第13章 身請けされて

 女性ホルモンを摂取し始めて2年が過ぎた。世間はミレニアムの終わりと言って騒がしい。
 貯金だけのことを言えば、3万ドルを超えていた。しかし、解放してくれそうもない。こっそり抜け出すチャンスもできなかった。
 そんなある日、いつものように最後のショーが終わり、競りが始まった。次々と落札されていき、ぼくの番になった。
 いつもは、350ドル前後で落札されるのに、二人のお客が競り合って、価格はドンドン上がっていった。
 『400』
 『450』
 『500』
 『600』
 『700』
 『1000ドル』
 1000ドルの声が出たとき、一方のお客が諦めた。
 『さあ、さあ、1100ドルはないか? ないね。それでは、一番テーブルのお客さんに、1000ドルで、落札』
 会場から一斉に大拍手が起こった。ぼくがここに来てから、1000ドルなんて高値が付いたのは初めてだった。勿論他の踊り子に1000ドルなんて価格が付いたことは一度もなかった。
 「上客だ。頑張れよ」
 カールがそう言って、ぼくに楽屋で準備させた。化粧を点検し、ベビードールを着てお客の待つ場所に行こうとすると、カールが慌てて飛んできた。
 「ナディア、化粧をもっと薄化粧にして、外出できる服に着替えろ。できるだけ大人しいものにするんだ」
 「はあ?」
 「連れ出しを認めた。明日の朝、戻ってくればいい」
 カールはポケットに手を突っ込んでいた。どうやら、1000ドルの他に、外に連れ出すための上積みのお金を貰っているようだった。
 ぼくは、化粧をいったん落として薄化粧に変え、ベージュのシックなワンピースに着替えた。
 「それなら、いいだろう」
 カールに手を引かれて、お客の待つ部屋へと連れて行かれた。
 「さあ、どうぞ」
 カールがそう言って、ぼくをお客に渡すと、まるで映画のワンシーンのように、お客はぼくの手にキスした。そんなことをされたのは初めてだった。
 『さあ、行こうか?』
 腕を取れと言う態度を見せたので、腕を取ってお客に従った。出口にはリムジンが停まっていた。
 「ほう」
 と、ぼくは驚いた。ぼくを1000ドルなんて高値で競り落とすくらいだ。ずいぶんお金持ちなんだなと思った。

 リムジンは高級ホテルに横付けされた。手を取られて車を降ろされ、ホテルの中に入っていく。ホテルの従業員たちが深々と頭を下げる。
 「これはかなりの人物らしい」
 人生始まって以来の出来事に、どきどきしていた。

 エレベーターを上って着いたのは、ペントハウスだった。街の夜景が一望された。
 「綺麗」
 思わず、そう叫んでいた。
 「日本語が分かるのか?」
 ハッとして振り返った。男は、どう見ても日本人じゃない。それなのに、流暢な日本語だった。
 「少しなら・・・・」
 「そうか。英語は?」
 「英語も少しだけ」
 「タガログはしゃべれるんだろう?」
 「あ、イエ。駄目です」
 男は首を傾げた。
 「日本人とフィリピン人との混血だと聞いたが・・・・」
 「ほとんど日本語だけで育ちましたから」
 「ほう・・・・」
 ぼくの言い訳に、男は納得はしていないようだ。
 「あのう。どうすれば?」
 「まあ、慌てるな。夜は長い」
 トントンとドアをノックする音がした。
 「入れ!」
 白尽くめの制服を着たボーイがワゴンを押して入ってきた。ぼくたちのそばまで来ると、グラスのシャンパンを注いで、頭を下げて出ていった。
 「ナディアだったな。わたしはカルロス。二人の夜のために、乾杯だ」
 どぎまぎしながら、グラスをとって口にした。
 「美味しい」
 シャンパンそのものも初めて飲んだ。これほど美味しい飲み物はないと思った。
 「綺麗だ。ナディア」
 「えっ!?」
 カルロスに見つめられてそう言われ、グラスを落としそうになった。
 「そんなことを言われたのは初めてだわ」
 「そうか? きみは、とても美人だ」
 「ご冗談を」
 「本気だよ。さあ、ぼくのそばへ」
 抱きしめられてキスされた。体の奥がジンとしびれた。男とキスしてしびれたのは初めてだった。
 「踊ろうか?」
 「わたし、ダンスなんてできません」
 「わたしに合わせればいいよ」
 CDが流すムードミュージックに合わせて踊った。何度かカルロスの足を踏んだけど、しばらくして踊れるようになった。
 「上手いよ」
 「カルロスさんのリードが上手だから」
 「さんはいらない。カルロスでいいよ」
 カルロスは、踊りながらキスをする。唇から離れて、首筋から肩へと移動していった。それから、ワンピースのファスナーがチリチリと降ろされていく。
 「本物の女みたいに扱ってくれるんだなあ」
 ぼくは妙に感激していた。ワンピースが足元にぽとりと落ちた。カルロスは、ぼくを抱いていた両手をピンと伸ばして、ぼくの体を見つめる。
 「いい体をしている」
 女としてと言う意味だろう。嬉しいような、悲しいような複雑な気分がした。
 「さあ、ベッドへ行こう」
 手を引かれて、ベッドの上に投げ出された。乱暴と言うより遊んでいるような感じだ。ぼくの上に覆い被さり、キスしながら、ブラジャーをずらして乳房を揉みはじめる。
 ショーツの上から、ペニスを触られた。そこは痛いほどに勃起していた。ぼくはかなり興奮していた。こんなことは久しぶりだった。
 円を書くように撫でながら、パンストとショーツを脱がされた。この体に不似合いなものを見られて、恥ずかしかった。
 カルロスはシルクのワイシャツを脱ぎ始めた。ぼくは手伝ってやり、ズボンのベルトを緩めて下ろした。ビキニタイプのパンツがはち切れんばかりになっていた。
 ゴクリと唾を飲んで、そのパンツを下げた。もうそれ以上は固くならないだろうと思われるほど、それは緊満してそそり立っていた。
 ぼくは、口に含み舌を使った。今まで、やれと強要されてしたことはあったけれど、自ら進んでフェラチオをしたのは初めてだった。
 グランス、シャフト、袋を余すところなく舐めあげたあと、両手でシャフトを握りしめて、口に含んで頭を一生懸命動かした。
 「おおうっ!!」
 熱い飛沫が、ぼくの喉深くにどっと注がれた。ぼくは躊躇いもなく、そのすべてを受け止めた。
 カルロスは、にっこり笑うと、今度はぼくのペニスを口に含み舌を這わせ始めた。アッと言う間に、カルロスの口の中に射精していた。カルロスもまた、ぼくの放ったものをすべて飲み込んだようだ。
 舌を絡め合いながら、いつまでもキスをした。ぼくは、まるで自分が女で、恋人と愛し合うかのように、カルロスの愛撫を受けていた。
 カルロスが復活してきた。ぼくは俯せになり受け入れるために準備をする。腰に手が回され、力を抜くとゴクッと入ってきた。それだけで行ってしまいそうになった。
 「同じことをしているのに、どうしてこんなに興奮するのだろうか?」
 カルロスの動きに合わせて腰を振った。骨盤の中が熱く、その熱が背骨から脳天へと上ってきた。顔がカッと熱くなったとき、カルロスがぼくの中へ弾けた。
 「あうん」
 エクスタシーは何度も覚えたことがある。だけど、今日は最高のエクスタシーだった。

 気がつくと、ぼくたちは繋がったまま、ベッドの上に眠っていた。しばらくしてカルロスがゆっくりと起きあがり、抜け出ていった。シャワーを浴びに行ったようだ。
 カルロスがバスローブを着て出てきたのと入れ替わりに、ぼくもシャワーを浴びた。
 「ナディア、君は素晴らしい」
 「ありがとう。わたしの方が満足させて貰ったみたい」
 「セックスとは、両方ともが満足しなければ意味はない」
 なるほどと思った。金で買われたぼくは、相手を満足させるために奉仕していた。今日は、違った。カルロスは、ぼくに金で買われたと意識させなかった。だから、激しいエクスタシーを覚えたんだろう。

 抱き合って眠った。目が覚めたとき、午前9時を廻っていた。
 「約束の時間を過ぎている!」
 帰り支度を始めようとするぼくを、カルロスは遮った。
 「帰らなくていい。わたしがカールと交渉しよう」
 そう言って、電話をかけ始めた。タガログ語で、何か激しくやりとりをしていた。
 「交渉成立だ。帰らなくてもいいよ」
 笑顔を見せながら、ぼくに言った。
 「じゃあ、明日の朝まで大丈夫なのね」
 「いや、永久に帰らなくていい」
 そんなカルロスの言葉に、ぼくは驚きを隠せなかった。
 「えっ? どうして?」
 「君はあの店から解放された」
 「ホントに、あの店に戻らなくてもいいの?」
 「そうだ」
 「・・・・まさか、ただじゃないでしょう?」
 「ああ。あの店に5万ドル支払った」
 「5万ドルも!?」
 「そうだ」
 「・・・・解放してくれて嬉しいわ。だけど、5万ドルなんて、とてもわたしには返すのは無理だわ」
 「そんなことは心配しないでいいよ」
 「5万ドルなのよ?」
 「わたしにとっては、はした金だ」
 カルロスの表情を見ていると、その話しは本当らしい。
 「でも。昨日会ったばかりなのに、そんなことして貰うわけにはいかないわ。・・・・そうだ。店に3万ドルくらい貯金があったわ。それで少しは返せるわ」
 「店に貯金か。そんな金をくれるわけがない」
 「どうして?」
 「そんな貯金はないに等しい。君たち踊り子に、お金が貯まったと安心させる口実に過ぎないだろう。まあ、返せと迫ったとしても、身請け料に含まれると言われるだけだ」
 「そうなんですか」
 ケリーが言ったことはホントだったようだ。
 「5万ドルなんて大金をただ貰うわけにはいかないわ。何か恩返しなければ」
 「ぼくのそばにいて欲しい」
 「えっ!?」
 ぼくは驚きに目を見張った。ぼくを抱いたのは、一夜の快楽を得るためだけだと思っていたからだ。
 「おかしなことを言ったかな?」
 「え、ええ」
 「ナディアのことが気に入った。わたしと暮らして欲しい」
 「本気なんですか?」
 「本気だよ」
 カルロスの目を見ていると本気だと分かった。
 「どうして?」
 「ナディアのことが好きになった。いけないかい?」
 「そんなこと・・・・」
 「君が男だからか?」
 「え、ええ」
 「わたしは君が男だとは思っていない。君は女以上に女だ」
 ぼくには、カルロスの言ったことが信じられなかった。確かにぼくは生きるために女を演じている。外見はもちろんのこと、身振りも言葉遣いも女そのものだろう。しかし、女の振りをしているだけなのだ。
 「いろいろと考えるな。わたしと暮らしてくれればいいんだ」
 優しさのこもった言葉に、ぼくは決心した。
 「・・・・分かりました。あなたと暮らします」
 5万ドルという大金は返さなくてもすむようだけど、カルロスと暮らさなければならなくなった。日本へ帰りたいけど、今はそれを言い出せない。
 「よかった。じゃあ、服を着て、ちょっと待ってなさい」
 ぼくが服を着て化粧をしている間に、カルロスはどこかに電話していた。

 ペントハウスのベランダに出て外を眺めた。夜が明けた街は、夜景からはとても想像できないほど雑然としていた。夜景は夢で、昼の景色は現実を現しているのかもしれない。
 「ナディア、いくぞ」
 「どこへ?」
 「わたしたちの住処だ」
 「わたしたちの?」
 「そう、わたしたちの」
 手を取られてリムジンに乗り込み、2時間ほど南下した。リムジンが横付けされたのは、かなり高級なマンションだった。
 そのマンションの12階のワンフロアがぼくたちのために用意されていた。5LDKなのだけれど、ひとつひとつの部屋がとてつもなく広いのだ。寝室ひとつで、ぼくと菊ちゃんが暮らしていたアパートがすっぽり入るくらいだった。ぼくは唖然とするばかりだった。
 「夕方には、メードも来る」
 「メードが?」
 「ああ。君の綺麗な手を荒したくないからね」
 フィリピンの少し上流家庭にはメードが必ずいるという話しを聞いたことがあるけれど、ホントに信じられなかった。
 カルロスは、政財界に強力なコネを持っていた。それを利用して、いろいろな事業を行っていて、自分の財産がどれくらいあるか分からないくらいの金持ちだった。ぼくはすごい人物に拾われたことになる。

 ぼくと一緒に暮らそうと言ったけれど、カルロスには、妻もこどももいた。さらに、別に愛人も囲っていた。ぼくは3人目というわけだ。しかし、カルロスは3人の間に区別をしていなかった。そう言うわけだから、カルロスは、三日ごとにぼくのマンションへやってきた。
 仕事を終え、午後8時頃にマンションへやってくる。メードの作った夕食を長い時間をかけて一緒に食べる。それから、一緒にテレビなどを見る。その間、カルロスはずっと仕事やゴルフ、趣味である絵画についてぼくに熱く語って聞かせた。
 午後11時頃、一緒に入浴してから、そのままベッドにいく。カルロスは、殆どのように、ぼくを絶頂へと導いてくれた。
 「毎日大変だなあ」
 と、思っていたけど、セックスをするのは、ぼくとだけらしい。そう言う意味では、カルロスはぼくに溺れていると言った。
 でも、初めからぼくのことが気に入ったのかというと違うと答えた。実は、あの競りの時、もうひとりのお客に負けたくないと言う、ただそれだけで、最後までぼくを競ったというのだった。
 だけど、ぼくと一夜を過ごしたあとになって、ぼくのことがすごく気に入って離したくなくなったと言うことだった。
 カルロスが意地を張らなかったら、ぼくはこうしてここにいないと言うことだった。

 メードからぼくは奥様と呼ばれてはいるけれど、家事の一切をメードがしてくれる。ぼくの感覚では、そんなのは奥様と呼ばれる資格はないと思った。だから、メードに習いながら、カルロスのために料理を作った。ぼくの作った料理をカルロスは美味しいと言って食べてくれた。ぼくはそれが嬉しい。
 休みの日には、カルロスはぼくを大きなデパートの連れて行って、両手に持ちきれないほどの衣装や宝石を買ってくれた。クローゼットも宝石箱も、アッと言う間に一杯になってしまった。

 生まれて初めて贅沢と言うことを味わった。もし、ぼくが女だったら、こんなに幸せなことはなかっただろう。
 だけど、ぼくは女の姿はしていてもホントの女じゃないし、このままここに安住するわけにはいかない。ぼくは、菊ちゃんの復讐を果たさなければならない。ぼくは、奥村の仕打ちを絶対に忘れない。忘れるわけにはいかないのだ。