第五章 こんなの困るよ

 気がつくと、ぼくは枕を抱いて、うつ伏せに寝ていた。体がだるい。頭がまだぼんやりした感じだ。真琴の背中の上に倒れたはずなのにと思い出した。起き上がろうとしたら、背中に誰かが乗っていた。この部屋の中には真琴しかいない。いつの間にぼくの後ろに回ったのだろうか? そのとき、ぼくの肛門に妙な感じがして、ギュッと収縮した。
 えっ!? ぼくの肛門から、何かが抜け出た? まさか、ぼくが意識をなくしている間に、真琴が、ぼくの肛門にペニスを入れたのか?
 しかし、事態はそうではないことが、すでに分かっていた。
 起き上がろうとしたとき、長い茶色の髪の毛が、ぼくの目の前に落ちてきていた。腕は細く、胸を見ると乳房があった。驚いて、後ろにいる人物を見た。ぼくが、ぼくをビックリしたような顔で見ていた。
 ベッドの上に座り込んで、もう一度自分の体を見た。乳房がある。股間を触ると、小さなペニス。睾丸のない陰嚢。この体は、真琴のものだ。
 「どう言うことなんだ!」
 「それは、わたしが言いたいことよ。どうなってんの?」
 男のぼくの口から、女言葉が飛び出てきた。
 ぼくと真琴が入れ替わってしまった。何故だ! 何故なんだ!!
 「わたしの体を返してよ」
 ぼくになった真琴が叫ぶ。
 「そんなこと、ぼくに言われたって」
 「どうして? どうしてなの?」
 ぼくになった真琴が、わあわあと泣き始めた。ぼくは、どうしていいのか分からず、ベッドの上に呆然と座っていた。
 「どうして、こんなことになっちゃったんだろう?」
 「そんなこと分かるもんですか!」
 「そうだよな」
 ニューハーフの親友とセックスしたせいだろうか? それとも、酔って香川を犯したせいだろうか?
 「どうしたら、元に戻れるんだろう?」
 「・・・・分からないわ」
 二人とも黙りこくって、ベッドの上にいた。しばらくして、ぼくになった真琴が言い出した。
 「さっきのセックスが、原因だと思わない?」
 「そう。そうかもしれないね」
 「もう一度やってみましょうよ。おんなじ様に」
 同じアイデアがぼくにも浮かんでいた。しかし、言い出せないでいた。
 「・・・・そうだね。やってみるしかないね」
 「じゃあ、すぐに始めましょう」
 ぼくになった真琴が、ベッドの上に仰向けに横たわった。ぼくは、真琴がぼくにどうしたか思い出しながら、早速愛撫を始めた。
 キスしたり、乳首を舌で転がしたりはいいのだが、フェラチオをするときは、少し躊躇した。自分のペニスをくわえるなんて、思ってもみなかった。
 「幹! ちゃんとしないと、元に戻らないわよ」
 「う、うん」
 考えてみれば、他人のものを口に入れる訳じゃないんだから、我慢できると言えば、できる。ぼくは、フェラチオに集中した。
 「さあ、交替よ」
 今度は、ぼくがベッドの上に仰向けになる。ぼくになった真琴が、ぼくの体を愛撫し始める。
 すごい。すごく感じる。ぼくになった真琴の舌が這い回るところ、すべてが感じる。男はこんなには感じない。女は、いや、ニューハーフはこんなに感じるものなのか! ぼくは、信じられない面持ちで、ぼくになった真琴の愛撫を受けていた。
 ぼくになった真琴が、ぼくのペニスをくわえる。ここは男と変わらないな、イヤ、むしろ男の方が感じるなと思っていると、ぼくになった真琴の舌が、陰嚢に触れたとたん、ぼくはあまりの心地よさに声をあげそうになった。シーツをギュッと握り絞めた。
 「さあ、フィニッシュよ」
 ぼくは、うつ伏せになって準備した。ぼくになった真琴のペニスが入ってきた。そんなに気持ちいいものじゃないだろうなと思っていたのに、そんな予想は覆された。
 ぼくになった真琴が腰を動かすたびに、えも言われぬ快感が、ぼくを襲った。かつて経験したことのない快感だ。
 ニューハーフのセックスはすごい。そう思った。一度味を覚えたら、抜けなくなると聞いたことがある。それが実感できる。ぼくになった真琴が、ぼくの中に射精した。その瞬間、ぼくの頭の中が真っ白になって、すっごい快感の中で、ぼくは、またもや気を失った。

 気がついた。ぼくは、枕を抱えてうつ伏せに寝ていた。背中には誰も乗っていない。ベッドの上に急いで起き上がった。茶色に染めた長い髪の毛が、胸に落ちかかってきた。その胸には乳房があった。ぼくは、まだ真琴のままだ。溜息が出た。
 ぼくになった真琴が、裸のままソファーに座って、コーヒーを飲んでいた。
 「だめだったみたいね」
 「どうして、元に戻らないんだ!」
 「そんなこと、わたしに言われても、分からないわ」
 「そう、そうだよね。どうしてこんなことに・・・・」
 「もしかして、あなた、元に戻りたくないって、思ったんじゃないの?」
 ぼくになった真琴の、突然の意見にぼくは動揺した。
 「えっ!?」
 「良かったでしょう? ニューハーフのセックスは」
 「あ、ああ」
 「男より、ずっといいでしょう?」
 もう、正直に言うしかない。
 「ああ、すごく良かったよ」
 「そのせいかもね」
 そうかもしれない。さっきのセックスの最中、頭の片隅に、このままでもいいなという思いが掠めたような気がする。
 「もう一度やってみよう。今度は、元に戻ることに集中するよ」
 ぼくになった真琴が首を振った。
 「あなたはいいでしょうけど、わたしはもうだめよ。分かるでしょう? 二回連続なのよ。昨日の晩も二度しているし、すぐには無理よ」
 「そうか、そうだね」
 かつて、ぼくは一晩に二回すらしたことがないのだ。確かに、もう出来るわけがない。
 「そう言う意味でも、ニューハーフはいいでしょう? 何度でも、感じることができるんだから」
 ぼくは、何も言えなかった。実際そうなんだろうなと思う。真琴になったぼくの体の中にある快感の炎はかなり消退しているけれど、何度でも燃え上がりそうな気がする。

 「どうしようか? 幹」
 「どうしようって?」
 「明日は、あなた、大学でしょう? わたしは、仕事。どうする?」
 そう言われて、そうだったと思い出した。入れ替わったショックで、他のことなど考える余裕がなかった。
 「どうするって言ったって」
 「元に戻らないんだったら、わたしは、あなたとして学校に行かなけりゃいけないし、あなたは、わたしとしてお店に行ってもらわないと困るんだけど・・・・」
 お店に行くって言うことは、ゲイバーで働くってことか!!!
 「ゲイバーに行けって言うこと?」
 「当たり前でしょう? ゲイバーで働いてんだから」
 「で、できないよ」
 「できなくても、してもらうしかないのよ。学校はサボってもいいかもしれないけど、わたしには、生活があるのよ。働きに行ってもらわないと・・・・」
 「そんなこと言ったって・・・・。今日だけ休むわけには行かないの?」
 「わたしは、新人なのよ。勝手を言ってたら、馘首になってしまうわ」
 ゲイバーで働く。ゲイバーで働く。ゲイバーで働く。イヤだ。イヤだ。イヤだ。そんな思いが、ぼくの脳裏を駆け巡っていった。
 「わたしの仕事は簡単だから、教えてあげるわ」
 「仕事は簡単だって言ったって、化粧はできないし・・・・」
 ぼくは、何とか逃げ出そうと必死になった。
 「仕事に出る前にわたしがここに来て、化粧してあげるわ」
 言い訳は直ちにうち消されてしまった。ぼくはもう諦めの境地なっていた。
 「元に戻らないかなあ」
 「そんなことばかり言ってないで、元に戻らなかったときのことを考えなくちゃあ」
 もう押し切られそうだ。ぼくは頭を抱え込んだ。
 「・・・・スカート、穿くの?」
 「当たり前じゃないの!」
 「化粧して、スカート穿くのか・・・・。こんなの困るよ」
 「仕方ないでしょう? こうなってしまったんだから。じゃあ、わたしの仕事を教えるわね」
 「・・・・うん」
 「出勤時間は、午後五時ね」
 ぼくになった真琴は、ぼくの意向を無視して喋り始めた。もう、どうしようもない。
 「午後五時! 早いんだね」
 「いろいろ準備があるからね。わたしはショーには出ていないけど、ショーの打ち合わせと確認があるわ」
 「・・・・何すればいいの?」
 「わたしは衣装係。今週は真弓さんの、ちょっと待って、写真持ってくるから」
 ぼくになった真琴が、アルバムを持ち出してきた。
 「わたしがお店に入ってすぐにあった、花見の時の写真なの。この人が真弓さん」
 「わっ!! この人、美人だね。やっぱりニューハーフなの?」
 「当然でしょう? この人がママの幸恵さん。この人が・・・・」
 ぼくになった真琴が、店のニューハーフの名前をいちいち教えてくれる。
 「とても全部覚えきれないよ」
 「大丈夫。みんなネームプレートをしているから」
 「安心した」
 「衣装の順番さえ間違えなければ、オーケーよ」
 「分かった」
 「ショー以外の時間は、おつまみやお酒、ミネラルなんかを運ぶだけよ」
 「つまり、ウエイトレスみたいな仕事だね」
 「そう言うことね。時には人手が足りなくて、テーブルに呼ばれることもあるからね。そんなときはお酌したり、水割りを作ってあげたり。お客さんが煙草を吸うそぶりを見せたら、火をつけてあげるのよ」
 「お酌をする。水割りを作る。火をつけてあげるね」
 「それから、お客さんに勧められなかったら、絶対飲んじゃダメよ。お客さんのボトルを早く空けさせようと、勝手に飲むようなホステスのいる店があるけど、うちはそんなせこいことやってないからね」
 「お客に勧められなかったら、絶対飲まないね」
 「そうよ。それからね。この人、由香里さん。この人が店のナンバーワンよ」
 「ええっ!?!? これでナンバーワン!? 君の方がよっぽど美人なのに?」
 「ありがと。でもね。ゲイバーのナンバーワンは容姿容貌じゃないの。いかにお客を楽しませてあるかなの。余裕があったら、この人を良く観察して、テクニックを盗むこと。分かったわね」
 「ようく、分かったよ」
 「お店は栄町。タクシー呼んで、栄町のローソンの前って言ったら分かるわ。そこから歩いて五分。P&Aという店がわたしの働いている店よ」
 「P&A? 何かの略なの?」
 「ピーターとアンドレアって言う名前の略らしいけど、内輪ではペニスとアヌス、つまりペニスと肛門ね。って言ってるわ」
 「ペニスと肛門かあ。そっちの方が、ゲイバーらしいね」
 「そうでしょう。あとで行ってみましょう。店の中の見取り図を書いてあげるわね」
 ぼくになった真琴は、新聞広告の紙の裏に、店の見取り図を書いて説明してくれた。

 「さあ、あなたの方は、これでいいわ。わたしは、どうすればいいの?」
 「ぼくの部屋に行けば分かるけど、講義の時間割通りに顔を出してもらって、黒板に書かれたことをノートに写してくれればいいよ」
 「それだけ?」
 「それだけだよ」
 「先生に質問されたりはしないの?」
 「滅多にないね。あっても、分かりませんで、いいよ」
 「分かったわ。友達は?」
 「いろいろいるけど、アルバムで説明するよ。ただ、山下って男が、マージャンに誘いに来ると思うんだ」
 「マージャン!? わたし、マージャンなんて、できないわよ」
 「体調が悪いって、断ればいいよ」
 「分かったわ。じゃあ、服を着ましょう。食事を作ってあげるわ。食事を済ませたら、あなたの部屋に行きましょう」
 「そうだね。お腹、空いたからね」

 ぼくになった真琴は、ぼくが着てきた服を着た。ぼくになった真琴が、ぼくが着る服を出してくれた。
 「このパンティー、穿くの?」
 「わたし、女物しか持ってないもの。それともノーパンでいく?」
 「ノーパンなんて、とんでもないよ」
 ぼくは、仕方なく女物の小さなパンティーを穿いた。穿き心地は、・・・・そう悪くない。イヤ、思ったよりいい。睾丸はないし、ペニスが小さいから、ぴったり腰にフィットするのだ。
 「真琴、・・・・変なこと聞くけど、・・・・ニューハーフのペニスって、みんな、こんな風に小さいの」
 「そうでもないわよ」
 「えっ!? と言うと?」
 「わたし、女性ホルモンを始めたのが早かったでしょう? だから、ペニスが大きくなる前だったから、子供の大きさのままなんだけど、ペニスが大きくなって女性ホルモンを始める人も多いから、結構大きな人もいるわよ」
 「大きいって、ぼくくらいあるの?」
 「あなたのより大きな人もいるわよ」
 「ええっ!? ぼくのより大きな人が、ニューハーフなんてやってるの?」
 「あなたには、おそらく理解できないと思うけど、ペニスの大小は、ニューハーフになる動機には関係ないのよ」
 「へええ」
 ぼくよりペニスの大きな人間がニューハーフ! 信じられない面もちで、ぼくはブラジャーをした。
 あの日、ブラジャーを初めてした日、ブラジャーなんて、胸が圧迫されるだけだと思っていたのに、付けた方が胸がすっきりする。結構機能的にできてるんだなあと感心した。
 真琴の出してくれたスカートを腰にあててみた。
 「こんな短いスカートしかないの?」
 「ないわよ。それでも長い方を出してあげたのよ」
 「こんなんじゃあ、外に出られないよ」
 「食事をする間に、ここで練習しなさい。慣れるしかないのよ」
 「もう、泣きたいよ」
 「泣きたいのはわたしだって同じよ。頑張ってもらうしかないんだから・・・・」
 ぼくになった真琴が、ブランチを作ってくれている間、ぼくは短いスカートで立ったり座ったりして、パンティーが見えないように練習した。
 「元に戻らないかなあ」
 ぼくは、練習しながら、何度もそう呟いた。
 「幹は、諦めが悪いのね」
 「だってさあ」
 そう言いながら、ぼくは、結構悦に入っていた。鏡に映った自分の姿は、完全な女に見えた。あの中学入試以来、長い間抑圧されていた、女の服を着てみたいという欲求が満たされ、ぼくは、内心喜んでいたのだ。
 「さあ、できたわよ。早く食べて、出かけましょう」
 真琴の作ってくれたスパゲティーは美味しかった。

 食事が済んで、二人でぼくのマンションへと向かった。顔見知りに出会わないかとびくびくしたが、幸いにも誰にも出会わなかった。
 ぼくの部屋の中で、入学式の時に撮った写真や、講義の時間割を見せながら、ぼくの生活について説明した。
 「簡単、簡単。これくらいだったら、十年でも、二十年でもやれるわ」
 「そんなの困るよ。ねえ、もう一度やってみないか? 元に戻るかもしれないよ」
 「ここでするの?」
 「ここは、隣に音が筒抜けだから、もう一度君のマンションに戻ろうよ」

 真琴のマンションに戻って、もう一度やってみた。やはりだめだった。本当に、これが元に戻る方法なのだろうか? 別に方法があるのではないだろうか? しかし、想像もつかない。結局、二人で時々セックスしてみるしかないとの結論となった。

 ぼくになった真琴が、キッチンで夕食を作っている。キッチンエプロンをしたぼくの後ろ姿は、滑稽に見えた。ぼくは、やはり短いスカートを穿いて、女の仕草を練習した。
 練習しながら、気がついたのだけど、あまり意識しないほうがいい様なのだ。無意識にやっていると、女らしくやれているようなのだ。そう思って、ぼくになった真琴を見ていると、その立ち振る舞いは、ぼくそのものだ。ちょっとした癖なども、ぼくのものだ。
 意識の部分と無意識の部分は、脳の異なる部位にあると聞いたことがある。入れ替わったのは、意識、人格の部分だけらしい。だから、いろいろ考えないで行動したほうが、いいようだ。
 食事をしながら、ぼくはそのことを、ぼくになった真琴に話した。
 「わたしもそう思っていたの。あなたの行動や癖は、わたしそのものだなあって」
 「じゃあ、大丈夫だね」
 「うまくやっていけそうね」
 「言葉に気をつけなくちゃ」
 「そうね。いや、そうだね」
 「うん。じゃあ、頑張りましょうね」
 ぼくになった真琴は、食事が済むと、ぼくのマンションへと帰っていった。

 ひとりになると、ぼくは急に不安になってきた。本当に真琴としてやっていけるだろうか? しかし、元に戻れない以上、やっていくしかないのだ。
 今は午後八時。もしかすると、明日の朝、目が覚めたら、元に戻っているかもしれない。そんな淡い期待を抱いた。
 そろそろ入浴しようと、バスタブにお湯を溜め始めた。真琴のマンションは、ぼくと同じ1Kだが、広さがぜんぜん違う。部屋は十四畳くらいある。バストイレもぼくの部屋のもののふた周りは大きい。それに広いクローゼットが別についている。そのクローゼットには、服が所狭しと並んでいた。
 女の持ち物は、男の比べて多いとは聞くが、真琴の衣装は、ぼくの持ち物の十倍はあるだろう。
 引出しを調べて、着替えを探した。ある引出しに、パンティーが畳まれてしまわれていた。いったい、いくつあるんだろう? 二ヶ月は洗濯しないでももちそうだ。そのうちのひとつを取り出した。薄いブルーのものだ。取り出してから、これを穿かないといけないのかとしばし悩んだ。しかし、考えてみれば、今もパンティーを穿いているんだっけと思い直した。
 寝るときはブラジャーをするのかなと思いながら、パンティーと同じような色のものを取り出した。
 パジャマはどこだ。ネグリジェなんていやだよ。そう思いながら探すと、パジャマがあった。緑とピンクが混ざったような妙な色のパジャマを取り出した。へえ、可愛いデザインだなと真琴の趣味の良さに感心した。
 そうこうしているうちに、バスルームから、ぴっ、ぴっ、ぴっと電子音がしてきた。どうやらお湯が溜まったようだ。ぼくの部屋のバスは、注意していないとお湯が溢れてしまうけど、真琴の部屋のバスは、全自動だ。いい生活しているよ。結構良い給料、貰っているんだろうなと思った。
 入浴しようと裸になったら、電話が鳴った。ナンバーディスプレーを見ると、ぼくの電話番号だ。真琴が電話してきたみたいだ。
 「もしもし」
 「もしもし、幹?」
 「ああ、真琴。何の用?」
 「幹! わたしは、もっと明るいのよ。あっ! しまった。ぼくは、もっと明るいんだ。電話に出るときは、はあい、真琴でえすって言って出ること! 分かったかい?」
 「分かった、分かりましたようだ。で、何の用でしょうか? 真琴ちゃん」
 「お風呂には入った?」
 「ちょうど今から入るところよ」
 「髪、洗うんだよ」
 「髪の毛、洗うのね」
 「よほど疲れてない限り、毎日洗うんだよ」
 「毎日洗うの?」
 「そう、毎日。リンスもしてね」
 「分かりました」
 「それから、お肌の手入れを忘れないように」
 「お肌の手入れって、どうすればいいの?」
 「入浴前に洗顔して、化粧をしっかり落として、お風呂から上がったら、栄養クリームで丁寧にマッサージしておくんだ」
 真琴の電話からの指示で、クレンジングクリームと栄養クリームを見つけた。
 「女って、大変だね」
 「まあね。だけど、そうするのも、楽しみのひとつなんだ」
 「ふうん。そう言うもんなんだね」
 「用事は、それだけ。じゃあ、お休み」
 「お休み」
 真琴に言われた通りに洗顔してから入浴した。おっぱいを洗うときは妙な気がした。小さなペニス。タマのない陰嚢。ものすごく違和感を覚えた。
 髪を洗えと言われたけれど、真琴の髪の毛は長いから、洗うだけでも難行苦行だった。
 バスタオルで体についた水分を取り、髪の毛を拭きながら外に出てドレッサーの鏡を覗いてみた。こうして見ると、真琴は美人だなと思う。しかも、真琴はスタイルがいい。Bカップに少し足りないといっていたけど、カッコイイおっぱいをしている。腰はギュッとしまっていて、下腹部に贅肉もない。ヒップもプリンとして張りがある。ペニスの存在が、画龍点睛を欠くってところかな。真琴は、ペニスも取ってしまいたいと言った。その気持ちが分かるような気がした。
 風呂上りに一杯飲もうと、冷蔵庫の扉をあけてみた。ビールなんて入っていない。ジュースもない。あるのは、牛乳とミネラルウォーターだけだ。
 服を着て、このマンションの隣にある酒屋の自販機でビールを買おうと思っていたら、また電話が鳴った。真琴からだ。
 「もしもし、真琴でえす」
 「うん、それでいいよ。髪、洗った?」
 「洗ったよ」
 「洗ったあとは、どうしてる?」
 「洗ったままだよ」
 「それじゃあだめだよ。ある程度乾かしてからブラッシングして、完全に乾かさなくちゃ。変な癖がついちゃうから」
 「分かった、分かった」
 「女言葉にしてよね」
 「あなたも男言葉で話してよね」
 「・・・・分かってるよ。ちょっと間違っただけだよ」
 「ビール切れてるの?」
 「ビール? ダメダメ。ビールは、カロリーが高いから」
 「えっ!? じゃあ、初めから置いてないの?」
 「当たり前でしょう? 女はいつもダイエットだからね。お風呂上りはミネラルウォーター。分かった?」
 「ミネラルウォーターなの? 仕方ないわね。ところで、寝るときはブラジャーするの?」
 「ブラジャー? ブラジャーなんて、しないわよ。ショーツも穿かない。裸で寝るんだ。昨日もそうだっただろう?」
 「ええっ!! 裸で寝るの?」
 「そうだよ。悪いかなあ」
 「悪いってことないけど・・・・」
 「どっちでもいいよ。幹の好きにしたら?」
 「分かった」
 「じゃあ、髪の毛、ブラッシングして、ちゃんと乾かすんだよ」
 「はあい」
 「お休み」
 「おやすみなさい」
 この調子じゃあ、この先何度も電話がかかってきそうだなと思う。真琴の忠告を無視して、服を着てビールを買いに行こうと思ったけれど、わざわざ服を出すのが面倒になって、ミネラルウォーターで我慢することにした。
 ミネラルウォーターを飲みながら、パンティーを穿こうとして思いとどまった。真琴がいつも裸で寝るというのなら、そうするか。
 裸のままストゥールに座って、ブラッシングして、ドライヤーで髪の毛を乾かした。さらさらの髪の毛。うん、これでいい。ぼくは満足した。
 テレビのスイッチを入れて、裸のままベッドに入った。リモコンでチャンネルを変えてみたけど、面白いものをやっていなかった。スイッチを切って布団の中に潜り込んだ。
 ふと、悪戯したい気持ちになった。ニューハーフのマスターベーションってどんな感じなんだろう。真琴にばれたら、怒られるかもしれないけれど、黙っていれば、分かりやしないだろう。
 女より小さいが、男のものより大きな乳首をそっと触ってみた。少し感じるような気がするけど、ぼくになった真琴に触られたときほどではない。おっぱいを揉んでみたけど、やっぱり同じだ。
 じゃあ、ペニスのほうはどうだろう? ぼくは、今自分の体についている親指ほどのペニスを触ってみた。この感じは、やっぱりペニスの感じだなと思う。しこしことやってみたけれど、何かが違う。昇ってこないのだ。勃起はしているけれど、それほど硬くならない。タマがないからかなと思う。
 右手でしこしこやりながら、左手でおっぱいを揉んでみた。おっぱいの方は、さっきよりは感じた。しかし、いまいちだった。
 かなり長い間頑張ってみたけど、結局達しないまま、ぼくは疲れて眠ってしまった。