第14章 女へ

 カルロスに囲われて半年ほどたった西暦2000年の5月、カルロスと一緒にクレー射撃へ行った。銃を持つなんてことは初めてだった。
 「この銃で、奥村たちを撃ち殺せたら」
 そう思うと、ぼくは夢中になってクレーを狙っていた。あんまり熱心にいつまでもクレーを撃つものだから、カルロスが不思議な顔をしてぼくに尋ねた。
 「銃を撃つのがそんなに楽しいのか?」
 「あ、いえ。・・・・銃で撃ち殺したい人物がいるんです」
 「ほう。誰を撃ち殺したいんだ?」
 ぼくはカルロスにこれまでの経緯を包み隠さず話した。そして、菊ちゃんの復讐を果たすために帰国したいと。
 「そうか、そう言うわけがあるのか・・・・。だから、ナディアは時々寂しいような暗い目をするんだな」
 「カルロス。お願い。恨みを果たしたいの。日本へ行かせて」
 「わたしが、そいつらを殺してあげよう」
 カルロスに頼めば、簡単にやってくれそうな気がした。
 「いえ。それでは、カルロスに迷惑がかかるわ。それに、わたし自身の手で、恨みを晴らしたいの」
 「そうか・・・・」
 「カルロス、お願い。わたしに手を貸して」
 「分かった。何とかしよう」
 「ホント?」
 「ナディアのためだ」
 「嬉しい!」
 ぼくはカルロスの首に抱きついた。カルロスは、ぼくの目を見て言った。
 「手助けするには、ひとつ条件がある」
 「条件?」
 「そうだ」
 「何でもきくわ。どんな条件?」
 「女になって欲しい」
 「ええっ!!」
 「性転換して、完全な女になるんだ。そうしてくれれば、君が望むものをすべて用意しよう」
 ぼくは考える。今でも女として暮らしている。同じマンションに人たちは勿論のこと、メードもぼくが男だとは知らない。今のぼくにとって、ペニスも睾丸も必要ではない。むしろ邪魔な存在だ。日本に帰ることができるのならば、カルロスの条件を飲むしかないし、ぼくには無理な条件ではない。
 「いいわ。あなたがそれを望むのなら」
 「じゃあ、早速準備しよう」
 カルロスはにっこりと笑って、ぼくにキスした。

 病院へ行くのかと思ったら違った。ぼくの暮らしているマンションから、100キロばかり離れたホテルのスイートに移り、そこへ医療器具を持ち込んで手術が行われた。ぼくに性転換手術が行われていることを、できる限り知られたくないための配慮だった。
 「世界でも最高のドクターに頼んだから、安心するんだよ」
 「ええ、頑張るわ」

 性転換手術は2段階で行われた。まずペニスと睾丸を取り除いて、女としての外陰部を形成する手術。ついで、膣を作る手術だった。
 「こうした方が、綺麗な形を作れるんだよ」
 担当した医師にそう説明された。麻酔は下半身麻酔で、ぼくはぼくに行われている手術を鏡で余すところなく観察した。ぼく自身の体にどんな手術が行われているか知りたかったからだ。
 最初に陰嚢の皮膚が楕円形に切り取られた。この皮膚を使って、膣の壁を作るんだと言われた。続いて睾丸が両方とも切り取られた。ぼくは永遠に子供は作れなくなった。だけど、菊ちゃん以外の女に子供を産ませるつもりはなかったから、悲しいとも思わなかった。
 ついで、クリトリスとなるグランスの一部を残してペニスが根本から切除された。
 「神経と血管を残してあるから、性的刺激を受ければ勃起するし、快感も得られるよ」
 ドクターがタガログ語でぼくにそう言った。この頃には、ぼくもタガログ語もかなり話せるようになったいた。
 さらに切除されなかった陰嚢の皮膚とペニスの皮膚を使って、大陰唇と小陰唇が形成された。
 手術は2時間足らずで終わった。カルロスは腕のいいドクターに頼むと言っていたけれど、術後のぼくの股間は、女になったとはとても思えなかった。そんなぼくの不安が分かったのか、ドクターが微笑みながらぼくに言った。
 「腫れが引いたら、本物と並べて比べても分からないようになるよ」
 「ホントに?」
 「わたしは、フィリピンでは一番の腕だと思っているよ」
 「信用します」

 それからちょうど一週間後、残して置いた陰嚢の皮膚を使って膣が作られた。今度もぼくはぼくの股間に穴が竅たれていくのをじっと見ていた。
 出来上がった膣の奥行きは、5.5インチと言うことだった。約14センチということだ。平均的な男なら、充分受け入れられると言うわけだ。カルロスがそのくらいの大きさだから、それに合わせたとも言える。

 さらに、喉仏の切除と声帯の短縮術が行われた。これは全身麻酔だったから、どのような手術が行われたかは知らない。
 ぼくの声は、まったく別人の女の声に変わった。透き通った綺麗な声だった。
 「ドクター、ホントにあなたは手術がお上手ね」
 「これほど綺麗になったのは久しぶりだよ。君は運がいい」
 「嬉しいわ」
 見舞いに来たカルロスも、綺麗な声だと誉めていた。

 それだけでも充分だったけど、手術はさらに行われた。
 「胸を大きくしなさい」
 「これで充分でしょう?」
 「ぼくのために大きくして欲しい」
 カルロスの要望なら仕方がない。豊胸術を受けてBカップ弱の乳房をDカップにした。ついでに、お尻にもシリコンを入れて、丸く大きな女らしいお尻にした。胸もお尻もむやみに大きくしたんじゃないらしい。黄金比と行って、肩幅やウエスト、身長などを考慮してバスト、ヒップの大きさを決定していると聞かされた。
 最後に顔をいじった。これは、カルロスの要望ではなくて、ドクターの薦めがあったからだ。
 「別人になるわけじゃない。女らしい顔になるだけだよ」
 そう言われて承諾した。顎の骨を削って細くして、額と頬骨の位置にシリコンを入れた。包帯をとったとき、ぼくの顔は、女らしい優しい顔になっていた。
 すべての手術が終わったあと、裸になって全身を鏡に映してみた。どこから見ても、ぼくは完全に女に見えた。手鏡で股間を覗いてみても、生まれたときから女だったと錯覚するくらいの仕上がりだった。
 ぼくは、ぼくからわたしになった。

 「ますます綺麗になったよ」
 すべての手術が終わって、マンションに戻ると、カルロスがわたしを抱きしめてそう言った。
 「あなたのおかげだわ」
 「愛しているよ」
 初めてカルロスにそう言われて、嬉しくて涙が出た。
 「さあ、ぼくを受け入れてくれるね」
 「ええ。あなたに処女を捧げます」
 いつもの倍以上の時間をかけて全身を愛撫された。性的刺激を受ければ濡れると聞かされていたのに、充分ではなかった。カルロスは用意していたジェリーを使って、わたしの新たな器官の中へ挿入した。
 その時になって、わたしは興奮し始めた。性転換するまでは、女としてはあるべきでないものを持ち、受け入れるところが肛門だったから、少なからず罪悪感があった。
 今日は、新たな器官、産道という機能を持たない、男を受け入れるためだけに存在する専用の器官にカルロスを受け入れているのだ。しかも正常位で。
 興奮はいやが上にも高まり、カルロスの熱いほとばしりを骨盤の奥に感じたとき、わたしは行ってしまった。
 「素晴らしい。君はホントに素晴らしい」
 結合したまま、カルロスに熱いキスをされた。わたしはうっとりとそのキスに応えていた。

 カルロスは、毎日のようにわたしの元を訪れるようになった。耳元で甘く囁かれ、ほとんど毎日わたしを絶頂へと導いてくれた。わたしは満足しきっていた。
 何不自由ない生活。愛の日々。復讐など忘れて、カルロスのそばにいたいと思いながら、半年以上が過ぎ去った。だけど、ある日ふと気がついた。カルロスがわたしに性転換させたのは、女としての幸せに酔わせ、わたしに復讐を忘れさせるためではないかと。
 わたしは奥村がわたしたちにした仕打ちを忘れるわけにはいかない。あの屈辱の日々。菊ちゃんの受けた苦しみ、悲しみ。奥村は絶対に罰しなければならない。わたしのこの手で。

 「そうか。やっぱり行くのか?」
 「はい。カルロス、どうか、わたしのわがままを聞いてください」
 「分かった。どうしても君を引き留められないようだ」
 その言葉を聞いて、カルロスがわたしに性転換させたのは、わたしの想像通りだと確信した。
 「これは、君の出生証明書だ」
 「偽造したのね」
 「フィリピンでは、金さえ出せば、こんなものを手に入れることは簡単だ」
 「そう」
 「君の名前は、ナディア・純子・片山」
 「ナディア・純子・片山・・・・」
 「純粋な子という意味で、純子という日本名を付けた」
 「ありがとう」
 「君に相応しい名前だ。母親の名前はマリア。父親の名前は、片山右京」
 「片山右京ですって?」
 「レーサーの名前だ。他人が聞いたら、すぐに偽名だと分かる。君は、偽名で君の母親に近づいた男との間にできた、不幸な混血児と言うことになっている」
 「・・・・悲しいですね」
 「そんな娘がフィリピンには五万といるんだよ」
 「そうでしょうね」
 「これは、パスポートだ。これは本物だから心配いらない。君は、眼瞼の父を捜すために日本へいくと言うことになっている」
 わたしは渡されたパスポートをじっと見つめた。これでやっと日本へ帰れる。
 「帰国したら、しばらくは父親探しをする振りをするんだよ」
 「はい。何から何までありがとう」
 「ナディア?」
 「はい?」
 「死ぬなよ」
 「ええ。必ず復讐を果たして、きっとここへ帰ってきます」
 その夜一晩中、わたしたちは愛し合った。もしかすると、もう二度と会えないかと思うと、いやが上にも燃え上がった。

 翌日、わたしは必要最小限に荷物を持って日本へと向かった。