みじゃないだろう?」
 上妻を爆弾から守るためにやって来たなんてことは言えるはずもない。言い訳は考えてあった。上妻に結婚しようと言われて思いついた言い訳だ。
 「お休み貰ったの」
 「どうして?」
 「結婚式に着るウエディングドレスを選びに行ってたの」
 「ウエディングドレス。そうか・・・・。いいのがあったか?」
 「うん」
 嬉しそうな笑顔を向けると、上妻は今にもわたしにキスしそうになった。わたしだってキスしたいけど、こんな人通りの多いところじゃ恥ずかしいし、爆弾を爆発させようかと言うときに、そんな気にならなかった。
 「どこへ行く?」
 「向こうの角のレストランはどう?」
 「いいね」
 歩き始めてすぐにどかんと大音響がして爆発が起こった。健二が遠隔操作のスイッチを入れて、爆発させたのだ。わたしはきゃあと叫び、上妻に縋り付く。
 「大変だ。純子、ここにじっとしていろ。中を見てくる」
 「危ないわ」
 怪我でもしたらと思うのに、上妻は走って階段を上っていった。しばらくして戻ってきた上妻は、わたしが外に呼び出した理由を露も疑っていなかった。

 上妻が、マイクロカセットを持ってアパートに帰ってきたとき、どきりとした。奥村を狙う理由を知られたのだ。しかも、狙っているひとりが、健二だと言うことも。
 上妻は、保身をはからず、警察にマイクロカセットを届けて健二を捕まえさせ、事件を解決しようとした。仇討ちを完了させてあげたらと勧めたが、聞き入れてくれなかった。上妻らしい反応だった。
 警察が介入してくる前に勝負を付けなければ。

 上妻が警察に行っている間に健二と相談し、わたしを人質にして上妻をおびき出し、上妻の口から、さらに奥村たちをおびき出して貰うことにした。
 第3埠頭南13番倉庫にやってきた上妻は青ざめていた。わたしを愛してくれている上妻を騙すのは心苦しかった。しかし、やらねばならない。
 効果を狙って全裸になったわたしを盾にして、健二が上妻に奥村を誘い出すように要求した。上妻は、やむなく了解して携帯をかけ始めた。奥村を誘い出すのにも成功したようだ。

 上妻を倉庫の前に出し、わたしは健二と共に奥の暗闇に身を隠した。健二と二人で、ライフルを構え、奥村たちが現れるのを待った。
 20分ほどして、車が停まる音がかすかにした。
 「来たわよ。健ちゃん、気を付けて」
 「ああ」
 一人二人と倉庫の中へ入ってきた。上妻を含めて9人だ。
 「健ちゃんは、右の4人を。わたしは左の3人を撃つわ。上妻と奥村には当てないでね」
 「分かった」
 「いくわよ。3、2、1、それ!!」
 倉庫の明かりをつけて、男たちの目がくらんだ瞬間に、健二とわたしのライフルが同時に火を噴き、男たちがバタバタと倒れた。
 「上妻! お前、俺を罠にかけたな!!」
 奥村がそう叫んで、上妻に銃を向けるのが見えた。わたしは、奥村の肩を狙って引き金を引いた。奥村の肩から血が噴き出し、銃を落とすのが見えた。
 「健ちゃん、行って」
 わたしがこの復讐劇に関与していることを上妻に知られたくなかった。わたしはあくまで人質で通すつもりだった。
 「奥村! 観念するんだな」
 健二が立ち上がって、奥村の方へ進んでいった。
 「今日でお前も最後だ」
 「た、助けてくれ」
 「もっと命乞いをしろ! 姉さんたちが受けた苦しみからすれば、それくらいの苦しみは屁でもないだろう」
 「俺が悪かった。許してくれ」
 這い蹲って命乞いをする奥村。ああ、目的達成は目の前だ。
 「だめだ。お前のような人間は生きるに値しない。簡単に殺してしまうのは口惜しいが、お前の顔などもう見たくもない。死ね!」
 パン、パン、パンと銃声が響いた。
 「あの銃声は健二の銃のものじゃない」
 ハッとして見ると、血を吹いて倒れたのは、健二だった。すぐに助けに行こうとしたが、銃弾がどこから飛んできたのか分からない。それを見極めなければ、わたしもやられてしまう。
 「形勢逆転だな」
 奥村が勝ち誇ったように立ち上がった。入り口から、男がふたり入ってきた。
 「こんなこともあろうかと、ふたり、別にこらせたんだ。はっ、はっ、はっ!」
 「く、くそう・・・・」
 健二が体を起こそうとする。
 「よかった。まだ死んではいない」
 「おい。トドメを刺してやれ」
 ふたりの男たちが銃を健二に向けた。わたしは、狙いを付けて、二人の男たちを撃った。ふたりの男は、ばたりと倒れて動かなくなった。
 奥村は慌てて逃げ出そうとした。その足元を狙って引き金を引いた。奥村が立ち止まる。奥村は、別にこらせたのは二人だと言った。他にはいないだろう。わたしは立ち上がった。上妻に知られるが、もう隠れているわけにはいかない。
 「動かないで」
 上妻は、唖然として口を開けていた。
 「純子・・・・」
 「あなたも動かないで」
 健二の胸と腹から、血が流れ出ていた。傷の深さからすると助かりそうもなかった。奥村が逃げ出そうとする。わたしは奥村の足を撃った。
 「健ちゃん、しっかりして」
 「俺はもうダメだ。みつにい、姉さんの仇を。・・・頼む」
 「しっかりするのよ。健ちゃん、死んじゃダメよ」
 こんなことに巻き込まなければよかった。わたしだけでやればよかった。後悔が渦巻いた。
 「純子! 危ない!!」
 上妻の叫び声が聞こえた。奥村がわたしに銃を向けているのが見えた。わたしはライフルを持ち上げ、奥村を撃った。その瞬間、胸に衝撃が走った。
 「純子!」
 上妻が駆け寄ってきてわたしを抱いた。
 「純子! しっかりしろ!」
 「お、奥村は?」
 上妻が振り返って奥村の様子を見た。
 「死んでるよ」
 その言葉を聞いて、すべてが終わったと思った。
 「サブちゃん。嘘ついてごめんね。・・・・ウエディングドレス、着たかった」
 約束したのに、カルロスの元にも戻れない。
 「純子! 純子おおぉ・・・・!!」
 上妻が叫ぶ声を聞きながら、わたしは奈落の底へと落ちていった。