開き直ったせいか、六時半までぐっすり眠った。美奈子に起こされた。美奈子はわたしを不思議そうに見ている。
「どうした?」
「随分縮んじゃったなあと思って」
「若返っているから、小さくもなるさ」
「何か変だな。若返っているだけじゃないみたいなんだけど」
「そうかな?」
「ご飯作るわ。新聞でも読んでて」
ジーンズを穿こうとしたら、ぶかぶかだ。裾も昨日よりもさらに余っている。まるで他人の服を借りてきているみたいだ。もう自分の服は着られない。頭の隅に、あるアイデアが浮かんだが、実行できなかった。どうしよう、着て出る服がない。悩んだ挙げ句、つい五分前に浮かんだアイデアを実行することにした。仕方がない。
引き出しを開いて、ベージュのジーンズを取り出した。穿いてみたら、ヒップが少し緩いが丈はほぼぴったりだ。ジーンズは恭子のものだ。恭子のものはなにひとつ処分せずに残してある。今のわたしの体格なら恭子のものが着られるだろう。上に着られるものはないか探した。赤やピンクのものはいくらなんでもだめだ。ひらひらがついているものも当然だめ。青と白の横縞のTシャツをやっとのことで見つけ出して着た。ドレッサーの鏡に映してみた。女物だが、そうおかしくはない。
髪の毛が伸びて、乞食のようになっている。ドレッサーの引き出しからゴムバンドを見つけ出し、後ろで縛ってリビングに降りて行った。
「何? お父さん。その格好は」
美奈子が腹を抱えて笑い出した。
「随分縮んでしまったから、今までの服はぶかぶかで着られないんだ。着るものがなくて、お母さんのを引っ張り出したんだよ。そんなに笑うなよ」
「今風の若者の格好ね。まあ、いいじゃないの。ちょっとおかまっぽいけどね」
「顔洗ってくる」
トイレに入った。ペニスはもう小指大だ。しかも下に引っ張られた感じで、立って出来そうもない。しようにもジーンズの外に引っ張り出せない。ジーンズを下ろして、座って用を足した。
何か変だ。ペニスの先から出ていないような感触だ。股間が小便で濡れてしまった。トイレットペーパーで拭いたが、何となく妙な感じがした。睾丸らしいものもまったく触れない。慌ててトイレを飛び出して、二階に上がった。ドレッサーの中から手鏡を探し出して、自分の股間を覗いてみた。光がうまく入らないから、よく見えない。やっとのことで見えたものに絶句した。
縮んだ陰嚢が左右に分かれている。もう一度陰嚢を触ってみたが、中には睾丸は触れなかった。小さくなってもはやペニスと言えないものの下の端から、ピンク色の粘膜が後ろに向かって伸びている。その先に、肛門とペニスの間に小さな穴が開いていた。小便はここから出てきたらしい。女のものとは違うが、女のような股間だ。良く見ると、肛門の前に少しへこんだ所がある。人差し指の頭くらいだが・・・・。これでは、この先、立って用を足すことは不可能だ。しかし、どうなっているのだろう。どうなるんだろう。
「お父さん、どうしたの?」
「い、いや、何でもない。何でもないよ」
わたしは階下に向かって返事した。娘に話せることではない。この世から消えてしまおうかと言うときに、こんなこと言ってもしようがない。
昨日と同じ方法で身長を計ってみた。およそだが、百六十センチちょっと。おそらく、美奈子と同じ背丈しかないだろう。あとで並んで比べてみよう。
もう一度、洗面所に降りて歯を磨いて顔を洗った。鏡に映る顔を見て、おかまっぽいか、確かにそうだな、と頷いた。
体重計に乗った。五十一キロ。五十一キロ! もう一度、量りの目盛りを見た。確かに五十一キロだ。昨日の風呂上りに比べて減っていない。今は、服を着ているから、実際にはもう少し軽いかもしれない。Tシャツとジーンズを脱いで、パンツいっちょうになって量り直してみた。体重計の目盛りは五十キロちょっとを指している。ここ数日の急激な体重の減少は止まっているようだ。僅かだが光が見えてきた感じだ。
「どうしたの? 裸になんかなって」
「体重の減少が止まったみたいだよ」
「ほんとに?」
「ほら、見てごらん。五十キロちょっとだ。昨日の夜は五十一キロだったから、ここ数日の減り方からすると、体重の減少は止まったと考えてもいいんじゃないかな」
「そうね。取り敢えず良かったね」
「良かった。このまま痩せ細って、体重が0になるんじゃないかと思っていたから、何だか安心したよ」
「0になる前に死んじゃうわよ」
「それはそうだけど、自分の感覚としてさ」
「分かるわ。お父さんの気持ち。ところで、昨日と今日でお父さんの見かけがあまり変わらないみたいなんだけど、どう?」
「そうだな。昨日よりは若い感じだが、若返り方が遅くなったような感じがするな」
「そうでしょう? でも背がずいぶん低くなったわね」
「ちょっと並んでみてくれないか?」
ふたりで背中あわせになって、鏡に映してみた。ほとんど変わらない。体重はともかく、身長の減少はどうなるのだろう。待つしかない。
安心したら、食欲が出てきた。昨夜、特上のうな重を頼んだのに半分も入らなかった。今朝は食べられる。食事しながらテレビを見た。本田社長蒸発の続報がセンセーショナルに報道されている。わたしが社長室に呼ばれた時、秘書とは別の愛人らしい相手と話しをしていた。消失した所長と違って、愛人とちょっと雲隠れしているのなら、出てきにくいだろうなと要らぬお世話をしている自分がおかしい。昨日に比べて、精神的に少し余裕が出てきたのは確かだ。美奈子も表情が明るくなってきた。
美奈子を学校へ送り出して、もう一度体重を量ってみたが、五十一キロ。変わらずだ。身長も測り直した。これも変わらず。鏡に映る顔にも変化がなくなった。余裕が自信になってきた。もう大丈夫だ。大丈夫だと思う。死ぬことだけはなくなっただろう。
本田陽一のマンションは相変わらず報道陣で囲まれていた。陽一は、まだ帰っていないらしい。
研究所は? とうとう所長も蒸発していることが明らかとなった。所長と二人暮しの奥さんが帰ってこないと届け出たのだ。テレビの報道は加熱するばかりだ。そのうち、わたしのうちにも来るかもしれない。どうするか、美奈子と相談しておかなければ。
学校から帰ってきた美奈子と相談して、わたしも失踪したことにした方が良かろうと考え、美奈子を警察に行かせた。月曜日から、何の連絡もなしにいなくなったと言って捜索願いを出させた。うまくいくのだろうか?