七月十八日(日)

 目覚めて、パジャマを脱いでジーンズを穿こうとしたら昨夜脱いだ場所に見あたらない。台所で朝食の準備をしている美奈子に声をかけた。
 「美奈子、ジーンズどうした?」
 「もう三日も穿いているでしょう? 汚れていたから、洗ったわ」
 「なに? 洗ったのか。代わりはあるかなあ」
 「あったかなあ。探してみて」

 ほかにジーンズはなかった。恭子は、ズボンの類いは好きでなかったから持っていないのだ。タンスに入っているものは、スカートばかりだ。あのジーンズは、以前山登りに無理やり連れて行ったときに買わせたものだ。困った。
 「美奈子、ないようだから、おまえのを貸してくれ」
 「いやよ」
 「そんなこというなよ。お願いだ。スカートなんかいやだよ」
 「そんなこと言ってたら、いつまでたっても穿けないわよ。いづれは穿かなきゃいけないんだから」
 「そんなこと言ったって無理だよ。何とかならないか?」
 「そうね、キュロットスカートから始めたら?」
 「キュロットスカート?」
 「タンスの中にあるでしょう? ズボンみたいな、スカートみたいなのが」
 「ズボンみたいな、スカートみたいなのか?」
 タンスの中をごそごそ探してみたがキュロットスカートとか言うものを見つけだせない。みんなスカートのようだ。
 「美奈子! ぜんぜん分からないよ。上に来てくれ」
 「しょうがないわねえ」
 二階に上がってきた美奈子が、わたしに手渡したものは、つい今しがたわたしが手に取っていたものだった。
 「ああ、これか。なるほどこれねえ。うん、これなら何と穿けそうだ」
 「上も適当に着てみたら? お父さんのセンスを見たいから、手伝わないからね」

 美奈子はさっさと台所に降りていった。そんなこと言われたって困るのだが、恭子が着ていたときのことを思い出しながら、ブラウスも取り出して着てみた。二十歳前後に見える今のわたしが着るのには、少し地味なようだが仕方がない。
 「まあ、まあね。見直したわ。結構センス良いじゃない?」
 「ちょっと地味かなとは思うけどね」
 「お母さん、四十二歳だったからねえ。結構若い格好していたと思ったけど、今のお父さんが着るには確かに地味よねえ。本当に必要になったら、買いにいきましょうよ。ショッピング楽しいわよ」
 「まだ、元に戻れないと決まったわけじゃないよ。これで我慢する」
 「パンストが要るわね。そのままじゃあ、おかしいわ」
 「パンスト? この暑いのに、パンストなんか穿くのか?」
 「女はみんなそうなの。生足なんか流行ってたみたいだけど、あれは一時的。女と名がつけば、いくつになってもパンストは一年中必要よ。和服じゃない限りね」
 「家の中にいるのだからいいだろう?」
 「本田陽一に会いに行かなきゃならないんでしょう? 練習しておかなくちゃ。ねえ、ご飯済んだら、買い物に行きましょうよ」
 「ええっ」
 「近くのスーパーまでよ。だったらいいでしょう?」
 「・・・・仕方ない。いずれ外には出なければならないからな」
 「言葉遣い、気をつけてね。変に思われるといけないから」
 「分かりました」

 冷や汗ものだった。まず第一に、履き物だ。踵が少し高いだけのものなのに、ひどく歩きづらい。帰り着いたら下半身が疲れきっていた。それにすれ違う人がみんなわたしを見ているようで、家に飛んで帰りたい心境だった。警察官たちと話した時、うまくいったのが不思議なくらいだ。疲れた。