第15章 復讐の始まり

 西暦2001年2月、4年ぶりに日本に帰ってきた。4年前と東京はずいぶん変わっていた。いや、その前1年以上も奥村の屋敷に監禁されていたから、5年前と変わっていたと言うべきだろう。
 わたしは、小さなアパ−トを見つけて、父親探しをカムフラージュに、奥村の動向を探った。
 奥村は、本来の不動産関係の仕事から、芸能関係へと仕事を広げ、さらにセックス産業にまで手を広げていた。屋敷の警備をしている会社も奥村の傘下にあるようだった。
 奥村を始め、あの時関わった男たちを一人一人殺していこうと思ったけれど、何故殺されるか、男たちに知らせておく必要がある。
 銃を突きつけるなりして、わたしの目の前で懺悔させたいところだが、奥村グループという巨大な組織を相手に戦う、たったひとりわたしには、そうすることはリスクを伴った。しかし、警戒されることは承知の上で、少なくともわたしが復讐をしていることだけは知らせておきたかった。
 奥村宛にワープロで手紙を書いた。

 『俺は蘇った。俺と菊子の受けた仕打ちを倍にして返してやる。首を洗って待っていろ。浅井光弘』

 最初の標的として選んだのは、菊ちゃんを最初に犯した野村清治という男だ。奥村グループの不動産関係の責任者をしていた。女好きで、毎日と言っていいほど女を漁っていた。
 わたしは、野村の乗るベンツのブレーキに細工をして、急ブレーキをかけると、ブレーキが利かなくなるようにして置いた。わたしがトヨタに勤めたのは、車好きだったからだ。簡単な細工などお手の物だった。
 深夜、銀座で少し酒の入った野村が、ベンツで帰宅するのをレンタカーで追いかけ、首都高に入ったところであおってやった。
 わたしは、少し派手な化粧をして、派手な服を着ていた。追い越しざまに野村に向かって微笑んで見せた。
 「抜けるものなら、抜いてご覧なさいよ」
 そんな風に挑発したのだ。野村は猛スピードでくっついてきた。時速150キロで、事故多発地点であるカーブにさしかかった。わたしはブレーキを踏んで抜けたが、野村の車はわたしのやった細工のせいでブレーキが利かず、反対車線に飛び出して爆発炎上した。
 「あれでは生きてはいないわね。生きていても一生車椅子だわ」
 翌日の新聞に野村の事故死が載っていた。

 野村の死後に、その後がまに入ったのが、あの時奥村の屋敷にいて、わたしをひどい目に遭わせ、わたしと菊ちゃんを海に投げ込んだ小林だった。
 マンション購入を口実に小林に近づいた。
 「少し広いマンションが欲しいんだけど」
 勿論、この時も濃いめの化粧をして、水商売風の女を装った。
 「いい物件がありますよ。おい、佐久間、お相手してあげろ」
 「あら? 社長さんが面倒見てくれるんじゃないんですか?」
 わたしは、小林に気がある振りをした。小林はすぐに乗ってきた。
 「あ、ああ。わたしが面倒見ましょう」
 小林は、わたしが浅井光弘だとは気づかない。整形もしているし、女の姿をしている。声もまったく違うのだから、当然と言えば当然だった。
 何軒かマンションを見たあと、わたしはそれとなく小林に迫った。
 「二人で泳ぎに行きませんか? 勿論誰にも内緒で」
 あの時、わたしと言う男を相手にセックスしていたけれど、元来女好きの小林は、わたしの誘いにすぐに乗ってきた。行く先までの道中は別にした。
 「奥さんにばれると不味いでしょう?」
 それが口実だったが、わたしとしては、小林と一緒にいるところを見られたくなかったからだ。小林には車で来て貰ったが、わたしはJRを使った。足が付くのを恐れたからだ。
 小さなバンガローを借りて、一緒に泳いでやり、夕食には焼き肉を食べさせながら、酒を飲ませた。
 午後10時頃になって、小林はわたしの体を求めてきた。
 「まだみんな起きてるわ。もう少し待ってよ。夜はまだまだ長いわ」
 「いいじゃないか」
 「午前0時まで待って。そしたら、あなたの自由にさせてあげる」
 「そ、そうか」
 涎を流さんばかりになって、小林は酒を飲んでいた。周りが寝静まった頃、わたしはビキニ姿で小林を誘った。
 「泳ぎに行きましょう?」
 「泳ぎはいい。なあ、もういいだろう?」
 「海の中で、裸でするのはどう?」
 そう言うと、小林は喜んで付いてきた。
 「ここは明るいわ。あの岩陰に行きましょう」
 岩陰に誘い込んで、わたしは水着のブラを取った。わたしは胸を張って、形のいい乳房をさらす。小林は嬉しそうによだれを垂らした。
 「こっちが欲しいんでしょう?」
 わたしはさらに水着の下を少し下げて、海の中へ誘った。蹌踉めきながら小林は海の中へ入ってきた。
 「キスして」
 「へへへ」
 小林がわたしに抱きついてきた。キスする振りをして、小林の頭を海の中へ押しつけた。
 「ぐふぁあ、な、何をする!」
 「わたしは浅井光弘。よもや忘れたとは言わせないわよ」
 驚きに目を見張る小林。
 「わたしたちの受けた苦しみを考えれば、簡単に殺してしまうのは口惜しいけど、今じゃないと殺せないからね。さよなら」
 手足をバタバタさせて抵抗したけれど、かなり酔っていた小林は、女のわたしの力に抵抗することができずに息絶えた。
 わたしは、バンガローに戻り、着替えて立ち去った。この時、来たときの水商売風の格好から、目立たない地味な格好に姿を変えるのを忘れなかった。
 翌日の新聞に、酔って溺死の記事が出ていた。一緒にいた女性も行方不明と書かれていた。わたしは、水商売風の服や下着、バッグ一式をバンガローに残しておいて、水着のブラジャーを海に流し、一緒に海で溺れたように装ったからだ。

 次のターゲットは、野村と共に菊ちゃんを犯した男の一人、山田太一郎だ。山田は、奥村グループの一つ、東日本警備保障の社長を務めていたが、奥村の屋敷に配置換えとなっていた。屋敷の警備を充実させるためのようだ。おそらくわたしが脅迫状を送ったせいだろう。
 わたしは、山田太一郎の生活態度を詳細に観察した。山田太一郎は、結構几帳面な男で、たいていの場合、朝8時に屋敷にやっていき、夕方6時に帰宅する。行きも返りもほとんど同じ道を通った。だから、罠にかけやすかった。
 わたしは、山田の帰り道で待ち伏せして声をかけることにした。初めの日は、別の道を通ったか、何かの用事で遅くなったかしたのだろう、午後10時を過ぎても姿を現さなかった。その翌日、待ち伏せをしているわたしの前に姿を現した。。
 「小父さん、お酒をおごってくれない?」
 ちょっとすれたような格好をしていたわたしに、山田は簡単に乗ってきた。
 「いいよ。何が飲みたい?」
 「カクテルなんて良いかな?」
 「カクテルか。いいぞ」
 うまくいけば、わたしを抱けると思っているのだろう、目尻を下げて近くにあるカクテルバーへとわたしを連れて行った。
 山田には何杯もカクテルを飲んだ振りして、実はほとんど飲まずに吐き出して、酔った振りをした。
 「さあ、次に行こうか?」
 午後11時を回った頃、山田はわたしを自宅であるマンションへと連れ込んだ。こんな男とキスなどしたくはなかったけれど、床の上に倒れこんでキスしてやった。
 「いやあ、君はキスがうまい」
 「そう? お酒をおごってくれたお礼にうんとサービスしてあげるわ」
 わたしは身体を入れ替え、山田の上になった。山田の頭の上に跨るようにして立ち、スカートの下から覗かせる。
 「いいぞ、いいぞ」
 スカートを捲り上げて腰を振りながら、ゆっくりショ−ツを下げていった。山田は涎を流している。ショーツを取り去り、山田の顔に股間を近づけていった。
 「へっ、へっ、へ」
 山田は、わたしの女の部分を見ながら下卑た笑いを浮かべた。わたしはそのまま山田の頭の上の床に座り込み、さっとネクタイを山田の首にかけた。
 「な、なにをする!?」
 わたしは山田の肩に足をかけ、ネクタイを力の限り引いた。
 「ぐぐぐええっ!!」
 「わたしは浅井光弘。わたしと菊ちゃんの恨みだ。死ね!!」
 その声が山田に届いたかどうかは分からない。山田は簡単に事切れた。わたしがこんな手の込んだ方法を使ったのは、こういう形でないと、非力になったわたしには山田を絞め殺せなかったことと、この方向に引っ張れば、首吊り自殺と同じ方向になるからだ。
 山田が死んだのを確かめて、ネクタイの端を結んでドアのノブに掛けて置いた。翌日の新聞に、山田が自殺死体で見つかったとの記事が出ていた。

 この頃から、奥村の周辺の警戒がさらに厳しくなった。わたしの手紙、相次ぐ3人の不審死。警戒しない方がおかしい。
 わたし一人ではこれ以上は無理だと思い、協力者を得ることにした。今のわたしに協力してくれそうな人物は、カルロスを除いてただ一人、菊ちゃんの弟、作井健二しかいない。
 健二の居場所は分かっていた。旭川の自衛隊にいた。わたしは北海道へ飛んで、健二に電話した。
 「もしもし、作井健二さんですか?」
 「そうですけど、あなたは?」
 「いなくなったあなたのお姉さんの件で、会ってお話ししたことがあるんですけど」
 「菊ねえの件で?」
 「そう。富良野にある、プリンスホテルの505号室で待っているわ」
 「富良野プリンスの505号だね。君の名前は?」
 「片山純子です。急いできてね」
 「すぐにそちらへ行く」

 午後6時前、ドアがノックされた。わたしはドアを開けて健二を招き入れた。6年ぶりに会う健二は、こどもから逞しい青年に成長していた。
 「初めまして、片山純子です」
 「作井健二です。姉さんの行方を知っているというのはホントですか?」
 「ホントです」
 「どこにいるんですか? 早く教えてください」
 「まあ、そこに座って。話してあげるわ」
 わたしは、浅井光弘が奥村源三の罠にかかって刑務所に入れられ、そこでホモに仕立て上げられて奥村の屋敷に監禁されて性の奴隷として屈辱を受けたこと、浅井光弘を探して奥村の屋敷にやってきた菊ちゃんが、浅井光弘の目の前で陵辱され薬の副作用で死んでしまったことを話した。
 「菊ねえの死体は、今どこに?」
 「どこか遠い海の底に眠っているわ」
 「くそう!」
 健二が壁を拳で叩き、大粒の涙を流した。
 「あなたはどうしてそのことを知っている。それに、どうしてそのことをぼくに話したんだ?」
 「健ちゃん、わたしの顔をよく見て。かなり変わっちゃったけど、面影は残っているでしょう?」
 健二は首を傾げ、まじまじとわたしを見た。
 「わたしが女だと思うからいけないの。よく見て、健ちゃん」
 健二はまだ首をかしげている。
 「あなたとわたしは小さい頃、毎日いっしょに遊んだわ。泣き虫のあなたは、いつもわたしのあとをついて回った。みつにい、みつにいって呼んでね」
 健二の目が見張られた。
 「ま、まさか・・・・。みつにいなのか?」
 わたしはゆっくりと頷く。
 「そうよ。驚いたでしょう?」
 「う、嘘だろう? みつにいには見えないよ」
 「女の姿をしているんだもの、信じられないでしょうね」
 「声だって違う!」
 「声帯をいじったからね」
 「ホントに、ホントにみつにいなのか?」
 「ホントよ。まだ信じられないって言うのなら、あなたとわたしだけの秘密を話しましょうか?」
 「な、何のだよ」
 「わたしと菊ねえ、あなたは菊ちゃんのことを菊ねえって呼んでたわね。菊ねえとの初体験の現場に入ってきたあなたは、お父さんやお母さんに黙っている条件に、菊ちゃんと一生離れないって約束をさせたわ」
 「そ、その通りだよ」
 「その翌日。あなたはわたしの部屋に来て、包茎だけど女とやれるかなって、わたしに相談した。わたしも普段は包茎だって言ったら、健ちゃん、ものすごく安心したわ。これは健ちゃんとわたしだけの秘密よ」
 健二は、唖然として口を開けた。
 「分かった。分かったよ。ほんとに、みつにいなんだね」
 「やっと信じてもらえたようね」
 「どうして、そんな風に?」
 「いろいろと事情があってね。あなたには言いたくないの。ただ、死んだ菊ちゃんの復讐のために戻ってきたの」
 「菊ねえの復讐のために・・・・」
 「そう。これまで3人殺したわ」
 「3人も?」
 「復讐しなければならない相手は、まだまだ残っているの。だけど、警戒が厳しくなって、わたしひとりじゃ、これ以上は無理。だから、健ちゃんに手伝って貰いたいの」
 健二は少し考える。しかし、きっと唇を結んで答えた。
 「いいよ。菊ねえの仇討ちだ」
 「よかった。そう言ってもらえて」
 「ただ、すぐには除隊できないんだ。来年の春まで待って欲しい」
 「来年の春まで・・・・。仕方ないわね。じゃあ、それまでにいろいろと準備して置くわ」
 「・・・・みつにい?」
 「なに?」
 「女の格好をしているけど、あれはどうなってるの?」
 真顔になって聞く。
 「あれって?」
 「あれだよ」
 健二は自分の股間の方を見た。
 「ああ、あれのこと。ないわよ」
 「ええっ!! ないの?」
 健二は目を丸くした。
 「菊ちゃんがいなくなったんだから、もう必要ないでしょう?」
 「そ、それはそうかもしれないけど・・・・。あれがないってことは、女のあれも・・・・作ったの?」
 「あれ? ええ、ちゃんと作ってもらったわ。男の人とセックスできるのよ」
 わたしはにっこりと微笑んでみせた。
 「う、嘘だろう?」
 「ほんとよ。見てみる?」
 わたしはスカートの裾をあげて見せた。健二には、ショーツの上からわたしの膨らみのない股間が見えたはずだ。
 「い、いや、いいよ」
 「遠慮しないでいいわよ。何なら、寝てあげてもいいわよ」
 わたしはショーツを降ろそうとする。
 「ば、馬鹿なこと言わないでくれよ。いくらなんでも、みつにいと寝るだなんて・・・・」
 「わたしは構わないわよ。わたし、処女じゃないんだから。ほんとに、どう?」
 「止めてくれよ。それより、復讐の算段をしよう」
 健二は、ごほんと咳をして椅子座りなおした。
 「あなたって、ホントに純情ね」
 わたしはショーツをあげて、健二の向かいに座り直した。
 「・・・本気だったの?」
 僕の目を覗き込む。
 「冗談に決まってるでしょう?」
 「俺が寝てみたいって答えたら、どうするつもりだったんだよ」
 「勿論、寝てあげたわよ」
 わたしはすましてそう答えた。
 「またあ・・・・。ちょ、ちょっとトイレ借りるよ」
 はにかみながら、健二はトイレに立った。勃起していたようだから、ホントはしたかったのかもしれないなと思った。わたしが浅井光弘だと名乗らないでベッドに誘ったなら、健二はきっとわたしと寝ただろう。

 健二は、爆発物に詳しい。それに射撃の腕も自信があると言った。わたしはカルロスに頼んで、プラスティック爆弾や銃を送ってもらった。