第16章 遺書

 真吾さん。これまでずっとわたしを愛してくれてありがとう。先に旅立つわたしを許してください。
 結婚するとき、隠し事はしないと誓ったのに、わたしは、あなたに隠し事をしていました。それは、あなたがわたしに隠していると思っていたことです。

 わたしが、美佐ではないことはあなたも知っているとおりです。わたしは、過失を犯して、美佐を殺してしまいました。あなたの大事な美佐を殺してしまったことを謝らなければなりません。
 わたしは、あなたが死んだ美佐と関係があったことを知っていました。どうしてそのことを知ったかって? 勿論、美佐から聞いたのです。
 美佐は、あなたが当時愛人であった美佐に頼んで、わたしの童貞喪失を演出したこと、わたしと美佐が結婚したあとも関係を続け、密会していたことを包み隠さずわたしに話して聞かせました。
 だからと言って、わたしはあなたを恨んだり、憎んだりしたことはありません。童貞喪失は、あなたがわたしのためにやってくれたことですし、あなたの大切な美佐を奪ったのはわたしですから、美佐があなたと関係を持つのは仕方のないことだと思っていました。美佐がわたしだけではなく、あなたも愛していたことを知っていたからです。
 それに、他の男だったら、そうは思わなかったかもしれません。あなただからこそ、わたしは許したのです。わたしは、あなたが好きでした。当時は男同士だったのに変ですね。でも、それは偽らざるわたしの気持ちでした。

 わたしは、あなたと同じくらい、いえ、あなた以上に美佐を愛していました。だけど、その美佐を過失とは言え、殺してしまいました。
 あなたはそのことに気づいて、わたしに復讐しましたね。そうです。あなたが、横溝医師に頼んでわたしに性転換手術を施してもらったことも知っていました。
 それを知ったのは、手術が終わって女になってしまってからのことです。横溝医師が、あなたとわたしの言動が異なることを不審に思って、わたしに話したのです。患者の取り違えという横溝医師の言い訳を信じていたわたしは、その話しを聞いてビックリしました。けれど、そのときも不思議とあなたを恨もうという感情は浮かんできませんでした。
 わたしは美佐を殺してしまった代償を払わなければならなかったのです。だから、そうされて当然だったのです。犯した罪は償わなければならないし、あなたにはそうする充分な資格があったからです。

 幼い頃から、ちびだ、女みたいだと言われて虐められてきたわたしは、精一杯背伸びをして男として生きてきました。あなたもそれを知っているでしょう? だから、ペニスを失ってしまったことは、わたしにとって、もの凄くショックでした。生きていたくない。自殺したいと思いました。
 だけど、わたしは死ねませんでした。死ぬことが怖かったのです。誰でもそうではないでしょうか? 死ぬのが怖くない人間はいません。ただそれだけではありません。死んだ美佐には、わたしは毎日手を合わせていました。恐らくあなたも手を合わせてくれていたことでしょう。だけど、わたしが死んだあと、誰も手を合わせてくれる人はいません。地獄に堕ちたわたしに救いの手をさしのべてくれるものはいないのです。だから、わたしは生きるしかなかった。生きて美佐への供養をすることが、わたしの役割だと決心しました。
 生きると決めたら、わたしにとって何もかもが好都合でした。生活に必要な場も、お金もあり、なにより美佐としての戸籍がありました。わたしは女として生きることができたのです。

 そんなわたしに、あなたが近づいてくるなんて思ってもみませんでした。新たな復讐をしようとしているのかもしれない。もしそうであれば、甘んじて受けよう。そう思っていました。
 だけど、あなたのことを考えていると、急に妙な感覚に襲われたのです。男同士だったときは友情だったものが、わたしの中で変化したのです。女となってしまったわたしは、あなたに恋してしまったのです。大好きな親友という境界を越えて、女として、あなたのことが好きになったのです。
 わたしがそう思い始めた頃、あなたの目にも変化が現れました。それまでのあなたが、どの様な感情をわたしに対して持っていたのか分かりませんが、ともかくその時からあなたは、わたしを愛してくれているのだと感じました。
 わたしの思い違いかもしれないと思っていましたが、わたしと結婚してくれといわれたとき、間違いないと確信しました。
 でも、あなたとの結婚については、はっきり言って悩みました。本物の女じゃないのに、あなたと結婚してもいいものかと。けれど、わたしが性転換して女になったことを分かっていてわたしに結婚してくれと言っているあなたのために結婚を決意しました。
 わたしは、それまでわたしの中にあった男としての意識を捨て、あなたのために女になりきることにしたのです。わたしの犯した罪から逃げるためではなく、あなたとあなたの愛した美佐のために、美佐の代わりをすることに決めたのです。

 真吾さん。あなたに子供を作ってあげられなかったことだけは心残りだけれど、わたしは、美佐の代わりを立派にやり遂げたと自負しています。誉めていただけるかしら?

 真吾さん。あなたを心から愛しています。今日まで愛してくれてありがとう。あなたと暮らした50年、幸せでした。
 どうか、元気で長生きしてください。

 愛する真吾さんへ。

 美佐