朝帰りした。わたしはなんて悪い娘だろう。あれから陽一に抱かれ、今朝起きてからもう一度抱かれた。親がいたら、こっぴどく怒られるところだ。
別に帰らなくても良かったし、帰りたくはなかったのだけれど、着替えを持ってなかったから、帰らざるを得なかった。陽一に頼めば、着替えはすぐにでも買ってくれそうだったが、いくら男女の関係ができたからといっても、そこまでは頼めなかった。
コーヒーを沸かしている間に、シャワーを浴びた。
三種類の薬の量はわたしには分かっている。ただ、若返るだけではなく、女になってしまうという副作用もあることを陽一は知らない。しかし、同じ量を注射したはずの所長と社長はどうして消えてしまったのだろうか? 所長が量を間違えたのだろうか? 量を間違えば消えてしまうことが分かっている薬だ。間違えるはずはないのだが・・・・。とにかく薬をもう一度作ることだ。そうすれば、うまくいけば、・・・・うまくいけば元に戻す薬も作れるかもしれない。
けれど、わたしはもう元に戻れなくてもいいなという心境になっている。元に戻ったら、陽一の傍におられなくなるし、あの無気力で何の目的もない生活に戻るだけだから。美奈子は可愛そうだけれど、そのうち結婚相手でも見つかれば、わたしは必要でなくなる。美奈子にとってみれば、元に戻れなくてもわたしが生きているということだけで充分だろう。わたしの心の中では美奈子よりも陽一の方が大きな存在になってきている。
そんなことを考えていると、美奈子から電話が入った。
「お父さん、昨日はどこへ行ってたの? 八時ごろから何回も掛けたけど、いなかったわね」
「本田陽一さんのところに行っていたの」
「どう?」
「実験ノートを見せてもらったわ」
「それでどうなの?」
「分からない化学記号ばかりでさっぱりだけど、何とかなるかも」
「本当? 元に戻れるの?」
「すぐには無理かもしれないわ。時間が掛かりそうよ」
「時間が掛かってもいいから、わたしの前からいなくならないでね」
「大丈夫。だけど、しばらくは女のままかもしれないわよ」
「それでもいいわ。生きてさえいてくれれば」
「それを聞いて安心したわ」
「女言葉が堂に入ってきたわね」
「そうかな。ところで、美奈子に預けていたノートは、今どこにあるの?」
「それが無くなっちゃったの」
「無くなった?」
「古ぼけたノートだから、おじいちゃんが廃品回収に出してしまったみたいなの。いくら探しても無いの」
「そうなの。無くなっちゃったの」
「ごめんね。あれがないと困るんでしょう?」
「いいわ。わたしが打たれた量は覚えているから」
「良かった。気にしてたんだ」
「仕方ないわよ。なくなったのなら」
新たな薬を作ったとき、まったく同じものが出来るとは限らない。あのノートがあった方がいいが、実験は繰り返す必要がある。なければ、ないでいいのだ。
「ねえ、ねえ。本田陽一ってどんなひと?」
「いいひとよ」
「いいひと? ちょっと気になる表現ね」
「どうして?」
「ふふふ。美男子なの?」
「そうねえ。それほどじゃあないけど」
「好きになりそう?」
「何馬鹿言ってんのよ」
「お父さん、今は女でしょう? 女として彼のことどう思うの?」
「どうも思っていないわ。まだ三回しか会ってないのよ」
「ほんとかなあ? まあ、いいわ。じゃあ、頑張ってね。影ながら応援してるから」
「ありがとう。また、連絡するわ」
何だか美奈子にわたしの気持ちを見透かされているようだ。顔が熱くなってしまった。美奈子が目の前にいなくて良かった。
九時過ぎ、陽一のマンションに行って、ノートの清書を始めた。鍵は今朝、陽一がわたしに渡してくれていた。
正午前、ドアの開けられる音にびっくりして振りかえると、白髪で丸顔の老婆がにこにこしながら入ってきた。
「美香様ですね。お坊ちゃまから聞いております。お坊ちゃまのお手伝いされているんでしょう? お昼を作って差し上げますから、少しお待ちになってくださいね」
「光子さんですね。始めまして。わたしも陽一さんから聞いています。よろしくお願いします」
「お光でいいですわよ。みなさんにそう呼ばれてますから」
「そういうわけにもいかないです」
「いいですよ。じゃあ、お仕事続けてください。できたら、お呼びしますわ」
「ありがとうございます」
お光さんは、シーフードスパゲティーを作ってくれたのだが、すごくおいしかった。プロの料理人でもこれほどおいしくはできないだろう。わたしが食事をしている間に、寝室やバス、トイレなどを掃除して、洗いものを済ませるとあっという間に帰っていった。
午後四時まで清書してから、今日は帰りますとメモを残して帰宅した。今晩も陽一の部屋に泊まりたいのはやまやまだったけど我慢した。少し焦らしてやった方がいいのだ。喜んで抱かれていると思われたくない。