第10章 再会

 久しぶりに他人とゆっくり話しをした。時はこう言うことも必要だ。あの崎山という学生。まずまずのいい男だと思う。話しは面白い。一緒にいて楽しい。彼となら、セックスしてもいいかなと思ってはみたものの、マンションに帰り着くとその気は失せていた。結局電話はせずじまいで終わりそうだ。彼とは、男同士だったら親友になれる。そんな感じだ。親友と言えば、浜田はどうしているだろうか?

 崎山との楽しい時間を過ごして帰ったが、そろそろ膣拡張の時間だった。ずっとこんなことしないといけないのかなあ。
 もしかすると、男に抱かれることもあるかもしれないから、やっておかなければ。なくなってしまってからでは取り返しが付かないのだ。
 一番太いシリコン棒。痛いんだけど、我慢しなくちゃ。そう思いながら入れたら、すっと入った。えっ!? 何故?
 横溝医院での様子を思い浮かべる。もしかして・・・・。手にしてシリコン棒をじっと見た。横溝医師のやつ。もう一回り大きいものをぼくの中に入れたんだ!
 ま、いいか。これが楽々入れば、大抵の男とセックスできるだろうと言った。もうできるってことだ。

 コンビニのお客さんの中にも、ぼくを誘う男がいた。しかし、やっぱりその気にはならなかった。体は女だからって言っても、ぼくの中の男の意識が、男と寝ることを拒否しているのだ。女性ホルモンを飲み続けたら、女のように感じるようになると何処かのHPに書いてあったけど、ぜんぜんそんなことない。

 男と寝ることは、できそうもないけれど、性的欲求は高まってきた。それを抑えるには、今のところマスターベーションしかない。
 最近、クリトリスを触ってもそんなに痛くなくなった。指先で、軽く、軽く触ってやると、亀頭を刺激しているような快感が湧いてくる。切ないような、いい気持ちにはなるけれど、それだけだ。欲求不満は募るばかりだ。
 シリコン棒を入れて、出し入れしながら、クリトリスを触ってみてもやっぱり同じ。通販で電動のディルドーまで買った。やっぱりだめだった。あの射精の瞬間が懐かしい・・・・。ぼくは、もう二度とあの快感を覚えることはないだろう。仕方がない。この上性的快感まで得ようなんて、贅沢というものだ。

 ぼくの一周忌がやってきた。葬式の時は、上野さんが手配して、坊さんがやって来た。けれど、ぼくは無宗教だから、ぼくの位牌をリビングのタンスの上に取り出して、花だけ飾っておいた。自分の位牌に手を合わせるなんて、奇妙な感じだ。美佐も人違いで引き取られた家で、線香をあげられているだろう。

 午前10時を少し廻った頃、チャイムが鳴った。
 「はい。矢野です」
 「浜田と言います。矢野君の元の同僚です。一周忌のお参りに来ました」
 浜田だ。浜田がやってきた。懐かしいなあ。・・・・見破られないだろうか? 入社してから、ずっと一緒に悪い遊びをやった仲だが・・・・。
 しかし、お参りに来たという浜田を追い返すわけにもいかない。
 「お待ちになって。すぐ、開けます」
 玄関のロックを外し、浜田が上がってくる間に、鏡に向かった。ぼくだと思ってみれば気がつくかもしれないが、そんなことは思うはずがない。しかし・・・・。
 アイシャドウを濃くし、ルージュも赤みの強いものにした。一周忌を迎えた未亡人のする化粧じゃないなとは思ったけれど、ばれないためにはこうするしかない。さらに、視線を顔から胸へ向けさせるために、胸の谷間を強調するような、胸元の開いたワンピースに着替えた。

 ピンポーンと玄関のチャイムが鳴った。もう一度化粧を確かめる。大丈夫。ばれないと自信を持って。
 「はあい。すぐ開けます」
 ドアを開けると、ホント懐かしい浜田の姿があった。二年ぶりだなあと感慨に耽る。
 「どうぞ。お上がりになって」
 「失礼します」
 女になった所為か、浜田は雄々しく感じられた。
 「仏壇がないから、こんな所に置いてるんです」
 「みんなそうですよ」
 そう言って、浜田は位牌に向かって手を合わせた。
 「ありがとうございます。誰もお参りに来てくれないだろうと思ってました」
 「ぼくと矢野は親友ですから」
 親友! 親友って言ってくれるのか! 嬉しくて涙が出た。
 「ひとりで、寂しいでしょうね」
 「・・・・はい」
 「どうしてあんなことに・・・・」
 「あれが、あの人の運命なんでしょう」
 「それにしても、まだ25だったのに・・・・」
 「あら、お茶も出さないで、ごめんなさい。すぐ入れますわ」
 「イヤ、お構いなく。もう帰りますから」
 すぐに帰って欲しくなかった。ずっと話しがしたかった。
 「そんなことおっしゃらずに。ちょっとお待ちください。主人のこと、聞かせて欲しいから」
 「そうですか? それなら」
 浜田はソファーに座って、ぼくの後ろ姿をじっと見ている。ばれやしないかと気が気ではないけど、何だか嬉しくて浮き浮きしていた。

 浜田は、ぼくが会社に入社した頃からの話しを長々と話す。それをぼくは、懐かしく思いながら聞いていた。
 「そうなんですよ。給料をもらう度に、一緒にソープへ行ってましたよ」
 「ソープって、あれすることろでしょう?」
 「あ、まあ。そうです。こんなこと、奥さんに言ってもいいのか迷いますけど、矢野は、『ピンクドール』と言うソープランドの桃子って言う子が好きでね。毎月指名してましたよ」
 「えっ!? ソープランドの女の子のことが好きだったんですか」
 「そうなんですよ。矢野が結婚するとき、秘密にして置いてくれって言われたから、きっとその桃子と言うこと結婚するとばかり思ってました」
 浜田は気付いていたんだ。ぼくが桃子、つまり美佐と結婚したことに。
 「あの人、そんなこと一言も言ってなかったわ」
 「まあ、奥さんには言いにくいでしょうね」
 「それもそうですね」
 「美佐さんが、桃子と違う人だと分かって、ぼくの誤解が解けました」
 「わたし、天涯孤独で、式を挙げようにも呼ぶ人がいなかったから・・・・」
 「なるほどね。・・・・美佐さんは、矢野によく似てますね」
 ぼくはどきりとする。まさか気付いたわけでは・・・・。
 「昔見せてもらった矢野のお母さんの写真に似ているから、美佐さんを好きになったんでしょうね」
 「そ、そう。矢野も、そう言ってました」
 ぼくは少し顔をうつむけた。気付くはずがない。
 「あれ!? もう11時だ。そろそろ帰らなくっちゃ」
 「もう少しいいでしょう? お昼をご一緒にどうですか?」
 「イヤ、ちょっと人と待ち合わせがありますので」
 「待ち合わせって、彼女ですか?」
 「彼女はいませんよ。叔母夫婦なんです。亡くなった母の面倒を長く見てくれていたので、お礼に東京見物でもと思って、招待したんです」
 「お母様は亡くなったのですか?」
 「ああ、大阪に帰って2ヶ月後に」
 「そうだったんですか」
 「じゃあ、失礼します」
 「また、いらしてくださいね」
 「・・・・そうですね。火曜が定休日だから、暇があったらまた来ましょう」
 「大阪からですか?」
 「ああ、言い忘れていました。母が死んだから、大阪にいる理由がなくなって、東京に戻りたいとお願いしてたんですが、ぼくの後任だった女性が辞めてしまったんで、その代わりに戻ってきたんです」
 「・・・・ああ、そうだったんですか」
 浅田加世子が辞めた理由を浜田は知らないようだ。
 「じゃあ、そのうちに・・・・」
 「お待ちしてます。もっと主人の話しを聞きたいから」
 にっこり笑って、浜田は部屋を出て行った。ぼくはエレベーターまで見送りをしたあと、6階からマンションの玄関を見ていた。
 マンションを出て行く浜田の後ろ姿が見えた。浜田、また来てくれよ。そう心の中で叫んだ。その思いが届いたのか、浜田が振り返ってぼくの方を見上げた。ぼくは、思いっきり手を振った。浜田は、笑顔で手を挙げて応えてくれた。
 もはや親友同士ではなくなったぼくと浜田。しかし、ぼくとしては、まだ親友だと思いたい。

 翌週の火曜日。ぼくはパートを休んで浜田からの連絡を待った。しかし、待てど暮らせど、浜田からの連絡はなかった。とうとう夜になって、結局浜田はやってこなかった。
 浜田! こんなに待ちこがれているのに、どうして来てくれないんだよ!! そんな風に思いながら、ぼくは疑問を覚えた。この気持ちは何だ? まさか、浜田に恋してるってことじゃあ・・・・。そんなこと・・・・。ぼくが男に恋をするなんて。ただ、仲が良かったから、こんな風に思うだけだ。
 しかし、朝から晩まで、浜田のことが頭から離れない。パートに出ていても、浜田のことを思うと、ついぼんやりしてしまう。
 浜田があの日帰り際に、待ち合わせがあると言ったとき、ぼくは彼女ですかと聞いた。どうしてあの時、彼女なんて言葉が出たのか自分でも分からない。浜田に彼女がいて欲しくないと思ったのかもしれない。

 夜ベッドに入って浜田のことを思っていると、何だか奇妙な感覚に襲われた。股間をそっと触ってみると濡れていた。性転換した女も濡れるとは聞いていたけれど、経験したのは初めてだった。
 ぼくは、浜田に恋してる。もう否定できない事実だった。ああ、浜田に貫いて欲しい。浜田が相手なら、ぼくは女になりきれる。本気でそう思った。

 定期の診察を受けるために横溝医院を訪れた。
 「状態はいいよ。心配ない」
 ぼくを診察したあと、横溝医師が笑顔でそうぼくに言った。
 「先生?」
 「何だ?」
 ぼくは、顔を少し赤くして尋ねた。
 「こんなわたしでも、・・・・濡れるんですね」
 「勿論だよ。そう言うふうにしてある。・・・・男としたのか?」
 「い、いえ。まだです」
 「そうか。濡れたって事は、男としたいと思ったって事かな?」
 「・・・・はい」
 「そうか。やっとその気になったか」
 「そのつもりがなくて性転換されてしまったのに、・・・・みんなこんな風になるんでしょうか?」
 「違うと思うな。君には、女になりたいという潜在的な欲求があったんだろう。そうじゃなかったら、今の君のようにはならないよ」
 「・・・・女になりたい潜在的な欲求・・・・」
 そう言われてみて、そうかもしれないなと思った。ぼくはいつも浜田のあとをついていった。浜田の話をいつも頷きながら聞いていた。浜田が主、ぼくが従の役割だった。ぼくが初めから女だったら、浜田とは恋人同士になっていたに違いない。イヤ、そうなりたいと思っていた。そうだ。ぼくは、昔から浜田に恋い焦がれていたのだ。

 その次の火曜日。ぼくはやっぱりパートを休んで、部屋で浜田からの連絡を待っていた。午前11時前、チャイムが鳴った。
 「はい。矢野です」
 「浜田です。上がらせて貰っていいですか?」
 「ど、どうぞ」
 来てくれた。ぼくは嬉しくて舞い上がらんばかりになった。
 「こんにちは」
 浜田は、真っ赤なバラの花束を手にしていた。
 「気に入ってくれるかなあ。この前ここに来たとき、あんまり部屋の中が殺風景だったから」
 「ありがとう。嬉しいわ。一周忌が過ぎたから、少しは花でも飾らないと」
 そう言い訳した。部屋の中は片づけているけれど、花を飾ったりすることなんて、思ってもみなかった。女だったら、それ位しないとおかしい。
 ぼくは花瓶を探して、バラを生けた。部屋の中の雰囲気が変わったような気がした。
 「お昼、ご一緒していただけるんでしょう?」
 「いいんですか?」
 「もしかしてと思って、準備してますから」
 「じゃあ、遠慮なく」
 「すぐに準備しますわ。コーヒーでも飲んで待っててください」

 キッチンに立って包丁をとんとんと動かし、料理を作った。肉でも焼こうと思ったけれど、そんなものはどこでも食べられる。お袋の味で迫ることにしていた。
 皿を取ろうと振り向くと、リビングにいる浜田が、コーヒーカップを片手に、ぼくをじっと見つめていた。顔がカッと赤くなった。ぼくは慌てて浜田に背を向けた。心臓がバクンバクンと打つのが耳まで響いてきた。
 「この煮っ転がし、美味しいよ。蓬蓮草のお浸しも」
 「こんな料理でごめんなさいね。お肉でもすればよかったのに」
 「とんでもない。こんな料理はそこらでは食べられないよ」
 「よかった。どんどん食べてね。たくさん作っちゃったから」
 「こんなに旨い豚汁は初めてだよ」
 浜田は、パクパクと並べた料理を平らげていく。
 「お世辞が上手いのね」
 「お世辞と坊主の髪はゆったことがないよ」
 「ほんと?」
 「ぼくは決して嘘は申しません」
 浜田に喜んでもらって、ぼくは満足だった。
 「美佐さんは、食べないの?」
 「あ、いただくわ」
 「こうしていると、まるで夫婦みたいだね」
 治まっていた心臓の鼓動が再び高まってきた。
 「わたしなんか、浜田さんの妻にはなれないわ」
 「どうして?」
 「どうしてって・・・・」
 「矢野の愛した人だから、ぼくにも愛せるよ」
 ギョッとして浜田を見た。浜田は、何事もなかったように下を向いて料理を口に運んでいる。
 「そんなこと・・・・」
 「矢野のことが忘れられないんだろう? あいつは、いいやつだったから」
 そうじゃない。浜田に抱かれたい。それがぼくの本心だ。しかし、本物の女じゃないぼくは、浜田に愛される資格がないと思っていたのだ。

 「ホント、美味しかった」
 「お粗末様でした」
 ぼくは片づけを始める。片づけをしながら、浜田の言葉を反芻する。『ぼくにも愛せるよ』? ぼくに好意を持っているという意味だろう。愛してもらわなくても、抱いてくれるだけでいいのに・・・・。
 「食後のお茶は、コーヒーにします? それとも緑茶が」
 「旨い手料理のあとだから、お茶にしようか」
 「はい」
 浜田はお茶を美味そうに飲んだ。
 「この前来たとき、恥ずかしくって言い出せなかったことがあるんだ」
 「何をですか?」
 「ぼくさあ、矢野のことが好きでさあ」
 ぼくは、エッと小さな驚きの声を上げた。
 「男同士だからおかしいだろう?」
 「い、いえ。そんなこと、ありません」
 そう答えたが、ぼくはかなり動揺していた。
 「矢野は、美佐さんも知ってる通り、小さいし、色白だろう?」
 「え、ええ」
 「初めて矢野を見たとき、女の子みたいだなって思ったんだ」
 「・・・・そうなの」
 そんなこと思っていたなんて知らなかった。
 「連んで遊びに行ったことはこの前話したけど、いつもぼくの愚痴を聞いてくれてね。ホント、ぼくの良き女房役だったんだ」
 「ふうん」
 とぼくは答えるしかない。
 「矢野が女だったら、恐らく結婚を申し込んでいたな」
 浜田もぼくと同じ様なことを考えていたのだ。
 「矢野が死んだって聞いて、ホント、悲しかったよ。母が死んだときより泣いた」
 涙目になった浜田を見て、ぼくは矢野だよと言い出すところだった。
 「まあ、親友なんてものは、みんなそんなものだと思うよ。同性だったら、普通は変なことにはならないからね」
 「・・・・そうですね」
 「ぼくの大好きだった矢野が愛した人を、ぼくも愛してみようと思うんだけど、いけないだろうか?」
 「それって・・・・」
 「美佐さんが、矢野のことを忘れられないのは分かってるよ。だけど、矢野は死んでしまったんだ。生きているぼくを愛してはくれないだろうか?」
 ぼくには無理だ。浜田は好きだ。しかし、その浜田を騙して愛してもらう事なんてできない。事実を話すなんて、もっとできない。
 「今すぐにとは言わない。考えておいてくれよ」
 そう言い残すと、浜田は逃げるように部屋を出て行った。