第14章 復讐

 俺は、喪主として涙を流す矢野美佐をじっと観察した。どう見ても美佐ではない。まったくの別人だ。この1年の間に美佐と離婚して、同じ名前の女と結婚した? そんなことがないとは言い切れないが・・・・。矢野は美佐にぞっこんだった。別れるはずがない。もし別れたとすれば、美佐が俺に連絡をよこさないはずがないのだ。
 それにしても、この美佐を名乗っている女は誰だ? 下を向いてハンカチで涙を押さえている女を観察する。
 うん!? 喉仏がある。気づかれないように横に回ってよくよく観察した。信じられない!! 女は、矢野亮平だ。誰も気づいていないようだが、兄弟のように仲良くしていた俺には分かる。矢野が女装して、美佐の振りをしているのだ。何故そんなことを? 俺の思考は混乱する。

 死んだと思われている矢野が生きていて、美佐の姿が見えない。まさか美佐が棺の中に入れられていると言うことはないだろうが・・・・。イヤイヤ、そんなことは絶対にありえない。親父狩りに遭って殺されたのだ。司法解剖されているはずだ。棺の中の遺体は、誰か別人に違いない。何らかの原因で、矢野と誤認されたのだ。
 俺は断りを言って、棺桶の中の遺体を見てみた。内出血していて顔がよく分からない。しかし、男であることは間違いなかった。
 美佐の行方はともかく、矢野亮平の葬式が行われていると言うことは、矢野亮平は、この世から消えてしまうことになる。そうまでして、矢野自身を消す理由は何だろう?
 死亡保険金か? 以前、矢野の両親が死んで、死亡保険金が入った。それに味を占めて・・・・。
 しかし、それなら、矢野が美佐の振りをする必要はない。美佐自身に喪主をさせて、矢野は隠れていればすむことだ。
 そうしないで、矢野が美佐になりすましている理由は・・・・。ただ単に、赤の他人が矢野亮平として死んだだけではない。美佐も葬式に出席できない理由がある。病気や怪我で、美佐が葬式に出席できないのなら、そう言うはずだ。そう言わないで、美佐が出席できないと言うことは、美佐はもうこの世にいないと言うことではないだろうか?
 美佐が自らいなくなってしまったのなら、失踪届を出すだろう。そうしないで、美佐の振りをしていると言うことは、矢野が美佐をこの世から消してしまったとしか考えられない。つまり、殺してしまった・・・・。他に考えようがあるか? ・・・・ない。
 マゾヒズムの究極は、死だと聞いたことがある。プレーの途中で美佐が死んでしまい、どこかへ処分したのではないだろうか? 矢野は、美佐になりすますことによって自分自身を消し、美佐を殺したことから逃げようとしているのに違いない。美佐に化けて、美佐が生きている振りをしていれば、殺人にはならない。
 しかし・・・・。矢野はこの先、美佐に変装したままと言うことになるのだが・・・・。いや、ほとぼりが冷めるのを待って男に戻るつもりだろう。このまま女になってしまうはずはない。あいつは、女装させれば似合うだろうが、女のまま暮らしていくようなやつじゃない。
 あくまでも俺の推測だが、考えれば考えるほど、自分の考えが真実のような気がした。

 矢野は、いつから美佐の振りをしているのだろうか? オートロックで外界から隔絶されたマンションとは言え、まったく近所付き合いをしないなどと言うことはあり得ない。

 俺は、ちょうど外に出てきた、葬儀を仕切っている自治会長を呼び止めた。
 「お疲れさまです」
 「あ、ああ。あなたは?」
 自治会長はポケットの中から煙草を取り出して吸おうとしていた。俺は、ライターを取り出して、火をつけてやった。
 「亡くなった矢野の元同僚で、親友だった浜田と言います」
 「ああ、それは、お気の毒でした」
 「いえ。奥さんが可哀想でですね・・・・」
 「そうなんですよ。あの若さで未亡人ですから・・・・」
 「なかなかの美人ですよね」
 「そうですな。ちょっと髪の毛が短いといいんですが・・・・」
 自治会長は振り向いて、集会所の方を見た。
 「女は長い髪ですよ」
 「そうですかな?」
 「今日初めて矢野の奥さんの顔を見ました」
 「えっ!? 親友っておっしゃってませんでした? 初めてなんですか?」
 「矢野のやつ、どういう訳か、親友のぼくにも会わせてくれなくてですね。このマンションへ引っ越してくるとき、都営で見かけた女性が奥さんとばかり思っていました」
 「引っ越しの日? ああ、その女性、左目の下にほくろのあるひとじゃないですか?」
 左目の下にほくろのある女! 美佐だ。
 「そう言えば、あの女性には、そんなほくろがありましたね」
 「引っ越してきた当日だけ見かけましたが・・・・、手伝いの方ではないですか?」
 「あ、そうかもしれませんね」
 俺は惚けて答える。
 「自治会長さんが、矢野の奥さんと会ったのはいつのことですか?」
 「わたしがあの奥さんに初めて出会ったのは、ちょうど1年前の今日でしたな」
 「1年前の今日というと、4月2日と言うことですか?」
 「ああ、そうですよ。孫にエプリルフールをやられた日の翌日ですから、よく覚えてますよ」
 3月31日に、俺は美佐と密会している。3月31日の夕方から、4月2日の間に、美佐は失踪したことになる。
 ・・・・何か気になるが・・・・。あの密会の時、美佐はかなりひどく頭を打った。まさかそれが原因で死んだなんてことは・・・・。考えられないことではない。
 いや、違う。美佐は元気に帰っていったのだ。死んだとすれば、矢野がやったに違いない。
 それにしても、矢野は1年も美佐の振りをしているのか・・・・。信じられない。
 「どうかされました?」
 「い、いえ。何でもないです」
 上野というその自治会長は少し妙な顔を俺に向けた。俺は、話題を変えて誤魔化した。
 「葬儀委員長の大任、お疲れさまです」
 「自治会長ですからな。仕方ありません。それに、美しき未亡人のためです」
 「では、よろしくお願いいたします」
 「任しておいてください」
 俺は、美佐に化けた矢野に見つからないように、式場を後にした。

 2週間ほどして、ぼんやりテレビを見ていると、奥多摩で女性の死体が見つかったというニュースをやっていた。その時は、また殺人・死体遺棄事件かよと言う感じで見ていた。しかし、その死体が着ていたTシャツとジーンズが公開されたとき、美佐が死んでいることを確信した。そのTシャツとジーンズには見覚えがあった。あの日、美佐は新宿にあの格好でやってきたからだ。
 ああ、やっぱり美佐は死んでいた。矢野は、美佐の振りをすることによって、美佐を殺した罪から逃れ、自分が死んだことにして、保険金を手に入れたのだ。なんてやつだ!
 その後のニュースで、奥多摩で死体として見つかった女性は美佐とは違う女だと報道されていた。あの死体は美佐だとの確信が揺らいだ。

 しかし、矢野はその後も美佐の振りをしていた。美佐の姿はやっぱりない。美佐が出てこず、矢野が美佐の振りを続けている以上、あの報道が間違っていると思わざるを得なかった。俺の想像通り、美佐はやっぱりこの世にいない。
 俺の女が殺されてしまったのではないかと考えれば考えるほど、矢野に対する増悪がむくむくと沸き上がってきた。
 何とか美佐の恨みを晴らしてやらなければ。俺は復讐を誓った。矢野が美佐の振りをしていることをばらしてしまうのが、復讐する手段として手っ取り早いのだが、それでは面白くない。矢野をもっと苦しめてやる手はないだろうか? そう思いながらも、月日はたっていった。

 あっという間に3ヶ月がたってしまった。美佐に化けた矢野はどうしているだろうかと思い、仕事に休みを利用してマンションを訪れた。
 マンションから出てくる矢野は、葬式の時とは随分違って見えた。どこがどうとは言えないけれど、ともかく違う。敢えて言えば、女らしくなっているのだ。体の線が柔らかくなっていた。
 それからも、毎月一度、矢野を監視に訪れた。矢野はますます女らしくなっていった。俺は考えた。矢野は女性ホルモンを飲んでいる。それは間違いないと思った。矢野は男の戸籍を失っている。美佐として、女として暮らす以上、人の目を欺くためにはそうするしかない。俺が同じ立場でもそうするからだ。

 矢野は、横溝医院と言う病院で女性ホルモンを貰っているようだ。調べてみると、新宿のかなりのニューハーフがここで女性ホルモンを手に入れているようだ。睾丸の切除は勿論、性転換手術も秘密裏にやっているらしい。
 性転換手術!! 俺は、その言葉を聞いたとき、これだと思った。矢野は、今や美佐として、女として暮らしている。体型だけでなく、戸籍も女の戸籍を使っている。しかし、その気になれば、まだ男に戻ることができる。性転換させて女にして、男に戻れないようにしてやろう。男にとって、ペニスがなくなること以上の屈辱はない。特に矢野のように、一生懸命男であろうとしていたやつにとっては。
 これだ。これだ。これが最高の復讐だ。

 新たな年が明けて、節分を過ぎた頃、一本の電話が入った。
 「浜田さん、わたしだ」
 「ああ、横溝先生。どうかしました?」
 「今日、君の彼女が、喉仏を取って欲しいと言ってきたよ」
 矢野に性転換手術を受けさせるために、俺は横溝医師に近づいていた。俺と矢野とは恋愛関係にあると言うことにしている。
 「そうですか。じゃあ、兼ねてからお願いしているように、やっていただけますね」
 「ホントにいいのか?」
 「勿論ですよ。彼女もそれを望んでいますから」
 電話の向こうで、横溝医師がちょっと黙り込んだ。俺は言い訳を言った。
 「何度も痛い目に遭わせたくないんです」
 「分かった。・・・・しかし、何と言い訳するかな?」
 「患者を取り違えたことにしてください」
 「それじゃあ、わたしの責任が」
 「どうせ違法なことをやってるんでしょう?」
 「それはそうだが・・・・」
 「大丈夫です。彼女にもその気があるんですから。ただ思い切れないだけです。費用をただにすると言ったら、すぐに納得しますよ。あ、勿論、費用の方はぼくが出させていただきますから」
 「そう言うことなら、やってあげよう」
 「先生?」
 「何だ?」
 「手術を見せていただいていいですか?」
 「かまわんが・・・・。見て面白いものじゃないぞ」
 「彼女が女に生まれ変わるのを見たいんです。いいでしょう?」
 そうじゃない。復讐が達成される瞬間、矢野が男でなくなる瞬間を見たかったのだ。
 「分かった。手術は、来週の水曜日の午後3時からだ。それまでに来なさい」
 「はい。それでは、来週の水曜日、午後3時に伺います」
 電話を切ってから、俺はほくそ笑んだ。いよいよ、美佐の復讐が実行される。俺自身の手で、矢野のペニスを切り取れないのは残念だが。

 翌日の午後3時過ぎ、俺は横溝医院を訪れた。
 「遅かったな。もう麻酔で眠ってしまってるよ」
 「それは残念です。仕事の片が付かなくでですね。励ましの言葉をかけてやりたかったのに」
 こんな嘘を、横溝医師は信じたようだ。
 「麻酔を覚ますわけにはいかないから、手術を始めるよ。いいね」
 「はい。お願いします」

 俺も横溝医師と同じ手術着に着替えさせられ、帽子とマスクをして手術室へ入った。矢野が両足を広げられた格好で、手術台に固定されていた。陰毛を剃り上げられた股間に、ペニスと睾丸がだらりと下がっていた。数時間後には、両方ともそこから消えているだろう。俺はにやりと笑った。
 手術が始まった。
 「亀頭と包皮の部分を使って、クリトリスを作る。血管と神経は残しておくから、快感も得られるし、勃起もする」
 横溝医師が俺に説明しながら、メスを進めていった。
 「さて次は、ペニスの皮を残して、クリトリスとして使う部分以外の海綿体はすべて切除する」
 血がぼたぼたと横溝医師の足元へ落ちていった。俺は気分が悪くなってきた。手術はさらに進む。
 「睾丸を切り取るぞ。まず左から。・・・・次は右だ。これで、彼女には性ホルモンを分泌するところがなくなった。女性ホルモンの効果が、倍増するだろうね」
 横溝医師の足元には、ペニスの残骸とふたつの睾丸が、転がっていた。
 「胸はもっと大きくなりますかね?」
 「勿論だよ。さあ、切除は完了だ。外陰部の形成に移ろう」
 「浜田君。君のペニスはどれくらいあるかな?」
 「ぼくのですか? 15センチありますけど」
 「15センチ! 大きいんだな」
 「それだけが自慢です」
 「そうか。それなら、陰嚢の皮を移植して、奥行きを深くしてやろう。君にぴったりの深さにしてやるよ」
 「ありがとうございます」
 別に俺の大きさにする必要はないなとは思ったが、矢野が俺の彼女と言うことになっている以上、そう答えざるを得ない。
 横溝医師は、肛門の前に膣となる穴を開け始めた。再び血が流れ出てきた。俺は耐えきれなくなった。
 「ちょ、ちょっと外へ出ます」
 俺は外に出るやいなや、ゲエゲエと吐いた。もう、手術室の中に戻る気力はなかった。俺は、手術室の外で、手術が終わるのを待った。

 それから2時間ほどして、横溝医師が手術室から出てきた。
 「浜田君。すんだぞ。仕上がりを見るか?」
 「は、はい」
 吐き気を押さえながら、手術室の中へ戻って、矢野の股間を見た。見るも無惨な有様だった。復讐は、成し遂げられた。
 「どうだね。感想は?」
 「こんなもんなんですか?」
 「今はね。一ヶ月もすれば、綺麗になるよ」
 「ホントに?」
 「見違えるくらいにね」
 「安心しました」
 無惨に切り取られた自分の股間を見て、矢野はどう思うだろうか? 泣き喚くだろうな。俺だったら、自殺してしまうな。俺はにやりと笑った。
 「嬉しいか? そうだろうな」
 俺の笑顔を誤解したらしく、横溝医師がそう俺に言った。
 「嬉しいですとも。先生、代金は銀行へ振り込んでおきます。それから、明日から大阪へ出張しなければなりません。しばらく来られませんが、彼女の世話をよろしくお願いします」
 「分かった。任せておきたまえ」
 出張なんて嘘だ。そう言わなければ、見舞いに来ないぼくを不審に思うからだ。