第10章 みんな死んでしまった

 俺は、アパートの帰ると、メモして置いた沖縄の作井菊子の実家へ電話した。
 「もしもし。以前伺った、東日本警備保障の上妻です。覚えておられますか? ええ、まだ見つかりませんが・・・・。申し訳ないです。イヤ、今日はちょっと別の件で。はあ、ちょっとお聞きしたことがありまして。菊子さんには弟さんがおられましたよね。けんじ? 健康の健に、数字の二と書いて健二。そうですか、健二君と言うんですね。健二君は、浅井光弘さんのことを何と呼んでいました? みつにい? そうですか。今どこにおられますか? いえ、何でもないんです。ちょっと健二君に聞きたいことがありまして。自衛隊? 北海道。旭川ですね。詳しい住所はすぐには分からない。そうですか。こちらで調べてみます。分からないときは、またお電話します。何でもないですよ。別に健二君が悪いことをしてるって訳じゃないですから。じゃあ、失礼します」
 作井菊子の弟、作井健二は自衛隊に入っていた。自衛隊なら、爆発物には詳しいかもしれない。それに銃の扱いも。
 浅井光弘と作井菊子は、奥村たちの手によって殺されている。奥村源三の『誰が浅井の名前を騙っているのだろう』と言う言葉がそれが事実であることを知らせている。ふたりが殺されてしまったと言う事実を知った、作井菊子の弟、作井健二が浅井光弘の名前を騙って代わりに復讐しているのだ。浅井を探しても見つからないはずだ。

 北海道旭川の自衛隊に何度も電話して、ようやく作井健二にぶちあたった。
 《作井健二は、4ヶ月前に一身上の都合で除隊しています》
 「除隊してるんですか。除隊後の行く先は分かりませんか?」
 《当方では分かりかねます。実家へおたずね下さい》
 「実家ですね。ありがとうございました」
 作井は、自衛隊を除隊して行方をくらまして復讐しようとしている。
 「さて困ったぞ。作井健二の最近の写真を手に入れるためには、沖縄まで行かなければならないが・・・・。それに何と理由を付けようか? 警察に話して、手を打って貰うのが早いか?」
 「サブちゃん、その作井健二って人が爆弾魔なの?」
 純子が、俺の肩に顎を乗せて尋ねる。俺が電話するのを盗み聞きしていたようだ。
 「どうもそうらしい」
 「どうしてそんなことするの?」
 「俺が考えるに、仇討ちだな」
 「仇討ち?」
 「奥村たちが、この作井健二の姉とその恋人をどうにかしたらしい」
 「どうにかしたって?」
 「殺したようなんだ」
 「殺した!? 奥村って、サブちゃんの会社を初めとする大きなグループのドンでしょう? どうしてそんなことをするの?」
 「わからんなあ」
 「どうするの? 警察には知らせないの?」
 「選択枝は三つある」
 「三つ?」
 「ああ。ひとつは、作井健二にこれ以上罪を重ねさせないために、このテープを警察に持っていって指名手配して貰う。逮捕されて動機が明かされれば、奥村の犯罪も暴かれるだろう」
 「そんなことしたら、折角手に入れた社長の座がふいよ」
 「そりゃ仕方がないさ」
 「奥村が作井さんのお姉さんたちふたりを殺したという証拠はあるの? なかったら奥村たちを断罪できないわよ」
 「・・・・自白すれば・・・・」
 「自白しそうな人たちなの?」
 「厳しいな」
 「そうでしょう? それに、警察より先に奥村たちが作井さんを捕まえて殺したりしたらどうなるの?」
 「それも考えられるな」
 「二つ目は?」
 「二つ目は、奥村に義理を立てて、奥村にこのテープを聴かせる」
 「ひとつ目と違って、あなたの社長の座は安泰。奥村たちが作井さんを始末して一件落着ね」
 「確かに俺にとっては最良の選択かもしれないが、俺の良心が許さない」
 「そうよね。そんなあなたが好きよ」
 俺は肩を竦めて、純子の頬にキスした。
 「三番目は?」
 「このまま何もしない」
 「何もしないとどうなるの?」
 「作井が奥村たちに復讐を果たすか、奥村たちが作井を返り討ちにする。どちらかだろう」
 「そのテープを隠し持っていたことがばれなければ、社長の椅子は安泰ね」
 「しかし・・・・」
 「しかし?」
 「犯罪を犯すことが分かっていて、このまま見過ごすわけにはいかない」
 「じゃあ、どうするの?」
 「純子ならどうする?」
 「わたしなら?」
 「そう。純子なら」
 「そうね。わたしなら・・・・、ホントに作井さんのお姉さんが奥村たちの殺されたというのなら、復讐させてあげたいわね。もう何人も殺しているんだし、今更止めても罪は変わらないでしょう?」
 「そうだな」
 「それに、あなたの社長の座も安泰だし」
 「なるほど・・・・」
 俺は考え込む。純子の言うことはもっともだが・・・・。
 「やっぱり警察へ行くよ。これ以上罪を重ねさせられない。奥村たちより先に捕まえて貰おう。そして、何とかして、奥村たちの犯罪も暴いて貰おう」
 「社長の座を捨てても?」
 「俺の利益より、正義の方が大切だ」
 「そうね。サブちゃんの判断に任せるわ」
 「純子には苦労させるかもしれないぞ」
 「あなたと一緒なら、苦労なんて構わないわ」
 「そう言ってくれて嬉しいよ。善は急げだ。今から警察へ行って来る」
 「気を付けてね」
 俺は純子に見送られてアパートを出た。

 「こんなテープがどこにあった?」
 テープを聴き終えて、担当の伊東刑事が険しい顔で俺を睨んだ。
 「川野社長の電話機のものです。留守電用なんですけど、メモ代わりに録音するのが川野社長の癖だったんです」
 「こんな重要なテープを隠し持っていたなんて、証拠隠匿罪に問われるぞ」
 「こんな内容が入っているなんて、知らなかったものですから」
 「知らなくて、このテープを持ち出すのか?」
 「刑事さん、勘弁して下さいよ。こうして持ってきたんですから」
 「ま、そうだな。このテープの内容が本当だとすれば、恋人同士だった浅井光治と菊子という女が海に投げ込まれて殺され、菊子の弟が復讐のために浅井光治の名前を騙って一連の事件を起こしたと言うことになるな」
 「そう言うことです」
 「菊子の名字がわからんと、その弟を指名手配できないな」
 「作井と言います。作るに井戸の井と書きます。弟の名前は、健二。作井健二。4ヶ月前まで、旭川の自衛隊にいました。自衛隊にいましたから、銃や爆発物の扱いには慣れていると思われます」
 「なに!! そこまで分かっているのか?」
 伊東刑事は、目を白黒させた。
 「浅井光弘の名前で、復讐するという内容の脅迫状が奥村に届いてましてね。浅井の居場所を探せと命令されていたものですから、いろいろ探ってそこまでは」
 「参ったな」
 「顔が分からないものですから、これ以上探しようがなくてですね」
 「どうして奥村に報告しない? 君は奥村の傘下の人間だろう?」
 「奥村に報告すれば、奥村は作井を探し出して殺すでしょう。奥村の罪は永久に埋もれたままになる。そんなことは許せない」
 「君は職を失うことになるんじゃないか?」
 「伊東さん! 警察は犯罪を未然に防ぐのも役目でしょう? 自分の安泰のために、犯罪が行われようとしているのを見逃せって言うんですか?」
 俺は伊東刑事を睨み付けた。
 「わ、分かった。作井健二の写真を早急に手に入れて、指名手配しよう」
 「くれぐれも奥村たちに先を越されないようにお願いしますよ」
 「分かっているよ」
 俺は、かなり腹を立てて警察署をあとにした。
 「ああ、情けない。あんな警察官ばかりだから、犯罪はなくならないんだ!!」

 これで警備会社は馘首になるだろう。自分の信念を通した結果だから、仕方がない。明日から、仕事探しだなと思いながら、純子の待つアパートへ戻った。
 「ただいま」
 いつもはすぐに純子の返事があるのに、部屋の中はしんと静まり返っていた。
 「先に寝たのかな? それなら、鍵を閉めておくはずだが・・・・」
 訝りながら部屋の中に入った。入り口の横にあるダイニングには勿論純子はいない。奥のリビングにもいなかった。寝室のドアを開けてみた。
 「純子?」
 いない・・・・。
 「今頃どこへ行ったんだろう? 鍵もかけずに・・・・」
 ふとリビングのテーブルの上を見ると、便せんが置かれていた。

 『純子さんは、預かっている。
 第3埠頭にある、南13番倉庫まで来い。
 警察や奥村たちに連絡したら、純子さんの命はない。
 作井健二』

 「くそ! 作井の奴め。俺が助けてやろうとしているのが分からないのか!!」
 俺は、車に飛び乗ると、第3埠頭へ車を飛ばした。何度か信号を無視した。パトカーにでも見つかったらどうするかまでは考えていなかった。ともかく純子を助けなければ。ただそれだけを思った。
 第3埠頭に着いた。南13番倉庫を探す。辺りに人影はない。車を停めて、倉庫の大きな引き戸を引っ張った。ガラガラと大きな音を立てて扉が開いた。
 中は真っ暗だ。
 「純子! どこだ?」
 突然明かりがついた。俺は目がくらんでよろめいた。
 「上妻さん。こっちだよ」
 声のした方を見ると、明かりと暗闇の境目に全裸の純子が猿轡をされ両手を縛られて椅子に座らされていた。その横に男の影。ライフルらしい長い銃身が純子の肩に当てられていた。
 「おまえが作井健二か?」
 「そうだ」
 その声は、あの時の配達員の声に間違いなかった。
 「純子を返せ!」
 「返してあげるよ。でも、俺の願いを聞いて欲しい」
 「願い? 何だ?」
 「奥村をここまで誘き出して欲しい
 「そんなことはできない」
 「純子さんがどうなってもいいんだな」
 作井健二が、純子の髪の毛をむんずと掴む。純子の顔が苦痛で歪んだ。
 「くそ!!」
 「はしたない言葉は吐かない方がいいよ」
 「分かった。ここへ呼び出せばいいんだな」
 「そうだ。俺の隠れ家を見つけたとでも言ってくれ。そうすれば、すぐにやってくるだろう」
 「奥村がひとりで来ると思うのか?」
 「子分どもを連れてくるだろうね」
 「多勢に無勢だぞ」
 「余計な心配はしなくていいよ。俺には俺の考えがあるんだ。さあ、早く」
 俺は、純子の様子を窺いながら携帯をかけた。
 「もしもし、遅くにすみません。上妻です。会長に急ぎの用があるんです。・・・・いいから早く取り次げ! 浅井光弘の件だと言えば分かる」
 俺の激しい言葉に、少々お待ちをと返事があり保留音が聞こえ始めた。待たされる時間が長く感じられた。ちらりと純子を見た。縋るような目。小さく震えているのが分かる。今助けてやるからな。心の中で呟いた。
 《もしもし、奥村だ》
 「会長。浅井光弘を騙っていた人物が分かりました」
 《なに? 一体誰だ?》
 「作井健二という男です」
 《作井健二? 浅井光弘とどういう関係だ?》
 「浅井光弘に女がいたでしょう?」
 《ああ》
 「その女の弟です」
 《あの女の弟・・・・》
 「会長が浅井たちにやったことを知って、代わりに復讐しようとしているんです」
 《なるほど。よく分かった。そいつの居所を探せ》
 「いま、作井の隠れ家の前にいます」
 《なに?》
 「うちの会社に爆弾を運んだのが作井なんです。自分は作井の顔を見ていました。今日、偶然、作井を見かけて、ここまで尾けてきたんです。すぐに来て貰えますか?」
 《お手柄だ。すぐに子分を向かわせる。場所はどこだ?》
 子分を向かわせる? 奥村が来ないと意味はない。
 「会長の手でトドメを刺さなくてもいいんですか? 会長の大事な側近を殺した奴なんですよ」
 《そうだな》
 「第3埠頭の南13番倉庫です。近くに来たら、物音を出さないようにして下さい。俺は、倉庫の前で待っています」
 《第3埠頭だな。20分もあれば着くだろう。逃げないように、よく見張ってろよ》
 「分かっています」
 携帯を切ると、どっと冷や汗が出た。

 「うまい、うまい。俳優になれる」
 作井健二がぱちぱちと手を叩く。
 「奥村を呼んだぞ。純子を離せ」
 「まだダメだ。奥村たちをやっつけたら返してやる」
 「くそ! 約束を破るのか?」
 「奥村たちをやっつけなければ意味がないんだ。あんたと純子さんには何の恨みもない。だから、傷つけるつもりはない。しかし、変なマネをすれば容赦はしない。純子さんの命が惜しかったら、上手く奥村たちを誘導するんだ。分かったな」
 言うこと聞かざるを得ない。
 「純子。もう少しの辛抱だ。必ず助けるからな」
 純子は震えながら小さく頷いた。

 俺が倉庫の前に出ると電気が消えた。中から見れば、入ってくる人間の姿は丸見えだ。しかも明かりを付ければ、目がくらむ。何百人も来なければ、ひとりでも充分だろう。恐らく自衛隊から学んだ戦法だろう。奥村たちはやられてしまうかもしれない。しかし、俺にとって大切なのは純子の方だ。もし俺も撃たれるようなことがあっても、純子だけは助けなくては。

 携帯を切って20分ちょっとが過ぎた頃、ベンツが二台倉庫の前に滑り込んできた。バラバラと男たちが降りてきて、最後に奥村がゆっくりと降りてきた。
 「ヤツは中か?」
 「そうです。出入り口はここだけです。袋の鼠ですよ」
 「よくやった。おい! 行くぞ」
 男たちの手には、拳銃が握られていた。奥村を入れて8人。
 「作井ひとりでホントに対抗できるのだろうか?」
 作井に肩入れしようとしているのに、俺自身がビックリしていた。
 「撃ち合いになったとき、純子は大丈夫だろうか? 作井は、純子を危険な目に遭わせるようなことはしないだろうと思うが・・・・」
 心配になって、俺も奥村たちの後ろについて行った。

 扉の両側に別れて、双方から男が中を覗き込んだ。
 「作井! 中にいるのは分かってるんだ。観念して出てこい!」
 返事はない。
 「懐中電灯だ」
 サーチライトのような懐中電灯が点けられ、倉庫の中を照らす。
 「ホントにいるのか?」
 「いますよ。入ったのは間違いないし、出ていってもいないんですから」
 それは事実だ。奥村に裏口はないといったが、ほんとに裏口がないとは言えないが・・・・。
 「乾。中へ入れ」
 「俺がですか」
 「そうだ。早く」
 乾と呼ばれた男が、キョロキョロと中を見ながら入っていった。何事も起こらなかった。
 「誰もいないんじゃあ・・・・」
 「上妻! いないじゃないか」
 「確かにここへ入ったんですけどね」
 奥村が倉庫の中に入らなければ、健二は動くつもりはないのだろう。俺だけが倉庫の外にいて奥村たちを全部中へ入れてしまうのは無理のようだ。首を傾げながら俺は倉庫の中に足を踏み入れた。奥村たちも中へ入ってきた。俺を含めて9人全員が倉庫の中に入った。そのとたん、電気がつき、思わず両手で明かりを遮った。
 ギュン、ギュン、ギュン、ギュンと大きな音が響き渡った。俺の周りにいた連中があっと言う間に倒れた。
 「上妻! お前、俺を罠にかけたな!!」
 奥村が俺に銃を向けた。
 「やられる」
 そう思った瞬間、シュッと妙な音がした。
 「ううっ」
 呻き声を上げたのは、奥村だった。奥村の手から銃がこぼれ落ち、肩から血が吹き出ていた。
 「く、くそ!」
 「奥村! 観念するんだな」
 作井健二が暗闇の中から姿を現した。
 「今日でお前も最後だ」
 「た、助けてくれ」
 「もっと命乞いをしろ! 姉さんたちが受けた苦しみからすれば、それくらいの苦しみは屁でもないだろう」
 「俺が悪かった。許してくれ」
 「だめだ。お前のような人間は生きるに値しない。簡単に殺してしまうのは口惜しいが、お前の顔などもう見たくもない。死ね!」
 作井健二の指がライフルの引き金にかかった。パン、パン、パンと乾いた銃声が響いた。作井健二が手にしたライフルの音ではない。そう思って見回すと、血を吹いて倒れたのは、作井健二の方だった。
 「形勢逆転だな」
 肩を押さえながら、奥村が勝ち誇ったように立ち上がった。入り口から、男がふたり入ってきた。
 「こんなこともあろうかと、ふたり、別に来らせたんだ。はっ、はっ、はっ!」
 「く、くそう・・・・」
 「おい。トドメを刺してやれ」
 ふたりの男たちが銃を作井健二に向けた。シュッ、シュッとまた音がした。ふたりの男は、もんどり打って倒れて動かなくなった。
 奥村は慌てて逃げ出そうとした。その足元に土煙が上がる。
 「動かないで」
 俺は耳を疑った。声のした方を見ると、全裸にサイレンサー付きのライフルを構えた純子が立っていた。
 「純子・・・・」
 「あなたも動かないで」
 かつて聞いたことのない、冷たさで凍り付くような声だった。純子はゆっくりと作井健二に歩み寄っていった。
 奥村が、さらに逃げようとした。純子が銃を放った。シュッ。
 「うわっ!」
 奥村の右足から血が流れ出た。
 「健ちゃん、しっかりして」
 「俺はもうダメだ。みつにい、姉さんの仇を。・・・頼む」
 「しっかりするのよ。健ちゃん、死んじゃダメよ」
 純子が作井を抱き上げる。
 「ふたりはどういう関係だ? あの涙。ふたりは恋人同士なのか? 純子が俺を愛していると言ったのは嘘なのか?」
 茫然とする俺の目に、奥村が銃を取り上げて純子に狙いを付けるのが飛び込んできた。
 「純子! 危ない!!」
 パン、パンと銃声が響き渡った。
 「純子!」
 駆け寄ると、純子の胸から血が流れ落ちていた。
 「純子! しっかりしろ!」
 「お、奥村は?」
 奥村の方を見た。奥村の顔の半分が吹き飛んでいた。
 「死んでるよ」
 純子の顔にホッと安堵な表情が浮かんだ。
 「サブちゃん。嘘ついてごめんね。・・・・ウエディングドレス、着たかった」
 純子の体から力が抜けた。
 「純子! 純子おおぉ・・・・!!」