第11章 喪失

 ぼくは浜田のことが好きだ。今は浜田を受け入れることができる。けれど、本物の女でないぼくが、浜田を騙して、その愛を受け入れる資格があるだろうか? 殺人も犯し、保険金詐欺もやっているというのに。
 浜田に告白されて、ぼくは却って浜田から離れようとしていた。浜田のことを思いながらも、ぼくはこのままひとりで生きていこうと決心していた。

 月曜日の夕方。パートの仕事を終え、マンションへ戻っていた。マンションのすぐ近くの路地を近道して歩いていたとき、後ろから男に声をかけられた。
 「探したよ」
 振り向いてみると、新宿で声をかけられた崎山だった。
 「どうして・・・・」
 「インターネットの電話帳で検索したんだけど、矢野美佐って名前は出ていなかった。一年前の新聞の記事を探して、ご主人が殺された記事を見つけて、住所を知ったんだ」
 「そうまでして、何故、わたしのことを?」
 「好きなんだ。一目惚れなんだ」
 「美人でもないわたしのどこがいいの? バツイチだし」
 「バツイチもバツニもない。好きだ。それだけでいいじゃないか」
 「困るわ」
 「だ、誰か、男がいるのか?」
 「・・・・そうじゃないけど」
 「嘘だ! 男がいるんだな!!」
 崎山の目の色が違う。まともじゃない。ぼくは怖くなった。
 「違うってば」
 「その目は嘘を言ってる目だ! 誰だ! その男は!!」
 崎山はぼくの首筋を掴んで、壁に押しつけてきた。
 「な、何をするの? 人を呼ぶわよ」
 「そんな男は止めて、ぼくのものになれ」
 「いやよ。止めて!」
 「ぼくのものになるんだ!」
 崎山は、ぼくの胸をむんずと掴んで唇を強引に合わせてきた。
 「誰か! 誰か助けて!!」
 「うるさい!」
 頬を殴られ、地面に叩きつけられた。崎山は恐ろしい顔をしてぼくに迫ってくる。
 「殺してでも、ぼくのものにする」
 「止めてエー」
 崎山はぼくの上にのし掛かり、首に手をかけた。殺される。こんな形で罪を償わなければならないのか・・・・。
 「止めろ!」
 急にぼくの首から崎山の手が離れ、重さも消えた。ガシッと骨の砕ける音がした。
 「ううっ!」
 地面に崎山が蹲るのが見えた。
 「消え失せろ! 今度美佐さんの前に現れたら、ただじゃすまさないぞ!」
 助けてくれたのは、浜田だった。
 「浜田さん・・・・」
 「丁度通りかかって良かった。大丈夫かい?」
 「はい」
 死の恐怖から解放された喜びで、後先のことも考えずに浜田の胸の中に飛び込んでしまった。浜田はぼくを強く抱きしめてくれた。
 「部屋へ戻ろう」
 「・・・・はい」

 浜田が雄々しく見えた。ぼくはもう男じゃない。か弱い女だった。ぼくは浜田が好きだ。浜田が望むなら、何も考えないで、彼に抱かれよう。肩を抱かれて歩きながら、そう思った。
 「ありがとう、浜田さん」
 「ずっと君を守ってあげたい」
 「・・・・ホントに、いいの?」
 「矢野のことは忘れて、ぼくのものになって欲しい」
 返事ができなかった。なぜなら、浜田に唇を奪われたからだ。ぼくはそれを拒否しなかった。受け入れよう。浜田を。
 ぼくが美佐を誤って殺してしまい、美佐になりすましたことも、取り違えで性転換されてしまったことも、こうなるためだったに違いない。

 ベッドに運ばれ、優しく愛撫されながら、ワンピースを脱がされ、キャミ、ブラが剥ぎ取られていった。ゆっくりとショーツが引き下ろされる。
 ばれるはずがないと思いながら怖かった。浜田は、ぼくの両足を割って入り、固く勃起したクリトリスに舌を這わせ始めた。
 快感の嵐が全身を吹き抜けていく。自分でするのとは違う。
 「ああ、うん」
 浜田は執拗にぼくの新たな器官を攻め続けた。濡れている。浜田の唾液だけの所為じゃない。ぼくの受け入れ態勢は整っていた。浜田はなかなか貫いてくれない。焦らしに焦らしてくる。
 ぼくは美佐としかセックスしたことがない。だから、攻め方はいつも同じだった。しかし、浜田は経験が多い。それは自他認めるところだ。浜田は女の攻めどころを知っているのだ。
 「浜田さん・・・・、もう来て。お願い」
 そんな言葉は口をついて出た。
 「美佐! 今、君はぼくのものになる」
 入ってきた。痛い。浜田のそれは、横溝医師に入れられた大きなシリコン棒よりさらに大きいのだ。ぼくは顔を顰めた。
 「痛いのか?」
 「うん、ちょっと」
 「動かすけど、いい?」
 「いいわ」
 痛いけれど、我慢するしかない。ぼくは処女。痛いのは当たり前だろう。痛みは次第に快感へと変わっていった。その快感を、どう表現していいのか分からない。ともかく、今まで経験したことのない快感だ。女だから、男とは違うんだなと心の中で思った。
 「うつ伏せになって、腰を上げて」
 「はい」
 言われたとおりにうつ伏せになった。再び入ってくる。正常位よりも深く入ったのが分かった。
 「あん、ああ、ううん」
 昇っている。ぼくはエクスタシーへ向かって一直線に昇っている。性転換されて、まだ一度も行っていない新たな桃源郷へ、ぼくは向かっている。
 「美佐! いくぞ!!」
 骨盤の中で揺れ動く生き物を感じた。浜田の持ち物がぼくの中で痙攀し、熱い飛沫を送り込んでいた。気持ちは良かった。だけど、男として射精したときほどの快感は得られなかった。
 「よかった」
 「わたしも」
 そう答えざるを得なかった。

 「もう一度。いい?」
 「ああ」
 昔、浜田は3回はできると豪語していた。もう一度やれば、達するかもしれない。そう思ったぼくは、しばらくして浜田の股間に顔を埋めた。
 ぼくと浜田の粘液が混ざり合ってぬるぬるしたペニスを、ぼくは丁寧に嘗めあげていった。萎えていたペニスが見る見るうちに快復してくる。こうしてみると、大きいなと再確認させられた。こんなものがよく入るなと信じられない気持ちだった。
 浜田の上に跨り、ペニスを膣の入り口にあててゆっくり腰を沈めていく。浜田がぼくをじっと見ている。
 「好きよ」
 浜田が微笑む。そして、突き上げてきた。もう痛みは感じない。ぼくは再び昇り始める。騎上位とはよく言ったものだ。まるで馬の上に乗っているように、ぼくは浜田の腰の上ではねていた。
 「正常位がいいわ」
 「分かった」
 向かい合って舌を絡ませながら突かれた。
 「美佐。もう我慢できない」
 再び、浜田が熱い情熱を送り込んできた。だけど、やっぱり今一歩というところで、ぼくは足踏みしていた。これが限界なのだろうか?

 疲れて、そのままベッドの上で眠り込んだ。1時間ほどして目が醒めた。浜田はまだ眠っていた。時計は午後7時半を刺していた。ぼくはそっとベッドを抜け出して、服を着て夕食の準備に取りかかった。

 「あら? 起きたの?」
 裸の浜田がぼくの腰に手を回して、首筋にキスしてきた。
 「もうすぐできるわ。コーヒー入れてあげるから、服を着てテーブルに座って待ってて」
 「ああ」
 浜田はのろのろとベッドルームへ戻り、服を着ているようだ。ぼくはコーヒーを入れて、テーブルの上に置くと、料理の仕上げに掛かった。

 「今日来てくれるなんて思ってなかったから、こんなものしかなくって」
 「充分、充分。この肉じゃが、美味しいよ」
 「酢の物も食べてね」
 「酢の物、苦手なんだ」
 「酢は健康にいいのよ。ほら、肉ばかり食べてないで、入ってる野菜も食べて」
 「こりゃ、敷かれそうだな」
 「あっ、そんなつもりじゃ・・・・」
 「うん。このナメコ汁は、絶品」
 苦手と言いながら、酢の物も食べていた。ひとりで食べるより、うんと美味しく食べられる。毎日一緒に食べられるといいけど・・・・。
 「明日は休みなんでしょう? 今晩は、・・・・どうするの?」
 「泊まってもいいの?」
 「帰るつもりなの?」
 「ご要望に応えて、泊まっていくことにするよ」
 ぼくは、浜田に笑顔を向けた。
 「下着の着替えがないでしょう? 買ってくるわ」
 「ひとりじゃ、危ないよ」
 「そうね。一緒に行ってくれる?」
 「食後の散歩と行こうか」
 腕を組んで、外に出たはいいが、スーパーは既に閉まっていた。結局ぼくが昼間パートをしているコンビニへ行った。店長も、知っているメンバーもいなかったので、気兼ねなく買い物ができた。

 「片づけするから、お風呂、先に入って」
 「一緒に入ろうか?」
 「やだ」
 「そう言わないでさあ」
 「恥ずかしい」
 「・・・・じゃあ、先に入るよ」
 バシャバシャとお湯をかぶる音がし始めた。ああ言ったものの、ぼくは急いで片づけを済ませて、裸になってバスルームへ入っていった。
 「やあ、やっぱり来てくれたのか」
 「そんなに見ないでよ。恥ずかしいわ」
 「毛が濃いんだね」
 「馬鹿! もう出る」
 「ま、待てよ。毛が濃い女は、情が厚いって言いたかったんだ」
 「それは当たってるわ。わたし、思い詰めたら、一途なのよ」
 「分かってる。ぼくも君一筋で行くよ」
 「ホントね」
 「ホントだとも」
 美佐もホントはぼくだけを愛してくれていたのかもしれない。ぼくに嫉妬させるために浮気しただけだ。ぼくはあんな真似はしたくない。ぼくは浜田だけに抱かれたい。浜田にも浮気はして欲しくない。他の女に入れたペニスをぼくの中に入れて欲しくない。
 「ここで、しよう」
 「だめ! ベッドに行きましょう」
 「どうしても?」
 「どうしても」
 「分かったよ。その代わり、ぼくに君の体を拭かせてくれ」
 「だめ、だめ。自分で拭く」
 ぼくはバスルームを飛び出した。浜田もすぐに飛び出てきた。ベッドの中で、2回した。気持ちは良くなったけれど、やっぱりエクスタシーには至らなかった。

 翌朝、起き抜けにもう一度した。浜田は満足してくれているようだけれど、ぼくは中途半端な気持ちだ。横溝医師は、みんなエクスタシーを覚えるようになったと言っていた。ぼくも早くエクスタシーを感じてみたい。
 朝食を済ませると、浜田はやることがあると言って帰っていった。もう少しいてくれたらと思ったが、あんまり縛り付けるのも悪いと思って、黙って見送った。

 それからというもの、毎週月曜日の勤務が終わると、浜田はぼくのマンションへやって来た。夕食を一緒に摂り、一緒に入浴する。そして、セックスした。時にはバスルームですることもあった。一月たったけれど、ぼくはまだエクスタシーを覚えるには至っていない。

 「先生。ホントに行けるようになるんですか?」
 横溝医師の診察がすんで、ぼくはすぐさま聞いてみた。
 「行けるさ」
 「もう何回もやってるのに、ぜんぜんです」
 「ほう。男とやったのか?」
 「はい。先月ここに来たあとすぐに」
 「初めての時はどうだった?」
 「痛かったです」
 「処女だからな。痛いのが当然だ」
 そう言われて、顔が赤くなるのを覚えた。処女を失った話しなど、普通の女は他人には言わないだろうな。
 「まだ行けないと言うんだな」
 「そうなんです」
 「生まれたときからの女でも、すぐには行けるものじゃない。何年も掛かることがある」
 「本物の女でも?」
 「そうだよ。焦らないことだよ」
 「それを聞いて安心しました」
 「まあ、ひとつには、君に罪悪感がある所為かもしれないよ」
 「罪悪感ですか?」
 「生まれたときから女じゃないから、相手に悪いんじゃないかと思っているんじゃないか?」
 「それはそうですね」
 「そんなことは忘れることだ。今や、君は立派な女だ。ぼくが観察する限りでは、手術直後に比べて、君は変わった。ホントに女らしくなったよ」
 「ホントに?」
 「嘘は言わない。君は、女そのものだ。自信を持ちなさい」
 「はい。先生、ありがとうございました。何だか自信が湧いてきました」
 「今度来るときは、いい報告を待ってるよ」
 「必ず、いい報告を持ってきます」