第15章 虜

 矢野が自殺したという新聞記事は出ない。どうなっているんだろうか? 一ヶ月経って、横溝医師に電話した。
 「先生、彼女の様子は如何でしょうか?」
 「ああ、至って元気だよ」
 元気!? ペニスがなくなって自殺するか鬱病にでもなっているのじゃないかと思っていたのに、元気だって!!??
 「彼女はすっかり女になりきっているよ。もうセックスもできるから、会いに行ってやりたまえ」
 女になりきっている!? そんな馬鹿な! 俺は溝口医師の言葉が信じられなかった。
 「まだ忙しくて・・・・。退院はいつ頃でしょうか?」
 「もう退院したよ」
 「えっ!? もうですか?」
 会いに来たまえじゃなくて、会いに行ってやりたまえと言ったなと、その時になって気が付いた。
 「彼女から連絡はないのか?」
 「ないんですよ。手術したことを、まだ知られたくないんじゃないですか?」
 「・・・・そうか」
 不審気な言葉に、俺はやむなくこう言った。
 「ずっと会ってないから、会いに行きます。女に生まれ変わったあいつを見てみたい」
 「明日の午前10時、病院へ来ることになっている」
 「明日の午前10時ですね。何とか合間を見つけて行ってみます」
 「じゃあ、明日」

 矢野と顔を合わせるわけにはいかない。俺は、横溝医院の前で、矢野が出て来るのを待った。
 午前11時、矢野が出てきた。俺は驚いた。一瞬、別人だと思った。矢野は見違えるくらい綺麗になっていた。

 矢野の姿が消えるのを待って、俺は病院の中へ顔を出した。
 「遅くなりました。彼女はまだいますか?」
 「今し方帰ったところだ。すぐにあとを追えば追いつくんじゃないかな?」
 「すぐに会社に戻らなければなりませんので」
 「そうか」
 「仕上がりはどうです?」
 「完璧だよ。そうそう、インスタントカメラに撮ってある。見るか?」
 「是非」
 手術直後の有様からすると、ひどい出来だろうと思っていた。しかし、手渡されたインスタントカメラで撮られた写真を見てビックリした。
 「先生。これ、本物の女のものでしょう? 俺を騙すつもりですか?」
 「それが、今の彼女の持ち物だ」
 ぼくは絶句した。実物は勿論、インターネットでも、女のあそこは相当数見ている。それとほとんど変わらないのだ。
 「先生の腕は最高です」
 やっとの事で、そう言った。
 「わたしのやった手術の中でも最高のできばえだな」
 「見かけはともかく、機能はどうなんですか?」
 「機能も恐らく大丈夫だろう。今夜でも、自分で確かめたまえ」
 「そうですね。それが一番ですね。・・・・大変お世話になりました。今後ともよろしくお願いいたします」
 「ああ、死ぬまで面倒見てあげるよ。ところで、彼女は、男がいないような素振りだったが、どうなってる」
 ぼくはちょっと狼狽えた。
 「ああ、男がいるって事は、ホモだって宣言することでしょう? 恥ずかしがってるんですよ」
 「なるほど」
 そうは答えたが、横溝医師は不審そうな顔をしていた。ぼくが嘘を言って、矢野に性転換手術を施させたことに気づいたかもしれない。しかし、もう後の祭りだ。もう元には戻せない。手術料はちゃんと支払ってあるから、文句は言わないだろう。

 病院を出ながら、インスタントカメラの画像を思い出した。本物そっくりだった。・・・・やってみたい。俺もいろいろとやっている。ニューハーフとも性転換女性ともやったことがある。しかし、みんな商売で男の相手をしている。素人で性転換して女になった男となんて、やったことがない。ゾクゾクしてきた。
 さてしかし、どうやって矢野に近づこうか? ・・・・そうだ。そろそろ、矢野亮平の一周忌だ。それにかこつけて会いに行くことにしよう。その後のことは、その時に考えることにする。

 昼食をすませ、中央線へ向かっていると、若い男と歩いている矢野を見つけた。随分仲が良さそうに見えた。俺はむかっときた。俺のお蔭で女になれたのに、男といちゃいちゃするなんて!!
 俺は、男の後をつけた。男は、学生らしい。裏通りに来たとき、俺はその男に声をかけた。
 「おい」
 「何ですか?」
 「さっき、美佐と話していたな。美佐は俺の女だ。手を出すんじゃない」
 「俺の女? あんた、美人局ですか?」
 「美人局? 馬鹿野郎! 俺の女に手を出すなって言ってるだけだろう?」
 俺はこぶしを突き出して、男を睨み付けた。男はこう言った場面には慣れていない。たちまち青ざめた。
 「わ、分かりましたよ」
 「名前と電話番号だけ聞いておこう。妙な真似をしたら、ねじ込むからな」
 男は、名前と電話番後をノートの切れ端に書くと慌てて立ち去っていった。
 「これでよし。矢野に近づく男は、みんな排除だ」

 3月30日。矢野亮平の一周忌。もしかすると、美佐の3回忌でもある。俺は、矢野のマンションへ出掛け、インターフォンを押した。
 「はい。矢野です」
 可愛らしい声で返事があった。まったく女の声に聞こえる。ほんとに、矢野が喋っているのかと不思議に思う。
 「浜田と言います。矢野君の元の同僚です。一周忌のお参りに来ました」
 ちょっと躊躇った後、返事があった。
 「すぐ、開けます」
 マンションの玄関の鍵が開いた。俺は、エレベーターを昇っていった。606だったな。部屋のチャイムを鳴らす。
 「はあい。すぐ開けます」
 出てきた矢野は、俺の目を誤魔化すためか、かなり濃い化粧をしていた。胸元が大きく開いた服を着て、女であることを強調していた。随分大きな胸だ。俺の感触ではCカップ。溝口医師に豊胸術は頼んでいない。女性ホルモンだけで、大きくなったようだ。これもまた信じられない。
 そんなカムフラージュをしたって、目の前にいる女が、性転換した矢野だと俺には分かっている。俺は心の中でふふんと笑った。
 それにしても、知っているからそう思うだけで、知らずに矢野と話しをすれば、完全に女だと思ってしまう。
 「どうぞ。お上がりになって」
 「失礼します」
 矢野のそばを通り過ぎるとき、いい匂いがした。女の臭いだ。矢野が男だったなんて、とても信じられない。
 「仏壇がないから、こんな所に置いてるんです」
 「みんな、そうですよ」
 俺は、位牌に向かって手を合わせた。
 「ありがとうございます。誰もお参りに来てくれないだろうと思ってました」
 「ぼくと矢野は親友ですから」
 親友と言う俺の言葉に、矢野は涙ぐんでいる。そうだった。美佐のことがなければ、俺たちはずっと親友のままだったのだ。友情は、異性によって壊される。これはどの時代でも同じ事なんだ。
 しかし、今は俺と矢野は同性とは言い難い。
 「ひとりで寂しいでしょうね」
 「・・・・はい」
 「どうしてあんなことに・・・・」
 「あれがあの人の運命なんでしょう」
 「それにしても、まだ25だったのに・・・・」
 「あら、お茶も出さないで、ごめんなさい。すぐ入れますわ」
 「イヤ、お構いなく。もう帰りますから」
 「そんなことおっしゃらずに。ちょっとお待ちください。主人のこと、聞かせて欲しいから」
 上目遣いに俺を見る矢野は、すごく女らしい。見ていて惚れ惚れする。
 「そうですか? それなら」
 それから、1時間ばかり、知っているはずの矢野の話しをした。ソープ嬢の桃子と美佐が別人であるかのように話した。同一人物だと、美佐の振りをしている矢野が、元ソープ嬢ということになってしまうからだ。俺もちょっとは気を使ってる。
 叔母が遊びに来ていると理由を付けて、マンションを後にした。振り向くと、矢野が俺に手を振っていた。俺は片手を挙げて応えた。妙な雰囲気だ。矢野は、俺に気がある素振りをしていた。まさか・・・・。俺の思い違いだ。

 女になった矢野とやってみたいと言う思いは募るばかりだった。強姦するというわけにも行かないと思った俺は、矢野を口説いてみることにした。矢野は美佐の振りをしている。一周忌を迎えたばかりの未亡人を演じているわけだから、単刀直入に口説くのは控えよう。
 バラの花束を抱えて、矢野の元を訪れた。矢野は、零れんばかりの笑顔を見せた。この分なら、好きだと口説いても、落ちそうな気がした。しかし、初めからの予定通りにやることにした。
 矢野は料理が上手い。俺は矢野の作った料理を端から平らげた。食べながら、口説きに入る。
 「こうしていると、まるで夫婦みたいだね」
 矢野は、顔を真っ赤にしている。
 「わたしなんか、浜田さんの妻にはなれないわ」
 「どうして?」
 「どうしてって・・・・」
 俺は追い打ちをかける。
 「矢野の愛した人だから、ぼくにも愛せるよ」
 その時の矢野の困惑した表情と言ったらなかった。

 お茶を飲みながら、今日最後の詰めをすることにした。
 「この前来たとき、恥ずかしくって言い出せなかったことがあるんだ」
 「何をですか?」
 「ぼくさあ、矢野のことが好きでさあ」
 矢野は、エッと小さな驚きの声を上げた。よし、今のはかなり効いたようだ。
 「男同士だからおかしいだろう?」
 「い、いえ。そんなこと、ありません」
 矢野の動揺が見て取れた。
 「矢野が死んだって聞いて、ホント、悲しかったよ。母が死んだときより泣いた。まあ、親友なんてものは、みんなそんなものだと思うよ。同性だったら、普通は変なことにはならないからね」
 「・・・・そうですね」
 「ぼくの大好きだった矢野が愛した人を、ぼくも愛してみようと思うんだけど、いけないだろうか?」
 「それって・・・・」
 「美佐さんが、矢野のことを忘れられないのは分かってるよ。だけど、矢野は死んでしまったんだ。生きているぼくを愛してはくれないだろうか?」
 矢野には迷いがあるようだ。焦らない方がいい。時限爆弾は仕掛けられた。今日は引き上げることにする。
 「今すぐにとは言わない。考えて置いてくれよ」
 そう言い残して、矢野のマンションを後にした。

 最終的な詰めだ。俺は崎山という学生に電話をかけた。
 「この前の美人局だ。分かるか?」
 「わ、分かります」
 「ちょっと相談に乗って欲しい」
 俺は、古典的になった芝居をするつもりだ。崎山に襲わせて助けるといった寸法だ。

 うまくいった。矢野は俺の胸の中に飛び込んできた。こんなばればれのお芝居が通用するなんて思ってもみなかった。
 細く柔らかい体。甘い唇。ホントに男だったのか? 信じられない。ベッドに運んで服を脱がせていった。本物の女を相手にしているような錯覚を覚える。インスタントカメラの映像は嘘ではなかった。あそこもまるで女だ。
  「浜田さん・・・・、もう来て。お願い」
 その言い方もまさに女。
 「美佐! 今、君はぼくのものになる」
 俺は、自慢のペニスを矢野の新しい器官に差し込んだ。矢野は苦痛の表情を見せた。そうか、矢野は処女なんだ。今日、俺と初めてやるんだったな。そう思うと、俺の興奮はいやが上にも高まった。
 柔らかく締め付けられ、矢野の中に爆発するように射精した。とても作り物とは思えなかった。いや、本物の女よりいいくらいだ。横溝医師が、俺に合わせて矢野に人造膣を作ったと言った。まさにその通りだ。刀が鞘に収まるようにしっくり行く。
 「よかった」
 矢野も答えた。
 「わたしも」
 結構気持ちよさそうにしている。性転換して女になっても感じるのだろうか? そんなこと聞けないが・・・・。

 日を重ねるに連れて、矢野の、イヤもうこれからは美佐と呼ぼう。今の矢野はそう呼ぶ方が相応しい。美佐の反応はますます女らしくなっていった。俺は処女を開発して女にしてやっている。そんな気分だった。
 俺は、・・・・俺は、美佐にのめり込みつつある。自分でも信じられない。復讐のために、女にしたのに・・・・。
 美佐は、もはや男ではない。完全な女だ。俺を虜にして離さない。

 美佐をずっとそばに置きたくなった。美佐は戸籍も女だ。結婚できる。結婚なんて、今まで出会ったどの女ともしようなんて考えたこともなかった。しかし、美佐を手放したくないために、俺は結婚の決意をした。
 美佐は、美人じゃないから、バツイチだから、子どもを産めないからと、抵抗したが、結局俺の結婚の申し出を受け入れた。

 おふくろの三回忌に、親戚のものに紹介した。誰もが美佐のことを本物の女だと信じて疑わない。
 親戚連中が酔いつぶれて、眠ってしまった真夜中。美佐の横顔を見ていて、俺は耐えきれなくなって、美佐に迫った。その時、美佐はいつになく興奮し、俺が射精した瞬間、美佐の膣が俺を強く締め付け、目をつり上げ体を痙攀させた。そんな美佐を見たのは初めてだった。どうやら、初めて行ったようだ。性転換しても、行くんだなあと美佐のうっとりとした笑顔を見ていた。

 美佐と入籍して一緒に住み始めた。美佐は、昔の教科書に出てくるような女だ。本物の女だったら、こんな風にはしない。絶対に。
 美佐が、元は男だからこそ、そんな女を演じているのだ。何故なら、男はすべての女がそんな女であって欲しいと願うものだからだ。つまり、俺を喜ばせるためだ。
 昼は勿論、夜の生活にも満足している。俺は男として、理想的な妻を手に入れた。

 天国にいる美佐。おまえの分まで、美佐を可愛がってやるからな。