第三章 スリップドレスの女

 九月初めのある夜、ぼくはとぼとぼとマンションに向かって歩いていた。いつものようにマージャンに負けて、ぼくの支払った金で買ったビールをみんなで飲んだから、バイクをあのアパートに置いてきたのだ。
 ぼくのマンションから、歩いて十分ほどの酒屋に設置された自動販売機の前で、ビールを買おうと立ち止まって、財布から小銭を出していると、タクシーが停まって、中から若い女が降りてきた。
 その女は、茶色に染めた長い髪をしていて、お尻が見えそうなくらい短いスリップドレスを着ていた。足が細くてかっこいい。ガラガラと落ちてきた缶ビールを手にして、その女の顔をちらりと見た。化粧は濃いけど、結構美人だ。年はいったいいくつくらいだろうか? 女の年なんて、ぼくにはよく分からないけど、二十歳前後に見えた。
 女は、ぼくの顔を見ると、にこっと笑って、自販機の置かれた酒屋の隣にあるマンションの中へと消えていった。
 何処かで会ったことがあるような気がしたが、このマンションは近所でもあるし、昼間何処かで出会ったことがあるのだろうと思った。

 数日後、午後の講義の合間に、ぼくは大学の近くの喫茶店でコーヒーを飲んでいた。喫茶店は、学生で一杯だった。
 「ご一緒させていただいて、いいかしら?」
 若い女の声に顔を上げてみると、先日見かけたスリップドレスの女だった。昼間だというのに、やっぱり濃い化粧をしている。服装は、この前よりは大人しいが、かなり短いスカートを穿いていた。ぼくの向かいの席に腰掛けるとき、レースのパンティーがスカートから覗いて見えた。ぼくはちょっとどきりとした。
 「あなた、二,三日前の夜、わたしが住んでいるマンションの隣にある酒屋の自販機で、缶ビール買ってたわね」
 「あっ、ああ」
 「学生さんでしょう?」
 「そ、そうだよ」
 女は随分親しそうに、ぼくに話しかけてくる。ぼくに気があるんじゃないかと思ってしまう。美人だから、彼女にしてもいいなと思うけど、もう少し大人しい格好をしてくれないと無理だななんて心の中で思っていた。
 「いいわねえ。わたし、高校にも行ってないの。勉強したかったんだけど・・・・」
 女が、勉強ねえ。勉強して何になるつもりだったんだろう。聞きかけて、その言葉を飲み込んだ。初対面の相手に聞くことじゃない。
 高校に行ってないと言うことは、中卒ってことだ。まあ、女は美人だから、学歴なんて関係なく付き合ってくれる男はいるだろう。
 「何を勉強されてるの?」
 「何をって、今は基礎だよ」
 「基礎って?」
 「高校の授業の毛が生えたくらいの感じだよ」
 「じゃあ、面白くないんだ」
 「そうだね。少しずつ専門も入ってきているから、これからは、面白くなるとは思うけど・・・・」
 女は、運ばれてきた紅茶にレモンを放り込んでかき混ぜている。レモンを入れたままにすると、すっぱくなるんだがなと思う。
 「専門って何?」
 「電子工学だよ」
 「電子工学。じゃあ、コンピューターなんか扱うの?」
 「そのつもりだけどね」
 「凄いのね」
 「凄いってことないけど・・・・」
 「憧れちゃうなあ。コンピューターだったら、男も女もないでしょう? がっこ、辞めなきゃ良かったなあ」
 そうか、そうだな。世の中には、男でなければならない仕事や、女でなければならない仕事もあるけど、どちらでもいい仕事もあるんだなあとその言葉を聞いて初めて気付いた。
 「君は、何やってんの?」
 「わたし? わたしはOLよ」
 OL? あんな格好で、あんな時間に出歩くOLがあるのだろうか? それともプライベートに、出かけていたのかな? 中卒でやれるOLって何だろう? ぼくの頭の中を、クエッションマークが飛び回った。
 「あんな遅くまで働いてるの?」
 「まさかあ。上司に誘われて、一緒に飲みに行ってたの」
 ひとつ疑問が解けた。
 「あんな格好で?」
 「あんな格好?」
 女は肩をすくめた。
 「あんな格好のほうが、男の人は喜ぶでしょう?」
 もうひとつ疑問が解けた。女は、小悪魔のような笑顔をぼくに見せた。その笑顔が、堪らなく可愛いのだ。ぼくは、自分の顔が少し赤くなっているのではないかと思って、顔を見られないように下を向いた。
 「そ、そうだね。でも、ちょっと、派手過ぎじゃないの?」
 「あら、あなたは、地味な、ダサい女のほうが好きなの?」
 「そんなことはないよ。でも、誤解されないかい?」
 「何を?」
 「・・・・その上司に気があるんじゃないかって」
 「そう思わせるのが、手なの」
 「その気もないのに?」
 「そう。美味しいもの食べさせてもらって、美味しくお酒を飲むためにね」
 「女って、怖いね」
 「あら、そうかしら。酔わせてものにしようっていう、男の方が悪いのよ」
 「・・・・そうだね」
 そんな話を聞くと、女は得だなと思う。飲んでも食っても、女はご馳走様のひと言ですむ。ただ、下手をすると、男の毒牙にかかって、痛い目にも遭うんじゃないかと要らぬ心配をする。まあ、それが覚悟の上ならいいのかもしれないなとも思った。
 それから、彼女が紅茶を飲む間、一時間ばかり、他愛のない話しをした。Tシャツにジーンズの、髪をきっちり七三に分けた学生と、茶髪のちょっと派手な女。周りはどんな目でぼくたちを見ているだろう? 変な想像されると困るんだけどなあ。
 「じゃあ、講義が始まるから。楽しかったよ」
 「また会えるといいね」
 そう言って、別れた。講義の間、何故か、彼女のことが気になった。そう言えば、結構長い間話したのに、名前を聞くのを忘れていた。

 前期試験が終わった。二つ不合格になった。全部合格ならば、試験休みなのに、追試のためにしばらく勉強だ。
 二つ目の追試が終わったのは、後期の講義が始まる二日前だった。たった二日間の休みだが、休みは休みだ。ぼくは同じ学科の仲の良い友人数人と町へと繰り出した。
 ひとり三千円也の居酒屋に始まり、おばちゃんだけしかいない安スナックで大騒ぎし、最後に屋台でラーメンをすすりながら、ビールを飲んだ。ぼくは、かなり酔っていた。
 友人たちと別れ、フラフラと歩いていたが、ぼくはとうとう道端に倒れて眠り込んでしまった。
 「風邪引くわよ」
 そう言われて、誰か女に手を引かれて起こされたような気がする。気がつくと、ベッドの中にいた。ぼくは安心したように、そのままベッドの中で眠り込んだ。

 目が覚めた。部屋の中は薄暗かった。目を凝らして見回すと、ぼくの寝ている部屋は、ぼくの部屋じゃなかった。驚いて飛び起きた。
 部屋の調度からすると、明らかに女の部屋だ。ベッドの中を見た。女が横でぼくに背中を向けて眠っていた。髪の感じからすると、あのスリップドレスの女?
 裸の背中に長い髪の毛が掛かっていた。ブラジャーをしていない。と言うことは、少なくとも上半身は、は・だ・か。そう思ったとたん、ペニスが頭を持ち上げた。
 どうして、こんなところにいるんだろう? ぼくは、この女と寝たんだろうか? 一緒にベッドの中で眠ったのは確かだろうが、したのだろうか? まったく記憶にない。こんなの困るよ。
 壁に掛けられている時計を見た。午前三時過ぎだ。ベッドのそばの床の上に、ぼくのジーンズとTシャツ、ジャケットが畳まれて置かれていた。服を着ようと起き上がって、ベッドから足おろした。ぼくは、まだかなり酔っている。頭がフラフラする。
 「あら、起きたの?」
 女が、目を覚ました。女は、やっぱりあのスリップドレスの女だった。小振りだが、張りのある乳房が、露わになっている。彼女は恥ずかしそうな素振りもしなかった。ぼくの方がかえって恥ずかしい。
 「ごめん。迷惑をかけちゃって」
 ぼくは勃起したペニスを両手で抑えながら、下を向いたままそう答えた。
 「あんなところで寝ていたら、風邪を引くと思って」
 「ありがとう。ここは、君のマンション?」
 「そうよ」
 「あの・・・・、聞き難いことを聞くけど、ぼく、君と・・・・したの?」
 女は、意外なことを聞かれたというような顔をして、にっこり微笑むと、ぼくの質問に答えた。
 「何だ、そんなこと心配してるの? してないわ。あんな状態で、できるわけがないでしょう?」
 「それも、そうだろうね」
 ぼくは、ほっとした。美人だけど、一度しか話したことしかない、どこの誰とも知れない女と変な関係にならないで良かったと思った。
 「帰るの?」
 「ああ」
 ぼくは、ジーンズを手に取って穿こうとした。彼女が手を伸ばして、ぼくの腕を掴んだ。
 「ねえ、抱いてくれない?」
 「えっ!?」
 「時間は、あるんでしょう?」
 「明日は講義があるけど、今日は休みといえば休みだけど・・・・」
 「あなた、童貞?」
 「ち、違うけど・・・・」
 「わたしも処女じゃないわ。こうなったのも何かの縁よ。いいでしょう?」
 どうしよう。据え膳食わぬは男の恥とは言うけれど、素性の分からない女を抱くなんて、いいのだろうか?
 「何を心配しているの? 大丈夫よ。今夜限り。あなたに付き纏ったりしないから」
 「妊娠は? 妊娠したりしないの?」
 ぼくは、香川の件が頭にこびりついていた。
 「妊娠は、こっちだってお断りよ。避妊は、きちんとしてもらうわ」
 心が揺らぐ。美人でスタイルもいい女から誘われているのだ。しかも、ちゃんと避妊するという。今夜限りで、付き纏わないとも言う。これは、やるしかないな。
 ぼくはベッドに戻って、彼女を抱き寄せてキスした。キスしながら、ヒップを触ると、彼女はパンティーを穿いていなかった。つまり彼女は、全裸だった。
 「焦らないでよ。時間は、たっぷりあるわ」

 だいたいセックスなんて言うのは、男が女にサービスするもんだと思っていた。ところが、彼女は違う。ぼくを喜ばせようと、いろいろとやってくれる。彼女のフェラチオは、今まで経験したことがないものだった。ぼくは堪えきれずに、彼女の口の中に放出していた。
 「ご、ごめん」
 彼女は、ごくりとぼくの精液を飲み込んでから言った。
 「いいわよ。慣れてるから」
 慣れている? そうかもしれないなと思う。彼女は、セックスすることに慣れている感じだ。遊び慣れた女。それともプロ。そんな言葉が浮かぶ。病気は大丈夫なんだろうか? そんな不安が、脳裏を過った。
 彼女はなおも、ぼくのペニスから陰嚢あたりを刺激し続けた。不安よりも、心地よさが勝って、ぼくは再び元気を回復した。
 「若いと、さすがに回復が早いわね」
 彼女の口が離れ、何かごそごそやっている。何してるんだろうと思っていると、ぼくのペニスにコンドームをあて始めた。それも、口にくわえて、するりとペニスにかぶせたのだ。
 ちょっと前に山下から聞いたことがある。ソープ嬢に、コンドームをされたときのことを。それと同じことをされたのだ。あの派手な格好といい、彼女はやはりプロなのだろうか? OLだと言っていたが・・・・。
 彼女は、ぼくのペニスにコンドームを装着すると、ぼくの上に跨って、ぼくを彼女の中へ導いた。包み込むような感触、そして、ぎゅっと絞め付けられた。堪らない。
 騎上位のまま、彼女は腰を上下させ、半開きの口から、ア行の短い言葉が発せられた。しばらくして彼女は、結合したままぐるりと回って、ぼくに背中を向けた。そして、ゆっくりと前に倒れ、腰を上げた。ぼくに、バックで突けと促しているのだ。
 ぼくは夢中になって突き続けた。そして、凄い快感と共に射精した。彼女が歓喜の声を上げ、ペニスが何度もぎゅっ、ぎゅっと絞め付けられた。千切れそうな凄い力だ。
 彼女の収縮が終わり、ぼくは彼女から離れて、仰向けに横になった。彼女が起きて、コンドームを片づけようとする。
 「いいよ。ぼくがやるよ」
 「いいから、黙って横になってなさい」
 まるで、母に言われるような感じで、ぼくはそれ以上何も言えずに、彼女に片づけてもらった。
 「よかったわ」
 「ぼくも」
 そのままぼくは、彼女を抱いて眠った。