第12章 ニューハーフとして

 『ナディア、カモン』
 ケリーに付いていくと、バスルームに入れられ、かみそりを手渡された。
 『髭と腋毛、脛毛を全部剃りなさい』
 『全部?』
 『そう。全部。早くしなさい』
 石鹸を塗り広げて、伸びた髭と脇毛、すね毛を剃った。剃り終わった頃、ケリーがハサミを持って入ってきた。
 『カットしてあげるから、じっとしていなさい』
 肩まで伸びていた髪の毛を女の子風にカットされた。シャワーを浴びてバスルームを出ると、着ていた菜っぱ服は処分されていて、小さなパンティーが置かれていた。
 『これをはくの?』
 『そうよ』
 素っ裸でいるわけにもいかずに、ぼくはその女物のパンティーを穿いた。
 『少し剃らないと駄目ね』
 パンティーからはみ出た陰毛も剃られてしまった。

 ケリーに、今日は自分についていろと言われた。ぼくは、じっとケリーや他のニューハーフ達を観察した。
 踊りはかなり激しい。今のぼくの体力ではとても付いていけそうもない。裏方の仕事をしているニューハーフに怒鳴られ、ぼくも少し手伝いをした。一生懸命やっていると、結構優しく接してくれる。悪い連中ではないようだ。
 ケリーの話しによれば、彼女(?)たちがここで働くようになった事情はいくつかある。貧乏のために口減らしもかねて売られてきたものがいる。男として働くより高収入になるからと、進んでこの道に入ってきたものもいる。男が好きでニューハーフになったものもいる。
 『おまえはどうしてここへ来た?』
 そう聞かれて、金がなかったので、受けた恩を返すために自分の身を売ったと答えた。それは、かなり真実に近いだろう。
 ケリーは納得したようだった。

 二日目、見よう見まねで、舞台の手伝いをした。手伝いだけでも結構忙しい。舞台で踊るニューハーフたちも真剣で、ちょっと油断すると、怒鳴られたい蹴飛ばされたりする。そんなときは男に戻っているようだ。
 最後の舞台がはねたとき、楽屋に戻ろうとすると、最初にぼくの応対をした背の高い男カールがぼくを呼び止めた。
 「ナディア、ここでちょっと待ってな」
 ぼくの他にも踊り子が数人が残されたようだった。
 「何の用だろう?」
 舞台の袖で、舞台を見ながら待っていた。舞台の上では、司会の男が何か喚いていた。英語なのだが、早口なのでよく分からない。
 「ナディア、こっちに来て、両手を出せ」
 言われるままに両手を出すと、レスラーのようなごつい男が二人近寄ってきて、ぼくの両手を縄で縛った。
 「な、何するんだよ」
 「黙ってろ」
 司会者がぼくたちの方を指さす。レスラーたち二人がかりで、ぼくは舞台の真ん中に引き釣り出された。
 スポットライトが、ぼくに照らされた。女の子のような髪型で、ブルーの薄いパンティーを穿かされているぼく。こんな所に知り合いはいないだろうけど、恥ずかしいと言ったらない。身をかがめて座っていると、天井から鎖が降りてきた。その鎖の先に付いた金具を、ぼくの両手を縛っていた縄に引っかけて、釣り上げていった。つま先立ちくらいまで釣り上げられて、体の自由が利かなくなってしまった。
 『レディーズ、エンド、ジェントルマン』
 レディーがいるわけないじゃないかと思った。早口の英語だったが、何となく分かる。司会者は、フロアのお客を相手にぼくを競りに懸けようとしているのだ。競り落とされると、きっとお客の相手をしなければならないのだろう。
 『100ドル』
 『120ドル』
 『150ドル』
 『他にないか?』
 客の手が上がらない。
 『この体を見てくれ。今日お初のバージンだよ』
 司会がそう言ってぼくの尻を叩いた。一斉に手が上がった。
 『200』
 『250』
 『300』
 『400』
 『他にないか?』
 もう声がかからなかった。
 『400ドルで、12番のお客さんに落札!』
 パチパチと拍手が起こった。ぼくは、レスラーたちに担がれて舞台の袖まで運ばれていった。カールがニヤニヤしながら待っていた。
 「ナディア、400はすごいぞ」
 カールがぼくの頬をぽんぽんと叩いて言った。
 「ひどいじゃないか。ぼくはそんなことするつもりはない」
 「もしいかなければ、罰金を取る。落札価格の400ドルだ」
 「そんな・・・・」
 「いけば、半分の200ドルがナディアのものだ。さあ、どうする?」
 仕方がなかった。ぼくは頷いた。
 『ケリー、化粧をしてあげなさい。服も適当にあしらって』
 楽屋に連れて行かれて、少し濃いめの化粧をされた。着せられたのは、すけすけのベビードールだった。
 ぼくは、項垂れながら、ケリーに付いていった。楽屋から、地下道を通って、隣のホテルに行けるようになっていた。逃げ出せないようにはなっていると聞かされた。
 「バージンと言うことになっているんだ。そのつもりで演技しろよ」
 お客に渡されるとき、カールがこっそり耳打ちした。

 お客に連れられて、ホテルの部屋へ入った。ホテルと言っても、そう言うことをする専用の部屋と言った感じの所だ。
 お客は、上着を脱ぐと、下卑た笑いを浮かべながら、ぼくにキスしてきた。顔を背けると、ぼくの顎をつかんでぐいと男に向けさせた。
 「金を払ってんだから、ちゃんとサービスしないか」
 日本語だった。中国系かなと思っていたけど、そう言えば日本人に見えなくもない。仕方なく言われるままにキスに応じた。
 「おまえ、日本人か?」
 いろいろと詮索されるのがイヤだった。ぼくは首を傾げて、日本語が分からない振りをした。
 「日本語は駄目か?」
 ぼくは、もう一度首を傾げてみせる。
 『英語ならオーケーか?』
 ぼくは少し笑顔を向けて答えた。
 『英語だけ』
 『そうか。日本人に見えるが、違うのか?』
 咄嗟に嘘を思いついた。
 『父が日本人です』
 『そうだろうな。名前は?』
 『ナディア』
 『ナディアか。いい名前だ』
 『サンキュウ』
 『俺は佐藤だ』
 スーツの内ポケットに書かれていた名前と違う。こんなところで遊ぶのだから、偽名を使いたくもなるのだろう。
 『ナディア、始めるか?』
 ベルトを緩め始めた。じっと見ているわけにもいかず、ズボンを下ろすのを手伝い、トランクスも下ろしてやった。
 勃起はしているが、中途半端だ。
 『フェラチオ、フェラチオ』
 ペニスを指さして言う。洗ってくれと言いたくなるような臭いペニスだった。しかし、そうは言えない。深呼吸をして口に含んだ。舌を使っていると、硬度が少し増してきた。
 『いい気持ちだ。タマも舐めてくれ』
 ペニスを軽くしごきながら、袋に舌を這わせていった。ペニスの先から、透明な液体が漏れ始めた。
 『ナディア、もういい』
 ぼくが手を離すと、ベッドの上に押し倒された。首筋から肩にキスされ、ベビードールの下から入れられた手がぼくに乳首を触る。
 ベビードールをまくり上げられ、舌を使って乳首を刺激してきた。ぼくは少し感じ始めていた。ここ1年、奥村によって開発されていたせいか、相手が男だというのに、ぼくはまるで女のように反応するようになっていた。
 「ぼくはもう女の子とセックスすることができそうもないな」
 そう思ったけど、菊ちゃん以外の女の子とセックスするつもりはなかったので、もうどうでもいいなと思っていた。
 パンティーを下げられた。感じてはいたけれど勃起はしていなかった。そのまだ柔らかいペニスを口に含まれ舌を動かされると、だんだん勃起してきた。
 『うつ伏せになれ』
 奥村は、口の中に射精させることが多かったので、今日もそうだろうと思っていたのに、佐藤と名乗った男はそうしなかった。ぼくは言われるままに俯せになった。
 『力を抜いていろよ』
 心の準備をして待った。肛門にペニスがあてがわれたとき、カールの言葉を思い出した。
 「ぼくはバージンと言うことになっている。簡単に挿入させたら駄目だ」
 入ろうとするのを、肛門に少し力を入れて抵抗した。
 「くそ! やはりバージンはすぐには入らないな」
 日本語でブツブツと言う。何度か頑張らせたあと、力を抜いて入れさせた。
 「ううう、やっと入った」
 入ったところで、もう一度肛門に力を入れる。
 「おう、よく締まる」
 一人で喜んでいた。苦痛の声を上げてみせると男はさらに興奮してきた。
 「バージンはいいぞ。400ドル出したかいがあった」
 上手く騙せたようだ。男は、しばらくピストン運動したあと、ぼくの中に放ってきた。勃起も充分じゃなかったけど、射精の勢いも弱かった。それでもぼくは、声を上げて見せた。
 『どうだ? 初めて男を受け入れた気分は?』
 『痛かったけど、よかったわ』
 『そうか、そうか』
 挿入されるときに抵抗したせいか、肛門が切れたらしくぴりぴりと痛んだ。シーツもピンク色に汚れていた。男はぼくがバージンだと信じて疑わない。大満足で、ホテルをあとにした。
 「ナディア、上手くやったようだな」
 「なんとか」
 「次からも頑張るんだぞ」
 そんなカールの言葉に、あらためて思い出す。これで終わりじゃないんだ。今日の稼ぎは200ドル。借金は、まだ9800ドル残っている。

 それから三日後、再び競りに出された。
 『さあ、このお尻の締まり、バージンだよ、バージン』
 ぼくはギョッとして司会者を見た。しかし、けろっとした顔をして競りを続けていた。バージンと言うことにしておいた方が、高値が付き、店が儲かるからだ。250ドルから始まり、380ドルで落札された。
 アメリカ大使館勤めの白人だった。ペニスが大きくて痛かった。バージンというぼくに、ちょっと首を傾げていたようだ。
 「カール、バージンを気取るのはもう無理だよ」
 「イヤ、クレームが出るまで、バージンでいく。その方がナディアの収入にもなるだろう?」
 そう言われれば、そうせざるを得ない。ぼくにはお金が必要だ。

 『今日お目見えのバージンだよ、さあ、250ドルではどうだ?』
 そう言うわけで、今日もバージンだと紹介されて競りにかけられた。演出のために、両手両足を縛られ、目隠しに猿ぐつわをはめられた。
 競りは順調に進み、460ドルで落札された。落札したのは、今度も日本人だった。結構日本人が多いのには驚かされる。
 日本語が分からない振りをして相手をした。日比の混血で、父の顔も名前も知らないと言うと、日比協会を尋ねたらいいと親身になって話してくれた。460ドルの高値で落札してくれたこともあって、せいぜいサービスしてやった。
 しかし、考えてもみれば、この男と同じような男が、フィリピンの女性を相手にして子供を産ませ、知らん顔をして日本に帰国しているのだ。親切そうなのは、ベッドの中だけの会話かもしれない。
 次ぎに競りにかけられたとき、バージンだと司会者が紹介すると、何度までバージンなんだという声がお客からかかった。
 『バ、バージンみたいなもので・・・・』
 司会が狼狽えたため、競り値は上がらず、その日は200ドルで競りが終了した。司会者は、カールに殴られていた。

 もはやバージンを騙ることができなくなった。ぼくの競り値は200ドルを上回ることがなくなり、殆どが150ドル前後になった。
 ぼくは月に10回ほど競りにかけられた。だから、実入りは約700ドルだ。舞台の袖あたりで踊ったり、フロアに降りてお客の相手をすると言ったニューハーフクラブの従業員としての仕事に対する報酬も当然ある。だいたい500ドル前後なのだけど、食費、住居費、衣装代等々で、ほとんど同じ金額を徴収された。だから、借金を返すには、競りにかけて貰って、男の相手をせざるを得ない。この施設はそう言う仕組みになっているのだ。
 ぼくとしては、借金を返すためには毎日でも競りにかけて貰いたいのだけど、ぼくの競り値が安いから、店としてはもっと高く落札される踊り子を競りにかける。三日に一度競りにかけるのだって、ぼくに少しでも借金を返させるためだけでしかないのだった。

 「競り値を上げさせる方法はあるんだぞ」
 ここに来て半年ほど経ったとき、カールがぼくを呼んで言った。その言葉にぼくは藁をもすがる思い出飛びついた。
 「どうすれば?」
 「女らしい体になればいい」
 「それって・・・・」
 「女性ホルモンを摂取すると言うことだ」
 ぼく以外の踊り子たちはみんな女性ホルモンを飲んでいた。新入り以外は、一見して男に見えるのはぼくだけだった。
 「どうしよう・・・・」
 ぼくは考える。借金はまだ7000ドルあった。月々の収入は、次第に減ってきている。このままでは、借金を返してしまうのに、1年以上かかりそうな気配だ。それに、ここを解放されたとしても、お金がなければ、日本へ帰れない。日本へ帰れなければ、復讐も絵に描いた餅と同じなのだ。
 「いくらかかるの?」
 女性ホルモンをただでくれる訳じゃない。値段が高ければ、今のままの方がいい。
 「月に300ドルだ」
 「300ドル?」
 頭の中で計算する。競りの値段が、200ドルを超えれば、採算が合うことになる。女性化した踊り子たちの競り値は、安い子で250ドルくらいだ。充分取り戻せることになる。それも月に10回と計算してだ。人気が出てくれば、回数も増えるから、借金返済が早くなる。
 「お願いします」
 「そう言うと思った。さっそく、今日から始めよう」
 お尻に注射され、薬を手渡された。3種類あった。
 「どう言う薬なの?」
 「説明してどうする? どんな薬でも、お前は注射を受け、錠剤を飲まなきゃならないんだろう?」
 ぼくは黙って2週間に1回の注射と3種類の錠剤を飲むしかなかった。
 「永久脱毛もした方がいいぞ」
 そう言われて、3000ドルかけて全身の永久脱毛をした。股間の一部を残して、ぼくの体はつるつるになった。

 女性ホルモンの効果はすぐに出る訳じゃない。借金だけが増えていった。やり始めた以上、途中で止めるのはばからしいから続けることにした。3ヶ月ほどして、胸がふんわりと膨らみ、体つきが丸くなり始めた頃から、競り値が上がり始めた。
 この頃の借金は9500ドルあまりだった。月に1000ドルほど返せるようになったので、10ヶ月すれば、0になる。
 「できれば、1万ドルほど貯めて、日本に帰りたい」
 ぼくは、女性ホルモンの摂取を続け、殆ど毎日男の相手をした。

 女性ホルモンを摂取し始めて1年がたった。ぼくの体はかなり女性化していた。髪は背中まで伸び、乳房はBカップ近くまで大きくなっていた。ウエストも絞り込んでいたので、60センチを割っていた。ピップがやや小さい程度で、化粧して、股間のものを隠せば、男とは絶対に思われない自信があった。

 借金も0になり、貯金ができていた。日本へ帰る目途が立ってくると、奥村たちへの増悪の火がメラメラと燃え上がってきた。
 「もう少し貯めて、日本へ帰るんだ。そして、奥村たちに復讐するんだ」

 「ナディア、おまえ、外出してもいいぞ」
 カールが借金の残高が0になったときにそう言った。逃げても、店には損害がないからだ。しかも、ぼくが金を貯めるために、すぐには出ていかないことを知っていたからだ。
 「じゃあ、出かけてくるわ」
 タンクトップにミニスカートを穿いて、7センチばかりのハイヒールで出かけた。久しぶりの外の空気は美味しかった。
 何人もの男に声をかけられた。ぼくは女だと思われている。
 「この方が、復讐するとき、奥村たちを油断させられるかもしれないな」
 そう思ったとき、女性ホルモンを摂取して正解だったと思った。ぼくのペニスは排尿以外の機能を完全に失っている。だけど、女を喜ばせる機能は必要ない。それに、ぼくの性の対象はもはや女ではなくなっていた。金で買われている身だけれど、これはと思う男には胸がときめいた。ぼくは、心までも女になりつつあった。しかし、奥村への復讐だけは忘れてはいない。
 「早く日本に帰って、復讐だ。・・・・しかし、どうやって帰ろうか?」
 街を歩きながら、ぼくは考える。パスポートがないから、まともな手段では帰れない。偽のパスポートを手に入れるには、かなりお金がかかりそうだ。
 「そうだ。大使館に頼めば?」
 しかし・・・・。
 ぼくはもうぼくじゃない。女の姿をしているのだ。浅井光弘だと名乗れない。もし名乗ったとして、日本に帰ったら、好奇の目に晒されるだろう。そうなったら、奥村たちにも知られてしまい、女の姿になった意味がなくなってしまう。
 「どうやって日本に帰ればいいんだ・・・・」
 絶望で意気消沈して、ニューハーフクラブの部屋に戻った。
 「結局、偽のパスポートを手に入れるしかないな」
 そのためには、1万ドルの貯金では間に合わない。もっと頑張らなければ。

 偽造パスポートは、1万ドル前後で手に入ることが分かった。貯金が2万ドルを超えれば、なんとか帰国できる。目標ができて、ぼくは少し元気を出した。
 ところが、ぼくのそんな様子を見て、カールは外出するのに見張りを付けるようになった。ぼくは店にとっては稼ぎ頭に成長していた。だから、いなくなっては困るのだ。簡単には辞めさせてくれそうもない。
 『ナディア、あんたの商品価値がなくなるまでは解放してくれないわよ』
 ケリーがこっそりとそう教えてくれた。
 『それに、貯金ができたというのは、机上の空論よ。厄介者になったとき、雀の涙程度のお金でここを追い出されるだけよ』
 そんなケリーの言葉を裏付けるように、貯まった金をくれと言っても、なんだかんだと言って、少額のお金でなければ、与えてくれなかった。
 「ぼくはこのままここで朽ち果てなければならないのだろうか?」
 絶望感にさいなまれながらも、いつかはチャンスがあるだろうと、ぼくは前向きに生きることにした。