第13章 策略

 「浜田、ちょっといいかな」
 「はい、何でしょう」
 「今度入社した。矢野亮平君だ。おまえと同い年だ。指導を頼む」
 「分かりました」
 俺の目の前に、男にしては背の低い、色白で痩せぽっちの、まだ高校生みたいな男がしゃちほこばって立っていた。ホントに大卒なんだろうか?
 スポーツ刈りだし、亮平って言うから男なんだろうけど、ウイッグを被せて、セーラー服を着せたら、女子高生で通りそうな可愛い顔をしていた。
 「先輩! よろしくお願いします」
 大卒で、こんな電気屋に就職するなんて、やっぱり世間は不況なんだなと思う。
 「ああ、よろしくな。じゃあ、売場の説明をしよう」
 それが俺と矢野亮平との初めての出会いだった。

 矢野は、小さい頃から、ちびだとか女みたいだとか言われて虐められていたらしい。だから、無理に背伸びしていた。重い荷物もひとりで運び、絶対弱音を吐かなかった。同年代の男たちは、いろいろと何癖を付けてはサボりたがる連中が多く、矢野のようなやつはいなかった。それに、高卒の俺に対して、大卒だからと威張るようなところは微塵もなかった。だから、俺は矢野のことがすぐに気に入った。

 矢野は物覚えが早く、2ヶ月もすると古参の社員と変わらないくらい仕事をこなすようになった。同い年だが、俺が半年ばかり年上だと言うこともあって、兄貴のように慕ってくれた。俺も矢野を弟のように可愛がった。
 「おい、矢野。仕事がすんだら、飲みに行こう」
 「ぼく、お酒飲んだことないから」
 「ええっ!? 大学で、コンパなんかなかったのか?
 「ぼく、いつも高校生と間違えられるから、誰も誘ってくれなくて・・・・」
 「そうか。今日は、俺が付いているから大丈夫だ。さあ、いくぞ」

 連れていった居酒屋で、いくつか料理を頼んで飲み始めたが、矢野はむちゃくちゃ強いのだ。
 「矢野! おまえ、ホントに飲んだことないのか?」
 「初めてです。お酒って、美味しいですね」
 矢野は、ビールを大ジョッキで2杯、焼酎をロックで5杯飲んでいたが、けろりとしていた。
 「おまえと飲んだら、破産してしまう」
 「割り勘でいいですよ」
 「今日は、俺が誘ったから、奢るよ。次からは割り勘にしよう」
 「すみません。じゃあ、ご馳走になります」
 そう言って、矢野はさらに焼酎のロックを二杯飲んだ。

 飲むことを覚えた矢野は、毎日のように飲みに出かけていたようだ。俺もその半分に付き合った。そうこうしているうちに、矢野は女を知らないんじゃないかと気が付いた。
 「矢野。つかぬ事を聞くが、女と寝たことあるか?」
 「・・・・女と・・・・寝る・・・・って?」
 「女とセックスしたことがあるかってことだよ」
 「・・・・ないよ」
 俯いて、蚊の泣くような小さな声でそう答えた。
 「来月二十三歳だろう?」
 「あ、うん・・・・」
 「今までチャンスはなかったのか?」
 「ぼくって、子供っぽく見えるから・・・・」
 確かに、とても二十三が近いとは思えない。
 「そうか。よし! 俺がチャンスを作ってやる」
 「い、いいよ」
 逃げ腰になる矢野を俺は捕まえて説得した。
 「二十三歳にもなって、童貞は恥ずかしいぞ。俺に任せておけ!」
 「どうするんだよ?」
 「ソープに行こう。安くて、ぴちぴちギャルが相手をしてくれるところがあるんだ」
 「ソープなんて・・・・」
 「ソープだからいいんだ。失敗しても、文句は言われない。素人女を相手にして、失敗して笑われたら、おまえ、一生立ち直れないぞ」
 「・・・・そうだな」
 「じゃあ、来月の給料日に西船へ行こう。いいな」
 「・・・・分かった」

 いったんはそう答えたのに、矢野は乗り気ではないようだった。ソープ嬢を相手にすることに抵抗があったようだ。そこで俺は一計を案じることにした。ある女に電話した。
 「桃子。俺だ」
 「なあに、浜ちゃん」
 桃子は、俺がよく行く『ピンクドール』と言うソープで働いていた。店の外でも時々相手をしてくれていた。はっきり言えば、俺の彼女だ。
 「ちょっと、お願いがあるんだが」
 「お願い? いったい何よ」
 「俺の後輩の筆卸しを手伝って貰いたいんだ」
 「筆卸し?」
 「そう」
 「ずいぶん、古い言い方ね」
 「古い言い方で悪かったな」
 「ごめん、ごめん。つまり、童貞ちゃんの初めての相手をしてくれってことなのね」
 「ああ。そうだ」
 「いくつ?」
 「俺より半年年下で、来月二十三歳になる」
 「二十三で、童貞ちゃんなの?」
 「そうらしい」
 「面は?」
 「そうだな。ちょっとガキっぽいから、おまえの好みじゃないかもしれないな」
 「そうなの。でも、童貞ちゃんなら、やってあげるわ」
 「店に連れていこうと思ったんだが、ソープに抵抗があるみたいでね」
 「じゃあ、どうするの?」
 「来週の月曜日、カサブランカで待っててくれ。ソープに行く前にいっぱいやっていこうと理由を付けて連れていく。そこで、たまたま出会うってことにしよう」
 「そっちはふたりなんでしょう?」
 「誰かひとり連れてきてくれ」
 「誰かって、あんたは、そっちとやるつもりじゃないの?」
 「おまえに童貞ちゃんをやるんだから、いいじゃないか?」
 「・・・・ま、いいか。来週の月曜日、カサブランカだね。時間は?」
 「8時過ぎくらいかな」
 「分かった。8時には、カサブランカで飲んでる」
 「頼んだぞ」

 ストリップを見た後、予定通り、矢野をカサブランカに引っ張っていって、桃子たちと合流した。それとなく、桃子と引っ付けるつもりだったのに、矢野は桃子が気に入ったらしく、意気投合してしまった。ちょっと嫉妬じみた思いが浮かんできたが、桃子が連れてきた恵子と名乗る女の方が桃子よりかなり美人だったので、そんな感情は吹っ飛んでしまった。
 桃子は上手くやってくれて、矢野は女を知った。俺も勿論、恵子とやりまくった。美人の女とのタダマンなんて、そうそうあるもんじゃない。桃子と矢野には、何にもなかったことにした。桃子は疑いの目で俺を見たが、矢野は信じたようだ。矢野ってやつは、ホントに初なやつだ。

 矢野の様子を見ていると、桃子に一目惚れしたような印象だ。二十三になろうかと言うときまで童貞だったんだから、初めての女にぞっこんになるのは理解できる。しかし、桃子は俺の女だ。そう簡単に矢野に取られるわけには行かない。そこで、桃子は誰とでも寝る尻軽女だと言うことにしてやった。ソープで働いているから、誰とでも寝るわけだが・・・・。
 「何!? 『ピンクドール』の電話番号を教えた!」
 「うん。悪かったかなあ?」
 「悪いも何も・・・・」
 矢野はソープにはアレルギー反応を示していた。桃子がソープに勤めていると知れば、近寄らないかなと思い直した。
 ところが、矢野は桃子目当てに『ピンクドール』通いを始めたのだ。しかも・・・・。
 「真吾! 亮平に結婚、申し込まれちゃった」
 「何だって!!」
 「わたしのこと、美人だって」
 「おまえが美人!? 矢野の感覚は、やっぱおかしい」
 「何よ。それ。あんまりじゃないの」
 「桃子は自覚がたらん。それで、どうするんだ?」
 「もち、結婚するわよ」
 「はあ?」
 俺は、あきれた顔で桃子を見た。
 「それとも、真吾。あなた、わたしと結婚してくれるって言うの?」
 「あ、いや」
 セックスフレンドとしては、桃子は最高だと思っている。しかし、結婚となると、やっぱりもっと美人がいい。
 「そうでしょう? 女は何のかんの言ったって、結婚したいものなの。わたしを愛してくれるって言うし、足を洗ういいチャンスだから」
 「そう言うことなら、勝手にしろ」
 矢野みたいなやつに桃子を取られるとは思わなかった。仲が良かっただけに、悔しさが倍増する思いだった。

 翌週、矢野と桃子は婚姻届を出し、都営住宅へ入った。このとき、桃子の本名が美佐だと知った。美佐は自分の身の上について、多くを語らなかった。母親が再婚で、十七の時、義父に犯され家出したことだけ、聞かされていた。可哀想な女だが、矢野と結婚して、ようやく幸せになったなと妙な感慨を覚えた。俺といるより、よっぽど幸せになれる。

 しかし、親友の妻となった美佐と俺は、已然として関係を続けていた。俺は矢野の予定を知っている。だから、美佐と逢い引きをするのは簡単だった。
 「桃子、イヤ美佐。おまえとも、もう会えなくなる」
 「どうしてよ」
 「おふくろの調子が悪くてな。大阪へ帰らなきゃならいんだ」
 「そう。大阪へ・・・・」
 「今日の午後、会ってくれないか?」
 「亮平が帰ってくる前だったらいいわ」
 「じゃあ、新宿の例のホテルで」
 「時間は?」
 「仕事を正午で切り上げるから、1時過ぎにロビーで」
 「分かったわ」
 本当は夕方まで働いていても新幹線には間に合う。だけど、美佐にしばらく会えなくなると思うと、もう一度抱いておきたかった。

 美佐はマゾだ。それを開発したのは俺だ。今では、肉体的に、精神的に虐めてやらなければ、感じなくなっている。美佐と結婚すればよかったかなと思ったが、妻が全身痣だらけというのもいただけないなと思っていた。
 約束の午後1時過ぎ、美佐とホテルの部屋に入り、猿ぐつわ、拘束器具をつけ、縄で縛り上げて、蝋燭を垂らしてやった。
 アナルセックスの後、猿ぐつわを外して、そのまま口の中へつっこんでやった。美佐は、それを嬉しそうに嘗めた。
 「そろそろ時間だな。帰らないとばれるな」
 「たまには会いに来てね」
 「そうそうは来られないが、電話くらいしてやるよ」
 「うん」
 「縄を解いてやる。こっちへ来い」
 美佐はベッドの上に立ち上がった。その時バランスを崩して、ベッドの下に落ちて頭をしこたま打って気を失った。
 「美佐! 美佐! 大丈夫か?」
 「ああ。大丈夫。早く解いて。帰らなくちゃ」
 新宿駅で、俺は中央線を東京駅へ、美佐は同じく中央線を立川方面へ向かった。それが美佐の姿を見た最後だった。

 おふくろの世話と言っても、叔母たちがやってくれる。俺がおふくろのそばにいると言うことが重要なのだ。
 そうは言っても、仕事が終わると、病院へ駆けつけなければならず、ソープ通いもままならなかった。
 美佐のことを思いだし、電話してみたが、いつも留守電になっていた。何かあったのだろうか? あの時頭を打ったから、どうかなったのではないかと思って、東京本社へ電話してみたところ、矢野は普段と変わりなく出社していると言うことだった。美佐に異変が起きたというわけではなさそうだ。美佐はもはや俺のことを嫌いになったんだろうと思った。

 2ヶ月後、おふくろが死んだ。葬式を済ませ、仕事へ戻ったが、大阪での暮らしは俺には向いていない。生まれ育った土地だというのに、どうも馴染めないのだ。
 俺は、東京本社への転勤を願い出た。しかし、女性が後任に採用されていて、誰かが退職するまでは東京へは戻れないと言い渡された。美佐にも連絡が取れず、俺は仕方なく大阪支社に勤めるしかなかった。

 大阪へ戻ってきて1年がたとうとしていた。東京へ戻りたい。その思いは募るばかりだった。
 「浜田。いいニュースだ」
 「いいニュースって、何ですか?」
 「おまえ、東京本社へ戻りたいって言ってたな」
 「はい。戻れるんですか?」
 「ああ。おまえの後任に入った女性が辞めたらしい」
 「そうですか。で、よろしいんですか?」
 「もともと、おふくろさんの件でこちらへ来たんだし、おふくろさんが亡くなった以上、こちらにいる理由もないだろう?」
 「助かります」
 「これでもいるのか?」
 支店長は、小指をあげて見せた。
 「まあ、そんなもんです」
 東京の方が仕事をしやすいなんてことは言えなかった。
 「4月1日付で、本社勤務と言うことでいいな」
 「はい。お願いします」

 実家に戻って、叔母夫婦に東京勤務になったことを伝え、荷物の整理を始めた。社員寮へ荷物を送りだし、新幹線の東京行き最終便に乗るために出かけようとしていると、叔母に引き留められた。
 「ああ、怖い、怖い。今頃の若い子はホント、怖いね。真吾、あんたも気を付けるんだよ」
 「何があったんだい?」
 「ほら。テレビでやってるよ。サラリーマンが、若い男たちに襲われて、亡くなったらしいよ」
 画面を見てびっくりした。矢野の写真が出ていたのだ。名前を確かめてみて、間違いないことが分かった。
 「真吾、どうしたんだい?」
 「東京本社で仲良くしていた同僚だよ。前に一度、話したことがあるだろう?」
 「ああ、あの矢野さん。あの人だったの?」
 矢野が死んでしまった。胸の中にぽっかりと穴が開いたような気がした。その反面、もしかすると、美佐とよりが戻せるかも知れないとの淡い期待が心の奥底に渦巻いていた。

 4月1日、東京本社で新入社員と共に社長の訓示を受けた。すぐにでも美佐の元に飛んでいって、慰めてやりたかったが、引継で動きが取れなかった。翌日、フロアー長と何人かの社員と共に、矢野の葬式へ向かった。
 矢野が購入したマンションの集会所で行われた葬式は、閑散としていた。美佐は天涯孤独。矢野も親戚がほとんどない。俺たち会社関係者が数人と、義理で出席したマンションの住人だけだった。
 頭を下げながら前に進み出て焼香するとき、美佐の顔を見て驚きに目を見張った。美佐じゃない!! しかし、喪主は矢野亮平の妻、矢野美佐と紹介されていた。
 この女はいったい誰だ!