美佐の亡骸を運ぶために、レンタカーを借りることにした。まずは埋める場所の下見だ。下見をした上で、美佐の亡骸を運んで埋める。埋める場所を決めないで、美佐の亡骸を運ぶわけにはいかない。
会社の帰りに立川で電車を降りて、駅前にあるレンタカーで、カローラUを借りた。免許は持っている。東京で暮らすには、運転免許はほとんど必要ないが、大学を卒業して働きに出るとき、運転免許がないといい就職口が見つからないからと言われて、卒業前に免許を取ったのだ。
たまにしか運転しないから、もの凄く緊張した。美佐を埋める場所の下見よりも、運転になれておく必要がありそうだ。そう言うわけで、二日間は、夜中まで走り回って、運転の勘を取り戻した。
三日目、国道411号を奥多摩方向へ車を走らせた。夜遅くまで、車の通りが多い。いくつか脇道に入ってみて、いい場所を見つけた。道路から数メーター離れたところに地面が柔らかいところもあった。ここなら大丈夫だ。
決行の日、いつもとは違うレンタカーで、やはりカローラUを借りた。車種が変わると運転しにくいからだ。マンションの来客用のスペースに車を停めて、部屋に戻った。
ベッドルームにあるクローゼットから、旅行用のトランクを取り出す。このトランクは、美佐と結婚したとき、新婚旅行として北海道へ行ったときに買ったものだ。こんな大きなもの、必要なときにレンタルすればいいのに、美佐が買うと言って聞かなかったのだ。それが役に立とうとは思わなかった。トランクには運びやすいように車が付いている。40数キロの美佐を中に入れて運ぶにはちょうどいいのだ。
冷凍庫の前にトランクを運んで開いておき、冷凍庫の扉を開いた。氷の人形になった美佐が蹲るようにして入っている。冷凍庫の外に出そうとして、美佐の体に手が張り付いてしまった。慌てて手を剥がした。
穴を掘るときに使おうと思って買ってきた軍手をして、凍り付いた美佐の亡骸をトランクの中に納めた。トランクの隙間に、新聞紙をぎっしり詰めて、トランクを閉める。トランクの車を下にして押してみる。簡単に移動できた。
部屋から出ようとして、ふと考えた。男のぼくが運び出すより、美佐に化けて運び出した方がいいかも。もし運び出すところを見られたとしても、美佐の亡骸を遺棄したのは女だということになって、ぼくへの嫌疑が薄れるだろうからだ。
ぼくは早速女装に取りかかった。下着はいつも通りきっちり着けて、上はブラウス、下は動きやすいように、ゆったりしたパンツにした。化粧してウイッグを被ったぼくは、パンツを穿いていても、女に見える。ショルダーバッグを肩に掛け、女物のスニーカーを履いて、トランクを押して部屋を出た。
エレベーターを呼んで、上がってくるのを待つ。誰かに見とがめられないかと心配したが、誰もやってこなかった。
エレベーターは6階を通り過ぎ、上の階へ上がっていった。誰かがエレベーターを呼んだのだ。拙いぞ。引き返そうと思ったら、601号室から人が出てきた。引き返すのも帰っておかしい。仕方がない。上から降りてきた人と一緒に降りよう。
どきどきしながらエレベータが来るのを待った。エレベーターの扉が開いた。誰も乗っていなかった。上の階の住人がエレベーターを呼んだのではなく、ぼくが呼んだときに、ちょうど上の階に行く人が乗ったのだ。ぼくはホッとしてトランクをエレベーターに乗せた。
1階まで誰も乗り込んでこなかった。エレベーターを降りると、ごろごろとトランクを押して、車まで運んでいった。ハッチバックを開き、トランクを押し込む。50キロ近くはあるだろう。ひどく重かった。
ハッチバックを閉じ、運転席へ乗り込んでホッと一息ついた。エンジンをかけ、ラジオのスイッチを入れたとたん、目の前に男の顔があった。
「矢野さん、どこかお出かけですか?」
上野さんだ。こんなときに・・・・。
「ええ、ちょっとドライブに」
「おひとりで? ご主人は?」
「いっぱいやって、もう寝ちゃって、わたしには付き合ってくれないんです」
「わたしがご一緒しましょうか?」
どういうつもりだよ、この男は! ぼくは困惑する。
「はは、ご迷惑のようですな。じゃあ、気をつけて」
ぼくは、ホッとして車を発進させた。
車を走らせながら、重大な過ちに気づいた。美佐は運転免許を持っていない。もし、警官にでも停められたら困る。例え免許証を持っていたとしても、顔が違うから、すぐにばれてしまうのだ。しかし、今更引き返せない。見つからないことを祈るしかない。
周囲の車に合わせて、かつスピードに気をつけて車を走らせた。救急車のサイレンが聞こえてどっきりし、パチンコ店の駐車場にある回転灯にどきどきした。
車が少なくなり、目的の脇道への分岐点が見えてきた。前後に車がいないことを確かめて脇道へ入った。道は暗い。人通りは皆無だ。
20分ほど車を走らせて、目的地へ着いた。車のライトを消すと、辺りは真っ暗闇だ。しばらく目を慣らしてから、ハッチバックを開けた。
トランクを降ろすのには、そう苦労しなかった。しかし、それからが大変だった。美佐を埋める場所まで、トランクを運ぶのに四苦八苦した。目的の場所に着いたときには、汗だくになっていた。
車に引き返し、軍手をしてスコップを手にトランクのそばに戻った。罪を逃れるためには少しくらいの苦労は付き物だ。そう自分に言い聞かせた。
スコップで穴を掘った。柔らかいと思ったが、穴を掘るのは結構大変だ。1メートルほど掘っただろうか。
「これくらい掘ればいいか」
そう、独り言を言って、トランクを開き、美佐の亡骸を穴の中に落とし込んだ。穴の中の美佐に向かって手を合わせる。
「成仏してくれよ」
土を被せて平らにし、落ち葉を被せてカムフラージュすると、ホッと溜息が出た。時間がたてば、ここに何かが埋められていることは誰にも分からないだろう。
車に戻ってスコップとトランクを後部座席に放り込んで、泥に汚れたスニーカーとパンツを脱ぎ、持ってきたスカートを穿いた。靴もパンプスを持ってきていた。スニーカーとパンツはトランク中に放り込んで、運転席に乗り込み車をUターンさせた。し残したことはないな。確認しながら、車を走らせた。411号に出て、マンションに向かって車を走らせた。
明るいところで信号停車したとき、汗で化粧が崩れているのに気がついた。国道の途中にあったローソンに飛び込んで、トイレの中で化粧を直した。服装を点検し、緑茶のペットボトルとスナック菓子を買って店を出た。応対した店員は、ぼくのことを不審に思わなかったようだ。
時計は午前1時を廻っていた。誰にも出会わずに部屋に戻ることができた。
普段結構肉体労働していると思っていたのに、筋肉が痛い。いつも使う筋肉じゃないところを使った所為かもしれないなと思う。
熱いお湯を溜めて、ゆったり浸かった。部屋の中から美佐の死体がなくなって、すごく安心したような気分になった。
美佐の死体が見つかるまで、美佐が生きている振りを続ける。見つかったところで、美佐の失踪届を出す。それで、計画は完了だ。すぐには見つからないだろうけど、あんまり早く見つかっては困る。2,3ヶ月先に見つかるのがベストだが・・・・。
美佐が生きていることを強調するため、毎日美佐に化けることにした。夕方帰宅するとすぐに女装し、美佐として過ごす。朝、女装のままゴミ出しに行き、炊事洗濯をして、近所の人たちに姿を見せてから、女装を解き、男に戻って出勤すると言った具合だ。朝早くから起きなければならないから疲れるが、罪を免れるためだから頑張るしかない。
毎日髭を剃るのは面倒になってきた。脱毛するわけにもいかないなと思っていると、男性週刊誌の広告の中に、メンズTBCの宣伝が出ていた。髭の脱毛なんて、ニューハーフくらいしかしないだろうと思っていたら、最近は髭を脱毛する若い男も多いらしい。
思い切って、仕事の帰りに寄ってみた。
「あんまり濃くないですから、レーザー脱毛を2,3回やれば綺麗になりますよ」
「今日すぐにできるんですか?」
「ええ」
「じゃあ、お願いします」
ちょっと高かったけど、毎日髭を剃る手間を考えれば、安いものだ。すね毛もやってもらおうかと思ったが、もの凄く高かったから止めた。代わりに、すね毛が薄くなると言うクリームを通販で手に入れて、毎日風呂上がりに塗り込んでいる。
最近、晩酌はおろか、風呂上がりのビールもやっていない。女装している所為だ。女が風呂上がりに缶ビールを抱えている姿なんて、ぼくの感覚では信じられないことだからだ。
風呂に入れば、女装を解くことになるのだが、風呂から上がると、また女装する。女物の下着を身に着け、ネグリジェを着る。お肌の手入れも入念にやる。そのままだとおかしいから、ウイッグを被る。
寝るときは男の格好でもいいと思うのだけど、そうすると、一日に4回男と女の間を行ったり来たりしなければならなくなる。頭が混乱するから、昼は男、夜は女と決めているのだ。
それでも、男と女の切り替えは大変だった。だけど、一ヶ月もすると、男の時は男言葉で、女の時は女言葉が自然に出るようになった。仕草もちゃんと外見に合わせられる。ぼくは俳優になれる。
いつものように女装して夕食の準備をしていると、ピンポンとチャイムが鳴った。ぼくのマンションを訪ねてくる人などいないはずなのにと訝りながら、インターフォンの受話器を取った。
「はい。矢野です。どなたでしょうか?」
「読売新聞の集金に参りました」
「新聞の集金・・・・。は、はい。どうぞ。すぐに開けます」
スイッチを押した。マンションの玄関が開いたはずだ。数分して、部屋のチャイムが鳴った。
「はあい。ちょっとお待ちになって」
ぼくは、玄関のドアを開けた。
「こんな時間にすみません。昼間、何度も来たんですが、いらっしゃらなくて」
「買い物にでも出掛けていたんでしょう」
昼間、ぼくのマンションを訪ねてくることもあるのだ。しかし、仕事に出掛けなければならない以上、こう言う事態は避けがたい。
「おいくらですか?」
「3466円です」
「4000円からお願いします」
新聞の集金人は、ごそごそと領収書を出して、お釣りをぼくに手渡す。
「あのう」
「何でしょう?」
「あなたが、矢野さんの奥さんですか?」
「はい、そうですけど、それが?」
「先月ご契約いただいたときは、別の女性だったですよね」
美佐のことだ。この男が契約を取りに来たのか。と言うことはこの男と・・・・。ちょっと嫉妬めいた気持ちになったが、そんなことはおくびにも出さずに、話しを続けた。
「ああ、あれはわたしの従妹です。引っ越しの手伝いに来てくれてたんです。新聞屋さんが来たら契約してくれるように頼んでおいたから、あなたと契約したみたいですね」
「そうですか・・・・」
また、やれるかもしれないと思ってきたのだろう。集金人は、ちょっと落胆したような表情を見せた。ぼくはちょっと意地悪することにした。
「彼女、あれからすぐ入院してしまって・・・・」
「えっ!? 何の病気ですか?」
ぼくはちょっと口ごもりながら言う。
「あんまり言いたくないんですけど、・・・・エイズの疑いがあるって」
男の驚いた顔と言ったらなかった。
「し、失礼します」
慌てて部屋を飛び出ていった男の後ろ姿をぼくは笑ってみていた。あの男、病院へ駆け込むだろうな。いい気味だ。エイズでもコンドームをしていればいいだろうに。まあ、もっと他のこともやったのかもしれない。
それにしても、あんな不男とよくやれるものだ。美佐は男だったら誰でもよかったみたいだ。死んでくれて、むしろホッとした感じだ。
女装するのも、そんなに悪くない。結構ぼくははまっている。しかし、ずっとこうしているわけにも行かない。そろそろ美佐の死体が見つからないかなと思っているのに、まったくその気配はない。確かめに行くわけにもいかず、いらいらすることが多い。
「おい、矢野。浅田君とはいつ頃結婚するんだ?」
フロアー長が、仕事の合間に聞いてきた。
「ええっ!? 結婚なんて考えてませんよ」
「そうか? もし決まったら、早めに言ってくれよ。都合があるからな」
「都合っていいますと?」
「結婚式のことだよ」
「だから、そんなことはないですから」
「分かった。分かった」
フロアー長は、信じてない様子で事務所に戻っていった。浅田加世子は、そんなぼくたちの様子を見て、にっこり笑っている。困るなあ。
浅田加世子がニューハーフだとばらしてやろうかと思ったが、ぼくは彼と付き合っていると言うことになっているから、そんなことしたら、ぼくもホモだと思われてしまう。女装はしているけど、ぼくはホモじゃない。
それから2,3日して、自宅の電話が鳴った。何気なく電話を取った。
「もしもし、矢野でございます」
女装していたから、いつもの癖で女声で女言葉を使った。
「あ、あのう・・・・」
電話の相手が口ごもった。
「矢野ですけれど、どなたでしょうか?」
「同僚の浅田と言います。矢野さんはおられますか?」
相手は、浅田加世子だった。ちょっとしくじったなと思ったが、思い直した。ぼくが結婚していることをばらした方がいい。そうすれば、浅田加世子との変な噂も立ち消えになるだろう。
「主人ですか? ちょっとお待ちください。あなた。浅田さんて言う方からよ」
受話器にその声が入るように、別の所にいるぼくを呼ぶ振りをした。ぼくは、大きく深呼吸して、男声に戻した。
「もしもし、替わりました。矢野です」
「もしもし、矢野さん」
「ああ、浅田さん、どうしたの? こんな時間に」
「矢野さん、今電話に出た女の人、誰?」
「誰って・・・・」
「矢野さんの名前を言ったら、主人ですかって言ってたけど・・・・」
「あ・・・・うーん」
「矢野さん、結婚されてるんですか?」
「あ、うん」
「知らなかった・・・・」
「会社の誰にも言ってないんだ。内緒にしてくれないか?」
「どうして内緒に?」
「いろいろ事情があってさあ」
「そうなの」
「頼むよ。ぼくも約束は守っているだろう?」
「・・・・分かったわ」
「で、何の用?」
「何でもないわ」
「何でもないってこと、ないだろう?」
「もういいです。お休みなさい」
ぷつりと電話が切れた。仕事の用事じゃない。とすると、デートしてくれとでも言いたかったのだろうか? あり得る話しだ。浅田加世子は、どうもまだぼくに気があるようだ。ぼくにその気があれば、抱いてもらおうと思っているに違いない。
ぼくにはその気はないが・・・・。このところ、女を抱いてないな。何しろ、夜は女装しているから、まったくその気にならないのだ。
女装して興奮し、マスターベーションするという話しを聞いたことがあるが、ぼくの場合は、女装して興奮する訳じゃない。女装すると、むしろその気がなくなってしまうのだ。
「矢野! おまえ、結婚してるんだってな」
翌日、ぼくが結婚していると言うことがフロアーの全員に知られていた。浅田加世子が話したに違いない。秘密を守ってやってるのに、ひどいやつだと思ったが、これで浅田加世子と結婚するという話しは消えてしまうなと、心の中でほくそ笑んだ。