「イヤ、そうじゃない。手術はうまくいった。うまくいったんだが・・・・」
横溝医師のその言葉には、妙な響きがあった。
「じゃあ、どうして?」
「実はね・・・・。今日、もうひとつ手術があると言ったね」
「はい。そう聞きました」
「その手術が終わってから、君に手術をするはずだったんだ」
「初めは、そうおっしゃってました」
「君の手術の方が簡単だから、先に済ませようとしたんだが、看護婦の方は、予定通りと思いこんでいてね」
「と言うと・・・・」
「予定通りに、先に手術する方を手術室に入れたと言うから、その患者さんが受けるはずの手術を君にしてしまったんだ」
「ええっ!! それって、取り違えたって事ですか?」
「端的に言うと、その通りだ」
「わたしに何の手術を・・・・」
「性再評価手術だ」
「性再評価手術って、もしかして・・・・」
インターネットでその言葉を見たことがあった。
「そう。いわゆる性転換手術だ」
「性転換手術・・・・」
ぼくは気が遠くなった。
「すまない。しかし、君は将来女になるつもりだったんだろう?」
「そんなこと・・・・」
「違うのか?」
ぼくはボロボロと涙を流した。喉仏の小さな男もいることだし、喉仏がなくなっても、男に戻れるはずだった。ほとぼりが冷めれば、男に戻る予定だったのに、性転換手術だなんて・・・・。
「ニューハーフの中には、ペニスが必要な連中もいるが、君もそうなんだな」
ぼくには返答ができなかった。横溝医師が考えていることは、ぼくにはあてはまらないのだ。しかし、それは言えなかった。
「いずれにしろ、もう元には戻せないんだ。アフターケアーを含めて、きちんとやってあげる。予定通りの喉の手術もしてあげたし、料金も取らない。だから、勘弁してくれ。この通りだ」
横溝医師はぼくに深々と頭を下げた。
「絶対元に戻せないんですね」
「ああ、無理だ」
ぼくは大声をあげて泣いた。こんな事になるなんて・・・・。あの日掛け違ったボタンは、元に戻せないままだ。
「予定の手術をしてやらなければならない。失礼するよ。傷が痛むときは、看護婦に言ってくれ」
横溝医師が病室を出て行ってから、急に股間が痛み始めた。ぼくは、ナースコールを押した。
「友永さん、痛むの?」
「はい」
「大手術を受けたんですからね。はい、注射しますよ。5分ほどで効いてきますから、ちょっとの辛抱ですよ」
痛みが止まると言うよりは、無理矢理眠らされて、痛みを感じなくすると言う感じだった。しかし、そうでもしないと、無茶苦茶痛いのだ。結局朝までに痛み止めを3回注射してもらった。
夜が明けて、ぼくはカーテンの向こうにある隣のビルの壁を見つめていた。どん詰まりだな。溜息が出た。
しかし・・・・。しかしと考えてみる。性転換して女になったと言うことは、ぼくにとっては悪いことではない。ぼくは今、矢野美佐として生きている。男に戻るのは障害が多すぎる。この方が、矢野美佐として生きて行くには好都合だ。
通常性転換して女になっても、戸籍が男だから、結婚はおろか就職もおぼつかない。しかし、ぼくには矢野美佐という女の戸籍がある。女として生きていける。
結婚? それだけはないな。いくら体が女になって、戸籍も女だからと言って、男に抱かれるなんて、とてもその気にはならない。
ともかく、ぼくは殺人の罪も、保険金詐欺の罪も免れることになる。性転換はその代償と思うしかない。ただでやってくれたんだから、むしろ感謝してもいいくらいだ。そう考えることにした。
「もう、落ち着いたかな? イヤ、まだ無理だろうね」
横溝医師が、気の毒そうな顔をして、病室へ顔を出した。
「元に戻せないのなら、泣いても喚いても無駄だと分かりました。先生を恨みません。だから、わたしに精一杯の治療をしてください」
「そう言って貰えると、心が治まるよ。全力で、治療をしよう」
「お願いします」
「じゃあ、ちょっと傷を見せてもらおう。膝を立てて、少し開いてごらん」
「はい」
T字帯を外され、ガーゼを剥がされた。横溝医師はぼくの股間を覗き込んで消毒し始めた。ジンジンとした痛みが再び襲ってきた。
「先生、痛い」
「ガーゼをしたら、痛み止めをしてあげよう」
「傷の状態はいいですか?」
「最高だよ。仕上がりもいいはずだ」
「いいはずだって、まだ分からないんですか?」
「まだ腫れているからね。腫れが引けば、恐らく完璧な女だ。ストリッパーにだってなれるよ」
「ストリッパーなんてなりません!!」
「冗談だよ。それくらい綺麗になるってことさ」
「ほんとに?」
「わたしの腕を信じなさい」
「はい。先生を初めて見たときから、信頼できる先生だと思っていましたから」
「それはありがとう。取り違えさえなかったら、その信頼はもっと大きかっただろうね」
「そんなことありません。今でも信頼してます」
「君は、人間ができているね。さあ、次は喉を見せてもらおう」
二日もすると、痛みは徐々に引いていった。ただ、消毒するときに、股間に痛みも何も感じない痺れたような部分があった。
「今は神経が通ってないからね。しばらくすると、感覚が戻ってくるよ」
その言葉にぼくは少し安心した。
手術を受けて一週間目の水曜日が来た。
「今日は抜糸をするよ」
「痛いんですか?」
「それほど痛くはないと思うが」
ちくりちくりとした痛みがあったが、術直後の傷の痛みほどではなかった。
「さてと、これからが本番だ」
「まだ何かするんですか?」
「人造腟の中に、化膿止めを染み込ませたガーゼを詰め込んである。それを抜かねばならないが・・・・」
「痛いんでしょう?」
「かなり痛いと言うがね」
「どれくらい?」
「みんな泣き叫ぶよ」
大袈裟に言っているようには見えなかった。
「麻酔してください。お願いします」
「・・・・そうだな。特例を認めよう。佐藤君、デュプリバンを持ってきてくれ」
「はい」
しばらくして、看護婦が白い液体の入った点滴を持ってきた。
「寝ている間に取ってあげるからね」
白い液体が入り始めたとたん、ぼくは眠りに落ちた。目が醒めると、処置は終わっていた。
「見たいんですけど」
「手術したところを?」
「はい」
「もうガーゼをあてたから、明日にしよう。明日は、おしっこの管も抜けるだろうから、全体が見渡せるよ。いいね」
「分かりました」
しばらくして、骨盤の奥がジンジンし始めた。ぼくはナースコールを押した。
「痛い、痛いです」
「すぐに注射するから、待ってね」
注射すると、すぐに痛みは治まった。どんな仕上がりになっているのだろうか? 横溝医師は、ストリッパーになれるくらい綺麗になると言っていたが・・・・。
翌日の午後、約束通り横溝医師がやってきた。
「見せてあげるけど、まだ腫れが引いてないことを考慮しておくんだよ」
「はい。分かってます」
「じゃあ、ご開帳だ」
ガーゼが取られ、手鏡を手渡された。鏡で見ている目の前で、おしっこの管が抜かれた。鏡に映ったものは、とても見られたものではなかった。
陰毛がないと言うだけでもグロテスクなのに、赤黒く内出血していて、初めて女の股間を見たときより、ずっとグロテスクだと思った。
陰嚢のあった場所に縦長に傷があった。真ん中にどす黒い割れ目があって、その一番下にぽっかりと穴が空いていた。これが人造腟か・・・・。割れ目の一番上には、やはり赤黒い隆起があった。クリトリス・・・・。一応、女の持ち物は揃っているが・・・・。女のものには見えなかった。
「綺麗になるよ。心配しないでいい」
ぼくの不安が分かるのか、横溝医師はそうぼくに言い聞かせた。
「気はすんだかね?」
「はい。もういいです」
ぼくは手鏡を横溝医師に戻した。
「ホントに綺麗になるからね」
「信じてます」
「さて、今日からやって貰わなければならないことがある」
「膣拡張ですね」
「そうだ。手術を受けるつもりがなかったという割には、知ってるんだな」
「インターネットで見ました」
「そうか。それなら、話しは早い。これが拡張棒だ」
横溝医師がぼくの目の前に差し出したのは、3本の白いシリコン製の棒だ。
「細い方から、毎日四回腟の中に入れて、15分ほどじっとしておく。出し入れに痛みがなくなったら、大きいサイズにするんだ。いいね」
「はい」
「今日だけは、わたしがやってあげるから、明日からは自分でやるんだよ」
ぼくは頷いた。
「これはKYジェリーだ。これをたっぷりと付けて、入り口にあてて、少し前方へ向かって入れるんだ」
「前方って?」
「手元を後ろにして入れればいい。手をこちらに回しなさい」
右手を股間に持って行くと、シリコン棒を手渡された。
「さあ、こんな風だ。ゆっくり押し込んで」
「い、痛い・・・・」
「我慢して入れないと、腟が無くなってしまうぞ。せっかく痛い思いをしたのが無駄になってしまう」
「でも、痛い」
「さあ、入れるんだ」
痛くて痛くて涙が出た。
「さあ、奥まで入ったよ。このまま15分だ」
骨盤の奥で、痛みが拍動していた。15分が長かった。痛みが治まった頃、シリコン棒が引き抜かれた。
「要領は分かったかな?」
「はい、なんとか」
「一日4回だよ」
「4回も・・・・」
「4回以上してもいいよ」
「とんでもないです」
「セックスだったら、4回以上してもいいか?」
横溝医師はにやりと笑っていった。
「馬鹿なこと言わないでください」
ぼくの剣幕に、横溝医師は肩を竦めた。
「外見はともかく、膣はいい状態だ。君のペニスが大きかったから、楽々15センチの深さの膣ができたよ。余程の巨根でない限り、受け入れ可能だ」
「・・・・そうですか?」
「不満そうだな」
「そんなことないです」
膣がなければ女じゃないと思うから拡張する気になっていた。男とやりたいからやってるんじゃない。しかし、横溝医師はそんなぼくの思いを分かってはくれない。まあ、分かるはずもないだろうけど。
「もう一週間もしたら退院できるからね」
「もう退院ですか?」
「ああ、それ以上いても、ここのまずい飯を食うだけだ。もっと美味いものを食って、栄養付けた方が、よくなるのが早いだろう」
「先生の病院ですよ」
「病院食はどこでもまずいと言うことになっている。はっ、はっ、はっ」
横溝医師が病室を出て行き、看護婦に夜用と書かれた生理用品を付けたサニタリーショーツを穿かされた。ごわごわして気持ち悪い。女ってのは、毎月こんなもの身に着けてるんだなあと妙な感慨が浮かんだ。
「おしっこしたあとは、消毒するから呼んでね」
「はい。分かりました」
おしっこしたくなって、トイレに行った。サニタリーショーツを下げ、腰掛け便器に座って、便器の中を覗き込みながらおしっこした。おしっこが便器中に広がって、顔にまで飛んできた。まともにおしっこできない!!!
お尻から、内股まで、おしっこまみれになってしまった。サニタリーショーツも濡れてしまった。サニタリーショーツを脱いで、トイレットペーパーで拭いて外に出た。
下半身丸出しのみっともない姿だけど、消毒しなければならないから、ナースコールを押した。
「あら、あら、濡らしちゃったのね。しょうのないひとね」
「だって、おしっこが飛び散るんだもの・・・・」
「手術直後だから仕方がないけど、足を広げておしっこしなかった?」
「はい」
「両膝を付けて、おしっこするとそんなに飛び散らないわよ」
「両膝を付けるんですか?」
「そう。男の感覚では、そんなこと思いつかないでしょうけど、女でも膝を広げてすると飛び散ることがあるのよ」
「へえ、そうなんですか」
「勉強になった?」
「はい」
「あなた、素直ね」
ぼくは肩を竦めた。消毒してもらって、新しいサニタリーを穿いた。
次ぎにおしっこするとき、看護婦に言われたように両膝を付けてやってみた。少し内股が濡れたがうまくいった。
膣拡張ははっきり言って痛い。止めてしまいたいけれど、ぼくの体にこの手術が行われたことを知ったとき、やらなければならないと決心していた。ぼくは一度決めたことはやり遂げる。そうもいかないこともあるけど・・・・。
横溝医師に指導されたとおり、KYジェリーをたっぷり塗ったシリコン棒を入れているが、痛くて途中で何度も引き抜いてしまう。だから、一回の拡張に一時間は費やしてしまう。一日4時間も膣拡張に使っていることになる。なんて時間の無駄遣いだ!! 通勤よりひどい。しかし、他にすることもないから、頑張っていると言えば頑張っている。
「まだ一番小さいのを入れているのか?」
「だって、痛いんだもの」
「君はいくつだ? まるで子供だな」
「女になってまだ2週間ですもの」
「それはそうか。しかし、もっと頑張らないと、狭くなってしまうぞ」
「分かってますったら」
「分かっていればいい」
久しぶりに、手鏡で覗いてみた。内出血は引いて、少し陰毛が生え始め、見かけはよくなってきた。しかし腫れがまだ残っているから、綺麗とは言い難い。
クリトリスも赤く腫れていた。触ってみると、ビリビリと電気が走ったような痛みが走った。そう。痛いのだ。クリトリスは、女に最も大きな快感を与える場所だと理解していた。しかし、今のぼくに付いているクリトリスは、痛いばかりで快感なんて感じない。これで大丈夫なのだろうか?
「感じないよりいいだろう?」
「でも、こんなに痛くっちゃ、セックスできません」
「やっぱり男としたいか?」
「い、いえ、違うんです」
「大丈夫。そのうち痛みが減って、快感を覚えるようになる」
「ほんとですね」
「保証するよ。で、そろそろ退院するかね?」
「もう大丈夫でしょうか?」
「アメリカでなどでは、一週間で退院だよ。君はもう3週間以上入院している。充分すぎるくらいだよ」
「でも、まだ下り物が・・・・」
「もう10日もすれば出なくなる。生理だと思って対応すればいいよ」
「消毒もいらないんですか?」
「小便した後、ビデでよく洗えばいいだろう」
「じゃあ、退院させていただきます」
「くれぐれも膣拡張は忘れないように。それと、出血とか、いつにない痛みとかがあったら、すぐにここに来なさい。そんなことがなかったら、2週間後だ」
「女性ホルモンは?」
「まだだ。この次ぎ来た辺りから再開しよう」
「分かりました。お世話になりました」
ぼくは丁寧にお礼を言うと、横溝医院をあとにした。